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ストレスはすべてダメじゃない? ウェルビーイングな日々を送るコツ

ストレスはすべてダメじゃない? ウェルビーイングな日々を送るコツ
精神科医/大野裕

人にとって好ましい状態であるとされる「ウェルビーイング」。日常生活のなかで実現するには、どうすればいいのでしょうか。認知行動療法の第一人者である精神科医の大野裕さんに話を聞きました。(聞き手 編集部・田之畑仁、撮影 末松学史)

大野裕(おおの・ゆたか)
精神科医、ストレスマネジメントネットワーク代表、認知行動療法研修開発センター理事長。1978年慶應義塾大学医学部卒業。コーネル大学医学部、ペンシルベニア大学医学部への留学を経て、慶応義塾大学教授、国立精神・神経医療研究センターの初代認知行動療法センター長などを歴任。日本認知療法・認知行動療法学会、日本ポジティブサイコロジー医学会で理事長を務める。

ほどよいストレス パフォーマンスが向上

――まだ定義が定まっていないウェルビーイングですが、望ましい状態であるということは共通認識として定着しています。私たちが日常生活で実現するには、どうすればいいのでしょうか。

私はそれこそがまさに、「認知行動療法」の考え方が使えるところだと思っています。その際、「個人」と「人間関係」の二つの視点を持つことが大切になります。

まず「個人」の視点で考えると、ポイントとなるのはストレスです。

ストレスと聞くと良くないものばかりだと思いがちですが、そうではありません。まったくストレスがない状態にいると、実は人のパフォーマンスは落ちてしまいます。ひとりで自宅にいるとついだらだらとしてしまうという経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

一方で、あまりにも強いストレスが掛かっても、パフォーマンスは急激に落ちていきます。大切なのは「ほどほどのストレス」を感じること。そうすることで集中力が上がり、最もパフォーマンスが向上することは、動物実験などでも明らかになっています。

このように、ストレスは「良くないストレス(ディストレス)」と「いいストレス(ユーストレス)」に分けることができます。いろいろなストレスを感じながらも、全体としてほどよいストレスを感じるような状態に自分の心を持っていくことが大切です。

――ストレスはすべてダメというわけではなく、良いものと良くないものがあるということは、少しずつ世の中に浸透しているような気がします。

少しずつですが、確かにそう思います。日常生活では、ユーストレスを意識することがとても重要です。

一方で、このユーストレスを感じられないときは、その人が「うつ・不安・怒り」のいずれかの状態に陥っていると考えられます。そのようなときには、人は「ほどほどのストレス」は感じられず、ディストレスを強く感じるようになります。

もしそうなってしまった場合、必要なのは「こころにブレーキを掛けること」です。一般的に、良くないことが起きた場合には、こころがどんどんとネガティブな方向に偏っていきがちです。その際にうまくブレーキを掛けられるかどうか、ここがポイントになってきます。

――具体的にはどうすればいいのでしょうか。

まずは「その体験の意味をもう一度チェックする」ことです。

こころが揺れるような体験をしたときは、自分ひとりで考えていると良くない可能性ばかりを考えてしまいがちです。自分を守ろうとする「防衛本能」が働くからです。そうすると、どんどんと良くない方向ばかりに目が向いていく。

そういうときにはちょっと立ち止まって、その体験の意味をあらためて考える必要があります。本来、出来事というのはいい面も悪い面もあるものです。ところがネガティブな状態では、悪い面しか目に入らなくなっています。

立ち止まってあらためて考えてみると、悪い面しか見えていなかった出来事のいい面も見えてきて、ディストレスだと思っていたことが実はユーストレスにつながっていたことがわかった、そういう考えに変わっていくこともよくあるのです。

大野裕さん
大野裕さん

――ストレスとの向き合い方について、私たちはどんなところに気を付ければいいのでしょうか。

何かの行動を起こしたときに、やりがいや成果といったものをきちんと感じられるようにしておくことが大事だと思います。

私たちはどうしても「うまくいっていないこと」に目が向きがちです。また、それを打ち消そうとしてポジティブな方向に進み過ぎて、その結果、思いがけない失敗をしてしまうことも少なくありません。

自分を見つめながら、ほどほどのところで自分のやりがいを感じ、しっかりと成果を認識する。「自分がきちんとやれている」という感覚を持つことがとても重要です。

一方で、「他人からきちんと認めてもらう」ことも欠かせません。いくらやっても誰からも認めてもらえなければ、とてもむなしくなってしまい、やる気など起きないでしょう。もう一つの視点として挙げた「人間関係」のなかで、こういった良好な対人交流をきちんと押さえておく必要があります。

このように、私たちが日常生活のなかで、ストレスと向き合いながらウェルビーイングな日常を送るためには、

● 「自分できちんとやれている」という個人の視点からの感覚
● 「他人が認めてくれている」という人間関係の視点からの感覚

この両方がきわめて大切になってくるのです。

小さな喜び 「シャワーのように」浴びる

――日常生活のうえでは、悩んだりストレスを感じたりといったことは避けられません。どのように向き合っていけばいいのでしょうか。

日常生活でネガティブな場面に遭遇したとき、私たちはよく「愚痴を言う」という行動を取ります。これは最初のステップとしてとても重要で、愚痴を言い合うことで気持ちが落ち着いてくるという感覚は、経験がある人も多いのではないでしょうか。

そして次のステップとして、「体験をもう一度見直し、その意味を見つけること」に進みます。そこでは考えを巡らせるなかで、問題と感じていることに対して「自分はどういう工夫ができるか」を見つけることが大切です。

自分なりにできる工夫を一つでも見つけられればしめたもの。「工夫ができる」ということはすなわち、その体験は「ネガティブなものからポジティブなものへと変化している」ということを示しているからです。

このように、物事に対する見方や考え方をうまく変えることができれば、ネガティブに見えた体験が、実は自分にとってプラスになるポジティブなものだったということが実感できるようになります。

大野裕さん
大野裕さん

――ウェルビーイングを実現するには、考え方を変えることが大切ということでしょうか。

「どうせダメだ」というようなネガティブな考え方を修正して、自分が期待する現実に近づくことが「やりがい」や「充実感」につながります。ウェルビーイングに向けた行動の「入り口」として大切です。

それと同時に大切なのは、「やりがいを感じられる行動」「自分のささやかな夢を実現する行動」を生活のなかにちりばめていくことです。

それも、ごくささやかなことでいいのです。好きな音楽を聴く、机の上を整理する、短時間でも親しい人と一緒に過ごす、好きなマンガや小説を読む、時間を決めてゲームをする、外に出て歩いてみる、風呂につかる、ベッドに横になってボンヤリするなど、心が安らぐものであれば何でもいいでしょう。

もし可能なら、まずは小さくても構わないので具体的な目標を設定し、次にその目標に向かってどのようなステップを踏み出すかを考えてみます。短い期間、例えば1週間でどんな行動を取るのかを決め、期間が終われば実際にどれだけ行動できたかをチェックしてみましょう。その際、目標の到達に何が邪魔をしているのかをしっかりと見極めることも大切です。

そういったサイクルを繰り返しながら、最初に考えた目標に向かって少しずつ進んでいきます。一定の期間ごとに振り返ることで「きちんと前に進めている」ことを実感することも、やる気につながる大切なプロセスになります。

――考え方だけではなく、具体的な行動を変えることも大切になってくるということですね。

私たちは誰でも何らかのハンディキャップを持っていますが、だからといってそれに縛られる必要はありません。自分の人生なのですから、自分自身が主役になって生きていけるようになることが理想的です。

「認知行動療法」でも、最近ではそういった考えに基づいたアプローチが注目されています。過去に焦点を当てて考えることだけでなく、ハンディキャップを抱えながらも自分らしく生きていけるように手助けする「リカバリーに目を向けた認知行動療法」と呼ばれるもので、その効果が報告されるようになってきています。

――確かにこういう考え方を身につけることができれば、悩みやストレスがあってもうまく乗り越えられるような気がします。

悩んでいるときには、考える脳の部分の活動が活発になりすぎていて、いわば空回りしているような状態になっています。そんなときはちょっとしたこと、例えば親しい人に手を握ってもらうといったことでも、脳の空回りを鎮めることができることがわかっています。

ただ、そもそもウェルビーイングという視点で考えれば、ストレスをどう乗り越えるかということよりも、ストレスがあってもなくても、どう自分らしく生きていくかという点が大事だと、私は考えています。

ウェルビーイングな毎日を送るためには、必ずしも大きな喜びばかりが必要なわけではありません。大切なのは「小さな喜びをシャワーのように浴び続けること」ではないでしょうか。

田之畑仁
田之畑仁 ( たのはた ・ひとし )
朝日新聞総合プロデュース本部主査。大阪府出身。商社勤務を経て1998年朝日新聞社入社。科学医療部(東京・大阪)、医療サイト「アピタル」編集部、デジタル編集部、北海道報道センターなどの勤務を経て、2020年4月から現職。
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