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始まりは1羽のメスだった ライチョウ復活大作戦③

始まりは1羽のメスだった ライチョウ復活大作戦③
ライチョウの母鳥とヒナたち(環境省提供)
朝日新聞長野総局員・山岳専門記者/近藤幸夫

国の特別天然記念物・ライチョウは、本州中部の高山にのみ生息する「氷河期からの生き残り」です。近年、生息数が激減し、絶滅の恐れが高まっています。環境省は2019年から中央アルプス(長野県)で、前代未聞の「繁殖個体群復活作戦」をスタートしました。取材を続ける朝日新聞の山岳専門記者がリポートします。

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近藤 幸夫(こんどう・ゆきお)
長野総局員兼山岳専門記者。1959年生まれ。信州大学農学部を卒業後86年、朝日新聞に入社。初任地の富山で山岳取材をスタートする。運動部(現スポーツ部)在籍時代に、南極や北極、ヒマラヤなど海外取材を多数経験。

木曽駒で半世紀ぶりのライチョウ確認

2018年7月21日、環境省信越自然環境事務所(長野市)の福田真・希少生物係長(現本省野生生物課)は、地元紙の信濃毎日新聞記者から写真を見せられて驚きました。「間違いなく、メスのライチョウだ」。撮影場所は中央アルプスの木曽駒ケ岳(2956m)。中央アルプスでは1969年以降、ライチョウの目撃情報が途絶え、絶滅したと考えられていました。

いるはずのない場所で撮られたライチョウのメス。写真は、登山者が木曽駒ケ岳の山頂直下で撮影し、信濃毎日新聞社に持ち込んだものでした。福田さんは「記者の興奮した様子は今でも忘れません」と振り返ります。

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中央アルプスで確認されたライチョウ(鈴木金治さん撮影)

実は2015年に、この個体を撮影したとみられる動画がユーチューブで公開されていましたが、ほとんど知られないままでした。とても慎重な性格で人間を避けて行動していたと見られます。

環境省はすぐ現地調査に入り、現場に駆けつけたライチョウ研究者の中村浩志・信州大名誉教授が巣や卵、糞などを確認しました。卵は無精卵で、このメスが産んだものと推測されました。

巣の近くに落ちていた羽根の遺伝子解析をすると、乗鞍岳か北アルプスに生息するライチョウの遺伝子と一致しました。ライチョウは遺伝的に北アルプス系統か南アルプス系統に分かれます。北アルプス方面から山伝いに1羽だけ飛来してきたものと推察されました。

白山での苦い経験

さかのぼること9年前の2009年、石川・岐阜県境の白山(2702m)でも約70年ぶりにライチョウが発見されていました。こちらも登山者がメス1羽を撮影したのがきっかけでした。DNA解析で北アルプス系統と判明しました。

ライチョウが生息する北アルプスから白山までは、直線距離で約70km。中村さんによると、この間に標高1500m以上の山が13座あります。冬場は日本海からの季節風の影響で山頂付近は一面の雪景色となり、高山帯のような状況になります。山々をつないで飛んでいけば、ライチョウが北アルプスから白山へ移動することは可能です。

ただし、生まれた場所から遠くに移動するのはメスだけ。オスは生まれた場所にとどまる性質を強く持っています。しかも、長距離移動するのは孵化した年の秋から翌年春、1歳になって繁殖期を迎えるまでの若鳥だけです。

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白山で見つかったライチョウのメス(環境省中部地方環境事務所提供)

白山のメスは毎年、無精卵を産んでは抱卵し、孵化しないのであきらめる行為を繰り返していましたが、2016年の目撃情報を最後に姿が見えなくなりました。十分な対策を施さなかったため死亡したのでしょう。中央アルプスでのメス確認は、ライチョウの保護増殖をはかる千載一遇のチャンスです。

最初の目撃情報から4カ月後の2018年11月、登山者が木曽駒ケ岳周辺で撮影したライチョウの写真が立て続けに環境省に寄せられました。冬羽をまとい真っ白な姿になっていましたが、福田さんは「間違いなく7月に見つかったメス」と喜びました。

現在、ライチョウは北アルプスや南アルプスなど五つの山岳地域に生息しています。ですが、1980年代の調査で約3000羽と推計された国内の生息数は、2000羽以下にまで減ったと見られています。

環境省が定めるレッドリストで、ライチョウは絶滅の危険性が高い「絶滅危惧ⅠB類」に分類されています。「絶滅危惧Ⅱ類」へとランクを下げることが急務です。

リストを下げるには、生息地を6カ所に増やすことが第1条件。中央アルプスでライチョウが復活すれば、その条件をクリアすることになります。白山のライチョウを守れなかった苦い経験もあり、中央アルプスでの「復活作戦」は、ライチョウの今後の保護政策におけるマイルストーンと位置づけられました。

有精卵と無精卵を入れ替え

2019年1月、有識者でつくる「ライチョウ保護増殖検討会」は、中央アルプスのライチョウを個体群として復活させることを決定しました。まずは、確認されているメスに有精卵を抱かせて孵化したヒナたちを育てることから始めることになりました。

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標高2700mにある乗鞍岳の畳平(撮影・朝日新聞)

様々な案が出ました。「他の山からオスを移送してつがいにさせる」「野生のライチョウが産んだ有精卵を移送する」……。最終的に、北アルプス南端・乗鞍岳の野生のライチョウが産んだ有精卵と、中央アルプスのメスが産んだ無精卵と入れ替える方法が候補となりました。乗鞍岳を有精卵の採卵地にしたのは、なだらかな地形で調査しやすいうえ、標高約2700mまで車道があり、中央アルプスへの卵の移送も難しくないからです。

復活作戦の現場で指揮を執る中村さんは、カッコウの托卵に関する研究では世界的な第一人者です。カッコウは、他の鳥の巣から卵をはじき出し、自分が産んだ卵を抱卵させるユニークな生態を持っています。これに発想を得て、日本で初めて、希少種の卵の入れ替えという、極めて挑戦的な保護方法が提案されたのです。

ライチョウは特別天然記念物です。検討会の委員たちからは「慎重に進めてほしい」との意見が出ました。特に遺伝的な攪乱(かくらん)が起きないことが求められます。そんなおり、中央アルプスのふもとの宮田村にある宮田小学校で大きな発見がありました。

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宮田小学校に保管されていたライチョウの剝製(環境省提供)

1920年代初頭に製作されたとみられるライチョウの剝製(はくせい)が見つかり、足裏の皮膚の遺伝子を解析したところ、北アルプス系統だとわかったのです。

環境省は「かつて中央アルプスにいた個体群は、北アルプスとの交流で存続していたと推定できる」として、同じ系統となる乗鞍岳のライチョウが産んだ有精卵と、木曽駒ケ岳のメスが産んだ無精卵を入れ替えることを正式に決めました。

こうして2019年、日本初となるライチョウの卵の輸送作戦が始まりました。

ヒナ全滅も有効性は確認

野生のライチョウは通常、2日に1卵ずつ、計6~7個の卵を産みます。産卵終了まで、長ければ2週間。その間、産まれた卵は冷蔵状態のままで、細胞分化は始まりません。数がそろったところで、母鳥はようやく抱卵を始めます。母鳥は孵化の翌日にはヒナを連れて巣を離れるので、同時に全てのヒナを孵化させる必要があるためです。

産卵期の巣探しは困難を極めました。一日中、ライチョウを追いかけて、ハイマツの中に隠された巣に入るタイミングを見逃さないという忍耐強い作業が必要です。それでも、6月8日に乗鞍岳の二つの巣から有精卵6個を採集。その日のうちに、中央アルプスに運び、無精卵8個と入れ替えることに成功しました。

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乗鞍岳で採集した有精卵。入れ替え前に加温する(環境省提供)
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木曽駒ケ岳で孵化したヒナと母鳥(環境省提供)

7月1日、6卵中5卵が孵化したことがわかりました。プロジェクトを進めた環境省の福田さんは「これまで無精卵を温めては諦めることを繰り返してきたメスが、孵化したヒナの顔を見ることができたと思うと、感慨深いものがありました」と振り返ります。

しかし、10日後、非情な結末が待っていました。確認調査には、私も含めて約20人の報道陣が同行したのですが、冷たい雨が降る中、ライチョウ家族はなかなか見つかりません。しばらくして、木曽駒ケ岳山頂付近で、「いたぞー!」の声があがりました。

福田さんがハイマツの茂った急斜面を駆け下って確認すると、いたのは母鳥だけでヒナは1羽もいません。雨脚が強くなる中、現場で記者会見した福田さんは、淡々と状況を説明しました。「7月に入っても例年に比べ気温が低かったので衰弱死したか、テンなどの天敵に捕食された可能性が考えられます」

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報道陣に説明する環境省の福田真さん(撮影・朝日新聞)

ヒナは育ちませんでしたが、取り組みとしては大成功でした。日本で初めての挑戦と言える無精卵と有精卵を入れ替える方法が、有効であるとわかったからです。この技術が確立できたことは、ライチョウの保護増殖計画の大きな一歩となりました。孵化後、ヒナたちを保護することさえできれば、着実に成果が期待できます。

翌2020年、環境省は中央アルプスで繁殖個体群の「復活作戦」に正式に取り組むことになりました。福田さんは今こんなことを考えています。「木曽駒ケ岳のメスのライチョウは、自然に対する人間の責任を問うために飛んできた、まさしく『神の鳥』なのかもしれません」

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