SDGs ACTION!

カキ養殖棚を震災前の3分の1にした理由 宮城・南三陸が育む海の未来 WWFと考える~SDGsの実践~【1】

カキ養殖棚を震災前の3分の1にした理由 宮城・南三陸が育む海の未来 WWFと考える~SDGsの実践~【1】
WWFジャパン/前川聡

今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。

art_00247_著者
前川聡(まえかわ・さとし)
WWFジャパン海洋水産グループ グループ長。修士(動物学・北海道大学)。渡り性水鳥の全国調査・国際保全プログラムのコーディネーター業務や、WWFサンゴ礁保護研究センター(沖縄県石垣島)での住民参加型の環境調査・普及啓発業務などを担当し、2011年から東日本大震災復興支援プロジェクトと水産エコラベルの普及、取得支援に携わる。

海の環境を守るためには?

SDGsの14番目の目標「海の豊かさを守ろう」。この言葉は、非常に明確ですが、その実現のために求められる取り組みは、極めて多様です。

たとえば、漁業資源を保全するには、まず、漁業の現場を持続可能なレベルにしていく方法を考えねばなりません。魚を取りすぎないというだけでなく、漁具で海中の自然を破壊していないか、取る必要のない魚や海鳥、ウミガメなどを混獲していないか、漁船の廃油や漁網などの流出による海洋汚染を引き起こしていないか、といった課題への対応も必要です。

さらに、そこで得られた水産物の流通や価格といった要素も重要です。環境保全に配慮しない安価な水産物ばかりでは海の自然が失われる悪循環に陥るだけですが、価格が高すぎれば買われなくなり、持続可能性を追求する取り組みも継続できなくなるからです。海の環境に配慮した水産物の販路の開拓や、社会的・経済的な付加価値を高めていくための支援もポイントになります。

そのためには、14番目の目標「海の豊かさを守ろう」と同時に、目標1「貧困をなくそう」、8「働きがいも経済成長も」、9「産業と技術革新の基盤をつくろう」、10「人や国の不平等をなくそう」、11「住み続けられるまちづくりを」、12「つくる責任つかう責任」といった、他のSDGsの目標を組み合わせて実現し、相互にその成果を生み出す仕組みをつくりあげていかねばなりません。

「養殖施設を震災前の3分の1に」という決断

そうした取り組みの中から、私たちWWFジャパンがかかわり、すばらしい成果を成し遂げた事例をご紹介しましょう。フィールドとなったのは、宮城県南三陸町戸倉の海。主役は、その海で長年、名産品のカキの養殖を手がけてきた地元の方々です。

きっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。宮城県沿岸の各地域は津波による甚大な被害を受け、戸倉のカキの養殖業もイカダ(カキの養殖用の施設)や加工場の設備が全壊するなど、大きな打撃を受けました。養殖業は再開できるのか。それすら危ぶまれるなか、宮城県漁業協同組合志津川支所戸倉出張所のカキ部会は、被災直後から復興に向けて動き始め、ある決断を下しました。

それは、「養殖施設を震災前の3分の1に削減する」というものでした。

art_00247_本文_01
戸倉地区のカキ漁師(WWFジャパン提供)

なぜこのような決断を下したのか。理由は、震災前まで行われていたカキ養殖が限界に近づいていたからです。震災前まで、戸倉ではカキの生産量を上げるため、集落に面した志津川湾に多くのイカダが浮かべられ、過密状態となっていました。海流が悪くなり、カキの排泄(はいせつ)物による海水の汚染も広がっていました。漁業者も管理のために長時間作業に従事しなければなりません。改善したいという思いは誰もが抱きつつも、一度増やしてしまい運用しているイカダを減らすことは、一人ひとりではなかなかできませんでした。

震災で養殖業を一から立て直さなければならなくなりました。戸倉の方々は文字通り、危機を機会ととらえ、「量」から「質」を追求するやり方に、大きく舵(かじ)を切ったのです。地元ではこうした方針に対して、さまざまな意見や、不安を訴える声もあったといいます。しかし、ただ元の形に戻す原型復旧(あるいは震災復興)であれば、養殖の仕事に未来はない。人と海のかかわりを、変えていかなければならない。戸倉の方々は新たな道を選びました。

世界が認めた「戸倉のカキ」

私たちWWFジャパンも、震災を受けて2011年7月に「暮らしと自然の復興プロジェクト」を始めていました。その中の一つ、持続可能な水産業への変革を目指す取り組みとして、この戸倉の挑戦を支援することになりました。戸倉のみなさんとの対話の中で私たちが提案したのは、ASC(水産養殖管理協議会)国際認証の取得でした。ASCは、海の自然環境や地域社会、労働環境に配慮した養殖業に与えられる国際認証で、養殖業の持続可能性を保証する一つの手立てにもなる仕組みです。

art_00247_本文_02
ASCのロゴ(ASC提供)

この認証を取得できれば、戸倉のカキのサステイナビリティーは世界が認めるものとなり、被災地をはじめ全国の養殖にも、新しい可能性を示すものとなります。もちろん、環境配慮や労働条件などについて、いくつもの厳しい国際基準をクリアせねばならず、またコストもかかるため、簡単ではありません。

それでも、新しい養殖業のあり方を考え、それを軌道に乗せようと模索する戸倉の方々は、最終的にこの認証の取得に挑みました。私たちWWFジャパンもサポートし、震災から5年後の2016年3月、ついに日本で初めてとなるASC認証の取得を実現したのです。国際基準を満たした、世界が認める戸倉のカキ。それが、被災地の海から誕生した瞬間でした。

art_00247_本文_03
ASC認証のラベルがついた戸倉地区のカキ(WWFジャパン提供)

新たな「人と海のかかわり」のモデルとして

実際、ASC認証の取得を目指すなかで、戸倉で行われたさまざまな改革は、素晴らしい成果を生みました。何より重要だったのは、「質」を追求し、それを実現したにもかかわらず、結果的に生産量も増えたことです。

決め手となったのは、海の環境の改善でした。

養殖施設数を減らしたことで、海水の循環が促進され、カキに栄養が十分いきわたるようになったのです。このため、成長速度が大幅に向上。湾の最奥部でも早く良質の大ぶりなカキが取れるようになり、震災前には3年を要していた養殖期間が1年に短縮されました。またカキは年を取ると消化吸収が悪くなり、より多くの排泄物を出すため、養殖期間の短縮化は海洋環境への影響のさらなる軽減へとつながりました。

art_00247_本文_04
東日本大震災前の志津川湾(左)と現在の志津川湾。養殖施設が大幅に削減されたことがわかる(左は宮城県漁協志津川支所、右はWWFジャパン提供)

養殖期間が短縮されたことで、強い波浪などで施設が被害を受けても影響は1年限りになり、生産ロスを下げることにもなりました。結果として生産量も震災前の約2倍になったのです。

品質が良くなり、ASC認証の取得で知名度も上がったことで、取引単価も上昇。県内の平均単価より高値で売買され、生産額も震災前の1.5倍になりました。さらに、イカダを削減したことで、設備の管理や種苗の購入にかかるコスト、燃料費などの経費も40%以上減り、労働時間も短くすることができて、地域の暮らしにも大きな変化がもたらされることになりました。

art_00247_本文_05
震災前後で比べた、カキ養殖業者の生産量や労働時間の変化(WWFジャパン提供)

もう一つ、取り組みを通じて見られた重要な変化は、養殖に従事する若い世代が増えたことです。震災後、戸倉カキ部会では、3分の1にしたイカダを各養殖業者に割り当てるときに  、後継者がいる生産者により手厚く配分しました。これに生産や収入の安定化、労働条件の改善、ASC認証の取得など魅力のある条件が重なったことで、若い漁業者が参入するようになったのです。未来を担う人の育成も、サステイナビリティーには欠かせない大事な要素の一つ。まさにSDGsが掲げるいくつもの重要なテーマを満たした、「人と海のかかわり」の新たなモデルが、戸倉で実現したのです。

SDGsの目標達成は重要ではありますが、さらに大事なことは、その先にどのような地球の未来の姿を描くか、です。

戸倉のみなさんは、震災を機に新たな「人と海との共生」を形にする復興を成し遂げてきました。これは世界的にも価値のある、21世紀の持続可能な社会のモデルといえます。環境に配慮した持続可能な水産業を実現することこそが、経済や社会的な付加価値、さらには生産者や関係者の意識の変化にもつながる。その可能性をこれからも各地に広げていくことを、私たちも目指していきたいと思います。

art_00247_本文_06
戸倉に面した志津川湾は2018年にラムサール条約に登録され、国際的にもその豊かさが認められている(WWFジャパン提供)
この記事をシェア
関連記事