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Living Planet Reportが示す生物多様性の今 WWFと考える~SDGsの実践~【11】

Living Planet Reportが示す生物多様性の今 WWFと考える~SDGsの実践~【11】
© WWF Japan
WWFジャパン/松田英美子

今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。

著者_松田英美子さん
松田英美子(まつだ・えみこ)
WWFジャパン生物多様性グループ グループ長。学位取得後、アメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health)の国立がん研究所で、酵母を使った基礎研究に8年従事。日本に拠点を移したのち、特にASEAN諸国を対象とした気候変動対策や、気候変動枠組み条約国際交渉などに携わる。2019年にWWFジャパン入局。生物多様性担当。

失われる「生物多様性」とSDGs

地球の環境問題が深刻化するなか、今さまざまな分野において「生物多様性」という言葉が大きく注目されています。

この生物多様性は、私たち人類の暮らしにとって欠かせない重要なもの。これがもたらすさまざまな恩恵のことを「生態系サービス」といいますが、そのなかには、安全な水や、魚や貝などの海の水産物、紙や木材などの林産物、また薬の原料となる多くの物質などの供給や、気候の安定、農業に欠かせない土壌の維持、水害などを防ぐ保水力、植物の生育に欠かせない花粉の媒介、生息地の提供などが含まれます。また、自然を美しいと感じ、それを楽しむ観光や文化、レクリエーションなども、生態系サービスの一部です。

しかし、こうしたサービスを無償で利用しているにもかかわらず、人類は自然を改変し、動植物の生息環境を破壊してきました。今や、絶滅の危機にある野生生物は、世界全体で4万種以上。農地や牧草地、居住区の開発に伴う森林破壊や、過剰な漁獲などによる水産資源の減少・枯渇も、深刻な問題です。また、人口増加、社会文化的背景、急速な経済成長、技術開発、不十分な制度・体制なども、エネルギー、食料、その他の需要を急増させ、生物多様性を損なう間接的要因となっています。

気候変動(地球温暖化)も、人類が自らの手で引き起こしている大きな脅威です。近年、世界の各地で大規模な災害をもたらしている水害や干ばつ、台風やハリケーンの大型化といった異常気象は、気候変動によって深刻化しているとされており、生物多様性にも大きな被害をもたらしています。

こうした地球環境に及ぶさまざまな問題の解決は、SDGsのさまざまな目標とゴールにも通じています。特に、全てのSDGsの基礎にあたる、「目標6 安全な水とトイレを世界中に」「目標13 気候変動に具体的な対策を」「目標14 海の豊かさを守ろう」そして「目標15 陸の豊かさも守ろう」は、環境全体に深くかかわるものであり、生物多様性の問題の解決においても、重要な役割を果たす目標といえるでしょう。

また、社会のあらゆる側面に恩恵をもたらしている「生態系サービス」の内容を突き詰めていくと、この四つの基礎的な目標だけでなく、食や貧困、経済、ビジネス、さらには暮らしのあり方にかかわる、すべてのSDGs目標が、生物多様性と何らかの形でつながっていることが分かります。

50年弱で69%減少! 生物多様性の今を示すLPI

このように「重要」であることは間違いない生物多様性ですが、これが今、世界全体でどのような状況にあるのか。どれくらいの危機的な状況にあるのか。端的に把握するのは、簡単なことではありません。

そうしたなかでおこなわれている試みの一つが、「生きている地球指数(Living Planet Index:LPI)」です。これは、2022年10月、WWFがロンドン動物学協会(ZSL)と共に発表した『生きている地球レポート(Living Planet Report:LPR)』の中で紹介している、いわば、自然と生物多様性の豊かさを測るものです。

そして、このLPIが示す数値は、1970年から2018年の間に、実に69%も減少したことが明らかになりました。

生きている地球指数
生きている地球指数(1970年~2018年)(出典:WWF/ZSL『Living Planet Report』)

LPIを試算する基になっているのは、地球上のさまざまな自然環境に生息する、脊椎(せきつい)動物の個体数の変動です。今回の報告書に掲載されたLPIでは、合計5230種にのぼる世界中の哺乳類、鳥類、爬虫(はちゅう)類、両生類、魚類について、約3万2000の個体群を調査。特に、どのような地域や自然環境で個体数の減少が深刻であるかを明らかにし、その結果を一つの指数としてまとめました。

生息域別にみた場合、最も深刻な状況となっている淡水域のLPI
生息域別に見た場合、最も深刻な状況となっている淡水域のLPI(出典:WWF/ZSL『Living Planet Report』)
© WWF

とりわけ、自然環境で最も深刻な危機が明らかになったのは、河川や湖沼、湿地などの淡水の生態系です。世界全体の淡水生態系のLPIが示した減少率は、平均で83%。淡水は人類にとっても、生活用水や農水産業、食料の安全保障や産業利用などに欠かせない大切な資源ですが、今回の数値は、そうした利用自体も危機にさらされている現状を示すものとなりました。

地球「1.75個分」の環境負荷

こうした世界の生物多様性の損失は、人類による環境への負荷の増大によって生じています。これらはたとえば、森林や淡水の自然を損なう土地改変、海の水産資源の乱獲、そして地球温暖化の主因となっている温室効果ガスの排出といった、現代の人類の社会・経済活動の需要(ニーズ)に応えることで発生しています。

そして『生きている地球レポート』では、この環境負荷を「エコロジカル・フットプリント」という考え方で表示。人類によるさまざまな環境へのニーズの大きさを数値化しました。またここでは同時に、地球1個分が、森や海などの生態資源を供給する生産力や、二酸化炭素をはじめとする廃棄物を環境中に取り込んで循環させる力「バイオキャパシティ」の変化も明らかにしています。

エコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティ
1961年~2022年の地球全体のエコロジカル・フットプリント(人間の地球資源に対する需要)とバイオキャパシティ(生態系による地球資源の再生能力)
© York University, Ecological Footprint Initiative & Global Footprint Network. (2022). National Footprint and Biocapacity Accounts, 2022 edition. Produced for the Footprint Data Foundation and distributed by Global Footprint Network.

この変化を見ると、1961年以降、人類活動に伴う需要によって生じた環境負荷「エコロジカル・フットプリント」が高止まりしているのに対し、地球の生態系が持つ「バイオキャパシティ」は大きく損なわれ続けてきたことが分かります。

本来であれば、「供給」をまかなうバイオキャパシティは、「需要」にあたるエコロジカル・フットプリントを上回っていなければなりません。しかし実際には、1970年以降、この需要と供給のバランスは崩れたままになっています。今の人類による消費量は地球が持つバイオキャパシティを大きく超え、「1.75個分」の地球が必要となっています。いわば深刻な「赤字」の状態にあり、人類は地球が持っている貯蓄を食いつぶしながら、今の社会を維持している状況です。そしてこの現状こそが、LPIとの深刻な低下という形でも示されているのです。

「ネイチャー・ポジティブ」実現のために

エコロジカル・フットプリントを大きくしている原因はさまざまですが、とりわけ次の五つが大きな問題です。

(1) 森林などの土地の改変

(2) 野生生物の乱獲

(3) 気候変動

(4) 大気や水質の汚染

(5) 侵略的外来生物

殊に、フットプリント全体の半分以上を占めるカーボン・フットプリント、すなわち二酸化炭素の放出による環境負荷が、近年は大きく注目されるようになりました。

森や海などの自然環境は、本来、温室効果ガスである二酸化炭素を吸収し、循環させる力を持っていますが、こうした自然を支える生物多様性が失われ続けているため、温室効果ガスを吸収する生態系の能力もさらに低下。気候変動と生物多様性の危機は、相互に影響し合いながら悪化していくことが懸念されているのです。

生物多様性と気候変動は、長くそれぞれ別の課題として扱われてきましたが、これからの時代は、相互の関係性と、及ぶ影響・危機を正しく理解し、二つ同時に解決していく必要があります。

このことは、国際社会が達成を目指そうとしている「ネイチャー・ポジティブ」を実現していくうえでも重要です。

ネイチャー・ポジティブとは、2030 年までに生物多様性の損失を反転させ、2050年には回復を実現するという国際目標のこと。未来に向けた世界の環境保全の指針ともなるべき考え方です。

2030年までのネイチャー・ポジティブに向けた自然のための測定可能な世界目標
2030年までのネイチャー・ポジティブに向けた自然のための測定可能な世界目標(出典:Locke, H., Rockström, J., Bakker, P., Bapna, M., Gough, M., Lambertini, M., Morris, J., Zabey, E. & Zurita, P. (2021). A Nature-Positive World: the Global Goal for Nature, Naturepositive.org)

これを達成するには、貴重な森や淡水、海洋の生態系を保護区などで守ったり、環境を損なわない持続可能な農水産業を推進したりすることに加え、気候変動を引き起こし、生物多様性を減少させ続けてきた、これまでの生産や消費のあり方を根本から変えていくような、政策と社会の変革が必要です。

ネイチャー・ポジティブを世界共通の国際目標に据え、各国政府やビジネス界、そして市民社会が協力して取り組めば、その変革は必ず実現できます。それに向け、新たな一歩を踏み出せるか。今が、私たちに与えられた最後のチャンスです。

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