あらゆる社会課題を解決する未来の人材づくり―住友商事「100SEED」の挑戦 Vol.1

住友商事が2019年の創立100周年を機に立ち上げた社会貢献活動「100SEED(ワンハンドレッドシード)」*が目指すのは、質の高い教育の普及。長く日本社会の発展とともに歩んできた総合商社が、次の100年を見据えた時に取り組むテーマがなぜ教育なのか。具体的にどんなプログラムが進行中なのか。取材を通じて見えてきたのは、これが1回限りの記念事業ではなく、同社のあり方そのものに関わる大きな挑戦であるということだ。
*SEEDはSumitomo Corporation Group、Emergent(創発的)、Evolutional(進化的)、Deed(アクション)の略語。
住友商事グループがグローバルで取り組む社会貢献活動プログラム。教育が社会の持続的発展のために重要であるという思いのもと、世界各地の住友商事グループ社員がSDGsの目標4「Quality Education(質の高い教育をみんなに)」に取り組みます。
創立100周年を機に、100年後の社会を考える

「100周年を単なるお祭りで終わらせず、この先100年の社会を考える契機にしたい。それが社員の総意でした」。住友商事サステナビリティ推進部社会貢献チーム長であり、100SEEDのプログラムリーダーを務める江草未由紀さんはそう話す。
きっかけは、創立100周年を見据えて始動した社員主導型の「22世紀プロジェクト」。自分たちにできること、持っている強みを客観的に整理することから始め、100年後も持続的に成長し続けるために必要なアクションプランについての議論が重ねられた。その中のひとつに社会貢献活動があった。単なる寄付や資金提供ではなく、「全社員が活動に参加すること」を目標に取り組もう。話し合いの中で、そうした方向性が徐々に固まっていった。
テーマが決定したのは100周年イヤーの2019年、海外拠点を含めた全社員による投票を経てのことだ。言葉も文化的背景も、日々の仕事内容も異なる人々が社会課題について語り合うには、何か共通言語が必要になる。100SEEDの事務局を兼ねるサステナビリティ推進部が着目したのがSDGsだった。
「2カ月にわたる投票で圧倒的に票を集めたのが、ゴール4『質の高い教育をみんなに』でした」。そう教えてくれたのは社会貢献チームサブリーダーの三浦由美子さん。気候変動への対処や格差の是正など、地域によって関心の高いテーマに差が出ることを予想していた事務局メンバーにとっても、その結果は少々意外だった。

「商社にとっては人材がすべてです。人を育てることはその原点であり、次世代人材育成の重要性についてはよく議論されています。ただ海外拠点でも、同じ意識を持って行動してくれている社員がとても多いという事実には、強く心を動かされました」(江草)
その後、各地域から本プロジェクトを推進する代表メンバーが日本に集まり「グローバルアンバサダー会議」を開催し、投票結果をもとに意見交換を実施。社員発のプロジェクトとしては、規模の大きさも検討に要した期間の長さも過去に例がないものになったという。
「たとえば気候変動というテーマについても、人を育てることでその解決を目指すというアプローチは可能です。メインはあくまで『質の高い教育(Quality Education)』ですが、サブテーマの設定や具体的な施策については各国・地域に委ね、昨年度から本格的な活動が始まったところです」(三浦)


「社会貢献活動」をサステナビリティ経営の施策のひとつに
しかし、いくら社員の志が高くとも、社会的に意義のある活動であっても、企業がそこにリソースを割くということはそう簡単な話ではない。コストの問題をどう考えるか。活動に参加する社員の業務を誰がカバーするのか。要は会社としてどれだけ本気で取り組むかということだ。
「2017年に、住友商事では『社会とともに持続的に成長するための6つのマテリアリティ(重要課題)』を特定しました。これは、当社の事業が社会課題とどうつながっているかを可視化・言語化した取り組みということができます。しかし、世界が持続可能な社会の実現に向けて取り組む中、もっと積極的に自社の持つリソースを生かして担うべき役割がある。そうした考えから、2020年6月、サステナビリティ経営の高度化を掲げ、その一環で当社が取り組むべき『6つの重要社会課題と長期目標』を設定しました。『良質な教育』はその1つに数えられており、100SEEDを軸とした社会貢献活動はその推進の重要な一翼を担うことになっています」(江草)
住友商事グループの重要社会課題と長期目標

このことが持つ意義はとても大きい。100年の歴史を持つ企業が、社会貢献活動をサステナビリティ経営の重要社会課題に取り組む施策の一つに位置づけることを意味するからだ。住友商事では現在、100SEEDの活動に費やす時間のうち、社員一人あたり年間100時間までを業務時間として認めている。さらに、「100SEEDの活動に参加することが当たり前」という社内風土を醸成するため、事務局を務めるサステナビリティ推進部が中心となって様々な呼びかけを行っている。

「なぜ私たちがそれほど教育を重視するのか。ある経営幹部は、『教育は未来のあらゆる社会課題を解決する人材づくりにつながるからだ』と話していました。どんな新しい技術や制度でも、それを生み出すのが“人”である以上、教育はその根幹に関わります。社員からも幾度となく出た言葉でもありますが、トップから現場の一人ひとりまで、これは私たちに共通する思いです」(三浦)
「教える」のでなく「寄り添う」ことの大切さ

世界の各国・地域では、それぞれ特色ある取り組みが始まっている。2020年度には、コロナ禍のもとでも、さまざまな工夫を凝らして14か国で31のプロジェクトが立ち上がった。米州住友商事では、「ボランティアデー」を設定し、社員自身が組織や地域社会、非営利団体を自由に選び活動に参加。合計11市町の16団体を支援した。アフリカ住友商事では、現地NPOと協働し、水不足に苦しむ南アフリカの小学校に「プレイポンプ*」を設置。2020年は2校に1台ずつを贈ることで、1,500人近い子どもが十分に飲み水を確保し、安心して学べるようになった。
*子どもが回転式の遊具をまわすことで地下水をくみ上げることができる設備
タイ住友商事では、各層のニーズに応じた幅広い支援を行っている。農村地域の小学生には安心して学べるような学習環境の整備、大学生には大学教育と社会人生活のギャップを埋める研修、教師には21世紀型の質の高い教育を提供するための教員研修を支援。社員一人ひとりの高い意欲と活動のスムーズな運営は、グローバル事務局を務める2人も手放しで「素晴らしい」と称賛するほどだ。
タイ住友商事がおこなう、農村部における小学生の教育環境改善活動
日本では、2019年に全国で30回以上のワークショップを実施、年代も職種も違う多様な社員が活発に意見を交わした結果、3つのプロジェクトが決定した。高校生にキャリアを考えるきっかけを提示する「Mirai School(ミライ スクール)」、外国ルーツの子どもたちを対象とした「多文化共生社会を目指す教育支援」、ビジネス経験やスキルを生かして教育課題に取り組むNPOの運営基盤強化を支援する「教育支援プロボノ」がそれだ。
自身もMirai Schoolに講師として参加した江草さんは、「高校生たちの真剣なまなざしを前にすると、こちらも背筋が伸びる思いがします。率直で素直な反応が返ってくるので、やりがいもひとしおでした」と語る。外国ルーツの子どもたちへの学習支援に参加した三浦さんは、活動の主体であるNPOスタッフから「成績を上げることだけが目的ではないので塾のように教えなくていい、しっかり子どもに寄り添ってください」といわれたことが印象に残ったという。
100SEEDの計画の初期段階から、住友商事では全社員の総意としてお金やモノを提供するだけではなく、自ら支援先の悩みに寄り添い、手を動かし知恵を絞って、主体的に活動に参加することを選んだ。「寄り添う」という言葉には、100SEEDの目指す方向性と非常に近いものがあるようだ。
社員がこの取り組みを楽しんでいる理由

教育支援プロボノでは、NPOの資金調達方法の提案やそのための営業資料づくり、広報戦略の策定や業務改善の提案などに商社パーソンの仕事力が生かされている。さらにこれまでの経験や支援先からの「声」を踏まえて、外国ルーツの子どもたちや、海外に住む子どもたちに対するMirai Schoolはどうかなどといった新たなアイデアもどんどん生まれているという。
前述の「6つの重要社会課題と長期目標」では、それぞれKPI(重要業績評価指標)を設定し、その達成状況も開示していくことになっている。「良質な教育」に関しては、毎年全社員の5%以上が100SEEDに参加することを掲げており、今年度はその数字を達成できそうだ。しかし5%ではまだ低いという声もあり、今後は上方修正も視野に入れていく。
「社員の自発性に期待しており、参加を強要することはありません。ただ実績を共有するだけ。でもそれがいい刺激になっているようです」と、江草さんはほほ笑む。三浦さんは「せっかく各地域でいい取り組みをしているので、それを共有し称賛し合う場をつくりたい」と今後の夢を語った。
住友商事のこれまでにない新しい取り組みに、どの社員も喜々として参加している印象を受ける。その理由を考えるヒントは、江草さんのこんな言葉にあるのかもしれない。「一度参加した社員の多くが、ぜひまた参加したいと言ってくれます。社会課題に向き合う現場での新しい出会いによって、むしろ私たちのほうが多くを学んでいるのかもしれません」

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