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“SDGs”のその先の世界を描こう。究極の未来エネルギー“水素”のビジネス化がカギ

“SDGs”のその先の世界を描こう。究極の未来エネルギー“水素”のビジネス化がカギ
三菱総合研究所主席研究員/中川浩一

※2021年8月から2022年3月まで5回にわたって朝日新聞社の「bizble」に連載されていたコンテンツを転載しています。第1回は、2021年8月10日の配信でした。掲載内容は当時のbizbleのものを踏襲しています。

2030年に達成目標の期限を迎えるSDGs。“SDGs”を達成しつつ、どうビジネスを切り開いていくべきなのか――。外務省でSDGs交渉官を務め、現在はビジネスコンサルタントとしても活躍している中川浩一さんに、最先端のビジネスの動きを紹介してもらいながら、SDGsの先にある、“2050年のビジネスのカタチ”を考えます。

中川浩一さん
中川浩一 ( なかがわ ・こういち )
三菱総合研究所主席研究員。1969年生まれ。慶應義塾大学卒業後、外務省入省。対パレスチナ日本政府代表事務所勤務を経て、天皇陛下や首相の通訳を務める。アメリカ、エジプトなどでの勤務を経て、2020年8月より現職。著書に「総理通訳の外国語勉強法」。

“SDGs”をアピール合戦で終わらせないために

こんにちは、中川浩一と申します。このコラムでは、昨年まで外務省でSDGs(持続可能な開発目標)を担当し、現在は、三菱総合研究所でビジネスコンサルタントとして仕事をしている私なりの視点で、“2050年のビジネスのカタチ”を考えるための基礎知識、情報を提供していきたいと思います。

そして将来的には、これらの知識をベースに、皆さんと2050年のビジネスの世界を共に描いていけるようになればいいなと考えています。よろしくお願いします。

もはやSDGsは、ビジネスパーソンにとって必須科目になっていて、テレビ、新聞でも取り上げられない日はないといってもいい状況です。

胸にSDGsのバッジをつけている経営者やビジネスパーソンもよく目にします。

日本政府も首相をトップに据えた「SDGs推進本部」を2016年5月に設置しています。この推進本部の責任官庁は外務省で、私は、その外務省でSDGsを担当する地球規模課題総括課に昨年まで所属し、「地球規模課題分野別交渉官」を務めていました。

ただ当時、日本政府の立場でSDGsに関わりながら、ある種の違和感を覚えていました。

外務省はSDGsを広めるのが仕事なので、そうすると、まずは「SDGsとは何か」を説明するために、1から17までの目標を暗記し、たとえば気候変動なら何番目の目標だったっけ……という具合に、「SDGs=エスディージーズ」という用語そのもの、その内容を覚えるという一種の「暗記科目」になってないかと危惧していました。

SDGsの17目標
SDGsの17目標

実際、今は中学受験でもSDGsはよく出題されるようですし、企業もSDGsに取り組まないと、それこそ株価や就活生のリクルートにも影響するということで、ウェブサイトにも、「わが社のSDGsへの取り組み」のコーナーがあるのが当たり前になってきました。

「何番目の目標のために、こんなことをしています」というようなアピール合戦の様相を呈しています。

しかし、本当に大事なのは、世界的な視点でいえば、地球規模での課題を解決するために何ができるのか、日本でいえば、国内で抱える社会課題にどう取り組むのかについて、私たち一人一人が「知恵を絞る」ことなのです。SDGsそのものはその土台、理念にすぎません。

また、世界であれ、日本であれ、社会課題には、SDGsの理念、目標だけではカバーできない分野もたくさんあります。政府だけの取り組みでは見いだせない解決策もたくさんあります。SDGsの枠組みを超え、ビジネスパーソンらしい柔らかい頭で、独創的な解決が求められています。

もう1つ留意すべきことは、SDGsの達成目標が「2030年」に設定されていることです。もちろん2030年をとりあえずの期限と定めることに異論はありませんが、現実の世界はその先を見据えて行動しないと解決できないものもたくさんあります。

今、私が勤めている三菱総合研究所では、21世紀の後半には、世界の人口が100億人に近づき、日本をはじめとする各国で100歳を超える人の割合が増えていく、人類史上、だれも体験したことがない「100億人、100歳時代」の未来が到来することを念頭に、2050年の先を行く「2070年」を見据えたビジョンを描いています。

それが豊かで持続可能な姿になるのか、それとも不公平な格差と混乱のカオス状態となるか、人間の叡智(えいち)が問われているといっても過言ではありません。

今の私たち「ホモ・サピエンス」は、人類として12番目の進化形態であるとの説がありますが、科学技術の発展により世界全体で100億人が100歳まで生きるようになったら、新たな「13番目の人類」が誕生するかもしれません。

新たな私たちは、どのような姿をして、どのような社会をつくっているのでしょうか。ワクワクしますね。このコラムでは、皆さんと一緒にまずは「2050年」の未来を創造できればと思います。

日本政府がめざす、「2050年カーボンニュートラル」

第1回の今回は、多数のテーマの中で、このコラムの目標設定である「2050年」に着目し、日本が「2050年」を具体的な目標としている「カーボンニュートラル」を取り上げたいと思います。

「カーボンニュートラル」を改めて説明すると、温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成することです。温室効果ガスの排出量の実質ゼロとは、温室効果ガス排出を削減するだけでなく、排出ガスを回収し固定化することや、森林により吸収する、さらには炭素クレジットの取得によって相殺するなどして差し引くことも含まれます。

この「カーボンニュートラル」の実現のためには、再生可能エネルギーの有効利用と合わせ、脱化石燃料の世界を同時に実現しなければなりません。

IEA(世界エネルギー機関)の直近の報告では、温室効果ガス排出を実質ゼロにするには、2050年には、世界の70%が太陽光発電や風力発電によって担われると同時に、化石燃料である石油の生産量が現在の日量9000万バレルから2050年に2400万バレルに減ることが必要であると試算しています。

そこで、私たち日本人が真っ先に考えなければならないのは、約9割と大きく依存している中東産油国からの石油のことです。

イラク南部の油田「西クルナ2」
イラク南部の油田「西クルナ2」=2015年1月、朝日新聞社

中東の石油への依存を減らさずに、日本社会の「カーボンニュートラル」を実現できないのは明らかです。つまり、日本は、今後、中東からの石油に頼らないエネルギー政策の策定と、その「中東における脱炭素社会への貢献」も同時に実現していかなければならないのです。

日本国内の「カーボンニュートラル」については、2020年10月、菅義偉首相が国会の所信表明演説において、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち『2050年カーボンニュートラル』、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言しました。

臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相
開会した臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相=2020年10月26日、国会内、朝日新聞社

日本は現在、年間で12億トンを超える温室効果ガスを排出しており、2050年までにこれを実質ゼロにする必要があります。

「カーボンニュートラル」への挑戦は、同時に、日本の産業構造や経済社会の変革をもたらすことを活用して、大きな成長につなげていく機会としなければなりません。まさに日本全体で取り組んでいくことが重要なのです。日本政府は、「2050年カーボンニュートラル」を実現するための「グリーン成長戦略」を発表しています。

「カーボンニュートラル」実現に欠かせない“究極の未来エネルギー”とは

日本が石油を依存している中東産油国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールなどは、近年の石油価格の低下も相まって、いち早く「脱炭素社会」の実現に向けて、産業の多角化を図るための国家戦略、政策を策定しています。

これらの国は、「脱炭素」が経済に与える影響が甚大で、日本よりも危機感を有しています。

たとえば、日本がサウジアラビアに続き2番目に石油輸入を依存するUAEでは、再生可能エネルギーの拡充、省エネルギーの推進、「水素」利用などが中心的な戦略と位置づけられています。

今年4月には、日本の経済産業省とUAEのエネルギー・インフラ省が「水素」に関する情報交換や専門家派遣を柱とする覚書(MOC)を締結しました。

この「水素」は「究極の未来エネルギー」ともいわれています。今回の東京オリンピックの聖火台にも、「水素」が使われています。

東京オリンピック開会式で聖火台に点火した大坂なおみ選手
東京オリンピックの開会式で聖火台に点火した大坂なおみ選手=2021年7月23日、国立競技場、朝日新聞社

水素は、水などの化合物として地球上に普遍的に存在しており、利用時に二酸化炭素を排出しないため、再生可能エネルギー等を用いて効率的に分解反応が行われれば世界中で広く利用できる究極の脱炭素エネルギーになる可能性を秘めているからです。

現在は主に天然ガス(LNG)などの化石燃料から水素を製造する方法が用いられていますが、製造段階で多量の二酸化炭素を排出することが問題となっているので、太陽光など再生可能エネルギーを利用して水素を安価に製造する技術の確立が必要なのです。

この点、中東産油国は太陽光発電が世界一安価な地域ですので、中東は「水素社会」の実現に向けて格段に有利ともいえます。

将来的には、日射条件の良い中東で高効率に水素を製造して日本に運搬することで化石燃料を「太陽光エネルギーを用いて製造した水素」で代替する検討も必要となるかもしれません。

さきほどの日本政府とUAEとの覚書には、水素政策の情報交換、水素製造技術の開発、水素製造および日本への輸送を含む水素の国際サプライチェーンの構築、水素の需要と供給を拡大するための規制や基準のための情報交換なども含まれます。

この究極の未来エネルギー「水素」をいかに実用化、ビジネス化できるかは、日本における脱炭素社会の実現という観点から重要です。また、中東にとっても、世界の脱炭素化に貢献でき、新しい産業を創出するチャンスでもあります。

現在、水素の日本での流通価格は、1キログラムあたり約1100円(100円/Nm3に相当。Nm3は空気量を表示する単位:ノルマルリューベ)です。日本政府はコストを2030年に30円/Nm3に引き下げる目標を掲げています。

コストダウンできなければ社会で実装ができないことは明らかです。逆にいえば、「安い水素」を製造できたり、「水素を利活用するための事業」を起こしたりすることができれば、それはまさに「ビジネスチャンス」に変わることになります。すでに日本の各企業が外国企業との連携を含め、しのぎを削っています。今後ますますこの流れは加速するでしょう。

このように2050年を見据え、日本国内だけでなく、世界でWin-Winになるエネルギーの国際連携のあり方も、ぜひこれから皆さんと一緒に考えていきたいテーマですね。

ちなみに、今回のテーマ「カーボンニュートラル」は、SDGsでいえば、目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」と目標13「気候変動に具体的な対策を」でした。

宇宙開発企業スペースXの創設者およびCEO、電気自動車企業テスラの共同創設者・CEOを務めるイーロン・マスク氏は、今、世界で最も注目されているといわれる天才経営者であり、世界で最もSDGsに熱心な実業家です。しかし、実は一度も「SDGs」という言葉を口にしたことはないそうです。なぜなら、それは彼にとっては至極当たり前だったからです。

イーロン・マスク氏
イーロン・マスク氏=2016年6月、朝日新聞社

私たちも「SDGs」というワードを、いちいち口に出さなくても良い、当たり前の世界にして、その先の2050年を描いていけることを目標にしていきましょう。

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