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食品ロス減らすフードドライブ 先駆地米国では郵便配達員が一役

食品ロス減らすフードドライブ 先駆地米国では郵便配達員が一役
2022年春、各家庭に届いたはがき。協力企業のロゴが並ぶ(米国在住、市川文恵氏提供)
食品ロス問題ジャーナリスト/井出留美

井出留美さん
井出留美(いで・るみ)
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学)、修士(農学)。ライオン、青年海外協力隊、日本ケロッグ広報室長などを経る。東日本大震災で支援食料の廃棄に衝撃を受け、自身の誕生日でもある日付を冠した(株)office3.11設立。第2回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門、Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018、令和2年度 食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。近著に『食料危機』『捨てられる食べものたち』など多数。

3年ぶりに「スタンプアウト・ハンガー」開催

米国には、春になると各家庭に届くはがきがある。「スタンプアウト・ハンガー」の日が近いことを知らせるはがきだ。

スタンプアウト・ハンガーは、1993年から郵便屋さんの集まりであるNALC(全米郵便配達員組合)が全国規模で続けているフードドライブだ。毎年5月の第2土曜日に、家庭で余っている食品を袋に入れて玄関や郵便受けのそばに置いておくと、郵便配達員が回収して地域のフードバンクやこども食堂などの慈善団体に届けてくれる。

NALCの催しだけに「スタンプ(切手)」と「スタンプアウト(撲滅する)」が掛けことばになっており、「Stamp out Hunger」で「空腹をなくそう」という意味になる。2020年と2021年はコロナ禍のためフードドライブ自体は中止され、寄付金を受け付けるだけだったが、30周年となる2022年は5月14日、3年ぶりにイベントとして開催された。

2022年5月14日の参加を呼びかけるスタンプアウト・ハンガーの動画

筆者がこの取り組みを知ったのは、2011年の東日本大震災のあと、勤めていた食品会社を辞め、フードバンクの広報を手伝いはじめたころ。関係者にとってバイブル的な存在の本『フードバンクという挑戦 貧困と飽食のあいだで』(岩波現代文庫)を通してだった。「なんて合理的な取り組みなんだろう」と感心したことを覚えている。

フードバンクにたずさわるようになってわかったことは、食品を回収・配達するための車両や保管しておく倉庫、車両を運転したり食品を管理したりする人員が必要だということ。持続的に運営していくにはそれなりの資金がいるが、事業を無償で引き受けているところも多く、資金繰りに苦しんでいるところが少なくない。

その点、郵便局には人員も車両も倉庫もある。年に一度、郵便配達員が地域の家庭をまわって余剰食品を集めるフードドライブは、すでにある資源を生かした持続可能で画期的な取り組みといえる。

スタンプアウト・ハンガーに用意された食品
スタンプアウト・ハンガーに用意された食品。缶詰やパスタは保存期間が長く、支援食料としてよろこばれる食品だ(米国在住、市川文恵氏提供)

貧困家庭の子に貴重な食事の機会

米国では、地域をくまなく知る郵便配達員が、高齢者の見守りや筋ジストロフィー協会の資金集めなど、さまざまな慈善活動をおこなってきた歴史がある。そうした地域貢献活動の一環として考えられたのがスタンプアウト・ハンガーだ。

初開催となった1993年は、郵便配達員が北はアラスカから南はフロリダまで余剰食品を回収してまわり、たった1日で1100万ポンド(約5000t)もの食品を集めた。以来、イベントは全米50州の人口1万人以上の都市に広がった。2010年には回収された食品が10億ポンドとなり、90倍以上に増加した。

集まった食品を寄付する米国のフードバンクの中には、4月のイースター(復活祭)の後に食品の備蓄や資金が底をつくところが多かったため、スタンプアウト・ハンガーは5月に開催されるようになった。

それに米国では6月から学校が夏休みに入り、1日1食、学校給食だけで食べつないできた貧困家庭の子どもたちが貴重な食事の機会を失い、休暇中にやせてしまうことが多かった。スタンプアウト・ハンガーで5月のうちに食品をたくさん集めることができれば、夏休みの間、給食が食べられなくなってしまう子どもたちに、フードバンクが食品を提供できる。

ちなみに、日本にも夏休みや冬休みに学校給食が食べられなくなるとやせてしまう子どもたちがいる。厚生労働省の調査によると、日本の子どもの相対的貧困率は15.7%(2021年)。子どもの7人に1人は相対的貧困の状態にある。こうした日本の子どもたちにとって、夏休み中に開催されるフードドライブや子ども食堂は、空腹を補う一助となる。

もちろん、米国もスタンプアウト・ハンガーの実施で食品ロスや貧困の問題が解決したわけではない。コロナ禍や燃料価格の高騰もあり、無料の食品を求める人の数は減っていないし、いまだに流通量の40%もの食品が廃棄されている。

こうした慈善活動を冷ややかに見ている識者もいる。米国の社会学者ジャネット・ポッペンディークは、「食料不足に苦しんでいる人を見ていると、いたたまれない気持ちになる。それを必要としている人に与えると、大きな満足感が得られる。(自分たちの満足感を得るために大勢が参加することで、米国では)飢餓との闘いが国民的娯楽になっている」と手厳しい。

慈善活動には多かれ少なかれ、他人のためというよりは自分自身が満たされるためにやるという側面があるのかもしれない。だが、他人の目にどう映ろうとも、米国でスタンプアウト・ハンガーのような全国的なイベントが30年続き、それによって救われている人がいるという事実は素直に評価していいのではないか。

日本でも各地で試み 待たれる法整備

日本では、生活協同組合パルシステム千葉が、食品の配達時にお届け先の家庭で余剰食品を回収し、地域のフードバンクに寄付するという実証実験を2016年におこなっている。2300人が参加し、50kgの食品が集められた。以来、定期的に配達時のフードドライブを続けていて、2021年には6.1tの食品をフードバンクに寄付している。

パルシステム千葉のフードドライブ
パルシステム千葉は、2016年に開いたイベントでもフードドライブを行った(同組合サイトより)

神戸市はダイエーと共同で、2017年にフードドライブ推進のための実証実験を実施した。翌2018年から本格稼働へと移行したが、せっかく食品を集めても、フードバンクへ運ぶ手段が課題となっていた。2021年にサカイ引越センターが加わったことで、効率的な運搬が可能になった。日本にもこのように、いまある資源を生かして、いまできることをしようとする組織があることは、一筋の光のように思える。

ただ日本には、もし寄付した食品で事故が起こった場合にその提供者を守る法律や条例がないため、寄付にためらいを感じる人が多い。専門家は「フードバンクの盛んな国で、寄付者に対する免責制度のない国はない」と指摘している。

日本でも余剰食品を有効活用して食品ロスを減らしていくには、米国の「善きサマリア人の法(正式名称:The Bill Emerson Good Samaritan Food Donation Act)」のように、善意からおこなった食品の寄付が原因で食品事故が起こったとしても提供者の責任を問わない、という法律や条例の整備が欠かせない。

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