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よみがえれ「神の鳥」前代未聞の取り組みが始まった ライチョウ復活大作戦①

よみがえれ「神の鳥」前代未聞の取り組みが始まった ライチョウ復活大作戦①
ライチョウ復活作戦を指揮する信州大名誉教授、中村浩志さん=2020年8月、木曽駒ケ岳

国の特別天然記念物・ライチョウは、本州中部の高山にのみ生息する「氷河期からの生き残り」です。近年、天敵などの影響で生息数が激減し、絶滅の恐れが高まっています。環境省は2019年から、約半世紀前に絶滅した中央アルプス(長野県)で、「繁殖個体群復活作戦」を始めました。20年、北アルプス・乗鞍岳(標高3026m)から3家族19羽を移送。21年は、この群れを現地で繁殖させるほか、二つの動物園に1家族ずつ下ろして増やしたうえで、山に戻して野生復帰させる前代未聞の試みに取り組みます。この連載では、密着取材を続ける朝日新聞の山岳専門記者と映像記者が、ライチョウの生態や現状、復活作戦について紹介します。

近藤 幸夫(こんどう・ゆきお)
長野総局員兼山岳専門記者。1959年生まれ。信州大学農学部を卒業後86年、朝日新聞に入社。初任地の富山で山岳取材をスタートする。運動部(現スポーツ部)在籍時代に、南極や北極、ヒマラヤなど海外取材を多数経験。
杉本 康弘(すぎもと・やすひろ)
東京本社映像本部記者。1975年生まれ。2003年、朝日新聞社に写真記者として入社。東京、大阪、札幌を経て現職。北京五輪やサッカー南アフリカW杯を取材。イラク・シリアで紛争や難民取材を経験。現在は中央アルプスでのライチョウ復活事業を追いかける。

人間起因で急速に減少

夏場、北アルプスなどの高山に登ると、登山道で母鳥とヒナのライチョウ家族の愛らしい姿に出合うことがあります。あまり人を恐れないので、すぐ近くで観察することが可能です。

ライチョウの子育てはオスが参加せず、メスがエサの取り方や猛禽(もうきん)類などの天敵から逃げる術(すべ)を教えます。ヒナたちは成長すると秋には親離れし、若鳥たちで新たな群れをつくります。孵化(ふか)後の翌年には、繁殖が可能になり、春にはつがいになって新しい家族をつくるのです。

ライチョウは、日本だけに生息する鳥ではありません。欧州北部やロシア北部など北半球の北極を取り巻く地域に広く分布しています。日本のライチョウは、世界で最も南端に隔離された形で生息する貴重な鳥なのです。

2万年前の最終氷期、陸続きだったユーラシア大陸から、ライチョウが日本に渡ってきました。約1万年前に氷河期が終わり、海面が上昇して大陸への道が閉ざされました。日本に残されたライチョウたちは、高山に逃れて現在まで生き延びているのです。

現在、ライチョウは高山に寸断された個体群として生きています。分布は、北アルプス、南アルプス、乗鞍岳、御嶽山、頸城山塊(火打山、焼山)の5地域です。それぞれ、山脈や独立した山塊のため、基本的に別の地域に移動することはありません。

ライチョウの生息分布図
繁殖期を迎え、縄張り争いをするライチョウのオス2羽=2019年4月19日、乗鞍岳
岩場にたたずむライチョウのメス=2019年6月24日、焼岳

近年、ライチョウは急激に生息数を減らしています。世界的なライチョウ研究者として知られる信州大名誉教授の中村浩志さん(74)は、その原因をこう説明します。

「ライチョウの生息数減少の最も大きな理由は、天敵、つまり捕食者の増加です。かつてはイヌワシなどの大型猛禽類や高山に生息するイタチ科のオコジョくらいしかライチョウの天敵はいませんでした。
しかし、現在はキツネやテン、カラスなど、里山にいるべき生き物たちが高山に入り込んでいます。過疎化で里山に人が入らなくなり、下草などが繁茂して動物たちのすみかが増えました。ハンターも高齢化で減っているので狩猟圧もなくなり、増えた動物たちが『住宅難』に陥り、高山帯まで生息域を広げたのです。
また、天敵ではありませんが、南アルプスでは里山にいたシカが高山帯の全域に進出し、ライチョウのエサとなる高山植物を食い荒らしています。ライチョウの生息環境そのものが破壊されつつある。つまり、人間によって引き起こされた要因で、ライチョウが減り続けているのです」

繁殖期を迎え、ともに行動するライチョウのつがい。右奥がオス、手前がメス=2019年4月19日、乗鞍岳

捕獲して放鳥 未解明の生態が明らかに

中村さんは、信州大教育学部の学生時代から、故・羽田健三教授の研究室で鳥の研究に明け暮れました。1985年、羽田教授が国内のライチョウの生息数を約3000羽と発表した調査では、中心メンバーとして高山を歩き回りました。その後、カッコウの研究で世界的な業績をあげ、ライチョウの研究に戻ったのは、50歳を過ぎてからでした。

調査などで外国を訪れた際、世界に分布するライチョウの中で日本の集団だけが人を恐れないことに気づきました。北欧など外国では狩猟対象になっているため、人を見ると逃げるのですが、日本では山岳信仰と結びつき、奥山に生息する「神の鳥」として大切にしてきたからです。

中村さんは、ライチョウの研究再開にあたり、決心しました。「羽田先生は、ライチョウを神の鳥とあがめて決して捕獲しようとせず、行動観察から生態を調べました。でも、捕獲して足輪をつけて個体識別をしないと、生存率や寿命、社会構造などがわからない」

人を恐れない鳥とはいえ、どう捕獲するかは手探りでした。最初は、カスミ網を使ってみましたが、ライチョウから丸見えでは効率が悪く、思うように捕獲が進みません。悩んだ末、趣味の渓流釣りからヒントを得ました。伸縮可能な渓流竿の穂先にワイヤの輪をつけた捕獲器を考案。人を恐れないライチョウにそっと近づき、首に輪を引っかけてライチョウを手元に引き寄せる方法です。

生態調査のためライチョウを捕獲する信州大名誉教授の中村浩志さん=2019年4月19日、乗鞍岳
捕獲したライチョウは洗濯ネットに入れる=2019年6月24日、焼岳

この方法が成功し、中村さんは小躍りして喜んだそうです。「わずか数秒で捕まえられるうえ、ライチョウは無傷。最初に成功したとき、『やった!』と叫びました」

捕獲したライチョウは、洗濯で使うネットに入れるとおとなしくなります。素早く足輪を付け、体重を量ります。作業を終えて放鳥後、足輪を確認することで、寿命や移動距離、家族関係など、それまで確認できなかった生態が明らかになりました。

また、捕獲の際には血液も採取し、DNAの分析も実施しました。その結果、日本のライチョウには六つの系統があることがわかりました。生息する山域ごとにDNAのタイプが違うのです。

行動確認するためにライチョウには足輪が取り付けられる=2019年6月24日、焼岳

中村さんは、未解明だったライチョウの生態をわずか20年ほどで次々に明らかにしてきました。パズルのピースを埋めるような作業です。

例えば、冬場、北アルプスなどでは、エサとなる高山植物や「すみか」となるハイマツは氷雪の下に埋まります。羽田教授は、冬の生息調査をしなかったので、冬の生態はわかっていませんでした。中村さんの追跡により、北アルプス・乗鞍岳では、ライチョウは高山帯から亜高山帯まで下りて、ダケカンバなどの冬芽を食べて過ごしていることが判明しました。オスとメスは、別々の群れをつくって越冬していたのです。

繁殖期を迎え、縄張りの見回りをするライチョウのオス=2019年4月20日、乗鞍岳

孵化後1カ月を守る「ケージ」

乗鞍岳での調査では、ライチョウの子育てが明らかになりつつあります。乗鞍岳は、ライチョウが生息する山頂に近い畳平(標高約2700m)まで道路が延びており、山小屋も近くにあるので、観察フィールドとして最適です。

ライチョウは通常、6~8個の卵を産みます。6月末から7月上旬にかけてヒナが孵化しますが、この時期は梅雨時と重なり、高山では雨や低温に見舞われます。さらに天敵などの影響で、孵化後1カ月間の平均生存率は約45%。半数以上が死んでしまうのです。一方で、孵化後1カ月以降はヒナが死ぬことは少なくなり、生存率が安定することがわかりました。

中村さんは「孵化後の1カ月間、ヒナを守り抜けば、ライチョウは増える」と考えました。たどり着いた結論が、「ケージ保護」です。木枠と金網で作ったケージで、孵化後1カ月間、ヒナと母鳥を守る。このアイデアが、中央アルプスの復活作戦につながっていきます。

岩陰の巣に産み付けられたライチョウの卵=2019年6月24日、焼岳
つがいのライチョウ=2019年6月24日、焼岳

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