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生物多様性とは? 重要性や訪れている危機、保全に必要なことを紹介

生物多様性とは? 重要性や訪れている危機、保全に必要なことを紹介
生物多様性の重要性(デザイン:吉田咲雪)
マイズソリューションズ代表取締役/舛田陽介

現在、生物多様性の喪失が世界中で問題視されています。この記事では、生物多様性の意味やその重要性、現状の課題と世界や日本の取り組み、そして私たちひとりひとりが生物多様性を守るためにできることについて解説します。

著者_舛田陽介さん
舛田陽介(ますだ・ようすけ)
環境コンサルタント。元シンクタンク研究員。環境政策に関する研究で博士号を取得したのち、環境省や自治体の環境政策関連調査に従事。独立後、民間企業の環境や生物多様性に関する取り組みの支援も実施。専門は生物多様性。

1.生物多様性とは

生物多様性とは、バラエティーに富んださまざまな生き物が豊かに存在していることを言います。

生物多様性には「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」という三つのレベルに分けられます。

「生態系の多様性」とは、森や海、湿地、サンゴ礁、街中の公園などの多様な生態系(生態系:生物と非生物の相互作用によって構築される自然のひとまとまり)が存在することを言います。

「種の多様性」とは、さまざまな種の生物が存在することです。例えば、カエルにしても、ニホンアマガエル、ツチガエル、トノサマガエル、カジカガエルなどが存在していますが、このことを種の多様性と呼びます。

「遺伝子の多様性」とは、同じ種のなかでも、遺伝子の特性が多様であることを指します。例えば、代表的なペットである犬は「イヌ」という一つの種ですが、そのなかにはシバイヌ、ゴールデンレトリバー、ハスキーなど、さまざまな種類が含まれます。これはすべて遺伝子の多様性による特徴の違いです。

生物多様性は、これら三つの多様性によって構成されており、これらの多様性が確保されていることが、自然が豊かであることの証しと言えます。

2.生物多様性の重要性 もたらされる恩恵とは

現在、生物多様性の重要性が注目されていますが、実際に生物多様性はどういった恩恵を社会に与えているのでしょうか?

端的に言うと、生物多様性は私たちが自然から受け取る恵みを支える役割を果たしています。自然がもたらす恩恵は「生態系サービス」と言われており、Costanzaの研究によると、年間100兆ドル以上の価値があるとされています。以下、4種類の生態系サービスの概要を紹介します。

(1)供給サービス

自然は食料や水、繊維や木材など、多様なものを供給しています。例えば、日本の豊富な水資源は森林という生態系が機能することで与えられていますし、食卓に並ぶ魚は豊かな海の生態系が維持されていることで供給されています。他にも、木材や綿なども自然由来ですし、薬の多くが天然由来です。

(2)調整サービス

自然は、私たちの住む環境を調整・安定させる機能を持っています。例えば、植物や土壌は二酸化炭素を吸収・貯留することで、気候変動を緩和させていますし、小さなスケールでも、街路樹などの植物が蒸散したり木陰をつくったりすることで、ヒートアイランドを抑制しています。

また、森林や湿地は雨水を浸透させることで洪水を緩和する機能を持ち、さらに大気や水の汚染を浄化する機能も有しています。加えて、生物多様性は新型コロナウイルス感染症のような疫病の蔓延(まんえん)を防ぐ効果(希釈効果)もあり、生物多様性が失われるほどコロナのような病気が蔓延しやすくなると言われています。

(3)文化的サービス

自然がもたらす恵みには、供給サービスや調整サービスのような実質的な恩恵だけではなく、精神的な恩恵も含まれます。例えば、山や海や川の景観を楽しんだり、森林浴や海水浴、釣りやスキューバダイビングなどのレクリエーションをしたりすることを通じて、精神的な充足を感じることができます。

また、日本の文化は自然生態系に大きく由来しており、文化の醸成という側面でも自然の恩恵を受けています。こうした観点で見れば、生物を模したアニメキャラの存在も、実は生物多様性の恩恵の一つとも言えます。

(4)基盤サービス

生物たちの働きは、私たちが住む地球の環境の基盤も構築しています。最もわかりやすい例としては、私たちが吸っている酸素は、植物の光合成によって提供されています。また、生物は地球の物質循環の役割も担っており、例えば死んでしまった動物や植物を分解して栄養素に変換するなどの機能を提供しています。

これらのサービスは生態系が健全に機能して初めて発揮されるものですが、生物多様性を守ることは、そのまま生態系の健全性を守ることにつながり、その結果これらの恩恵(生態系サービス)を守ることにつながります。

3.生物多様性に訪れている危機

前述の通り、生物多様性によって私たちは莫大(ばくだい)な恩恵を享受していますが、現在、生物多様性は急激な速度で失われています。「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」が2020年に公開した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」によると、現在約100万種が絶滅の危機に直面しており、その速度は過去1000万年の平均の数十倍から数百倍と言われています。

以下、同報告書をもとに、生物多様性の危機の五つの主要因について概説します。

(1)土地・海洋の利用

土地の改変や海洋利用は、直接的に生物の生息地の破壊につながり、生物多様性に大きな負の影響を与えています。

現在、陸地の3分の1以上が作物栽培か畜産のために利用されており、そのほとんどは自然の森林や湿地、草地を開発や転換したものです。1990年から2015年までの間に原生林が合計2億9000万ha消失したとも言われています。また、沿岸域は開発の影響が大きく、さらに近年は海洋掘削の影響も懸念されています。

(2)生物の直接採取

生物の直接搾取も生物多様性に悪影響を与えている大きな要因の一つです。これまでさまざまな生物種が人類の乱獲によって絶滅しました。例えば、ニホンオオカミやニホンカワウソも乱獲がその絶滅の大きな要因です。

現在でも希少な生物の乱獲・密猟が世界中で問題になっており、日本国内でも希少な野生動植物の飼育目的での売買などが問題視されています。また、海に目を向けると、現在海洋資源の33%が乱獲状態にあると言われており、海洋の生物多様性に大きな影を落としています。

(3)気候変動

気候変動は人間社会のみならず、生物の多様性にも大きな悪影響を生じさせます。気候変動は、生物種の分布や出現の季節、群集構造や生態系機能に影響を与えており、コウモリを除く陸上哺乳類の絶滅危惧種の約半数と鳥類の絶滅危惧種の4分の1が悪影響を受けていると言われています。特にツンドラやタイガのような寒冷地の生態系には大きな影響が生じています。

(4)汚染

人間活動による汚染も多くの生物の生息環境に悪影響をもたらしています。世界の排水の8割以上が未処理のまま環境中に排出されており、工場施設から排出される重金属、溶媒、汚泥などの廃棄物は年間3億~4億tに上ります。近年では、特に海洋プラスチックの増加(1980年から10倍に増加)による汚染が深刻化しており、ウミガメの86%や海鳥の44%、海洋哺乳類の43%の種を含む少なくとも267種に影響を与えていると言われています。

(5)外来生物

人々の移動の国際化に伴い、生物が国境をまたぐことが増え、新たに定着した地域において生物多様性の脅威となっている事例が増えています。外来種は1980年以降に40%増加し、地表の5分の1程度が外来種の脅威にさらされていると言われています。日本においてもアメリカザリガニやブラックバス、ウシガエルやアライグマなどの外来種が日本固有の在来種の大きな脅威となっています。

4.生物多様性の保全のためにおこなわれている取り組み

生物多様性が危機に面しているいま、世界および日本では生物多様性の保全のためにさまざまな取り組みがおこなわれています。それぞれの動向を紹介します。

(1)世界の取り組み①―ポスト2020生物多様性枠組み策定

2022年12月にカナダのモントリオールで国連生物多様性条約第15回締約国会議(CBD COP15)の最終会合が開かれます。この会議では、2030年までに達成すべき生物多様性に関する世界目標を定めた「ポスト2020生物多様性枠組み」が採択される予定です。

この枠組みにおいては、大目標として、これまで長年衰退傾向であった生物多様性の状態を2030年までに回復軌道に乗せるという「ネイチャーポジティブ」の達成が提示されています。

また、大目標であるネイチャーポジティブを達成するための21個の個別目標も同時に議論されており、陸域や海域の30%を保護システムに加えること(30by30〈サーティバイサーティ〉)や、企業がバリューチェーン上で与える生物多様性への悪影響を半減させること、生物多様性保全に必要な資金動員を進めることなどについても議論がおこなわれています。

(2)世界の取り組み②―TNFD

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)も代表的な取り組みです。TNFDとは、自然関連財務情報開示タスクフォースの略で、企業に対して自社の自然に関する影響や依存、それに伴う経営上のリスクや機会についての情報を開示させるためのイニシアチブを指します。

このイニシアチブの推進によって、世界の大企業が自社の生物多様性への影響を把握し、開示することが求められるため、世界の企業にとっては自社の生物多様性への影響を低減させるための大きなインセンティブになります。

TNFDのフレームワークは2023年に正式に公開される予定ですが、すでに開示を見据えた生物多様性への影響の把握や、その低減策に取り組み始めている企業もあり、COP15における国際目標と合わせて今後、企業の取り組みを推し進めるインセンティブとなることが期待されます。

(3)日本の取り組み―民有地における保全アプローチとしてのOECM

日本における生物多様性保全について、近年特に注力されている取り組みがOECM(Other Effective area-based Conservation Measures)です。OECMとは、法律などで定められた公的な保護区ではない地域であっても、継続的な保全活動などにより適切に生態系の保全がおこなわれている場合は、自発的な準保護区のようなかたちで既存の保護区ネットワークに加え、生物多様性の保全をより強固にしていく取り組みです。

この取り組みは「ポスト2020年生物多様性枠組み」において議論されている個別目標の一つである30by30を達成するための手段としても重要視されています。

OECMの取り組みは、現在は環境省主導で進められていますが、OECMの推進による30by30の達成を目指すアライアンス(生物多様性のための30by30アライアンス)には、2022年8月時点で256の企業・団体などが加盟しており、加盟企業は社有林などのOECM認定を通じて30by30およびネイチャーポジティブの達成に貢献しています。

5.生物多様性の保全のために私たちにできること

私たちの生活は、知らないところで生物多様性に大きく支えられていると同時に、大きな悪影響を及ぼしています。一方で、このことは私たちが日常生活において、より生物多様性に配慮した行動をすることで、生物多様性への悪影響を低減し、さらにポジティブな影響を与えていけるということを意味します。

以下、いくつか私たちがすぐにできることを紹介します。

(1)過剰な消費を控える

大量生産・大量消費という社会構造は、生物多様性喪失と深くつながっています。一般的に何かを生産・廃棄する際には、土地や水、エネルギーの使用や汚染物質の排出などを通じて生物多様性になんらかの悪影響を与えます。

例えば、プラスチックは、その生産過程において、石油掘削やパイプライン建設による生息地の破壊、製造工場からの汚水の排出、廃棄先での燃焼による二酸化炭素の排出などを通じて生物多様性に悪影響を与えます。これは木材や金属、洋服などの繊維由来の商品でも同様で、生産と廃棄の過程で必ず影響が生じています。

そのため、まずは無駄な消費を減らすことが大切です。また使い捨てやファストファッションのようなサイクルの短い消費行動から、良質なものを長期で使う消費行動に移行することで、商品の生産・廃棄に伴う生物多様性への悪影響を大幅に減らせます。

(2)生物多様性に配慮した食事を心がける

私たちの日常生活のなかで、特に生物多様性に大きな影響を与えている活動の一つが、食事です。食料生産には広大な土地や資源が使われており、生物多様性の喪失の主要因の一つとなっています。特に、牛や豚などの肉の生産は、一般的に放牧や飼料として与える穀物の栽培などのために広大な土地と大量の水を必要とするため、肉の消費量を減らし、植物ベースの食事を増やすことで生物多様性への影響を軽減できます。

また、現在、生物多様性に配慮された商品に対する認証制度も広がりを見せています。例えば、海産物であればMSC認証やASC認証、パームオイルを使った商品についてはRSPO認証、野菜や果物などであれば有機JAS認証、コーヒーであればレインフォレストアライアンス認証などを取得した商品を購入することで、生物多様性の保全につながります。

(3)保全団体に寄付する

多くの団体が生物多様性の保全のためにさまざまな活動をおこなっています。日本の里山の自然環境保全に取り組んでいる団体もあれば、アフリカのサバンナでゾウやサイなどの野生動物保護のために活動をしている団体もあります。

私たちが保全活動に直接従事することは時間的な制約などで難しい場合が多いと思われますが、寄付を通じて彼らの活動を応援することで、生物多様性の保全に貢献できます。自分の好きな生物や自然を守っている団体を探して応援してみるのもよいでしょう。

6.まずは生物多様性との関係に目を向けてみよう

私たちの生活は生物多様性に支えられているにもかかわらず、その関係は意識していないとついつい見過ごしてしまいます。まずは今目の前にある一つ一つのものがいかに生物多様性の恩恵のうえに成り立っていて、いかに影響を与えているのか、想像を働かせ、その関係に自覚的になることからはじめてみてはいかがでしょうか。

私たちの生活に大きな恩恵を与えてくれる生物多様性を破壊するのか、あるいは回復させるのか、それは私たちひとりひとりの行動次第です。

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