GIGAスクールで変わる「学び」の姿 足立区西新井小学校に見る「いま学校は」

この春から本格スタートした「GIGAスクール」構想。児童・生徒にタブレットなど1人1台の端末が配られ、デジタルを活用した授業が本格的に始まった。家庭の中に小学生がいればまだしも、授業といえば「黒板に先生が板書し、それをノートに書き写す」「答案用紙に書いて提出する」といった世代にとっては、どんな授業が行われているかちょっと想像もつかない。「いま学校は?」。ICT教育に積極的に取り組み、モデル校にもなっている、足立区立西新井小学校(加納和彦校長)の6年生の授業をのぞかせてもらった。(編集部・金本裕司、写真はすべて朝日教之撮影)
5月20日午前10時40分、3限を知らせる昔ながらのチャイムが鳴った。
6年1組の社会の授業スタートだ。
「はーい、みなさん、先生の画面(モニター)見てください。昨日の学習はなんでしたか?」
担任の今野拓洋先生が呼びかけると、教室のあちこちから「区の住区センターです」と声が上がった。
「住区センターは誰が作りましたか?」
「区役所の人たちです」
言葉のキャッチボールは滑らかだ。

この日の課題は、前日の授業を一歩進めて、区役所と区議会の役割、その違いを児童に考えてもらおうというもの。堅い言葉で言えば、三権分立、「行政」(区役所)と「立法」(区議会)の違いを、一番身近な自治体に置き換えて考えてみようという狙いだ。
子どもたちの机には、教科書、ノート、そしてキーボード付きのタブレット。タブレットはB5サイズで、キーボードを裏側に折り返せば、タブレットだけとしても使える。GIGAスクール時代の「三種の神器」のようにも見える。
今野先生が、授業のために用意した資料が二つある。各家庭に新聞折り込みで届く区役所の「あだち広報」と「足立区議会だより」だ。
かつての授業であれば、授業用に区から取り寄せ、それ自体や教員が必要な箇所をコピーした資料を、前の席から回していくのが普通。しかし、デジタル時代では当然そんな手間はかからない。
「はーい、じゃあ資料を送ります。最初に区役所について考えてもらいます。足立区の広報です。7分間で区役所の仕事を調べて、ノートに書いてください」
今野先生がそう呼びかけながら教員用のパソコンを操作し、PDFを送信すれば、直ちに児童に届く。

児童たちは、自分のタブレットで資料を開き、指先でページを繰ったり、読みたい部分を拡大したり。タブレットの画面を見ながら、前後の友だちと相談したり。先生が教室を回り、必要なアドバイスをしているうちに7分がたち、発表時間に。
「65歳以上のワクチン接種です」
「子育てや教育のこと」
「区のコロナウイルスの情報」
「ハクビシン、アライグマの駆除」
次々と手が上がる。

「行政」のほうのイメージはわかったとして、次は「立法」のほう。
今野先生は「今度は区議会だよりというのを送りますね。さっきの区役所のやっていることと少し違いますよ」。また、資料が送信され、7分が過ぎると――
「寄付行為の禁止」
「家庭学習支援の開始」
「予算について」
「65歳以上のインフルエンザワクチンの無料化」
「区が何かを買ったりするのを決める」
と声が上がった。
子どもたちに「考えさせる」授業の作りとして、今野先生はもう一段踏み込む。
「さっきの区役所もコロナワクチンのことやっていたよね。区議会もワクチンのことをやっているね。どう違うのかな?」
児童の一人が立ち上がり、「区議会は話し合うところだと思います」。今野先生が「そうだね、こっち(区役所)は実行するところ。こっち(区議会)は・・・・・・」と問うと、「話し合って決めるところ」との答えが返ってきた。
授業の締めくくりは、今日の「学習課題」のまとめだ。児童が考えを書き込むフォーマットを先生が送信した。
課題は「区民の願いを実現するために、区役所や区議会はどのようなはたらきをしているのだろう」。

しばらく考えた後に、児童たちはキーボードを使って考えを書き始めた。3年生からローマ字を習っているので、入力はローマ字変換。課題の提出も当然、オンラインでの送信で、すぐに先生の手元に集計される。
「はーい、今は3人ですね。感想まで書けなくてもいいので、今日は出して終わりにしましょう」
終了のチャイムが鳴り、45分の授業はあっという間に終わった。

子どもたちはどう受け止めているのか、休み時間に聞いてみた。
三國恋心(ここ)さんは、自宅でもタブレットを使っている。「先生が、黒板に書く分が楽になるので、効率的で分かりやすいと思います。ローマ字変換も慣れてきました」と言う。
安藤迅人(はやと)さんも、自宅ではパソコンを使っていて、「新しいやりかたでいいと思います」。ただ、ノートに書く機会が少なくなるのと、パソコンの扱いに慣れない友だちもいるので、「できれば両方を使うのがいいと思う。漢字はやはり書いて覚えます」と言う。
では、足立区の小学校ではICTの整備状況はどうなっているのか。
現在足立区にある69の区立小学校(※中学校は35)のうちで、西新井小学校は規模の大きい学校に入る。創立90年を超え、現在は1クラスが約30人で、各学年3クラス。約540人の児童が通っている。
2016、17年度に「東京都公立小中学校ICT教育環境整備支援事業」の指定校になるなどICT教育に積極的に取り組んできた。現在は、区の情報教育拠点校に指定されている。
その西新井小学校でICT教育の中心になっているのが、6年1組担任の今野先生だ。
今野先生や加納校長は、「コロナの前と後とでは、ICT環境は激変した」と言う。
足立区で、児童・生徒に「1人1台」の端末を配るには、区全体で約4万5000台が必要。コロナ前に区が持っていた端末は5000台ほどで、コロナ後に約1万台を急きょ購入し、オンライン学習に必要な端末や通信環境が無い家庭に貸与した。その後、区は年度末に貸与した端末の回収を指示し、学校が保管している。
春からスタートしたGIGAスクール構想用には、残る3万台の整備が必要で、区は国の補助を受けて購入し、順次、小中学校に配布している。
区のモデル校になっている西新井小学校は、配備が優先されるため、5月末には1人1台が実現した。区内の全小学校への配備が終わるのは、9月ごろになるのではないかと見られている。
GIGAスクール構想のメリットとして国などが挙げるのが、先生が教壇から一方的に教える「一斉教育」から、児童・生徒の学習進度に合わせた「個別最適な教育」への変化だ。30人の児童を相手に、現場で果たしてこれは可能なのか。
今野先生は「これまでは、全体の進捗(しんちょく)を考えなければならなかった。これからは、早く目標に到達した子どもには、『次をやってみる?』といった指導が比較的やりやすくなります」と言う。
確かに、児童が個々に端末を持つようになれば、それぞれの学習進度を見ながら個別に対応し、次の課題に進ませるといったことは可能だ。
ただ、それをこなすには、教員の技術や力量も必要になってくるようだ。
これから、児童の「学び」の姿はどう変わるのか。
加納校長は、これまでの教育を「壁新聞」にたとえる。
「グループで壁新聞を作る時、構成力のある子が全体を考え、字のうまい子が書き、絵の得意な子が絵を描く。ほとんど作業をしない子もいる、というのがこれまでの授業です」
一人ひとりが端末を持つ環境になると、それはどう変わるのか。
加納校長は「これからも『壁新聞』的な共同作業もなくならないと思いますが、機械の力を借りて、一人ひとり自分の作品を作ることができるようになるでしょう。絵が苦手な子は、イラストを探して使えばいいし、構成も自分なりに考えるようになる。1人1作品の時代になると思っています」と展望する。

今後の課題の一つに、2024年度から本格導入が検討されているデジタル教科書がある。子どもの発達への影響など、賛否さまざまな声がある。
現場を担う今野先生は「私はノートも鉛筆もなくならないと思います。一方でタブレットを使うことで自分が思った表現方法ができるんだ、という経験もすることになる。『二項対立』ではないと思っています」と話している。

ICTは「Information and Communication Technology」=「情報通信技術」の略。インターネットのような通信技術や、それを利用した産業やサービスなどの総称。政府や自治体は、ICTを活用した教育を推進しており、学校へのタブレット配備など環境整備を進めている。
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