コーポレートガバナンス・コードと企業のサステナビリティ対応 金融・経済から見えるSDGsのトレンド【2】


株式会社大和総研 金融調査部 研究員。2017年大和総研入社。2018年より金融調査部制度調査課で開示・会計制度などについて調査、2019年4月よりSDGsコンサルティング室を兼任し、SDGs・ESGに関する制度なども担当。各種論稿の執筆や企業向けセミナーなどを行う。
コーポレートガバナンス・コードの改訂
2021年6月、上場会社に適用される企業統治(ガバナンス)に関する原則である、コーポレートガバナンス・コード(CGコード)が改訂された。
今回のCGコード改訂の特徴の一つとして、2022年4月に予定される東京証券取引所(東証)の市場区分の見直しへの対応が挙げられる。これまでの東証1部、2部、マザーズ、ジャスダックという四つの市場区分が見直され、新たにプライム、スタンダード、グロースの三つの市場に分けられる(図表1)。
CGコードは「基本原則」とそれにひもづく「原則」「補充原則」で構成されており、グロース市場上場会社は基本原則、スタンダード市場・プライム市場上場会社は基本原則、原則、補充原則(原則など)を適用することとされている。改訂を通じて上場会社全体のガバナンスの水準を高めるとともに、新たな市場区分に対応して、プライム市場上場会社に対しては他の市場よりも高い水準のガバナンスを求める規定が設けられている。各上場会社は自社の上場する市場に沿った原則などへ対応していく必要がある。
図表1 東証の新市場区分のコンセプトとCGコードの関係

CGコードでサステナビリティへの対応が求められている
今回のCGコード改訂のもう一つの特徴として、サステナビリティに関する様々な規定が盛り込まれたことが挙げられる。この背景には、上場会社の中長期的な企業価値の向上のために、各企業がサステナビリティの観点からリスク・機会に対応していく重要性や必要性が高まってきていることがあると考えられる。
サステナビリティとは、日本語では「持続可能性」を意味し、短期的な利益だけではなく、中長期的な目線で、環境や社会、経済を維持するという考え方を指すことが多い。
コーポレート・ガバナンスは、会社が株主をはじめ、顧客・従業員・地域社会などの様々な利害関係者(ステークホルダー)の立場を踏まえ、意思決定を行うための仕組みである。コーポレート・ガバナンスが適切に行われることで、サステナビリティの観点を踏まえた企業価値の向上や、ステークホルダーへの寄与、持続的な社会の実現につながると考えられる。
改訂CGコードでのサステナビリティに関する規定の概要は図表2の通りである。CGコードには、基本原則に続いてその「考え方」を示した部分があり、そこでサステナビリティ課題への対応の重要性が強調されている。また、スタンダード市場、プライム市場上場会社に適用される補充原則では、サステナビリティ課題への対応の検討、サステナビリティへの取り組みの開示、基本的方針の策定が求められている。
図表2 サステナビリティに関するCGコードの改訂ポイント

そのほかにも、補充原則では女性・外国人・中途採用者の中核人材への登用などを含む多様性の確保状況の開示、人的資本・知的財産への投資に関する情報開示や監督が求められている。
さらに、プライム市場上場会社に対しては、気候変動に関する情報開示を、「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」などに基づいて進めるべきだという規定が設けられている。これは、先述の通り、プライム市場上場会社にはより高いガバナンス水準が求められており、特に気候変動情報の開示は国際的にも投資家などからのニーズが高まっているからだと考えられる。
TCFDについて、詳しくはこの連載の次回で紹介するが、投資家が企業の気候変動に関する情報に基づいて投資判断できるように、企業の情報開示に関する基準を設定している機関である。企業はTCFDの基準に従うことで、比較可能な、一貫性のある情報を開示できる。気候変動による企業へのリスクが特に高まっていることを受け、投資家からの情報開示へのニーズも高まり、わが国でもこのように対応が求められている。
上場会社はCGコードの改訂に対応したコーポレート・ガバナンス報告書(CG報告書)を2021年末までに提出している。これに加え、プライム市場上場会社はプライム市場向けの規定に対応したCG報告書を2022年4月4日以降開催される株主総会終了後に提出することが求められている。
改訂CGコードへの対応状況
上場会社はCG報告書で、CGコードで求められている項目を実施している(コンプライ)か、していない場合はその理由を説明する(エクスプレイン)ことが求められている。2021年末のCG報告書での改訂CGコードへの対応状況を表したものが図表3である。
図表3 改訂CGコードへの対応状況(サステナビリティ関連)


サステナビリティ課題への対応の検討は9割以上のプライム市場選択会社、スタンダード市場選択会社が実施していると回答している。一方、多様性の確保やサステナビリティ情報の開示、基本的方針の策定などについては、プライム市場とスタンダード市場の間に差異はあるものの、約4~8割の企業が実施している。CGコードのほかの原則などと比べると、これらのサステナビリティに関する補充原則への対応状況は比較的遅れている。
また、プライム市場上場会社は先述の通り、TCFDなどへの対応を進めることも求められている。プライム市場上場予定の会社が1800社以上であるのに対し、わが国では2022年1月末時点でTCFDに賛同している企業・機関(企業だけでなく、省庁や業界団体など各種機関を含む)は693にとどまる。ただ、賛同はまだしていないが対応を準備しているケースもあると考えられ、賛同企業はさらに増えていくと見込まれる。
企業の長期的目線での行動が進む
改訂CGコードのサステナビリティに関する原則などに対しては、今後も対応が進展していくと考えられる。既にこれらの原則などにコンプライしていると示している企業のなかにも、多様性に関する目標・進捗(しんちょく)やサステナビリティ情報について、その開示内容には幅があり、さらに充実させていくことが今後の課題となるだろう。
上場会社にとって重要なのは、CGコードに盛り込まれたからといってコンプライすることだけに固執して取り繕ったような開示を行うといった表面的な対応ではなく、あくまで長期的な目線で質の高いサステナビリティへの取り組みや開示をしていくことである。
以上を勘案すると、今後、上場会社による長期的で実効的なサステナビリティに関する取り組みや開示が活発化していくことが想定される。
企業と投資家の対話が重要
筆者は、コンプライをしている企業の方がエクスプレインをしている企業よりも単純に優れているとは考えていない。むしろ、コンプライをするために表面的な対応をとる企業よりも、コンプライできない理由と代替的な取り組み、今後の計画などを丁寧に説明している企業の方が、CGコードの考え方を正しく理解し、投資家やステークホルダーに真摯(しんし)に向き合っているのではないだろうか。
企業は自社が選択した市場区分に対して求められるガバナンス水準をしっかりと理解し、自社の市場選択に責任を持ってサステナビリティへの取り組みを進め、投資家にその内容を伝えることが期待されている。一方、投資家はコンプライか否かで単純に評価するのではなく、企業のサステナビリティに関する取り組みの重要性を十分に理解した上で、中長期的な企業価値の向上に向けてさらにどう取り組むべきなのか、企業と建設的な対話を行うことが期待されている。
こうした前提に基づいて企業と投資家の間で対話が行われ、その結果が取り組みに反映されるというサイクルが円滑に回っていくことが望ましい。このサイクルによって、長期的な企業価値の向上、投資家のリターンの獲得、ひいては環境・社会問題への適切な対応や従業員、地域住民、取引先といった様々なステークホルダーへの配慮を通じて、持続可能な社会の実現につながっていくことが期待される。
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