ドイツの電力業界で進む石炭火力発電所の「水素化」 熊谷徹のヨーロッパSDGリポート【3】


1959年東京都生まれ。1982年、早稲田大学政治経済学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中にベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からドイツ・ミュンヘンを拠点にジャーナリストとして活動。著書に『ドイツの憂鬱』『新生ドイツの挑戦』『ドイツ病に学べ』『なぜメルケルは「転向」したのか』『ドイツ中興の祖 ゲアハルト・シュレーダー』『ドイツ人はなぜ、年収アップと環境対策を両立できるのか』など。
ドイツのショルツ政権は、2030年までに褐炭・石炭火力発電所の全廃を目指している。このため電力会社はこれらの発電所の立地に、水素を混焼できる「H2-ready」の天然ガス火力発電設備を設置する準備を進めている。
前倒しされた脱石炭
ドイツ南西部、バーデン・ヴュルテンベルク州のシュツットガルト。メルセデス・ベンツやポルシェ、ボッシュなど有名企業の本社がある、製造業の中心地の一つだ。この町の北東のネッカー川に面した場所に、シュツットガルト・ミュンスター石炭火力発電所がある。
高さ180mの煙突を持つ発電所の起源は、1908年までさかのぼる。石炭、鉱油、家庭からのゴミを燃料として使い、18万3000kWの電力容量を持つ。電力だけではなく暖房用の熱も生産しており、2万5000世帯、1300社の企業に熱を供給している。いわゆる熱電併給型発電所(コジェネ)である。
この発電所を所有・運営する大手電力会社EnBWは、バーデン・ヴュルテンベルク州政府が株式の約47%を所有する公営企業だ。同州では、日本で原発事故が起きた2011年以来、緑の党のヴィンフリート・クレッチュマン氏が首相を務めており、発電事業のグリーン化を推し進めてきた。
これまでEnBWの電源の柱は、原子力と石炭火力だった。去年8月の時点でも、発電量の45.1%が石炭からの電力だった。
2020年8月にメルケル政権(当時)は脱石炭法を施行させて、2038年12月31日までに褐炭・石炭火力発電所を廃止することを決めた。2021年12月に発足したショルツ政権は、連立契約書の中で「脱石炭・褐炭を2030年に前倒しにすることが理想」としているが、この目標は法制化されていない。ただしショルツ政権は、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー市場の変動にもかかわらず、「2030年への前倒し」の方針を取り下げていない。
EnBWは、2015年のパリ合意が目指す二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの削減に貢献するために、2035年までにCO2排出量を実質ゼロに減らして、カーボンニュートラルを達成するという目標を持っている。
EnBWの電源構成(発電量の比率)

「燃料転換」へ大規模改修
この目標を達成するため、EnBWは、シュツットガルト・ミュンスター石炭火力発電所で、「フューエル・スイッチ(燃料転換)」というプロジェクトを進めている。同社は2億ユーロ(280億円・1ユーロ=140円換算)を投じてこの発電所の大規模な改修工事を実施する。発電所の敷地には、コンバインド・サイクル・ガスタービン(CCGT)を使う天然ガス火力発電設備を2基設置する。
EnBWでフューエル・スイッチ計画を担当するゲオルグ・スタマテロポロス取締役は、「燃料を石炭から天然ガスに切り替えれば、CO2排出量を約50%減らすことができる」と指摘する。その上で同氏は、「我々は天然ガスを、カーボンニュートラル達成までの重要な橋渡し役のテクノロジーと考えている。天然ガス火力発電所には、風が弱く太陽が照らない時に電力需給の逼迫(ひっぱく)を防ぐために、スイッチ一つで機動的にスタートできるという柔軟性もある」と説明した。
EnBWが使用するCCGTは、ドイツのジーメンス・エナジー製のSGT-800型(出力6万2000kW)だ。この装置の燃料は基本的には天然ガスだが、水素を燃料に使うことも可能だ。ジーメンス・エナジーによるとこのCCGTの水素の混焼可能率は75~100%だ。
ジーメンス・エナジーのSGT-800型は、2021年にドイツの認証機関TÜV-Südから、「H2-ready(水素適格)」という認証を受けた。TÜV-Südは、自動車の車検をおこなうほか、原子炉からエレベーターまであらゆる機械の安全点検と認証を実施する機関だ。CCGTのもう一つの利点は、発電だけではなく暖房用の熱の供給にも使えるということだ。冬の寒さが厳しいドイツでは重要な条件である。
EnBWは、2025年にシュツットガルト・ミュンスター火力発電所でCCGTを稼働させた時点で、石炭火力発電設備を廃止する。さらに、グリーン水素の調達が可能になった時点で、燃料を天然ガスから水素だけに切り替える。EnBWは、グリーン水素が行き渡り、発電所の燃料を100%水素に変えられるのは、2031~2033年ごろになると予想している。
EnBWは、さらにバーデン・ヴュルテンベルク州のハイルブロン石炭火力発電所とアルトバッハ・ダイツィザウ石炭火力発電所でも、CCGTによるフューエル・スイッチを進めている。これらの発電所の改修工事には、米国のGEガスパワーや、イタリア、スペインの企業から成るコンソーシアムが参加する。現在EnBWはドイツで13基の石炭火力発電設備を運転しているが、このうち11基が将来CCGTによって代替されることが決まっている。(残りの2基は廃止される)
脱炭素化の鍵はグリーン水素
地方自治体が経営する電力会社(シュタットヴェルケ)でも、発電所の水素化の動きが進む。
2020年11月、旧東ドイツ・ライプチヒ市のシュタットヴェルケもジーメンス・エナジー社のCCGTを発電所に設置すると発表。当初は天然ガスを燃料として使うが、長期的にはグリーン水素に切り替える。
またニュルンベルクの地域電力会社N-ergieは、去年5月に、3000万ユーロ(42億円)を投じて2基のCCGTを熱電併給型発電所に設置した。N-ergieは、当初天然ガスを使うが、グリーン水素が調達できるようになれば、水素だけを燃料に使用する方針だ。
電力会社で構成するドイツエネルギー収支作業部会(AGEB)によると、ドイツの発電量に再エネ電力が占める比率は2000年には6.6%だったが、2022年末の時点では43.9%に増えた。(電力消費量に占める比率は46%だった)
ドイツ政府は再エネ促進法の中で、電力消費量に再エネ電力が占める比率を2030年までに80%に引き上げるという目標を明記している。残りの20%は、風が弱かったり太陽光が十分でなかったりした時のバックアップ電力を確保するための、水素混焼が可能な天然ガス火力発電所になる。
「つなぎ役」の天然ガス、高まる重要性
重要な「つなぎ」の役割を果たす天然ガス調達の見通しはどうだろうか。去年8月にロシアが海底パイプラインを通じた天然ガスの供給を停止して以来、ドイツでは天然ガス不足が懸念された。しかし現在では天然ガス調達について、一条の光が見え始めている。
まず2022年から2023年にかけての冬には、ドイツで懸念されていた天然ガス不足は回避された。天然ガスの輸入量の37%を消費する産業界がガス消費を減らしたほか、ノルウェーやオランダが着実に天然ガスを供給し、さらに去年12月以来例年に比べて暖かい日が多かったために、家庭でのガス消費量も減った。ドイツ連邦系統規制庁によると、この国の地下天然ガス貯蔵設備の充塡(じゅうてん)率は、今年3月20日の時点で約64%と、冬期にしては非常に高い水準にある。ドイツ連邦系統規制庁は、「充塡率が40%を割ると危険水域」と説明していた。
2026~2027年にかけて、北海に近い地域の3ヶ所に液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルが稼働するほか、政府・民間企業がチャーターした浮体式LNG貯蔵再ガス化設備6隻が、天然ガスの陸揚げを始める。ロベルト・ハーベック経済気候保護大臣は去年11月、カタールから15年間にわたり毎年200万tのLNGを輸入する契約に調印した。つまり最大の天然ガス供給国だったロシアの穴を埋めるための手立ては着々と進んでいる。
それにしても、2022年に43.9%だった再エネ比率を7年以内に80%に引き上げるという計画は、容易ではない。
インフレによる原材料価格の高騰や、サプライチェーンの停滞のために、再エネ発電設備の建設費用がかさみ、新設が予想通りに進まない可能性もある。ショルツ政権は近く公表する中国戦略の中で、中国経済への依存度を減らす方針を打ち出す予定だが、ドイツは太陽光パネルや風力発電設備に使われる素材について、中国に大きく依存している。しかも今の予定では、残りの3基の原子炉は今年4月15日にスイッチを切られ、褐炭・石炭火力発電所も随時廃止されていく。
そう考えると、水素混焼が可能な天然ガス火力発電所の「つなぎ役」としての重要性は、今後増すだろう。石炭から天然ガスを経て、水素への転換を目指すドイツのフューエル・スイッチ計画に今後も注目していきたい。
ドイツの電源構成(発電量に各電源が占める比率)

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