丸井グループが2050年という超長期ビジョンを作った理由 ビジネスパーソンのためのSDGs講座【8】


慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。
「共創サステナビリティ経営」を進める丸井グループは2019年、50年に向けた長期ビジョンと目標を公表した。その時に、どのような社会になっているか、どのような会社になっていたいかを考え、その結果として将来世代を顧客や社員と同じように重要なステークホルダーと位置づけた。そして、その世代のために、持続可能な社会や地球環境の保全などの実現に、全力をつくすことを宣言した。
SDGsの目標年次は2030年だが、あえて50年という長期目標を設定したところに、丸井グループの特徴がある。
2050年という超長期ビジョンを作ることは企業としては珍しい。最近でこそSDGsの普及で30年までの長期ビジョンや長期経営計画を作成する企業が多くなったが、それでも上場企業の一部だ。まだ3年単位の中期経営計画が主流だ。
長期の未来予測、特に経済予測や技術の進化の予測は外れることのほうが多い。また、「VUCAの時代」(注)といわれるように、コロナ禍になったり、大きな災害がたびたび発生したり、政変が起きたりと、予想のできないことが次々と起こる状況だ。未来予測が比較的当たるのは人口予測くらいだ。
そうなると、せっかく苦労して作った未来予測は無駄になると考える企業も多い。しかし、未来予測を参考にし、こうありたいという社会を考え、作っていく指針となると話は別だ。必要なのは正確な未来予測ではなく、ありたい社会や企業の形、目指す方向性だ。
(注)VUCA (ブーカ)
Volatility(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(あいまい)という四つのキーワードの頭文字から取った言葉。経営環境や市場、組織、個人などあらゆるものを取り巻く環境が変化し、将来の予測が困難になっている状況を意味することば。
丸井グループでは2016年ごろからSDGsやESG(E=環境、S=社会、G=企業統治を重視する投資)への取り組みを加速させた。契機は2000年代後半、業績が大きく落ち込み、深刻な経営危機に陥ったことだ。青井浩社長はその打ち手の一つとして、企業風土改革に取り組む。
「手挙げ」と呼ばれる、一人ひとりの社員が「自ら手を挙げて」主体的にプロジェクトに取り組むようにしたことはその代表だ。「手挙げ」をする社員によって事業戦略が立てられ、LTV(Life Time Value=生涯利益)などの考え方や、さまざまな新規プロジェクトを生み出した。
そして、長期ビジョンの策定に取り組む。すべてのステークホルダーとの共創により、「課題」を「価値」に変えていくためには超長期のビジョンが必要だと考えた。策定にあたって、1年間かけて役員や社員と議論した。また社員が起点となった「未来創造ワークショップ」を実施した。その結果として2050年に向けて掲げたビジョンは「ビジネスを通じてあらゆる二項対立を乗り越える世界を創る」というものだ。
グローバル化が引き起こす対立、先進国と発展途上国、所得格差、気候変動などさまざまな社会課題があり、一部の人が「しあわせ」になってもそれは社会全体の「しあわせ」ではない。すべての人が「しあわせ」を感じて、豊かな社会になる。そのために「インクルージョン(包摂)」を掲げた。これは、これまで見過ごされてきた弱者やマイノリティーなどすべてのものを包含するという意味だ。インクルージョンは理念であるとともに経営戦略そのもので、二項対立を乗り越えて、社会課題の解決と企業価値の向上を同時に実現していくためのキーワードであるとしている。
具体的には下記のような三つの世界像が挙げられている。
一つ目は、「『私らしさ』を求めながらも、『つながり』を重視する世界」だ。ダイバーシティー推進により高齢者、LGBT、外国人や障がい者などすべての人が「私らしさ」を追求し、マイノリティーがなくなる社会となる一方、国や人種を超越したつながりを楽しむ世界を想定した。
二つ目は、「世界中の中間・低所得層に応えるグローバルな巨大新市場が出現する世界」。現代は格差が広がり「超富裕層」対「中間・低所得層」という構図が生まれているが、世界中の中間・低所得層に共通した社会的ニーズや課題、さまざまな機会にあふれた大きな市場が出現する。
そして三つ目が、「地球環境と共存するビジネスが主流になる世界」である。自然環境は、これまでの大量生産と消費を支えきれなくなり、地球環境と共存するビジネスだけが生き残れる世界が訪れると予測。レスポンシブル・コンシューマー(社会や環境に対する影響を自覚し行動する消費者)が主流となる世界だ。
これらのテーマに対し、ビジネスモデルとしては、共創を基盤とした「共創ビジネス」「ファイナンシャル・インクルージョン」「世代間をつなぐビジネス」の三つのビジネスを設定している。そしてそれぞれは互いに重なりあっているものだ。
通常、小売業のマーケティングでは、人数が多いマジョリティーの部分しかターゲットにしない。サイズが大きかったり、小さかったり、あるいは購入者が少数しかいない品ぞろえをしておくことは、小売業にとってはコストだ。
しかし、丸井グループはインクルージョンを掲げて、マイノリティーも含めて「すべての人」をターゲットとした。そもそも丸井グループでは、売り場では商品を見てもらうことを中心にする「売らない店」に転換しようとしており、EC(Electronic Commerce=エレクトロニック・コマース)サイトで購入してもらうEC戦略を推進している。ネットであれば、さまざまなサイズの商品に対応しやすく、また一人の顧客と長く付き合うといった戦略が立てられるのだ。一度購入した商品をまたネットで買ってもらう、つまり長く付き合ってもらうということを目指し、クレジットカード「エポスカード」という決済機能を自社で持つ強みを生かしながら、積立型投資信託や再生可能エネルギーであるみんな電力も販売している。
そして、重要なステークホルダーとして、顧客、社員、株主、社会とともに、将来世代を設定した。将来世代に向けて経営をしていくという意思の表れだ。そもそもSDGsは何のためにやっているかと言えば、将来世代に対して良い環境や社会を残していくことが目的だ。将来世代を顧客や従業員、株主、社会などと同様に重要なステークホルダーに設定することにより、社員の意識や行動は変わる。
丸井グループの労働組合は研修旅行として2018年から徳島県上勝町を訪れている。ここには、料亭などで使う料理に添えられる「つま=葉っぱ」を高齢者が集めて出荷する「葉っぱビジネス」として有名な企業、株式会社「いろどり」がある。地域づくりとは何か、どのようにしてビジネスモデルをつくったか、どのようにして人や地域を巻き込んでいったのかなどについて、いろどりの横石知二社長に話をうかがい、小さな町のサステナビリティーを学ぶことで、自分の仕事に役立てる。このように労働組合が自ら、サステナビリティーを自分ごととして腹落ちさせる取り組みも行っている。
丸井グループは青井社長が創業家出身ということもあり、経営そのものが長期視点だ。SDGsやESGも長期視点なので、もともと投資家から短期で評価してほしくないという思いがある。またそれらは一朝一夕でできるものではない。ビジョンの浸透とあわせて、企業風土改革やインクルージョンというコンセプトが、ビジネス変革やソーシャルインパクトという結果として表れてきている。
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