青木ケ原樹海、実は自然の宝庫 富士山の溶岩が生んだ驚きの森を歩く

富士山麓(さんろく)の青木ケ原樹海は、富士山から流れ出た溶岩の上に広がる約30km2の森林地帯で、ほかでは見られない貴重な地形や動植物に恵まれている。国連の生物多様性条約締約国会議(COP15)が12月7日からカナダで始まり、生物多様性への関心が高まるなか、青木ケ原樹海で9月におこなわれた山梨県主催のメディア向け体験ツアーの様子を紹介する。(編集部・竹山栄太郎)
1160年前の噴火で形成
まずは山梨県富士山科学研究所(山梨県富士吉田市)を訪れ、レクチャーを受けた。研究所の内山高さんによると、富士山は10万年の歴史があり、四つの火山が重なってできた火山。5000年ほど前には現在と同じぐらいの高さになっていたと考えられるという。山頂の噴火は2300年前が最後だが、その後も山腹での噴火は起こっている。最後の噴火は1707年の宝永噴火で、東京(江戸)にも火山灰が積もった。
青木ケ原樹海は平安時代、864~866年の貞観(じょうがん)噴火で流れ出た青木ケ原溶岩の上に形成された。面積は約30km2で、東京のJR山手線の内側の半分ぐらいだ。

青木ケ原樹海には、溶岩がつくる特徴的な地形がある。その一つが「溶岩トンネル」だ。樹海の土台となった玄武岩の溶岩は粘り気が小さく、表面は冷えて固まっても内部はドロドロに溶けたまま流れ去ってしまい、空洞となる。これがトンネルのように残っている。また、樹木が溶岩に包まれて燃え、跡が残った「溶岩樹型」もある。このほか、表面が縄を束ねたような形をした「縄状溶岩」もみられる。
溶岩の上にはまずパイオニア植物とよばれる植物が生え、続いて光をたくさん必要とする木で形成される陽樹(アカマツなど)の森を形成し、やがて少ない光で成長できる陰樹(ツガやヒノキなど)の森となる。青木ケ原樹海のほとんどは陰樹の森だ。樹木は硬い溶岩に阻まれて根を地中に伸ばせないため、横へ横へと広げているのも樹海ならではの光景だ。


コウモリが集まる洞穴の奥深くへ
続いて、実際に青木ケ原樹海を散策した。西湖(さいこ)ネイチャーセンター(山梨県富士河口湖町)から出発し、町公認ネイチャーガイドの宮下泰典さんが案内してくれた。

最初に向かったのはネイチャーセンターに近い、溶岩トンネル「西湖コウモリ穴」。年間を通じて気温が保たれ、キクガシラコウモリやウサギコウモリといった珍しいコウモリが越冬のために集まるので、12~3月はコウモリ保護のため中に入れない。


コウモリ穴は複数のトンネルがからみ合った構造をしており、総延長は350m以上。空間が大きく開けた場所もあれば、かがまなければ通れないほど天井が低い場所もある。ヘルメットをかぶって洞穴の奥へ進んだ。




「もののけ姫」のような森の世界
コウモリ穴を出て、ネイチャーセンターから樹海の遊歩道を分け入る。森の奥深くに行くにつれて、陽樹の森から陰樹の森へと変わっていく。「うっそうとした森」というイメージがあるが、実際には日が差し込む場所もある。

森の中を歩いていて気づくのは、木の太さによらず、高さがある程度そろっていることだ。宮下さんは「この森の近くの山から見ると、まるで海が広がっているように見えることから、樹海という名がついたようだ」と解説した。また、溶岩の上に生えた深い緑のコケが目立ち、草は少ない。「まるでジブリ映画『もののけ姫』の世界のようだ」と評する人もいるという。コウモリ穴の内部同様、溶岩に起因するユニークな地形も見られる。




「コンパスが利かない」って本当?
青木ケ原樹海をめぐる「都市伝説」の一つに、「森の中ではコンパスが利かず、迷い込んでしまう」というものがある。それが本当なのか、宮下さんが試してくれた。溶岩の一部は磁力を帯びているといい、方位磁針を近づけると針がくるくると動いた。ただ、腰の高さぐらいまで離せば、正常に戻った。宮下さんは「コンパスが利かないというのは、半分は本当で半分はウソ」という。

樹海に生えている広葉樹にはミズナラやモミジ、シラカバなど、針葉樹にはヒノキやツガ、モミ、ゴヨウマツなどがある。エサは少ないものの、アカネズミ、ヒメネズミなどの小動物からシカまで、動物もいるという。歩いていて意外だったのは、この時期の他の森や林と違って蚊がいなかったことだ。




岩を下って「冷蔵庫のような涼しさ」
青木ケ原樹海の中で人気スポットの一つが、溶岩トンネルの「竜宮洞穴」。かつては富士の巡拝の霊場として知られたという。暗い洞穴の中に向かって岩を一歩一歩降りていくと、空気が一気に肌寒くなる。看板には「洞内の気温は低いために、夏でも氷が見られる」とあった。参加者からは「冷蔵庫に入ったみたい」と声が上がっていた。


宮下さんのおすすめの季節は「春か秋」。春から秋にかけては、西湖ネイチャーセンターを起点にネイチャーガイドによる定時ツアー(有料)があり、樹海の動植物についてガイドしてもらえる(冬季は積雪する日もあり、訪問客は減るが、12月1日~3月中旬も予約制のガイドツアーはある)。
SDGsの目標15は「陸の豊かさも守ろう」。気候変動に並ぶ環境テーマとして生物多様性にも注目が集まりつつあるが、都会暮らしで多様な動植物の存在を感じられる機会は少ない。東京から2、3時間で行ける青木ケ原樹海は、この観点からもっと注目されていいのではないかと感じた。比較的暖かい時期に、ガイドの案内に従ったり、整備された遊歩道を外れずに歩いたりすれば、登山の経験がない人でも安心して自然を楽しめそうだ。
地元には、負のイメージを抱かれがちな青木ケ原樹海のイメージを変えたいとの思いがある。山梨県の担当者は「自然の地形や生き物といった樹海の新しい魅力を知っていただきたい」と話した。



朝日新聞SDGs ACTION!副編集長。2009年に朝日新聞社入社。京都、高知の両総局を経て、東京・名古屋の経済部で通信、自動車、小売りなどの企業を取材。2021年にSDGs ACTION!編集部に加わり、2022年11月から副編集長。
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