水素社会はいつやって来る? リーディングカンパニーから未来への回答

近年、脱炭素社会の実現に向けて、次世代エネルギーとして大きな期待が寄せられているのが、使用の際にCO2を排出しない水素である。水素エネルギーを利用した燃料電池自動車やバスの導入が各地で進むなど、私たちの日常生活で目にする機会も徐々に増えてきた。しかし、太陽光や風力といった再生可能エネルギー等に比べて、まだまだ身近な存在とは言いがたい。
水素社会の実現に不可欠な「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」のサプライチェーン構築で、世界をリードしているのが川崎重工だ。水素はいつ社会に定着するのか。水素社会への道のりはどこまで進んでいるのか。キーパーソンである同社の西村元彦氏に聞いた。
大量供給と大量消費の同時実現がコスト低減のカギ
——水素を使った燃料電池自動車やバスの導入が進む一方、広く普及するまでには至っておらず、生活者が水素社会にリアリティを感じにくいのも確かです。現時点での課題と目指す方向をお聞かせください。

西村 水素をエネルギーとして社会に導入しようとすると、一番大きな課題はコスト。どうしても今の化石燃料より高いので、これを下げないと使ってもらえない。そのため、大量の需要と供給を一気に創出するのが、目指すべき姿となります。
需要を広げるといっても、燃料電池自動車は耐久消費財ですから、普及に時間がかかります。一気に需要を生み出すカギとなるのが水素発電です。100万kWの水素発電所を1つ作れば、燃料電池自動車300万台分の水素を使うことになります。
供給の面では、資源が豊富にある海外の国々から、安価に作った水素を日本に運んできて使うことが可能です。その実証プロジェクトを当社は日豪政府や他の民間企業と進めており*1、2022年2月にオーストラリアで液化した水素を、日本まで9000kmの距離を海上輸送するのに成功しました。
*1 川崎重工を含む7社で構成される「技術研究組合 CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)」が、NEDO助成事業として実施
——そもそも、再生可能エネルギーをさらに活用したり、あるいは必要な水素は国内生産でまかなったりすることはできないのですか?
西村 日本は、資源小国でエネルギーのほとんどを海外に依存する一方で、エネルギー消費密度は欧米よりもはるかに高く、トップレベルといえます。再生可能エネルギーは、限られた平地面積を使ってすでに導入し尽くしている状態で、さらなる導入には制約があるといわざるを得ません。また、国内で作る地産地消の水素が、製造時にCO2を排出しないクリーン水素であるためには、再生可能エネルギーを使って作る必要があります(水の電気分解)。つまり、日本が莫大に消費するエネルギーを、再生可能エネルギーと国内生産水素でまかなえるかというと、きわめて困難です。安価で安定的に供給できるような水素を海外から持ってこないと、日本が経済的に遅れを取り、エネルギーセキュリティ*2上もリスクがあります。現在のような利便性の高い生活や経済状態を維持しようとするためにも、ある程度の猶予が必要です。
*2 エネルギーセキュリティ:必要十分なエネルギーを安定的に適正価格で確保すること。
再エネの不安定さを補完し、既存の産業インフラの活用も
——エネルギーとしての水素の優位性や、太陽光や風力など再生可能エネルギーとのすみ分けについて、あらためて教えてください。

西村 水素は、様々なものからいろんな場所で作ることが可能です。さらに、大量にためることができます。長期間ためることも長距離輸送もできるのが、再生可能エネルギーとの大きな違いです。再エネは天気に左右されますが、水素はその不安定さを補って、安定供給に貢献することができます。
水素はこれまで、ロケット燃料、石油や鉄鉱石の精製、半導体の製造などに使われてきました。近年では家庭用燃料電池や燃料電池自動車、バス、フォークリフトで実用化されており、今後は水素発電や、内燃機関(エンジン)を通じて様々な輸送機器に使われることが期待されています。飛行機や大型の船は電動化が難しく、鉄鉱石を用いる製鉄炉なども電気では不可能で、その方面でも水素は注目されているのです。
また、既存の内燃機関等工場で機械を作る技術を水素向けに適用できるようにすると、全てを電化したり燃料電池に変えるなど新規の大掛かりな設備投資をする必要がなく、既存の産業インフラや雇用を残して活用できます。例えば、当社が開発した水素ガスタービンは、本体は天然ガス用のまま燃料ノズルを交換するだけで、水素と天然ガスのどちらにも適用できます。天然ガスと水素を混合燃焼することもでき、燃料価格に応じて水素濃度を変えるということもできるようになります。
——水素に関して川崎重工の強みは、どこにありますか?
西村 当社は総合エンジニアリング企業として、2010年に中期経営計画で水素のサプライチェーンの構築を公表しました。夢物語と思われていた頃もありましたが、この10年以上ずっとブレることなく取り組んできました。水素を「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」というサプライチェーン全般にわたる技術を1社で保有している会社は、世界的に見ても当社ぐらいだと自負しています。その利点を生かして存在感を発揮しようと、サプライチェーン全体の開発に取り組んでいます。
たとえば、世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」 、世界初の液化水素の荷役基地「Hy touch 神戸」を建造・建設し、技術実証試験を進めています。当社は既にLNG(液化天然ガス)運搬船や陸上の液化水素タンクの技術を保有しており、それらを組み合わせて開発したものです。タンクは特殊な真空二重断熱構造で、マイナス253度に冷やした水素を一度も追加冷却することなく、16日間かけて豪州から日本まで運ぶことができました。

提供:HySTRA

2050年にはクリーン水素が全エネルギー消費の20%に相当
——川崎重工は、化石燃料由来で、製造時に出るCO2を分離・回収して処理する「ブルー水素」に注力しているのでしょうか?将来的には、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」に移行していくのでしょうか?

西村 もちろんグリーン水素も獲得を目指していますが、そんなに急には進まないのが現状です。そこで、ブルー水素も一定量確保していくことが必要で、ウクライナ情勢以降は欧州でもブルー水素が見直されるようになったと聞きます。
日本政府は水素の年間導入量を現在の200万トンから、2030年には300万トン、2050年には2000万トンまで拡大を目指しています。2000万トンは現在の一次エネルギー消費量でいえば、約20%を占めます。現時点では世界で作られる水素のほとんどがグレー水素と推測されますが、政府の目標ではCO2を排出しないクリーン水素(グリーン水素、ブルー水素等)の合計比率を2030年に14%、2050年には100%に高める目標を掲げています。
安定供給のためには、ブルー水素を作る際に出るCO2を回収・貯留・利用する技術も重要で、当社も長年培ってきた技術を生かして開発に取り組んでいます。
——水素関連の産業で世界をリードしていくために、何が求められますか?
西村 産官学が一体となって取り組んでいくことは大切です。LNGの場合は輸入するのには成功したのですが、日本のタンクの技術が海外に導入されることは少なく、産業的にはうまくいっていませんでした。そうならないような技術革新と効率化が求められると思います。
一般の方に水素社会のイメージをどう工夫して見せていくのかも大事。焼肉屋さんが水素バーナーで肉を焼いてくれるなど、皆さんが水素の活用シーンを日常で見かけるレベルにしたいですね(笑)。
——今後の川崎重工の取り組みについてお聞かせください。
西村 まずは、低コストで製造できる諸外国から、大量にクリーンな水素を日本まで運ぶ技術を実現するということがミッションです。水素運搬船や貯蔵タンクを2020年代にしっかり大型化することを目指し、商用化実証のフェーズに入っています。同時に、需要を生み出すため、水素発電技術以外にも、大型のジェットエンジンや燃料電池で動く電車など、水素利用の選択肢を増やしていきたいと考えています。
さらに、水素リーディングカンパニーを自負するからには、水素発電所を自分たちで建設して、2030年には水素発電を軸とする「国内事業カーボンニュートラル」を達成しようという目標を掲げています。サプライチェーンの構築や自社の目標達成を実際に見せることによって、お客様や様々な方に水素社会の具体的な姿を示すのも我々の役割だと思います。

——2030年や2050年の目標に向けて、水素社会はどこまで進んでいると言えますか?
西村 LNGという先例と比べると、わかりやすくなります。水素の大量利用のスタートとなる2030年は、LNGだとアラスカから日本に運んだ1969年に相当します。LNGを運搬する船が初めて太平洋を渡ったのが、その10年前です。当時に比べればシミュレーションの技術やLNGでの経験もありますから、船の大型化なども加速度的に進むはずです。
そこからLNGが全エネルギーの2割を占めるには約40年を要しましたが、水素では2050年までの20年。我々も倍速で取り組み、脱炭素社会の実現に貢献したいと思っています。

【国際会議リポート1】
脱炭素化とエネルギー安定供給の切り札として

2月14、15日に東京・丸の内で開かれた「サステナブル・ブランド国際会議2023」で、西村氏は「水素なくしてカーボンニュートラルなし!-Kawasakiの挑戦-」をテーマに基調講演を行った。「脱炭素化とエネルギーの安定供給・確保、どちらにも使える切り札として水素が注目を集めている」と語り、水素の特徴や川崎重工の取り組みを紹介。将来のプロジェクトへの展望を示した。
そして、「カーボンニュートラルを達成する2050年は、あっという間にやってきます。究極のクリーンエネルギー、水素に期待してください。今の便利な生活を損なうことなく、企業の脱炭素経営にも水素という選択肢が役に立ってきます。水素社会の早期実現を達成する、これが川崎重工のSDGsへの貢献だと考えています」と締めくくった。
【国際会議リポート2】
事故のない運用で安全性の懸念を解消へ

午後のパネルディスカッションには、企業や自治体の関係者も加わり、官民一体となって水素社会をどう実現していくのかを議論した。水素の安定的な確保に向けて、各国の間での水素獲得競争が水面下でも進んでおり、将来は水素のコモディティー(商品)化が進むことが指摘された。
課題の一つとされる水素の安全性について、西村氏は、水素が100年以上前から様々な産業で活用されており、国内の工場では年間数百万トン使われていることに言及。他の化学プラントで起こったような大きな事故は過去になく、「産業界としては、水素が他の燃料に比べて危険であるという認識はない。一般で使うとなると、きっちりした安全対策を取って、事故なく運用をする。その実績をしっかり続けるということに尽きる」と話した。
西村元彦(にしむら・もとひこ)
川崎重工業株式会社 執行役員 エネルギーソリューション&マリンカンパニー バイスプレジデント 兼 水素戦略本部
-
2022.08.01グリーン水素とは? 作り方やブルー水素との違い、問題点を解説
-
2023.03.01ロシアのウクライナ侵攻で、脱炭素を加速するドイツ 熊谷徹のヨーロッパSDGリポート【2】
-
2023.03.11「子どもの権利」守ってのびのびと生きられる社会へ フリー・ザ・チルドレン・ジャパンの波田野優さん
-
2023.02.28食事×ウェルビーイング 「ブルーゾーン」に学ぶ 藤田康人のウェルビーイング解体新書【11】
-
2023.02.13化石燃料とは?問題点や現状、依存しすぎないために必要なことを紹介
-
2023.01.314年ぶりの総括レポートへ執筆メンバー集合 蟹江教授が読み解くSDGs@2023