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母鳥とヒナを家族ごと守れ ライチョウ復活大作戦②

母鳥とヒナを家族ごと守れ ライチョウ復活大作戦②

国の特別天然記念物・ライチョウは、本州中部の高山にのみ生息する「氷河期からの生き残り」です。近年、生息数が激減し、絶滅の恐れが高まっています。環境省は2019年から中央アルプス(長野県)で、前代未聞の「繁殖個体群復活作戦」をスタートしました。取材を続ける朝日新聞の山岳専門記者と映像記者がリポートします。

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近藤 幸夫(こんどう・ゆきお)
長野総局員兼山岳専門記者。1959年生まれ。信州大学農学部を卒業後86年、朝日新聞に入社。初任地の富山で山岳取材をスタートする。運動部(現スポーツ部)在籍時代に、南極や北極、ヒマラヤなど海外取材を多数経験。
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杉本 康弘(すぎもと・やすひろ)
東京本社映像報道部記者。1975年生まれ。2003年、朝日新聞社に写真記者として入社。東京、大阪、札幌を経て現職。サッカー南アフリカW杯や2021の東京五輪を取材。イラク・シリアで紛争や難民取材を経験。現在は中央アルプスでのライチョウ復活事業を追いかける。

生存率を上げるには

環境省が進める中央アルプスの「ライチョウ復活作戦」で、現場の指揮を執る信州大名誉教授の中村浩志さん(74)は、これまでわからなかったさまざまなライチョウの生態を解明してきました。それは、パズルのピースを一つひとつ埋めていくような地道な作業です。

復活作戦は、半世紀前にライチョウが絶滅した中央アルプスで、人の手によって永続的に繁殖可能な個体群をよみがえらせるという前代未聞のチャレンジです。成功の大きなカギを握るのは、木枠と金網で作ったケージを使う保護方法。高山のライチョウ生息地に設置したケージで、母鳥とヒナを家族ごと守るという仕組みです。

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ライチョウのヒナ=2019年7月10日、南アルプス・北岳
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ヒナを抱擁する母鳥=2019年7月12日、南アルプス・北岳

中村さんは、北アルプス・乗鞍岳(標高3026m)での調査から、ライチョウのヒナが孵化(ふか)後1カ月間に多くが死んでしまうことを明らかにしました。原因の一つは、ヒナが孵化する7月が梅雨時にあたるためです。雨の日が多く、高山では低温となり、自分では体温維持ができないヒナにとって脅威となります。もう一つは、孵化後1カ月のヒナは自分で飛ぶことができないため、天敵に襲われてしまうことです。

中村さんは、この二つの原因からヒナを守ることができれば、ライチョウの数を増やすことにつながると判断しました。ライチョウは一度に6~7個を産卵する多産の鳥です。孵化後、若鳥になれば、生存率はぐっと上がります。ヒナの時代を乗り切れば翌年には繁殖が可能になるので、生息数の大きな増加が見込めます。

特性生かしケージで保護

中村さんは、カッコウの托卵(たくらん)で世界的な業績を上げたほか、日本鳥学会の会長を務めました。口癖は「僕はね、鳥の気持ちがわかるんですよ」。長年の研究経験から、ライチョウの生態に見合った効果的なケージ保護を考え出しました。

古くからライチョウは、奥山(高山)にすむ「神の鳥」としてあがめられ、山岳信仰と結びついて、非常に大切にされてきました。ライチョウは人間のことを危害を加える敵とはみなさず、人が近づいても逃げません。飛翔(ひしょう)能力はありますが、ふだんはニワトリなどのように地表を歩いて過ごします。こうした習性がある鳥なので、ケージ保護が可能なのです。

まず、木枠と金網を使った組み立て式のケージを、ライチョウの生息地に設置します。2012年から、2700mの畳平まで道が整備されていて車で行ける乗鞍岳で試験を始めました。

ケージを設置したら、時間をかけて孵化したヒナと母鳥の家族を誘導します。収容後も、日中はできるだけ家族をケージの外に出して自由に生活させますが、天敵に襲われないよう、人がつきっきりで家族を見守ります。悪天時は、ケージにシートをかけて雨風を防ぎます。

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保護用のケージ=2019年7月19日、南アルプス・北岳
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ケージ内で過ごす母鳥とヒナたち=2019年7月11日、南アルプス・北岳

人との信頼関係がカギ

中村さんは、「飼育」ではなく、あくまで「保護」だと説明します。

「飼育は、動物園で人がすべて世話をして飼うことを意味します。しかし、保護は彼らを自由に生活させ、人が遠くから見守って、悪天候や天敵から守るのが目的です」

私も、乗鞍岳や中央アルプス・木曽駒ケ岳でケージ保護を取材しました。確かに、ライチョウたちをケージに戻す際も、ボランティアの人たちはケージへの「誘導路」の両側に立ち、ライチョウたちが自然にケージの中に入るよう努めていました。ヒナを捕まえてケージに入れるようなことはしません。

「ケージ保護が成功するかどうかは、母鳥と人間との信頼関係が一番大切です。もし、ヒナを捕まえたら家族はパニックになります。母鳥は人を警戒し、ヒナにも『人は危険』ということが刷り込まれてしまいます」

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散歩へとケージから飛び出すヒナたち=2019年7月12日、南アルプス・北岳
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外で過ごす母鳥とヒナたちを見守るボランティア=7月10日、南アルプス・北岳

ケージから外に出すことには、重要な意味があります。ヒナたちは、母鳥から食べられる高山植物や昆虫を教えてもらい、天敵から逃げる方法などを学ぶからです。ライチョウは、母鳥からの教育で生きる術を身につける社会性の高い鳥なのです。人の手では教えることができません。

2年目の2013年、ケージ保護しなかった家族のヒナは、孵化後1週間で3分の1に減っていました。親から独立する9月末まで生き残ったのは、わずか4%。過去6年間の調査でもっとも低い生存率でした。しかし、ケージ保護した3家族の生存率は9月末時点で69%という高い水準となり、ケージ保護の有効性が証明されました。「人の手でライチョウを守る」。世界でも例のないケージ保護の実用化にめどがついたのです。

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ライチョウのエサとなる高山植物=2019年7月11日、南アルプス・北岳
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中村さん自ら、エサを採りに山中を歩く=2019年7月11日、南アルプス・北岳

天敵が増えた原因

ライチョウの保護活動については、それまで大きな「壁」がありました。生息地である高山のほとんどが国立公園内のうえ、特別保護区に指定されています。樹木の伐採など厳しい規制があり、だからこそ自然環境が守られてきました。ライチョウのためとはいえ、人の手を加えることに環境省としては二の足を踏んできたわけです。

しかし、事態の深刻さは、既成の概念を守るだけでは解決しないところまできていました。1980年代の調査では生息数が3000羽と推計されていましたが、2000年代に入ると2000羽以下に急減しました。

減少の主因には、高山にかつてはいなかったキツネやテンなど新たな天敵が侵入するようになったことや、ニホンジカなどがライチョウの餌となる高山植物を食い荒らすようになったことがあげられます。いずれも、過疎化で里山が整備されなくなり、増えすぎた動物たちが高山へと生息域を広げたためです。つまり、人間の活動が、ライチョウの減少に拍車をかけているのです。

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北アルプス・東天井岳で、ライチョウのヒナを捕まえるニホンザル=2015年8月25日、中村浩志さん撮影

2020年春まで環境省信越自然環境事務所でライチョウ保護増殖事業を担当した福田真さんは、「これまでの『人は自然に手を加えず、ただ見守っていく』だけでは、もはや日本の貴重な自然や動植物は守れません。ライチョウの保護に必要なのは、科学的に正しく自然を見る力と、新たな試みへと一歩踏み出す勇気です」と力説します。

ケージ保護がもっとも必要だったのは、南アルプスの北岳周辺でした。1981年の調査では、63あったなわばり(オス、メスのつがい)が、ケージ保護を始める前年の2014年には8まで減少。ほぼ絶滅に近い状況に陥っていました。

環境省は5カ年計画で北岳周辺の「ライチョウ復活作戦」を実施しました。ケージ保護を考案した中村さんが、現場で指揮を執りました。しかし、作戦は困難の連続。初年度は2家族を保護し、ヒナ10羽を放鳥しましたが、2カ月後の調査では1羽も見つかりませんでした。2年目は3家族を保護し、15羽のヒナを放鳥しましたが、2カ月後に残ったのは2羽だけです。

ケージ保護が成功しても、大きくなったヒナがいなくなってしまう。「明らかに何かがおかしい」。中村さんも福田さんも疑問を持ちました。ヒントになったのは、16年に復活作戦を取材していた長野朝日放送が、ケージ周辺に設置したセンサーカメラの映像でした。ケージにテンが襲いかかり、金網越しにヒナを守ろうとして母鳥が足指をかみちぎられていたのです。

「放鳥後のヒナを襲った犯人は、テンなどの天敵ではないか?」。それまでも、ライチョウの減少理由として天敵の存在が指摘されていましたが、確実な証拠はなく、対策は見送られてきました。しかし、映像という動かぬ証拠が得られたことで、天敵の捕獲に取り組むことが可能になりました。

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南アルプス・北岳周辺で見つかったキツネの糞(ふん)。ライチョウの羽が確認された=2005年6月11日撮影、中村浩志さん提供

驚くべき目撃情報

「もしライチョウの生息数が回復しなかったら、すぐにやめる」を条件に、17年から3年間、北岳周辺でケージ近くにわなを仕掛けて、テンやキツネを捕獲しました。

効果はすぐに表れました。二つの山小屋で8匹のテンが捕獲されるなか、3家族を保護して16羽のヒナを放鳥したところ、2カ月後も15羽が無事に生きていたのです。翌18年も、放鳥した15羽のうち11羽が生存していました。

3年間でテン18匹、キツネ1匹を捕獲した結果、最終年の19年にライチョウのなわばり数は35に増え、ケージ保護前年の約4倍に回復しました。ケージ保護と天敵対策。この二つを組み合わせることで、ライチョウを短期間で大幅に増やせることが実証されました。

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南アルプス・北岳の山頂近く=2019年7月11日
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保護ケージの近くに設置された天敵捕獲用のわな=2019年7月11日、南アルプス・北岳

ライチョウを人の手で増やすめどがついた矢先の18年7月、環境省信越自然環境事務所に驚くべき情報がもたらされました。

「中央アルプスの木曽駒ケ岳でライチョウを目撃した」

登山者から目撃情報が寄せられ、写真が送られてきたのです。中央アルプスでは半世紀前にライチョウは絶滅したとされていたので、福田さんは首をかしげましたが、写真は間違いなくメスのライチョウです。

さっそく、中村さんが現地に入り、巣と無精卵を発見しました。調査の結果、どうやらこのライチョウは、乗鞍岳か、ほかの北アルプス山域から飛来したと推定されました。ライチョウのメスは、オスがいなくても本能的に巣を作って産卵し、無精卵を温める習性があります。このメスも同じ行動をとっていました。7月に確認されて以降、一時目撃情報が途絶えましたが、11月になって再び、真っ白な冬羽になった姿を撮影した登山者の写真が環境省に届きました。

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中央アルプス・木曽駒ケ岳で見つかったライチョウの羽根(左)とライチョウの巣と卵(右)=環境省提供、2018年8月7日撮影
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中央アルプス・木曽駒ケ岳の中岳山頂で目撃されたライチョウ=環境省提供、2018年11月4日、中田昌宏さん撮影

ライチョウのメスは、親離れした秋以降、遠くに移動する拡散行動をとります。遺伝的多様性を保つための本能のようです。半世紀ぶりにやってきた1羽のメス。「このチャンスを生かしたい!」。いよいよ、中央アルプスへとライチョウ復活作戦は場を移します。

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