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世界は「グレート・リセット」されていく 藤田康人のウェルビーイング解体新書【4】

世界は「グレート・リセット」されていく 藤田康人のウェルビーイング解体新書【4】
インテグレート代表取締役CEO/藤田康人

著者_藤田康人さん
藤田康人(ふじた・やすと)
株式会社インテグレート代表取締役CEO。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、味の素に入社。ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画してキシリトール・ブームを仕掛け、製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー「インテグレート」を設立。著書に『カスタマーセントリック思考』『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(いずれも宣伝会議)など。

みなさんはどんなことに「幸せ」を感じるでしょうか。

「幸せ」に対する価値観は、昭和、平成、令和という時代の変遷とともに大きく変わってきています。そして、それは日本ばかりではありません。世界でも今、大きく転換しているのです。

その背景には、社会が成熟してグローバル化が進み、人々の価値観や生き方が多様化したこと、社会課題を取り巻く利害関係が複雑化したことがあると考えられています。

そのような大きな変化の中で注目されているのが、まさにウェルビーイングなのです。

延期された「ダボス会議」で注目集める

ウェルビーイングという言葉が、世界的に注目されるようになった大きなきっかけといえるのは、2021年5月に開催される予定だった世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)です。

「第二次世界大戦後から続くシステムは環境破壊を起こし、持続性に乏しく、もはや時代遅れだ。人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」

その年のダボス会議の開催にあたり、世界経済フォーラムの創設者であり会長でもあるクラウス・シュワブ氏が発言したこのコメントが、今のウェルビーイングの大きな流れをつくったといってもいいでしょう。

ダボス会議は、スイス東部の保養地ダボスに世界の政財界のリーダーが集まり、地球規模の課題について話し合う場です。そこで討議されるテーマは、世界に強い影響力も持つといわれています。

毎年開かれているダボス会議ですが、2021年は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、延期に追い込まれました。この年に話し合う予定だったテーマは「グレート・リセット(The Great Reset)」。従来の経済を中心とした社会システムから、幸福中心の社会への転換が示唆されるはずでした。

しかし皮肉にも、この新型コロナウイルスのパンデミックが、これまでの社会や経済の仕組みでは新しい問題に対応しきれなくなっている、という事実を突きつける結果となりました。「グレート・リセット」は、あらためて注目されることになったのです。

「ウェルビーイング元年」 日本でも

これまでの社会では主に「経済成長」に価値が置かれ、GDP(国内総生産)などの指標を追求することが優先されてきました。経済合理性がないとされるものは重要視されず、その結果、貧困や格差が広がり、食糧不足や環境問題が深刻化するなど、弊害ともいうべき課題が次々と生まれ、無視できないレベルとなっています。

「グレート・リセット」で指摘されたように、経済的に豊かになるだけでは、ウェルビーイングを実現することはできません。それは、さまざまな調査からも明らかです。

この連載の第2回でもご紹介した「世界の幸福度ランキング」を見ると、GDPが高くない北欧諸国が上位を占めています。一方、GDP世界第3位の日本は、幸福度ランキングでは54位です。

内閣府の「国民生活白書」によると、日本人の一人あたりの実質GDPは右肩上がりで増え続けているのに対し、生活満足度は1981年から横ばいです。

そんな日本でも、ウェルビーイングへの取り組みは始まっています。

2021年2月、衆議院の予算委員会で、国民一人ひとりのウェルビーイング・幸福・充実度を測る新しい物差しとして、「GDW(Gross Domestic Well-being/国内総充実度)」の採用が提唱されました。

同年6月には、政府から経済・財政運営の指針として「政府の各種の基本計画等について、ウェルビーイングに関するKPI(重要業績評価指標)を設定する」ことがうたわれました。同年9月には「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」が設置されています。

まだ具体的にGDWが算出されているわけではありませんが、内閣府からは「満足度・生活の質を表す指標群(Well-beingダッシュボード)」が公表されており、準備は着々と進んでいるといえるでしょう。

世界と比べると少し乗り遅れたかもしれませんが、2021年は、日本におけるウェルビーイング元年といわれています。イギリスに続き世界で2番目に「孤独・孤立対策」の担当大臣が任命されたのも、この年のことです。

2025年に開催が予定されている「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」も、ウェルビーイングを強く意識した内容になっています。

テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」ですが、構想段階の目標のひとつに、「世界中の人々がよりよく生きる(well-being)ための提案を集め、新たなモデルとして広く世界に発信」を掲げています。

「人生100年」時代 新たなビジネスチャンスに

グレート・リセットの考え方のもと、世界ではウェルビーイングへの取り組みが始まり、新たな概念も登場しています。

例えば「ウェルビーイング・エコノミー」。経済活動が「社会や自然界の他の物に組み込まれている」と理解している経済を意味します。単にGDPの成長を目指すのではなく、人間と生態系の幸福の観点を忘れないことがポイントで、ウェルビーイングを重視する経済です。

ここでは「健康」「生活水準」「自然環境の質」「労働保障」「市民の政治参加」などの指標を、GDPと並ぶ経済の指標としてとらえています。

この概念を提唱しているのが「ウェルビーイング・エコノミー・アライアンス(WEAll)」という団体で、その活動は国や地域の政府も巻き込みながら進んでいます。WEAllが組織した「ウェルビーイング・エコノミー・ガバメンツ(WEGo)」には、幸福度ランキングの上位を占めるスコットランド、ニュージーランド、アイスランド、ウェールズ、フィンランドが、すでに加盟しています。

幸福度ランキング8位のニュージーランドでは、世界初となる「幸福予算」を国家予算に組み込むことを発表しました。限られた国の資産を国民の幸福を高めるために使うというもので、ニュージーランドが抱える「精神疾患」「子どもの貧困」「家庭内暴力(DV)」の3つの問題に多額の予算をあてる、とのことです。

世界幸福度報告(World Happiness Report)」の編集者であるリチャード・レイヤード氏は、「生涯幸福量(Well-being- yearもしくはWELLBY)」という概念を提唱し、ウェルビーイング向上のための政策形成に活用すべきと主張しています。

生涯幸福量は、以下の式で算出されます。

生涯幸福量  =  主観的幸福度 × 平均寿命

政策の指針に「幸福感」といった主観的なものを組み込んでもいいのか、と思われるかもしれません。そのため、国連や経済協力開発機構(OECD)といった国際機関でも使われている国際的に認められた設問形式を採用して、より客観的な指標となるように工夫しています。

「主観的幸福度 × 平均寿命」で算出される「生涯幸福量」は、主観的幸福度が上昇したり平均寿命が伸びたりすると大きくなり、逆に幸福度が低下したり平均寿命が縮んだりすると小さくなります。

つまり、より幸せで長生きする社会をつくることができれば、どんどん大きくなるということです。

これからの時代の幸せのありかたについて、イギリスの組織論学者であるリンダ・グラットン氏は、著書『LIFE SHIFT』の中で

人生を100年という単位でとらえると、従来のライフプランだった「学ぶ」「働く」「引退」という3つのステージが大きく変容する可能性がある。それは、それぞれのステージを少しずつ延長する単純な変化では対応できない。

と述べています。

つまり、100年生きることを前提とすると、これまでの生き方や働き方を根本的に考え直さなければいけないということです。65歳で定年を迎えたとしても、それからまだ3分の1の人生が残されています。その中で必要なスキル、経済規模、家族・友人など社会との関係性など、これまでとは異なる発想で自分の人生をデザインする必要があるのです。

この新しい発想が世の中に広まれば、それに対応した全く新しいビジネスが生まれるチャンスも大いにあります。ウェルビーイングの潮流は、社会や産業のあり方をまさに「グレート・リセット」するのは間違いありません。

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