大豆の需要拡大が南米の自然を脅かす WWFと考える~SDGsの実践~【10】

今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。

WWFジャパン森林グループ所属。大学で国際関係学を専攻、卒業後は総合商社に勤務。エネルギー業界の脱炭素化につながる新規事業開発にかかわる。ビジネスのサステイナビリティーをより広く浸透させることを目指し2021年にWWFに入局。現在は森林やそれ以外の陸上生態系の保護プロジェクトや、日本で消費される大豆のサプライチェーンに関する活動に取り組む。
注目される「食」と自然の深いかかわり
食欲の秋を迎えています。この時期は、旬の食べ物が楽しみな季節。ですが、私たちの日常生活を振り返ってみれば、多くの食材が季節に関係なく、手軽に手に入っていることが分かります。野菜なら温室などでの栽培、魚介類なら養殖モノなど、生産の工夫や技術の向上に加え、世界各地で生産されているこれらの食物が、1年を通じて日本に持ち込まれていることが、今の食生活の形につながっているのです。
しかし、こうした食材、特に海外で生産されているものについては、普段当たり前に食べているにもかかわらず、あまりよく知らないことにも気づかされます。そうした食べ物のなかには、原産国の現場で、森やサバンナなどの自然を「改変」、つまり生態系を壊しながら生産されているものが少なくありません。そして、そのような産業や経済の在り方を見直そう、という動きが、国際的にも高まり始めています。
今回は、SDGsの「目標15:陸の豊かさも守ろう」「目標12:つくる責任、つかう責任」また「目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう」などにかかわる問題として、私たち日本人にはなじみの深い「大豆」という食材に注目してみたいと思います。
増え続ける「大豆」の生産量
豆腐や納豆、みそやしょうゆなど、日本でなじみの深い、さまざまな食品の原材料となっている大豆。日々の食卓を振り返ってみても、大豆が全く関係しない一日というのは、なかなか想像ができません。
しかし世界的に、大豆は人が直接食べることがあまり一般的ではないとされている作物なのをご存じでしょうか。実は世界の大豆生産量の75%は、豚や鶏、牛や養殖魚といった、家畜・家禽(かきん)の餌として使われています。大豆は植物性たんぱく質の代表格ともいうべき作物ですが、その多くが、動物性たんぱく質の生産のために利用されているのです。
一方、人が直接食用にしている大豆は、全体の15%に過ぎません。
そして今、この大豆の生産量と消費量は、世界全体で年々増加の一途をたどっています。1970年代には5000万t以下だったその総量は、1990年ごろに年間1億tを突破。その後も増加を続け、2022年は3.95億tに達すると考えられています。1990年代からの30年間だけでも、3倍以上に増加した計算です。

この背景には、世界中で増え続けている肉の需要、特に経済成長にともない大きくなってきた中国の消費の拡大があります。中国はもともと大豆を多く生産する国の一つでしたが、現在では、その国内生産量だけでは養豚業などに必要な大豆の需要を賄うことができなくなり、半分以上を輸入に頼っています。
こうした傾向は、多くの大豆食品が利用されている日本においても同様です。日本は比較的多くの大豆を、食品として直接消費している国ですが、それでも食用に使われている大豆は全体の約30%どまり。残り約70%は畜産の飼料用として利用しています。また、国産大豆の生産量も全需要の10%未満に過ぎず、実際には大半が海外からの輸入大豆です。
大豆はどこからやってくる?
世界中で消費される大豆は、どこで作られているのでしょうか。
その主な産地は、南北のアメリカ大陸です。1940年代から70年代にかけては、北米大陸中西部の大草原に造成された農業地帯が、その後は、南米が世界最大の大豆生産地となり、国別の生産量も2019年についにブラジルがアメリカを抜いて、世界一となりました。
しかし、世界的な需要拡大と重なる時期に増加してきた南米での大豆生産は、この大陸に残されていた貴重な自然を犠牲にしておこなわれてきたものでもありました。
それを代表する自然の一つが、アマゾンの南東に広がる、「セラード」です。ここは、低木や草原、サバンナや森林などがモザイク状に広がり、南米固有の野生生物も数多く息づく場所。しかし、本来約200万km2の広さを誇ったこのセラードの自然も、今では大豆生産を中心とする農地や、放牧地の開発を目的とした土地の転換によって、その半分が失われてしまいました。これは、日本の国土の2.5倍に相当する面積です。

「世界で最も生物多様性に富むサバンナ」とも呼ばれるセラードの自然。オオアリクイなど約2400種もの野生の脊椎(せきつい)動物が確認されています。

セラードで開発された広大な大豆農園。土壌が酸性のセラードは、農作に適さず「未開の地」とされていましたが、肥料や輪作などによる土壌改良が進み、今では広大な農地が造成されるようになりました。
セラード全土のうち、自然保護区に指定されているエリアは、わずか8.7%。セラードの大半が含まれるブラジルの法律では、土地の所有者は、その土地が自然に覆われていたとしても、農地に転換することは違法ではないケースが多いのが実態です。合法的に農地開拓をおこなう際、開発地の一部を自然のまま残すことは義務付けられているものの、土地いっぱいに農地が広げられてしまう問題が起きており、自然を守るうえでの法整備が十分に進んでいません。
世界の大豆の需要拡大が、南米の自然でこうした問題を引き起こす要因になっている、ということです。
「土地改変」の在り方を見直す
今、大豆生産と環境の関連性が特に注目されている理由には、このように自然環境や土地の改変が多く生じている点が挙げられます。さらに、食に直接利用されるだけでなく、食肉など他の産物の生産にも、深くかかわっている点が重要です。このために、自分たちが直接、また間接的に消費している大豆が、どこで、どのように作られ、利用されているのか、把握することが非常に難しい作物となっているのです。
そのうえ、大豆の生産は今後さらに増加すると推測されています。世界的な穀物供給不安や、気候変動の影響から発生する天候不順による不作など、生産地が新たに開拓される懸念材料は増える一方。これまでのように、自然を犠牲にしながら開発が続けられる状態が続けば、健康的な植物性たんぱく質の大豆といえども、地球環境にはよくない作物、と見なされるようになるやもしれません。
これを解決するためには、今の大豆の生産の在り方と、利用の在り方を見直していく必要があります。肉を食べなければいい、という指摘もありますが、すでに世界中に市場を広げ、多くの人の暮らしにかかわっている作物ですから、そう簡単にはいきません。また、大豆の生産量を減らすだけならば、農業者は他の売れる作物に切り替えて、結局、自然を壊し続けてしまう可能性もあります。
大豆を持続可能に利用していくためには、残された自然を守り、回復も試みつつ、農業においては、使われていない土地の拡大利用や、単位面積あたりの生産性を上げるといった施策を組み合わせ、実践していくことが重要です。単純に考えても、単位面積あたりの生産量を倍にできれば、必要な土地は半分で済みます。また、ブラジルでは、放棄された放牧地など、農地として使える土地が十分にあるため、これ以上自然を破壊せずとも、農業は持続できるという調査結果も出ています。
つまり、人間の土地との付き合い方を見直していく、ということが大事なのです。
そして、もう一つ重要なことは、消費者である私たち自身も、そうした環境に配慮した製品や産物を求め、声を上げていくということです。
今回は、その生産が自然環境に影響を及ぼしている多くの産物のなかから、特に大豆についてご紹介しましたが、パーム油や木材、天然ゴムなど、同様の問題を引き起こしている産物はいくつもあります。こうした産物を持続可能な形で生産できるように、経済とビジネスの在り方の変化を求めていくことは、今の世界で、私たちが次の世代と未来の地球の自然に対して、ぜひとも取っていかねばならないアクションといえるでしょう。
日本での「つくる責任、つかう責任」が、世界の森を守ることや、新たな産業やビジネスの基盤にどうつながるのか。ぜひ、日常生活のなかからも考えてみていただければと思います。

WWFブラジルがセラードで行なっているアグロフォレストリーの取り組み。樹木を伐採せず、森林の植生を残しながら農業を行なう農法で、特に熱帯で広く行なわれるようになっています。こうして生産された作物を、消費者が選べる社会にしていくことも、森を守っていくうえで重要な取り組みです。
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