課題見つけ、解決策を考える力を子どもたちに 戸田市・戸ケ﨑教育長、ICT教育を語る

1954年生まれ。元は数学の教員で、戸田市の小中学校の校長、同市や埼玉県の指導主事などを経て、2015年から同市教育長。中央教育審議会など国の多くの審議会・有識者会議などで委員を務める。
この春からGIGAスクール構想がスタートし、ICT教育の実践が本格化してきた。埼玉県戸田市でICT教育に長年携わり、国の審議会などで委員も務める戸ケ﨑勤教育長は、社会の変化に伴って、子どもたち自らが課題を見つけ、解決策を考える力を身につける必要性を強調する。その一方で、ICT教育にこそ、「アナログ的」図書館の活用が極めて重要と説く。その真意はどこにあるのか。(聞き手 編集部・金本裕司)
知識詰め込み式は通用しない時代
――そもそもですが、どうしてICT教育が必要なのでしょうか。
「教室でテストを受けるシーンを思い浮かべてもらえばいいのですが、これまでは、机の上を片付け、自分の記憶を頼りに必死に正解を出すことが求められました。昔はそういう知識を詰め込んだ子どもが博識と重宝された時代もあったかもしれません。しかし、これから子どもたちが社会に出て、それを求められる場面があるでしょうか。すぐ『ググれ』が普通の時代です。より大事なのは、発想力、企画力。さらに、これまで学校で教えてこなかったプレゼンテーションやコミュニケーションの能力です」
「必要なのは、課題を自分で見つけ、解決方法を考える能力です。課題が見えたら、人に聞いたりチームを組んだりして解決方法を考える。それが実生活でも生きてくるし、そういう力を身につけていなければ、社会に出てから間違いなく困るだろうなと思っています。国語、算数、理科、社会など教科の学習を軽視しているのではなく、それらを結びつけ、課題を見つけていくことが大事です」
――ICT教育の現状をどうお考えですか。
「私は政府の会議などで、『世界の後塵(こうじん)を拝している』と言い続けてきました。実は2013年に国は『世界最先端IT国家創造宣言』というのを閣議決定しています。教育については、『学校の高速ブロードバンド接続、1人1台の情報端末配備を2010年代中には実現する』と明確に書いてあったのです。今の姿を10年代には実現するという目標でしたが、それがまったくできず、昨年初めからのコロナ感染症には対応できなかった。この春のGIGAスクール構想で、うちも含め1人1台は実現しましたが、13年の宣言に沿って取り組んでいれば、昨年の一斉休校などに全国の学校がもっと対応できたと思います」
「指導」から「学び」の教育へ
――1人1台が実現し、最低限は整ったという感じでしょうか。
「それはそうですが、私がいま一番思っていることは、せっかくの機器の使い方が『指導と管理』になっているということです。何かというと、パソコンは教師が教科を指導するための道具で、子どもたちが機器をきちんと使っているかを管理している。それではだめなんです。『指導』の道具ではなくて、子どもたちが使って『学ぶ』ものにしないといけない。そうすれば、子どもたちは自分の機器を大事に使います。教師が管理しなくても、子どもたちが『愛用』します。『学びと愛用』に変えることです」
――「指導」でなく、自発的な「学び」を促すというのは、先生の側も経験やスキルが必要ですね。
「私は、先生方に情報端末を『とにかくたくさん使う経験をしてみて』と言い続けてきました。教師も習うより慣れろです。そして大切なのは、『子どもから学べ』ということです。子どもたちは自由にやらせればすぐに慣れて使い始めます。そして『先生わかんないんだよね、どうやるの』と子どもたちに聞けばいいのです。子どもに聞くなんてとんでもないというようなプライドを捨てて。子どものほうも聞かれたということでモチベーションが上がるのです」

図書館の背表紙から得る「気づき」が大切
「もう一つ強調したいことがあります。図書館の重要性です。ICT教育の中では、本が並んでいるのはアナログな感じで、現在、あまり注目されていませんが、逆です。どういうことかというと、パソコンを通した学びだけでは、パソコンの中で学んだ範囲のものしか入ってこなくて、視野が狭くなりがちです。レコメンド機能で、その人に都合のよいものだけしか目に入らない。ネット書店で本をレコメンドしてくるのと同じです。パソコンの世界には一覧性、俯瞰(ふかん)性がなく、外の世界に触れることがない」
「図書館に行けば、自分の関心のないものでも、背表紙を通じて目に入ってくる。自分の好きなもの、関心のあるものではなくても、こういうことを考えないといけないんだという気づきがある。だから図書館が重要なのです」
――子どもたちに、図書館に目を向けさせることはできるでしょうか。
「動機づけが必要です。まずは、おもしろそうだな、やってみようと行動を喚起する。その気持ちを持続させ、さらにもっと調べてみようという気持ちを起こさせることです。調べてみようと言えば、子どもたちは『ネットで』と言うでしょう。それに対し、調べる方法はいろいろあるよ、図書館で調べるのはどう、と誘導することです。図書館に行けば、必ず子どもたちには気づきがありますから。今後は、図書館の利用がより高まってくるはずだと思っています」

AIで代替できない力を育てる
――戸田市は先進的にICT教育に取り組まれてきたと思いますが、どのような方針で進められてきたのでしょうか。
「教育改革のコンセプトがいくつかあります。まず、『AIでの代替は難しい力の育成』ということです。AIというのは心がないもの、繰り返しの計算とか、ルールに沿った処理とかは、人間の力をはるかに超えている。『AIなんて』と批判ばかりしている時代ではない。AIを使いこなす力をつけることが必要です」
「では、AIに代替できないものとは何かというと、人間ならではの豊かな感性とか人間ならではの創造力とかです。感覚的に考えるなど人間ならではのものが大切です。だから、AIを使いこなす力、代替できない力の両面を育てていきたいと考えています」
――具体的にいうとどのような能力でしょうか。
「AIに代替できない能力を、私は、①21世紀型スキル②汎用的スキル③非認知的(社会情緒的)スキルの三つに分類しています。『21世紀型スキル』というのは最初にも言った、今後、社会の変化に伴って必要とされる能力です。プレゼンテーション、ネゴシエーション、コミュニケーション能力などで、新たな社会に向けたスキルです」
「『汎用的スキル』というのは、国語、算数、理科、社会など学校で習った知識をただ自分の中にため込んでおくのではなく、結びつけて、日常生活で活用できる能力です。『非認知的(社会情緒的)スキル』は、やり抜く力とか、協調性とか、テストでは測定できないようなものです。そうした能力を伸ばしていきたい」
「戸田市は荒川を挟んで東京に隣接し、子育て世代、子どもの数が増えている地域です。そうした地の利を生かし、民間企業や官庁、大学などの知見などをうまく使って、最先端の教育を進めたいと思っています」
年輪を育てるようにきめ細かく
――教育を進めるうえで大切なポイントはどこでしょうか。
「『経験と勘と気合い(3K)』から『客観的な根拠』へということを掲げています。これは何かというと、教育を受けたことがない人はいないので、誰でもその経験と勘で教育を語れるのです。しかし、大事なのはその経験ではなく、根拠は何かです。根拠に基づく教育にしていかないといけない。最近EBPM(Evidence-based Policy Making、根拠に基づく政策立案)ということがよく言われますが、エピソードの『E』ではなく、エビデンス=根拠の『E』にしないといけません」
「ただ、それを目指す中で、数的、量的なものだけで語っていいのだろうかという思いが芽生えました。量的なものだけで計るのは危険ではないかと。そこで、最近はエビデンスは大事だけど、『量的エビデンス』だけではなく、証拠や根拠を参照しながら、『質』を考えて実践する『質的なエビデンス』へ転換することを主張しています」
「私は『年輪教育』という言い方をしていますが、一気に成長しようとか、目標に駆け上がろうとかするのではなく、徐々に年輪が育つように成長していくことが大切だと思っています。しっかり年輪のある木は、製材したときに強いですよね。それと同じで、きめ細かい教育を長く続けていくことが大事です」

ICTとは「Information and Communication Technology」の頭文字をとった言葉で、日本語では「情報通信技術」。ICT教育は、パソコンやタブレットなどの端末機器、インターネットなど情報通信技術を活用する教育のこと。
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