「おいしさ」と「健康」 両方とも選ぶには 藤田康人のウェルビーイング解体新書【8】


株式会社インテグレート代表取締役CEO。1964年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部を卒業後、味の素に入社。ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画してキシリトール・ブームを仕掛け、製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー「インテグレート」を設立。著書に『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(いずれも宣伝会議)、『ウェルビーイングビジネスの教科書』(アスコム)など。
みなさんは「おいしい食べ物」と聞いて、どんなものを想像しますか? 例えば、以下のようなものはいかがでしょうか。
・脂肪分が高いこってりとしたプレミアムアイスクリーム
・口の中に濃厚な甘さが広がる砂糖たっぷりのデザート
・塩分濃いめの具だくさんのみそ汁
どれも想像するだけでおいしそうです。
では、質問を変えます。これらの食べ物は「ヘルシー」だと思いますか?
あちらを立てれば、こちらが立たず…
昨今の健康志向からいえば、これらの食べ物はおいしそうではあっても、ヘルシーだとはなかなか言いにくいでしょう。糖分や脂質、塩分などの過剰な摂取は、健康に悪い影響を与えることが、多くの研究から明らかになってきているからです。
その流れを受けて、最近では糖質オフ、脂肪ゼロなどをうたう食品も数多く登場しています。「健康維持」という観点からみると、こうした食品の有用性は高いといえます。ただし「おいしさ」という観点からみると、甘みにかかわる糖分やコクの元となる脂肪分を減らしたり抜いたりすることで、味が損なわれてしまう可能性がどうしても否定できません。
これまで、おいしさと健康はしばしばトレードオフの関係にあるとされてきました。
おいしいものは食べたいけど、健康に悪いといわれるとちょっと……。逆に、いくら健康に良いからとはいえ、おいしくないのは……。この相反する2つの要素をいかに両立させるか。それが、昨今の食品開発の争点だともいえるでしょう。
食品加工技術の進化で、糖分や脂肪分を大幅に減らした「おいしい食品」をつくることも出来るようになりました。しかし、その技術も万能ではありません。特にチョコレートやプリンといった甘さや濃厚さがおいしさに直結する「デザート製品」のカテゴリーでは、どうしても限界があります。
「すべてを満たす」というこだわりを捨てる
そこで新たな視点となるのがウェルビーイングです。
ウェルビーイングは、自分らしく生きることであり、「体の健康」「心の健康」「社会との良好な関係」という3つの要素を満たす必要があるとされています。
ここで勘違いしてはいけないことは、3つの要素をすべて満たさなければウェルビーイングになれないわけではない、ということです。
コンセプト開発の入り口は、実は3つの要素のどこからでもいいのです。
脂こってりの食事も濃厚な甘さが魅力のデザートも、「体の健康」から考えると確かにヘルシーとはいえません。でも、そのおいしさで心が満たされるなら、家族や仲間と食卓を囲んで楽しめるなら、それは「心の健康」という観点からウェルビーイングに貢献していると言えるのかもしれないのです。
日頃から健康に気をつけている人が、たまに自分へのご褒美として生クリームたっぷりのパフェを食べたり、背脂の浮いたコクのあるスープのラーメンを食べたりするのは、不健康とは言えないと思います。
実際、ダイエットを続けるためには、好きなものを自由に食べてもいい「チートデイ」の設定も必要だと、最近ではよく言われるようになっています。ストイックになりすぎて我慢を続けるほうがよっぽどストレスになり、体にも悪いと言えるでしょう。
朝食で食べると幸せになれる食材とは
おいしい食べ物が実際にどのように人々を幸せな気分にしたり、人々のウェルビーイングを高めたりするのか。そういった研究はこれまで、あまり進んでいませんでした。
そんななかで先日、おいしさとウェルビーイングの関係性についての興味深い研究成果(プレスリリース)が発表されました。
菓子メーカー大手の「カルビー」と、幸せホルモン「オキシトシン」研究の第一人者である山口創・桜美林大学教授が、手軽で健康的な朝食として近年人気のフルーツグラノーラを日常的に食べることの影響について調べた共同研究です。
山口教授の研究テーマであるオキシトシンは、ヒトの「幸せホルモン」のひとつ。ほかの人やペットとの触れ合いを通じて愛情が深まったと感じたときなどに分泌するとされ、近年では食との関係も注目されています。
研究では、18~37歳の健康な女性12人を対象に、朝食に試験食を食べてもらい、食事の前後で唾液(だえき)を採取。オキシトシンと、ストレス値の指標となるαアミラーゼ、それぞれの分泌量の測定を行いました。試験食には、朝食での主食の代表としてごはん、パン、オートミール、フルーツグラノーラの4種類を用意し、朝食をとらない場合も設定しました。
摂取前後のオキシトシン分泌の変化量を測定したところ、フルーツグラノーラが最もオキシトシン分泌量を高めることが確認されました。

また、ストレス指標でもあるαアミラーゼの変化量が最も低かったのも、4つの試験食のなかでは、やはりフルーツグラノーラだったということです。

オキシトシンの食に関しての研究事例はまだ少ないのですが、山口教授によると「フルーツグラノーラを摂取したことでリラックスした状態になり、ポジティブで幸せな気持ちになったといえる」とのことです。
今回のオキシトシン分泌量の変化を他の行為で例えると、「ペットをなでたり、触れ合ったりしたときの上昇率とほぼ同等」とされています。
フルーツグラノーラは、オートミールの原料として健康価値で注目されるオーツ麦が主原料。オーツ麦などのシリアルをドライフルーツなどと混ぜて焼き上げてつくられています。このグラノーラとフルーツの「適度な甘さ」がオキシトシンの分泌に寄与したと考えられ、さらに主原料のオーツ麦を焼き上げた「香ばしいかおり」も寄与していると山口教授は分析しています。
近年、朝食を食べない人が増えており、さらにコロナ禍の自粛生活の影響で、生活リズムの乱れが課題となっています。「朝食にフルーツグラノーラをとり入れることが、幸せな一日のスタートをきるために有効といえる」と、研究リポートは結論づけています。
「おいしさ」もウェルビーイングにつながる
この研究ではもう一つ、とても興味深い結果が示されています。
コロナ禍において、ダイエットに有効でヘルシーで健康に良いとして市場が膨らんだもののひとつがオートミールでした。同じようにオーツ麦を主原料とするオートミールですが、今回の研究ではフルーツグラノーラよりオキシトシン分泌が少なく、ストレス指標も上昇していました。その結果には、統計的な有意差があったというのです。
食品には3つの基本的な機能があります。最も重要なのが栄養機能(一次機能)、次がおいしさなどが関係する感覚・嗜好(しこう)機能(二次機能)、3つ目が健康の維持や向上に関与する生体調節機能(三次機能)です。
機能性食品がブームになるときには、3つ目の「健康機能」に注目が集まりやすく、最近では完全栄養食がブームになったことで「栄養機能」の注目度が高まってきました。しかし「おいしさ」は長らく、情緒的な価値としてとらえられてきました。
これまで健康とトレードオフだと考えられていたおいしさですが、実はウェルビーイングの観点からするとお互いに相反するものではなく、人々の心を健康にすることに関して大きく寄与していることがわかってきました。今回紹介したフルーツグラノーラの幸せ価値を検証した研究成果も、そのことを示していると言えるでしょう。
おいしい食事が提供される食卓には、家族や友人たちが集まります。そこには「人と人との関係性が生まれる」という別の新たなウェルビーイングな価値も存在します。
今、SDGsが注目される時代背景のなかで、生活者が食を選ぶ基準も変わってきました。最近ではナチュラル、オーガニック、プラントベースといった「サステイナビリティー」の観点がますます重要になってきています。
ウェルビーイングとは、多様性の実現でもあります。「ヘルス」から「ウェルネス」、そして「ウェルビーイング」へ。食と健康の価値観が大きく変化していくなかで今、人々を幸せにする食のあり方があらためて問われているのです。