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「新しい幸せ」マーケターの視点でみると… 藤田康人のウェルビーイング解体新書【1】

「新しい幸せ」マーケターの視点でみると… 藤田康人のウェルビーイング解体新書【1】
インテグレート代表取締役CEO/藤田康人

藤田康人さん
藤田康人(ふじた・やすと)
株式会社インテグレート代表取締役CEO。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、味の素に入社。ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画してキシリトール・ブームを仕掛け、製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー「インテグレート」を設立。著書に『カスタマーセントリック思考』『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(いずれも宣伝会議)など。

ウェルビーイング WHO憲章の前文にも

最近さまざまな場面で「ウェルビーイング」という言葉を聞くことが増えてきました。 「これからの時代・社会における新しい幸せの形」という意味合いで用いられることが多いように見受けられます。

ウェルビーイングには「幸福」「健康」という意味があります。定義においてよく引用されるのが、世界保健機関(WHO)憲章の前文の一節です。

“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということだけではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会仮訳)

つまりウェルビーイングとは、幸福で肉体的、精神的、社会的すべてにおいて満たされた状態をいいます。

SDGsでも、目標3に「GOOD HEALTH AND WELL-BEING(すべての人に健康と福祉を)」と掲げています。

なぜ注目? コロナ禍での変化も関係

では、今なぜウェルビーイングが注目されているのでしょうか?

その背景には、社会全体の意識変化があると、私は考えています。

これまでの社会では「経済成長」に価値の重点が置かれ、GDPなどの指標を追求することが中心となって、経済合理性がないものは重要視されませんでした。その結果、貧困と飢餓の問題が深刻化し、地球環境の悪化や拡大し続ける格差など、経済合理性にフォーカスをしていては解決できない課題が無視できないレベルとなっています。

もうひとつ大きな理由として挙げられるのが、2019年に突如現れ、その後、急速に世界中に広がっていった新型コロナウイルス感染症です。

いまだ収束の兆しが見えないこの感染症は、私たち一人ひとりの生活や価値観を大きく変えました。コロナにより健康や命と向き合う時間が増えるなか、自分が生きる意味や働く意味について改めて考えたという人も多いでしょう。人と直接会うことが難しくなり、リアルのつながりの大切さを感じた人や、改めて家族や仲間の存在の価値に気づいた人もいるでしょう。

これまで残業や仕事の会食で、平日に家族と食卓を囲むことがまれだったビジネスマンが、毎日家で食事が出来るようになり、時には妻や子供と料理を一緒に楽しむことで、家族との新しい関係が出来たという声も多く聞きます。テレワークの普及で通勤がなくなり、毎朝ペットと散歩することも可能になりました。

コロナ禍でのステイホームという新しい生活は、自分にとっての幸せとは何かを改めて考えるきっかけとなったことでしょう。

特に2020年4月に全国に広がった緊急事態宣言の際は、ステイホームでの自粛が国からも求められました。多くの人が身近な買い物以外は外出を控え、リアルでは誰とも会うことも話をすることもないという状況が続きました。

感染の恐怖という強いストレスを抱えながら、仕事はテレワークになってPC画面を一日中注視し、プライベートでの友人たちとの楽しいお酒を飲みながらの時間も禁じられ、かろうじてオンライン飲み会で気を紛らせるという環境下で、多くの人の心の健康がむしばまれました。

Googleの調査によると、インターネットユーザーの約7割が「デジタル機器に触れている時間が多すぎるため、テクノロジーと実生活のバランスを改善したいと考えている」といいます。スマートフォンやソーシャルゲームへの過度の依存による健康や生活への悪影響は、コロナ禍によってさらに大きな社会問題となっています。

「カラダ」から「ココロ」へ

コロナ禍を経て人々の健康に対する意識は非常に高いものとなりました。

「カラダの健康」だけではなく、メンタルケアの重要性、すなわち「ココロの健康」への問題意識が高まってきています。

「ワークライフバランス」という言葉があります。仕事とプライベートを調和させる為に常に両者がバランスをとっていられるよう調整するという概念で、これまでは仕事とプライベートのバランスを維持するという意味合いで使われてきました。

例えば「仕事で活躍するために、趣味の時間を削る」「子どもの面倒を見るために仕事を減らす」というように、働く事とそれ以外をトレードオフの関係として捉える考え方です。

しかしコロナ禍では、仕事とプライベートを線引きせず、完全に一体化させながら人生の充実を図る「ワークライフインテグレーション」という新しい考え方が注目されています。

仕事とプライベートが相乗的に作用し合ったものが人生であると捉え、例えば、家庭が充実すると、仕事のモチベーションが高まるとする考え方です。

ウェルビーイングと関係が深い概念としては、「マインドフルネス」も話題になっています。マサチューセッツ大学名誉教授のジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)博士が、仏教の瞑想法をベースとして「マインドフルネス瞑想」というプログラムを開発したのが始まりとされています。

言葉の意味は「注意を集中する」こと。一瞬一瞬の呼吸や体感に意識を集中して「ただ存在すること」を実践。「今に生きる」ことのトレーニングをすることで自己受容、的確な判断、およびセルフコントロールが可能となるというアプローチです。

マインドフルネスは、「『今、この瞬間』を大切にする生き方」を指す瞑想とヨガを基本としています。日本の禅に影響を受けたこの考え方は、仏教を人間の悩みを解決するための精神科学として捉え、誰でも抵抗なく実践できることで一気に広がりました。ストレス軽減や集中力の強化などの効果が得られるとされることから今、大きな注目を集めています。

ウェルビーイングで再評価 変わる商品の「価値」

多くの企業はこれまで、製品の機能的価値を中心にマーケティングを行ってきました。しかし、その動きにも変化が現れています。

例えば食品。人が健康を維持するための基本的なものであり、その機能は

 ・ 栄養機能(一次機能)
 ・ 感覚・嗜好(しこう)機能(二次機能)
 ・ 健康の維持や向上に関与する生体調節機能(三次機能)

の三つに分類されてきました。

しかし今、食は別のかたちであらためて注目されています。それは「料理をすることや食にまつわる時間が人生を豊かにする」という側面。まさにウェルビーイング的な価値によって、再評価されているのです。

ほかにも、例えば自動車メーカーは長らく走行性能を、そして現在は環境性能を前面に出して訴求してきました。今後、自動運転が標準機能になると、今度は運転時の移動空間としての快適さが生活者に選ばれる重要なポイントになるでしょう。

ロボットの分野も同じです。人間の身体機能の強化・延長だけではなく、ペットの役割を果たすロボットが登場するなど「こころをケアしてくれる」存在として注目されるようになりました。

今、サイエンスの領域において、「幸福とは何か」ということのさらなる研究・追究が、著名なアカデミアの専門家や研究者によって進んでいます。

ウェルビーイングのアプローチによって生まれる新しい商品やサービスによって、生活者の暮らしがどのように豊かになるのか。この連載では、私の本業でもあるマーケターの視点でお話ししていこうと思います。

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