SDGs ACTION!

人権が厳しく問われる時代、ビジネスのあり方は ビジネスパーソンのためのSDGs講座【11】

人権が厳しく問われる時代、ビジネスのあり方は ビジネスパーソンのためのSDGs講座【11】
横田アソシエイツ代表取締役/横田浩一

art_00092_prof

横田浩一(よこた・こういち) 慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。

新疆ウイグル、ミャンマー問題にどう対応?

人権に関する企業の方針や対応が、経営やビジネスに大きく影響を与え始めている。最近では、中国・新疆ウイグル自治区産の綿の使用や、ミャンマー国軍と関係の深い現地企業との取引や合弁などに、企業がどう対応するかが注目されるようになった。これらは不買運動に発展したり、サプライチェーンでの人権に関する法律が整備される国が増加し、輸出に影響がが出たりと、ビジネスそのものだ。人権の尊重は、上場企業が取るべき行動を定めたコーポレートガバナンス・コード(企業統治原則)(注1)にも明記されている。ESG投資が拡大する中で、投資家から企業の人権に対する方針や行動についての情報開示や改善を求めるプレッシャーが強まる。ビジネスと人権の流れと内容について見てみよう。

(注1)上場企業が企業統治(コーポレートガバナンス)においてガイドラインとして参照すべき原則・指針。東京証券取引所と金融庁が日本版コーポレートガバナンス・コードを制定し、2015年6月から上場企業に適用している。

art_00136_本文1 パン焼きUN7111284_2ce_
国連のプログラムで、パンを焼く訓練を受ける女性たち、リベリア=2018年(UN Photo/Albert González Farran)

日本政府は「『ビジネスと人権』に関する行動計画」発表

日本政府は2020年10月に、「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を発表した。企業はもちろん、政府、政府関連機関および地方公共団体、社会全体の「ビジネスと人権」への理解促進と意識向上および行動が目的だ。

意識向上については、トップが人権にコミットメントし、人権尊重の方針を社内外に掲げる企業が増えてきた。役員や社員に対して人権の研修を実施しているところも少しずつ増加しているようだ。行動計画では、企業のサプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備が指摘されている。調達においてトレーサビリティー(商品がどこで製造、流通、販売されているのかを把握する仕組み)をしっかり実施、たとえば児童労働や長時間労働など人権問題を起こしている調達先がないかを把握し対処することが必要だ。

そのうえで救済メカニズムの整備や改善を行う。トラブルがあった場合に、どこに連絡したらよいかを明確にし、トラブルが起きた時はそれを把握するためのシステムを整備する。そして、トラブルをどのように改善していくか、行動が求められている。

「行動計画」においては、企業の責任を促すための政策として、各省庁の政策とひもづけ、業界団体等を通じた日本企業に対する行動計画の周知、人権デュー・ディリジェンス(注2)に関する啓発、「OECD(経済協力開発機構)多国籍企業行動指針」(注3)、「ILO(国際労働機関)宣言」(注4)および「ILO多国籍企業宣言」(注5)の周知、海外進出日本企業に対する行動計画等の周知、「価値協創ガイダンス」(注6)の普及、女性活躍推進法の着実な実施、環境報告ガイドラインに則した情報開示の促進などが挙げられている。

(注2)人権デュー・ディリジェンス:企業が強制労働や児童労働、ハラスメントといった人権侵害のリスクを特定して、予防策や軽減策をとること。特にサプライチェーンにおいて児童労働などが発覚した場合には改善を要請し、その結果のトレーサビリティー、情報開示を行う。

(注3)OECD多国籍企業行動指針:1976年、行動指針に参加する国の多国籍企業に対し、企業に対して期待される責任ある行動を自主的にとるよう勧告するため策定された。行動指針には法的拘束力はないが、持続可能な開発を目指した経済面、社会面、環境面の基準すべてが包括され、国際的な企業の社会的責任が求められることになる。

(注4)ILO宣言:1998年のILO総会で採択された「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」。経済のグローバル化に伴う貧富の差の拡大などを排除することを目的に、すべての加盟国は労働基準に関する原則を尊重し、促進し、かつ実現する義務を負うことを宣言した。

(注5)ILO多国籍企業宣言:1977年にILO理事会で採択された。企業が世界各地における自社事業を通じて、いかにディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現に寄与するか、その方法についての指針。

(注6)価値協創ガイダンス:経済産業省が2017年5月に発表した投資家向けの企業の情報開示モデル。企業にとっては、投資家に伝えるべき情報(経営理念やビジネスモデル、戦略、ガバナンス等)を体系的・統合的に整理し、情報開⽰や投資家との対話の質を⾼めるための⼿引。情報開示すべき項目にESG関連を多く含む。

<企業における人権への取り組みの順序>

画像2
(「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」から)

各国に対応求める国連「指導原則」

この背景には、2011年に国連で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」がある。この指導原則は、企業活動における人権尊重の指針を示したもので、3項目からなる。一つ目は人権および基本的自由を尊重、保護および実現するという国家の義務、二つ目は適用されるべき法令を順守し人権を尊重されるよう求められる企業の義務、三つ目はそれらが侵害されたときの救済の必要性からなる。そして、指導原則では各国に行動計画を策定するよう推奨している。

G7やG20の首脳宣言でも行動計画について言及されており、SDGs実現に向けた取り組みの一つと位置づけられている。「2030アジェンダ」では「誰一人取り残さない」という共通のキーワードのもとSDGsの17目標が採択された。その中に、持続可能な開発における課題解決のための創造性とともに、「ビジネスと人権に関する指導原則」において労働者の権利や環境、保健基準を順守しつつ創造性をもって活動にあたることが明記された。日本においてもこれらの項目は、政府のSDGsアクションプランに位置づけられている。

そしてESG投資の項目のうち、S=社会については、男女の賃金格差、非正規雇用の割合、人権の方針、反差別に関する方針、労働安全衛生方針、児童労働・強制労働に関する方針などの情報開示を求められる。

この指導原則では、企業は人権を尊重する責任を果たすというコミットメントを表明することが必要だ。具体的にはホームページなどで、自社の人権に対する考え方を発表する。そして人権への影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するのかについて責任をもつ人権デュー・ディリジェンス・プロセスを行う。「サプライチェーン」の場合と同様に、社内外にどのような人権リスクがあるかを調べ、問題が起きたときの連絡や相談、そして解決策を助言してもらえる組織を設置することが必要だ。

<国連「ビジネスと人権に関する指導原則」で企業が求められている
「人権方針」の策定に必要な5つの要件(指導原則16)>

5つの条件 外務省資料から
(外務省「ビジネスと人権とは?」から)

どこから調達し、だれが製造したのか

中でも、現在話題になっているのはサプライチェーンの課題だ。企業の調達はいくつもの会社を通じて行うことが多く、また多岐にわたるので、調達先における労働実態を調査することは大変だ。例えば日本に輸出される農産品や加工品は、農場から収穫集積所などを経て、企業を経由する。それも複数企業があることが普通だ。

そうすると、日本企業が直接農場で労働に従事する人たちの労働実態を把握することはなかなか難しい。例えば、調達先の農園の労働者に定期的にアンケートを行い、そのデータをNGOや取引先企業を通じて発注元の企業が得る仕組みなどの整備が必要だ。

同様に日本国内でも外国人技能実習生の労働環境についての課題に対し、取引先の外国人労働者の労働実態調査をNGOと協力し、アプリを活用して実施している企業もある。

最近では消費者の人権も注目されている。例えばネット上の個人データ利用も問題だ。個人データが企業によって利用され、その人のことを知りすぎた広告がネット上に掲出されることが多い。プライバシー保護の観点から、個人の情報をベースにした広告は問題が多いとされている。またSNSでの誹謗中傷やいじめなども大きな課題だ。

このように人権の範囲は広い。行動計画では、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)、子どもの権利の保護・推進、SNSやAIなど新しい技術の発展に伴う人権、消費者の権利、法の下の平等(障がい者、LGBTQなど)、外国人材の受け入れ・共生などのテーマが挙げられている。

art_00136_本文2 送り出し機関で日本企業の採用面接に臨むベトナム人の若者たち。
送り出し機関で日本企業の採用面接に臨むベトナム人の若者たち=2020年2月、朝日新聞撮影

「同質」社会の日本、もっと人権に感度を

日本人はもともと農耕民族のせいか、どうしても同調圧力が強い。同質の文化を持つ組織で行動してきた。それが影響してか、マイノリティーの人権に鈍感だ。社会課題に目を向け、人権がビジネス活動において大切で、かつリスクになるのだという感度を上げるための教育がまずは大切だと感じている。ダイバーシティー(多様性)、インクルージョン(包摂)の取り組みそのものだ。ある日突然NGOから調達先の労働者の人権に関しての公開レターが来る時代だ。企業における人権への取り組みの重要性に対する認識が大切だ。

この記事をシェア
関連記事