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幸せとは? 自分らしく生きるとは? 藤田康人のウェルビーイング解体新書【5】

幸せとは? 自分らしく生きるとは? 藤田康人のウェルビーイング解体新書【5】
インテグレート代表取締役CEO/藤田康人

著者_藤田康人さん
藤田康人(ふじた・やすと)
株式会社インテグレート代表取締役CEO。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、味の素に入社。ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画してキシリトール・ブームを仕掛け、製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー「インテグレート」を設立。著書に『カスタマーセントリック思考』『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(いずれも宣伝会議)など。

今回は「そもそもウェルビーイングとはどんな概念なのか」ということについて、学術的な背景も含めてひもといていきたいと思います。

始まりはWHOから

ウェルビーイングという言葉が、初めて世に知れ渡ったとされるのは1946年。世界保健機関(WHO)設立の際に考案された憲章の中で使われたことがきっかけでした。

WHO設立者の1人である施思明(スーミン・スー)氏が、予防医学(病気の予防・治療)だけでなく、健康の促進の重要性を提唱し、「健康」を機関名や憲章に取り入れるよう提案したのが最初です。

WHO憲章の前文の一節を借りると、次のようになります。

〝Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.〞

日本WHO協会の仮訳によると、

「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」

ウェルビーイングとは「肉体的にも、精神的にも、社会的にも満たされた状態」のことで、平たくいうと、体も心も元気で、社会との関係も良好であるということです。

さらにいえば、ウェルビーイングから得られる幸福感や満足感、充実感は、「ハピネス(Happiness)」や「ジョイ(Joy)」といった言葉で表現される短期的なものではなく、持続性のある長期的なものとされています。

ポジティブ心理学とマインドフルネス

ウェルビーイングという概念をつかさどる学術的背景にあるといわれているのがポジティブ心理学です。

従来の心理学は、人間のネガティブな面に焦点を当てた「マイナスをゼロにする」考え方のものが主流でした。

しかしポジティブ心理学は、人間のポジティブで前向きな側面に焦点を当て、病んだ心を治すことよりも、どうすればもっと幸せになれるのかという観点から、人々の人生をより充実したものにすることを目的としています。

「ポジティブ心理学」という言葉を最初に使ったのは、「欲求5段階説」を唱えた米国の心理学者アブラハム・マズローだと言われています。一方、そのポジティブ心理学を広く世に知らしめたのは、米国の心理学者マーティン・セリグマンです。

うつ病と異常心理学に関する世界的権威であったセリグマンは、心理学は人間の不幸な状態を克服するだけでなく、通常の状態からより幸福になることにも役立つと考え、その理論を構築しました。

セリグマンは2011年の著書「Flourish(邦題:ポジティブ心理学の挑戦)」の中で、ウェルビーイングに基づいた「幸福」には下記5つの要素(PERMA)があると記しました。

P:Positive emotion「ポジティブ感情」
「喜び」「感謝」「安らぎ」「愉快」「愛」「希望」のポジティブな感情をもつこと

E:Engagement「エンゲージメント」
没頭、没入できる体験をすること

R:Relationship「人間関係」
特に家族などの親密な人たちとの関係を大切にすること

M:Meaning「人生における意味や意義ある活動」
人生に意味や意義、目的を見いだして行動すること

A:Accomplishment (Achievement)「達成、完遂、マスター」
前向きな感情や意味、人間関係と関係なくても成し遂げられる「達成」

セリグマンは、人間が持続的に心理的に繁栄していく状態をフラリッシュ(flourish)という用語を使い、このような状態は5個の領域が関係しているというウェルビーイングの多面的モデルを提起しました。

ポジティブ心理学とともに、ウェルビーイングと関係が深いのがマインドフルネスです。

マインドフルネスとは、「『今、この瞬間』を大切にする生き方」を指します。瞑想(めいそう)とヨガを基本とした治療法で、ストレス軽減や集中力の強化などの効果が得られるとされることから今、大きな注目を集めています。

米・マサチューセッツ大学名誉教授のジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)博士が、仏教の瞑想法をベースとした「マインドフルネスストレス低減法」というプログラムを開発し、世界に普及するきっかけとなりました。

日本の「禅」に影響を受けたカバットジン博士は、仏教を「宗教」としてではなく、人間の悩みを解決するための「精神科学」としてとらえました。その結果、マインドフルネスは誰でも抵抗なく実践できるものとして、一気に広がっていったのです。

マインドフルネスの語義は「注意を集中する」。一瞬一瞬の呼吸や体感に意識を集中し、「ただ存在すること」を実践し、「今に生きる」ことのトレーニングをすることで自己受容、的確な判断、およびセルフコントロールが可能となるというアプローチです。

アップルやグーグルなどの大企業が、社員の健康を維持向上する取り組みとして導入したことで、マインドフルネス瞑想はさらに知名度が高まりました。

押しつけはダメ 重要な「多様性」

ウェルビーイングは多面的であるため、さまざまな受け取られ方、解釈のされ方をしています。ウェルビーイングに関するさまざまな研究は日々進んでいますが、誰もがわかりやすくウェルビーイングの本質を理解できるようになるには、もう少し時間がかかるかもしれません。

私はシンプルに「ウェルビーイングとは、自分らしく生きること」ととらえています。精神的にも肉体的にも「自分らしさ」を意識すれば、自分に負荷をかけない持続性のある人生を実現できると思うからです。

ウェルビーイングにおいて重要なポイントの一つが「多様性の受容」です。幸福の在り方は人それぞれ異なります。ある一つの「幸せ像」を規定してすべての人に押しつけることは難しく、一人ひとり異なるウェルビーイングがある、という前提は、当然と言えるでしょう。

先天性の疾患や障害を持つ人もいます。戦争や災害などを含め、生活環境が恵まれない人もいます。ウェルビーイングの定義としてしばしば使われる「身体的、精神的、社会的に満たされた状態」を現実に体現できない人も多くいるでしょう。

では、そういう人たちは、ウェルビーイングにはたどり着けないのでしょうか? 私はそうは思いません。

病気や障害や困難な生活環境があっても、その人なりの健やかな生き方は必ずあるはずですし、社会全体でそれを支えるべきだと思います。

そういったことも踏まえて、私は「ウェルビーイング=自分らしく生きること」ととらえています。

日本のウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司・慶応大学教授は、著書「実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス」の中で、「幸せにつながる4つの因子」について述べています。

日本人1500人を対象に行った「幸せの因子分析」から、以下の4つを発見したといいます。

・ 第一因子は「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)。コンピタンス(私は有能である)、社会の要請(私は社会の要請に応えている)、個人的成長(人生が学習や成長に満ちている)、自己実現(今の自分はなりたかった自分である)という項目と関連性が深い因子です。

・ 第二因子は「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)。人を喜ばせることや愛情、感謝、親切、他者との心の通う関係が幸せに寄与することを示していて、まわりとの安定した関係を目指す因子です。

・ 第三因子は、「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)。楽観性、気持ちの切り替え、積極的な他者関係、自己受容(自分は人生で多くのことを達成してきた)といった項目との関連性が深いとされています。
自己実現や成長を目指す場合(第一因子)や、他者とのつながりを育む場合(第二因子)にも、この第三因子の楽観性の存在が重要で、とりわけ自分の良い面も悪い面も含めて自分を認めるという「自己受容」ができていると、気持ちが安定しやすいとのことです。

・ 第四因子は、「ありのままに!」因子(独立とあなたらしさの因子)。自分と他者とを比較しないことが重要で、他人の目を気にせず、制約にもとらわれずに自分らしさをはっきり持っている人が幸せを感じやすいとのことです。

多くのウェルビーイング研究者が共通して語っていることがあります。それは、ウェルビーイングを考えるにあたっては、幸せになることを目的にするべきではない、ということ。ウェルビーイングは、あくまで日々の生活の結果として感じられるものであり、それが大切だというのです。

繰り返しになりますが、幸福のあり方は人それぞれ異なり、ある一つの幸せ像を規定してすべての人に当てはめることは困難です。一人ひとり異なるウェルビーイングがあることを前提として、そのうえでウェルビーイングをどう定義するのか。そういった研究が、私たちがそれぞれのウェルビーイングをさらに深めていくためのヒントを、これからも与えてくれることでしょう。

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