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阪急阪神ホールディングスが紡ぐ「未来のゆめ・まちプロジェクト」

阪急阪神ホールディングスが紡ぐ「未来のゆめ・まちプロジェクト」
撮影・滝沢美穂子
阪急阪神ホールディングス会長/角和夫

京阪神を走る阪急電鉄、阪神電気鉄道などを傘下に持つ阪急阪神ホールディングスは2020年5月、「サステナビリティ宣言」を発表した。「100年以上積み重ねてきた『まちづくり』・『ひとづくり』を未来へつなぎ、地球環境をはじめとする社会課題の解決に主体的に関わりながら、すべての人々が豊かさと喜びを実感でき、次世代が夢を持って成長できる社会の実現に貢献します」。この宣言に込めた思いとは何か。社会貢献やSDGsの取り組みを進めてきた角和夫会長に聞いた。
(聞き手 編集部・大海英史)

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阪急阪神ホールディングスの鉄道路線図(阪急阪神ホールディングス提供)

沿線のまちづくりが必要なベンチャー企業

阪急電鉄は創業者の小林一三が1907年に箕面有馬電気軌道を創立して始まり、1910年に梅田―宝塚の宝塚本線、石橋―箕面の箕面支線の運行を開始しました。当時、先行していた阪堺(はんかい)鉄道(現・南海電気鉄道)は大阪市から堺市などの海岸沿いに住宅がある地域を走り、工場も立ち並んでいました。

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撮影・滝沢美穂子

しかし、当時の阪急が走る地域は田畑ばかりでした。住宅地や遊覧施設をつくったり、宝塚歌劇団をつくったりといったまちづくりをしないと鉄道事業が成り立たない、そんな後発のベンチャー企業だったのです。

沿線地域とともに発展するのは今も不変です。良い沿線をつくることが最大の戦略なのです。創業当時にSDGsはありませんが、小林一三の足跡をたどれば、安心して暮らせる、教育を充実させる、文化・芸術が薫るという三つが重要です。2003年に阪急電鉄社長になった時から、社内にそう呼びかけました。

沿線で「阪急阪神 未来のゆめ・まちプロジェクト」

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鉄道の保線作業を体験する子どもたち(阪急阪神ホールディングス提供)

06年に阪急電鉄と阪神電気鉄道が経営統合して阪急阪神ホールディングスになり、「『安心・快適』、そして『夢・感動』」を合言葉に事業を進める中で、09年から「阪急阪神 未来のゆめ・まちプロジェクト」を始めました。未来へつなぐ「地域環境づくり」と「次世代の育成」を目的に、沿線を中心とする地域の安全・安心と環境への配慮を進め、次世代の子どもたちを育成して「未来にわたり住みたいまち」を目指しています。

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教習所での運転士の体験(阪急阪神ホールディングス提供)
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パティシエを体験する子どもたち(阪急阪神ホールディングス提供)

子どもたちに多様な仕事を紹介

次世代の育成では、当社グループのさまざまな事業や人材・施設を生かし、夏休みの子どもたちに多彩な仕事を体験してもらう「阪急阪神 ゆめ・まちチャレンジ隊」を10年から続けています。

グループには鉄道やホテル、阪神甲子園球場、宝塚大劇場などがあり、車掌、保線員やパティシエなどさまざまな仕事をしています。19年にはグループ36社でこうした仕事を体験学習できる67のプログラムをつくり、2700人の定員に約2万4千人の応募がありました。

管理職が沿線の小学校で出張授業をする「阪急ゆめ・まち わくわくWORKプログラム」もあります。創業者や沿線のまちづくりの歴史、子どもたち自身の興味・関心を大事にしながら働くことの意義を伝え、17年度に国の「キャリア教育アワード」で経済産業大臣賞(大賞)、また20年度に「青少年の体験活動推進企業表彰」で最優秀賞である文部科学大臣賞をいずれも鉄道会社として初めて受賞しました。

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沿線の小学校で教える出張授業(阪急電鉄提供)

ひとり親家庭の子どもを支援し、環境保全をサポート

ホテルの宿泊客で連泊の際に「タオル・シーツを替えなくていい」と言っていただく方がいます。その費用分を、環境保全に取り組む3団体のいずれかに寄付しています。また阪急交通社では、自然景勝地を守るため、微生物の力を使ってし尿を分解する環境保全型トイレを屋久島や熊野古道、釧路湿原などに寄付してきました。

NPOなどとの連携では、グループの従業員から募金を集め、その募金額と同額を会社が拠出する「阪急阪神 未来のゆめ・まち基金」を09年につくり、沿線地域で環境や次世代育成に取り組むNPOなどに助成しています。

ひとり親家庭の子どもに無料の学習塾を提供する団体、重い病気とたたかう子どもたちを支援する団体、西宮市の甲山(かぶとやま)で耕作放棄地の再生と農業体験に取り組む団体、川の保全や森林保全をする団体などをサポートしてきました。

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入院中の子どもたちに笑顔を届ける臨床道化師の派遣(日本クリニクラウン協会提供)
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環境保全活動を体験する子どもたち(こども環境活動支援協会提供)

走るSDGsトレイン

1990年に大阪市の鶴見緑地で開かれた「国際花と緑の博覧会」(花の万博)を記念し、93年に環境問題や多様性の研究で世界的な業績をあげた方を表彰するコスモス国際賞が創設されました。その公益財団法人の理事長をしています。

2015年に国連でSDGsが採択された直後の授賞式で、SDGsの重要性を認識しました。SDGsは世界共通の課題であり、私たちがこれまで進めてきた取り組みにも合致します。18年には大阪・関西万博の25年開催が決定し、まさにSDGs万博にしようと動き出していました。

そこで、「未来のゆめ・まちプロジェクト」が10周年を迎えた19年5月から「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち号」を運行し始めたのです。外務省の方からは「電車で広報することが夢だった」と非常に喜ばれ、ニューヨークの国連本部でもこの取り組みを紹介してくれました。

車体にはSDGsをイメージしたイラストをラッピングし、車内広告でSDGsの目標などを解説しています。さらに20年9月からは、列車の走行にかかる電力は実質的に再生可能エネルギー100%にしました。

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阪急神戸線を走る「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち号」(阪急阪神ホールディングス提供)

一方、関西だけでは限りがあり、首都圏での普及も必要です。首都圏を走る東急グループにお声をかけ、20年9月からは阪急・阪神・東急で走らせています。このような取り組みをご評価いただき、同年12月には、政府の第4回ジャパンSDGsアワードで特別賞も受賞しました。

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撮影・滝沢美穂子

「サステナビリティ宣言」を発表

これまで当社グループでは、ゆめ・まちプロジェクトだけでなく、事業を通じてSDGsに関わるさまざまな取り組みを進めてきましたが、実は体系的にメッセージとして発信していませんでした。ご乗客の方々や沿線住民、投資家の皆さん、従業員に取り組みや考え方を広く正確に伝えたいと考え、20年5月に「サステナビリティ宣言」を発表しました。

日本生産性本部・サービス産業生産性協議会による日本版顧客満足度指数では、近郊鉄道で阪急電鉄が12年連続、百貨店で阪急百貨店が4年連続首位です。こうした社会からの信頼が大切だと考えています。

そのためには従業員の満足度が高くなければいけません。従業員の満足度が高い企業はサービスの質が向上し、顧客満足度が上がります。それによって利益が上がり、株主の利益も上がるという持続的な成長につながります。

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阪急阪神ホールディングスの「当社グループの重要テーマと関連するSDGs」(阪急阪神ホールディングス提供)

車掌や運転士、マンション、ショッピングセンターで女性が活躍

2年に1回、社内で従業員満足度調査をして、個性と能力を最大限発揮できる環境づくりに役立てています。当社グループはホテルや阪急交通社、宝塚歌劇団などに女性が多く、中核会社の新規採用者の約48%が女性です。

一方、これまで鉄道や不動産は男性が多い職場でした。私も若いころに車掌、運転士の経験がありますので少し心配しましたが、女性が車掌や運転士を務めるようになってもまったく問題ありませんでした。

マンションはむしろ女性の目線が必要で、日常生活に役立つきめ細かい設計が求められます。またショッピングセンターのコンセプト作りやテナント構成といった企画においても女性の感性は重要です。

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ショッピングセンター「阪急西宮ガーデンズ」本館(阪急阪神ホールディングス提供)

千里中央にサテライトオフィス

新型コロナウイルスの感染拡大では、鉄道事業の営業利益が20年度の第1四半期に大きなマイナスとなりましたが、第2四半期ではイーブン、第3四半期にはプラスになっています。ただしホテル事業は厳しい状況が続いており、大幅な赤字が予想され、これを機に将来に向けた構造改革に取り組んでいく必要があります。

コロナ禍では、移動しなくても、海外に行かなくてもオンラインで問題なくできる仕事もあることがわかりました。長距離の移動はコロナ収束後も減る可能性があり、ホテルや新幹線、飛行機といった長距離の移動に伴う業種がどうなるか、見極めが必要になってくると思います。

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千里中央駅前に開設するサテライトオフィス(阪急阪神ホールディングス提供)

これまでは都心に仕事場があり、郊外の住居から離れた職場に通勤するスタイルでした。今後は都心に行かず、居住地に近い郊外のオフィスで働く人も出てくると思われます。阪急阪神不動産も法人向けサテライトオフィス事業を始め、まず21年4月に千里中央駅(大阪府豊中市)前の阪急千里中央ビルに開設します。

カーボンニュートラルの課題解決が重要

今後の社会は健康、ジェンダー平等、カーボンニュートラル(CO₂排出を実質ゼロ)がより重要です。ギアを上げ、取り組みを進めていく必要があります。

とくにカーボンニュートラルはCO₂を排出しない水素エネルギーの技術開発などに巨額の資金が必要です。財源をどうするかを考えないと追いつきません。

日本は社会保障にお金がかかり、財政は厳しい状況です。社会保障を維持しながらカーボンニュートラルも実現していくために、消費税を社会保障・環境税にしてはどうでしょうか。

モノ・サービスの供給にはエネルギーが使われていますから、セーフティーネットを確保するための社会保障と組み合わせて、CO₂排出を抑える環境保全のために使う税とすれば納得も得られるのではないでしょうか。

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撮影・滝沢美穂子
阪急阪神ホールディングス
1899年に摂津電気鉄道(現・阪神電気鉄道)、1907年に箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)が創立された。阪急は13年に宝塚唱歌隊(後の宝塚歌劇団)、24年に宝塚大歌劇場(兵庫県宝塚市)、29年に大阪・梅田に阪急百貨店(現エイチ・ツー・オー リテイリング)をつくり、阪神は24年に甲子園球場(後に阪神甲子園球場に改称)、35年に大阪野球倶楽部(大阪タイガース、後の阪神タイガース)をつくった。2006年10月に経営統合し、阪急阪神ホールディングスに。阪急は神戸線・宝塚線・京都線・神戸高速線などの計143.6㎞、阪神は阪神線・阪神なんば線などの計48.9㎞。ほかに阪急阪神不動産、阪急交通社、阪急阪神エクスプレス、阪急阪神ホテルズなどのグループ会社がある。19年度の営業収益(連結)は7626億円。20年3月末の従業員数(連結)は2万2800人。
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