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CO2排出量が少ない企業こそカーボンクレジット活用を 村上芽の「SDGsで使えるデータ」【6】

CO2排出量が少ない企業こそカーボンクレジット活用を 村上芽の「SDGsで使えるデータ」【6】
日本総合研究所シニアスペシャリスト/村上芽

著者_村上芽さん
村上 芽(むらかみ・めぐむ)
株式会社日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリスト。金融機関勤務を経て2003年、日本総研に入社。専門・研究分野はSDGs、企業のESG評価、環境と金融など。サステイナビリティー人材の育成や子どもの参加に力を入れている。『少子化する世界』、『SDGs入門』(共著)、『図解SDGs入門』など著書多数。
カーボンクレジットに関するデータ

産業革命前よりすでに1.15℃も気温上昇

エジプトのシャルムエルシェイクで開催された国連の気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)では、「気候の混乱」「地球の遭難信号」といった厳しい警告の表現が使われました。

世界気象機関(WMO)の報告書によると、2022年の地球の平均気温は上産業革命前と比べてすでに1.15℃上がっており、2015~22年は観測史上最も暑い8年間になると見込まれています。私たちは「1.5℃目標」を掲げているわけですが、あと0.35℃しか余裕がないという事実を正視するのには勇気がいります。

それでも、手をこまぬいているわけにはいきません。個々の企業に何ができるのか。今回は自社の排出量がさほど大きいわけではない企業を想定して、「カーボンクレジット」を手がかりに考えてみます。

カーボンクレジットとは、社会全体でみて最も経済的に優れた方法で温室効果ガス排出量を削減することを目的として、カーボンの削減量または吸収量をきちんとした資産と扱って取引できるようにするものです。信頼できる方法で作り出されたクレジットという資産が、一定のルールのもとで売買される市場が世界中に生まれています。

ではまず、改めて世界の温室効果ガスの排出量の全体像を確認します。

全世界で排出される温室効果ガスは、2019年で約590億t-CO2-eq(※CO2換算、以下省略)にのぼります。このうち、64%が化石燃料由来のCO2で、11%が土地利用によるCO2、18%がメタン、残りはその他の温室効果ガスです。

世界の人為的な温室効果ガス純排出量の推移

温室効果ガス純排出量の推移
国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の資料をもとに編集部作成

日本の排出量は約12億tですので、全世界の約2%。近年は減少傾向にあります。ただ世界全体のトレンドと比較すると、これまで多く排出してきた先進国の一端として、脱炭素のスピードを加速させ、自国内に加えて、途上国でも排出削減を実現できる投資を増やすべきだと考えられます。

カーボンクレジットを活用する場合の代表的な制度は「二国間クレジット制度」です。この場合、国どうしでの協力体制の取り決めや、信頼できるクレジットにするための測定・報告・検証制度の確立が不可欠となります。

大口で買っても根本解決にならず

次に国内の排出状況をみると、大口の排出者は実は限られています。環境NGOの気候ネットワークの調査(2018年度分)によれば、排出量の上位135事業所で、国内の総排出量の50%を占めていました。火力発電所だけで30%を占め、残りは鉄鋼、セメント製造、化学工業、石油精製業、紙製造業とのことです。

日本の温室効果ガス排出者の規模別内訳

日本の温室効果ガス排出量の規模別内訳
気候ネットワークの資料をもとに編集部作成

このような業種が、根本的に事業のあり方を変革し、脱炭素経済・社会を現実のものとする担い手の役割を果たさなければ、日本の11~12億tはもちろん、世界の590億tをネット(正味)ゼロに持っていくことはおそらく不可能です。排出量が多い事業や産業の構造を変えることが重要であり、最初から、別のところで作られたカーボンクレジットを大口で買おうというだけでは、根本解決になりません。

クレジットという仕組みの元来の目的は、世界全体でみて安いコストで温室効果ガス削減を実現することです。しかし、「ネットゼロ」を前提とすれば、一定の期間内にどうしても減らしきれなかった分の一時的な補填(ほてん)や、自社の根本解決に必要な技術導入までのあいだにも世界全体の排出削減行動が促進されるよう、「つなぎ」として活用するべきものです。前者はキャップ&トレードといった制度対応、後者はより自主的な対策となります。

排出量の大半は超大口の事業所だが

他方、国内には、約650万以上の事業所があります(総務省・令和元年経済センサス基礎調査)。このうち、超大口の事業所を含め、地球温暖化対策推進法(温対法)の対象となった特定事業所は、1万5040あります(環境省・経済産業省資料)。これらの事業所では、温室効果ガス削減に向けた何らかの取り組みがおこなわれていると考えられます。

残るは、「その他大勢」に相当する648万以上の事業所です。これらの事業所の多くでは、CO2排出量を計算したとしても「意外に少ない」という感想を持つかもしれません。

というのも、国内ではコーポレートガバナンス・コードの改訂により、プライム上場企業を中心にTCFD(気候変動財務情報開示タスクフォース)提言への対応が進みました。これまで温対法等の対象になっていなかった企業でも、TCFDへの対応をきっかけに、「自社のCO2排出量をしっかり把握した」という例が増えているのですが、初めて取り組んだ企業からは「心配していたほど大きくなかった」といった声を聞くからです。

ですが、こうした企業であっても、「大口の排出者に任せておけば何とかなるだろう」と考えてしまうことは避けなければなりません。さほど大きくないということは、ゼロにするまでの絶対量が小さく、取り組みやすいとも言えます。「ネットゼロ」という社会共通の目標がある以上、そこに早く到達することは、どの企業にとっても責務と考えたいものです。

森林由来のJクレジットで貢献の道

検討に値するのが自主的なカーボンオフセット、特に森林由来のJクレジットの活用です。

山中の森林

Jクレジットとは、省エネ・再エネ・森林経営などの取り組みによって排出が削減・吸収された温室効果ガスの量を、「クレジット」として日本政府が認証する制度です。

クレジットの認定量は累計816万tと、制度の規模は世界的に見ても小さいですが、国内での排出削減の促進に貢献できる機会です。Jクレジットの認定に関する各種データは専用のホームページに掲載されています。

多くの企業にとって、省エネや再エネと異なり森林経営は困難です。つまり、森林由来のクレジットは、自社ではできないところでのCO2の吸収や自然資本の充実への貢献を可能にします。それに加え、取引の方法によっては地域とのコミュニケーション機会が生まれる可能性があります。

森林経営を担う林業界からみれば、材木として切り出す前の「木」そのものがCO2吸収という価値を生むという点で、クレジットには大きな魅力があるはずです。まだ「興味を持ってくれるクレジットの買い手がたくさんいそうだ」という感覚が広がっていないこともあり、取り組み余地はかなりあります。

CO2排出量がそれほど多くない企業こそ、脱炭素への道のりを他人任せにせず、「ゼロに近い」ということをメリットと捉えて、社会全体での脱炭素の推進にクレジットを通じて一役買うことを検討してみましょう。

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