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減災と農業を結びつける、これからの「生物多様性保全」 WWFと考える~SDGsの実践~【3】

減災と農業を結びつける、これからの「生物多様性保全」 WWFと考える~SDGsの実践~【3】
WWFジャパン/並木崇

今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。

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並木崇(なみき・たかし)
WWFジャパン淡水・教育・PSP室 淡水グループ長。前職ではランドスケープ設計事務所で、公園やオープンスペースなどの計画・設計に従事。2016年9月からWWFジャパンで有明海沿岸域の水田地帯におけるプロジェクトを担当し、持続可能な農業の普及を通じた水環境の保全活動を推進。大学関係者、行政、企業、農業者のネットワークをいかした活動に取り組んでいる。

懸念される水の災害の増加

近年、毎年のように日本の各地で記録的な豪雨などに伴う深刻な水害が多発しています。報道ではしばしば、被災地の方々が語る「こんな雨は初めてだ」「これほどの水位は見たことがない」といった言葉が紹介されますが、実際に2011年から2020年までの間、日本国内で年間に発生した短時間強雨の頻度は、1976年から85年の10年間と比べ、1.5倍に増加したとされています。

解決のためには、異常気象の大きな要因と考えられている気候変動(地球温暖化)への対策が急務である一方、現実に起きている災害への対応や予防が欠かせません。しかし、100年に一度の水害が頻発するようになったら? これは従来の考え方、治水のあり方では、対応しきれないかもしれません。

「防災」や「減災」は、SDGsの「17の目標」に直接する形で含まれていません。しかし、自分たちをとりまく環境との付き合い方を見直す、という意味では共通した要素が多くあります。目標6の「水」にかかわる取り組みは、その代表例といえるでしょう。

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©Hartmut Jungius / WWF
豪雨による災害は日本のみならず、ヨーロッパやオーストラリアなどでも多発しています。

コンクリート整備の利点と限界

いわゆる「高度経済成長期」といわれた1960~70年代以降、日本の各地では河川や湖沼といった水の自然とその資源を管理、利用するため、主にコンクリートに頼った整備を進めてきました。

小さな水の流れを真っすぐなコンクリートの水路に造り替え、大きな川の流れは高い堤防で囲い、ダムを建設して水をため、流れる水の量を調整する。また大小さまざまな堰(せき)を設け、土砂の流出を防ぎ、湖などの水位を調整する、といった方法が、河川管理・行政の主流とされてきたのです。

こうした近代的な設備は、水や設備の管理がしやすく、土砂の堆積(たいせき)や流入を抑えやすいという意味で、利水には確かな便がありました。昔ながらの土を掘った水路は、土手が崩れやすく、定期的に泥をかき出す浚渫(しゅんせつ)などの管理の手間がかかります。また、絶えず水が土に染み込むため、足場が弱くなり、トラクターなどの重機を農地に入れた際にも危険が生じる場合があります。農業者の高齢化も進むなか、こうした整備が全国的に進められてきたのは、当然のことでもあったといえるでしょう。

しかし一方で、こうした水をめぐる環境の改変は、別の問題の原因にもなりました。コンクリート造りの水路や、人が堤防で固めた河川の流れなどは、障害物が少ない分、流水の速度が速く、大雨などが降ると、一気に大量の水を下流に押し流す危険が発生します。特に、数十年、数百年に一度という規模の雨が降れば、時に堤防の決壊や、地域一帯の冠水といった被害にもつながりかねません。

こうしたリスクが年々大きくなっている昨今、もはや、コンクリートの水路や暗渠(あんきょ)で管理する、というやり方に頼るだけでは、水をめぐる安全の確保が難しくなりつつあります。

失われつつある「水をめぐる自然」の豊かさ

同時に、コンクリートのような人工建造物に頼った治水や利水のあり方は、日本の貴重な自然環境にも深刻な影響を及ぼしてきました。

水田の生態系の危機は、その代表的な例です。

水田は日本の各地で見られる身近な「水環境」の一つで、水路などの土手がまだ土で覆われていた頃は、多くの水生昆虫や淡水魚、両生類や爬虫(はちゅう)類、鳥類といった野生生物の大事な生息環境となってきました。生きものたちは季節に応じ、冬は流れのゆるい水路の深い場所で、春の産卵は水位の浅い田んぼの中で、という具合に、水田、水路、周辺の河川といった水のネットワークをうまく利用しながら、人の暮らしと共に長い間、息づいてきたのです。

また、その周辺には、半ば冠水した湿原や、周囲を豊かな植物に囲まれた湧水(ゆうすい)やため池など、多様性に富んだ自然があることも珍しくありませんでした。

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©WWFジャパン
水田やその周辺の水路などは、人工的な水環境ではありますが、生物が豊かで、国際的な湿地保全条約「ラムサール条約」でも、保全すべき重要な水環境(湿地)の一つとして定義されています。こうした環境に適応した野生生物も多くいます。

しかし、このような自然度の高い水田を中心とした水環境は、コンクリートを使った整備や開発が進んだことで、広く失われてきました。1960年代には3万平方キロ近くあった、生きものゆたかな水田・水路は、2000年代までに3分の1近くまで減少。また、そうした環境に主に生息する日本産の淡水魚の42%が、絶滅するか、絶滅の危機に追い込まれることになったのです。そうした魚類のなかには、世界で日本にしか生息していない、貴重な固有種も数多く含まれていました。

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©WWFジャパン
水田や水路を生息地とする日本の代表的な淡水魚メダカ。各地で生息環境が失われ、現在は絶滅の危機も指摘されています。

「自然な水の流れ」を生かす、これからの水との付き合い方

なぜ、コンクリートを多用した護岸や整備が進むと、生きものが姿を消すのか。理由の一つは、水の流れる環境が、あまりにも直線的で平面的なものになってしまうためです。また、水に面を覆うような形で育つ植物も、根が張れないため少なくなり、生きものが身を隠したり、産卵や採食をしたりすることが難しくなります。さらに、流速が速すぎることも問題です。小さな水生昆虫などの生きものは流されてしまい、魚も速い流れを好む種類しか生き残れなくなります。結果として、息づく生物の種類や多様性は失われてしまう、ということです。

逆に、水路を整備する時、流れをあえて曲げて緩急を付けたり、浅い場所と深い場所を設けたり、周辺に植物が繁茂する場所を作ったりできれば、生きものたちはまた、戻ってきます。実際、護岸を隙間の全く無いコンクリートではなく、小さな凸凹を作れる間伐材や石積みを用いて行うだけでも、自然度の回復は格段に進むのです。

たとえば、水路を整備する際に、流れの片岸をこうした自然素材を使った方法でしっかりと護岸し、もう一方の岸辺は広めに河原を設けて植物などの自然な生育場所を作る、といった「組み合わせ」ができれば、農業を安全に継続しつつ、水田の生物多様性の回復にもつながるということです。

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©WWFジャパン/Yasushi Nishiyama/Hikaru Sasaki
出典:『水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック』(WWFジャパン 2020)

さらに、こうした「水が自由に動ける場所」をより広く確保できれば、そこが増水時の遊水池として機能し、防災や減災に役立つことも期待できます。これからの開発や防災の基本概念として今、国際的にも注目されているNbS(Nature-based Solutions)、いわゆる「自然に根ざした問題解決」というコンセプトにも、これは通じる観点といえるでしょう。

このように農業、災害対策、生物多様性の保全という観点を組み合わせてみると、「水田」という貴重な日本の淡水環境を守る取り組みが、SDGsの目標6「水」だけでなく、目標2(持続可能な農業)、目標11(住み続けられるまち)、目標12(持続可能な消費と生産)などにも通じていることが分かります。

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©Gianfranco Mancusi / WWF-Brazil
水環境の保全を考える際に重要なのは「流域」という観点です。これは、川の上流から下流はもちろん、その周辺に広がる湖沼、森林や湿地、草地、水田や水路など、水のつながりが育む自然を一体のものとして捉え、保全や利用の在り方を考えていくことです。流域全体の保全は、人の暮らしや健康にも欠かせない、健全な水の供給につながるだけでなく、増水時に水をどこに流すかなど、防災にもつながる側面を持っています。

SDGsがなぜ重要なのか。生物多様性を守ることがなぜ必要なのか。これから求められる未来に向けた取り組みは、まずその答えを明らかにしながら、互いに重ね合わせ、共に実現できる形で進めていかねばなりません。水田のような身近な自然、またそこに生きる生きものたちの姿を、失わずに守っていくことが、災害への対策や農業といった、より多くの目標につながっていることを、皆さんにもぜひ考えていただければと思います。

資料案内:WWFジャパン『水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック』
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生物多様性保全を進めていくことが難しい水田地帯で、生物に配慮した具体的な工夫をとりまとめたハンドブック。WWFジャパンは2020年3月、生物分野や農地整備の専門家の協力を受け、実際の農地整備に携わる行政関係者や、自然や生きものへの配慮を志向する農業者の方向けに、この資料を作成しました。詳しくはこちら
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