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「メタバース・Web3.0時代の到来~ヘルスケア・ウェルビーイング新時代~」レポート

「メタバース・Web3.0時代の到来~ヘルスケア・ウェルビーイング新時代~」レポート
Sponsored by 慶応義塾大学

分散型インターネットとも呼ばれ、次世代インターネットの主流を担うと考えられているWeb3.0。この本格的な普及は、メタバースの拡大・活用を一層促進し、商品やサービスを大きく変えていくと予想されている。インターネットの登場にも匹敵するといわれるこの大きな変革に、大学・企業・政府・行政などのプレイヤーがどのように連携・協力していくべきなのか。慶應義塾大学が2018年度から取り組んでいるOPERA事業『PeOPLe共創・活用コンソーシアム』(※)の成果を踏まえ、一人ひとりを中心としながら、多様な生活者の共創を可能にする未来へと向けたシンポジウムが、2023年2月27日に開催された。本記事ではその内容をダイジェストでお伝えする。

※国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA:Program on Open Innovation Platform with Enterprises, Research Institute and Academia) 」にて慶應義塾が幹事機関を務める研究領域「人々を軸にあらゆる情報をオープンに活用する基盤「PeOPLe」によるライフイノベーションの創出」(領域代表者:慶應義塾大学 医学部医療政策・管理学教室 教授 宮田裕章、主管:殿町先端研究教育連携スクエア)の枠組みにて設立。「PeOPLe」は「Person centered Open Platform for well-being」の略。

個を活かし共創する未来へ
大学・産業界・政府も期待

開会にあたり、主催者を代表して学校法人慶應義塾 常任理事・天谷 雅行が挨拶。来賓として、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課産業連携推進室長の篠原 量紗氏と国立研究開発法人科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部長の酒井 重樹氏からビデオメッセージをいただいた。

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学校法人慶應義塾 常任理事・天谷 雅行

「『PeOPLe』の成果を踏まえ、未来のための闊達な議論の機会となることを期待」
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文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課産業連携推進室長・篠原 量紗氏

「研究成果が社会実装され、利益の一部が産業界から大学に再投資されるイノベーションエコシステムの形成に期待」
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国立研究開発法人科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部長・酒井 重樹氏

「ヘルスケアデータの利活用が促進され、ウェルビーイング向上が進められることを期待」

様々なプロジェクトで具体的成果
Web3.0の社会実装に向けた議論を

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続いて、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授の宮田 裕章氏より挨拶。

宮田氏 2019年から始まった「PeOPLe」は、人々を軸にしながらオープンにデータを活用することで新しい未来を作る試みとして、「Web3.0」という言葉が主流になる以前から、様々な方々と連携してプロジェクトを行ってきた。取り組んできたのは主に四つの課題。

一つは、個を軸にした分散型であるWeb3.0で、部分と部分をつないでWeb3.0をシミュレーションしてみること。二つ目は、アカデミアが持っていたデータをオープンにするための、企業とのプラットフォームづくり。三つ目は、個人を軸にしたインターフェイスの作り込み。そして最後は、法律や倫理に関わる課題への取り組み。これらの四つの課題それぞれで、具体的な成果を出してきた。その結果、新しい様々な活動も始まっている。

Web3.0の社会実装に関するMetaverse Japanさんとの取り組みや、ChatGPTのようなAIを活用し、問いを立てながら未来を作る新しい学びの研究、そして、ウェルビーイング学会の立ち上げなども行ってきた。今日は参加いただいた方々のお話をうかがいながら、こうした活動をより開いて、発展させていくことができればと思う。

メタバース本格普及の前夜
特に有望な2つの分野に注目

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続いて、『Web3.0とメタバース新時代のデザイン』と題し、一般社団法人Metaverse Japan代表理事・馬渕 邦美氏の基調講演に入った。

馬渕氏 Web3.0は、デバイスがメタバースに移り、ブロックチェーンのデータをAIで処理し、新たな価値交換を生んでいく時代。その動きは、仮想通貨やNFTの隆盛、DAOという新しい組織形態など、リアルからバーチャルへ、モノやお金、組織の在り方が変わってきたことに表れている。だがWeb3.0は始まったばかり。ここをいかに制していくかが非常に重要。

例えば、ビッグテックの企業では、すでにAIを経営に活用し、データにより非常に正確な売上の予測が可能になっている。また、人事も同様にAIを活用して最適化を行っている。この流れに、日本もついていく必要がある。

かつて、シンギュラリティは2040年くらいといわれていたが、あと2、3年ぐらいで起こるのでは。産業革命の際に新しい社会の在り方が模索されたが、改めてそうした議論と実践が重要な時代になっている。

メタバースは既に下火という人もいるが、スマートフォンが10年くらいで生活に定着したように、ある程度の年月はかかる。普及版のVRグラスが登場して生活のなかに浸透し、10年後くらいに「メタバース生活圏」ができてくると考えている。分野として特に有望なのは「教育」と「医療」。東京大学は「メタバース工学部」を設立して、誰もが平等に学べる空間を作った。また、ヘルスケアにおけるメタバース市場は2024年までに100億ドルを超えると予測されている。規制や倫理面などの課題もあるが、クリアできれば本格普及は近いだろう。

メタバースの構成要素は、「エクスペリエンス(体験)」「エコノミー」「デジタル・アイデンティティ(個人認証)」「バックエンド」「インフラ」の5層に分かれている。エクスペリエンスの部分はプレイヤーも多いが、ほかの層はまだまだ開拓できていないのが現状。日本はゲームや漫画などのコンテンツやデバイスなどの技術で優位性はあるが、マネタイズやビジネスモデルの構築や人材育成は弱い。強みを維持しながら、弱点を克服していくことがカギなる。

最後に『価値のインターネット』と呼ばれるブロックチェーンにも言及したい。この中で、いかにトークンエコノミーを回していくのかが重要。この新しいトークンエクノミーにしっかりと対応していくことが、日本の経済を新しく発展させる契機になると考えている。

GDP25%規模の付加価値を創出
パーソナルAIの可能性と導入例

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二つ目の基調講演は、『パーソナルデータの分散管理による自由の強化と価値の共創』というテーマで、東京大学大学院情報理工学系研究科附属ソーシャルICT研究センター 教授の橋田 浩一氏が演壇に立った。

橋田氏 Web3.0の中心概念である分散管理をパーソナルデータに適用することで、経済の発展と民主主義のアップデートにも繋がると考えている。

まず事業者が持つパーソナルデータを本人に集約して、名寄せして価値を高めて使うことが必要。本人に集約すれば、名寄せをしても人権リスクは生じず、自分のために用いる個別利用や、ビッグデータの一部になる非個別利用にも使うことができる。課税や教育など一部を除くほとんどのサービスでパーソナルデータの分散管理は可能だ。そしてその管理は、本人専属のAI=パーソナルAIに任せるのが、最も安全で価値が高い。

そのために、end2endで暗号化できるPLR(Personal Life Repository)というソフトウェアライブラリを組み込んだ『Personary』というアプリを開発して実証実験を重ねている。今回のOPERAプロジェクトでは『さどひまわりネット』とPLRをつないで、利用者の運動データなどのパーソナルデータを利用する仕組みを作った。また、兵庫県伊丹市にある市立伊丹病院では、病院の電子カルテシステムと連携して独自の母子手帳を作っている。また民間企業とは、ウェアラブルセンサーで健康データを収集して活用するという取り組みも行っている。健康管理や治療に活かすとともに、ビッグデータとしても活用できる。

AIビジネスのなかでも、パーソナルAIは最も有望だ。意思決定に深く関わると同時に、データは原則外に出さないため、サービスのクオリティは非常に高い。ゆくゆくはGDPの25%程度の規模を持つ巨大産業になる。その際に重要なのは協業の仕組みをつくることだ。データや顧客を囲い込むのではなく、オープンにしたほうが収益も社会的な評判も上がる。

パーソナルAIには厳格なガバナンスが必要だが、サービスの設計者、検証者たちが、分析結果を検証し合い、チェックアンドバランスを利かせる形にすれば、それは可能。誰かが天下りに権威を持つのではなく、結果をチェックし合い、権威と信頼を高め合う仕組みがふさわしい。企業、政府と連携してこの仕組みを作ることが、次の日本の勝ち筋になると考えている。

国も取り組みを加速
Web3.0への環境整備

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三つ目の基調公演として、『国策としてのWeb3.0』と題して、自由民主党衆議院議員の平 将明氏が登壇。

平氏 Web3.0について国として最も大きな課題はやはり税制。起業家の渡辺 創太さんが税制の問題からシンガポールに移住してしまったように、税の制度がウェブの進化に追いついていない。自民党の税制調査会で丁寧に説明を重ねた結果、企業のトークンの自社発行・自社保有分を時価評価するというルールを外すことができた。継続検討中のものやこれから取り組む課題もあるが、着実に前に進んでいる。

アメリカはFTXの破綻で動揺が大きいが、日本では金融庁がいち早く資産保全命令を出し、影響は軽微だった。もちろん、FTX Japanの顧客の預かり資産も100%保全されている。

私は、日本はWeb3.0で世界の先頭に立てる可能性があると思っている。その理由は三つあり、一つはいま申し上げたように日本の取引所は世界でいちばん安全という事実。二つ目はDAO。いまDAOに関する法制を議員立法で立ち上げようとしているが、国のレベルでDAO法制を整えている国はまだない。三つ目は、ステーブルコイン。三菱UFJ信託銀行を中心に、国産のステーブルコインの導入・普及を目指すコンソーシアムが立ち上がった。信頼性の高いステーブルコインが出てくると、暗号資産の世間の捉え方も変わってくる。世界でいちばん安全な取引所、DAOの法制、ステーブルコインという三つは、これから日本がWeb3.0で世界の先頭を走っていくための大きなトピックになると考えている。

日本のコンテンツが安すぎるという問題も、Web3.0なら解決できる可能性がある。海外富裕層が集まる北海道のニセコにあるスキー場のリフトを30分早く乗れるチケットをNFTで出したら、最終価格が9万円になった。謙虚な国民性の日本人でも、NFTを用いると国際価格で取引できる仕組みが作れる。

地方創生とWeb3.0も相性がよい。「よそ者・若者・馬鹿者」の知恵が大切といわれるが、仮想空間でそうした環境を実現できるのではないか。気候変動の問題など世界的課題の解決にWeb3.0を取り入れていけるのでは。ESG投資と掛け合わせることで効果が高まる可能性もあるし、大企業がWeb3.0に意欲的というのは、世界的には珍しい。

DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通:日本が世界に提唱したコンセプト)をWeb3.0の世界でも推進することで、パラダイムシフトを起こせる可能性がある。そこもしっかりやっていきたい。

デジタル化で出遅れた日本こそ
Web3.0で世界をリードできる

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最後に基調講演の登壇者3名と宮田 裕章教授に加えて、東京大学医学部附属病院こころの発達診療部・医師の蟹江 絢子氏にご登壇いただき、『Web3.0時代の暮らしとビジネス~企業や社会はどのようにデータを利活用していくか~』というテーマでパネルディスカッションを行った。モデレータは、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 特任准教授の藤田 卓仙氏が務めた。各パネリストの発言の要旨を掲載する。

橋田氏 パーソナルAIが普及すれば、AIがお金の使い道の7、8割を決める状況になるだろう。支出を促進して景気浮揚させるといったことも実現しやすくなる。もちろん厳格なガバナンスが必要で、そのためにもデータを簡単に集めて正しく分析することが重要。それにはデータの分散管理を導入し、本人にデータを集約。名寄せをして価値を高め、本人の同意があれば利用できるという、よりデータを利用しやすくする環境を整える必要がある。データの分散管理は、将来多くの企業が採用するだろうが、まずは公共的サービスから導入を広めていく。パーソナルAIを、リスク管理の方法を含め広めていけば、大きな産業となり、学術や文化や政治、ひいては民主主義の強化にも役立つと思う。

馬渕氏 基調講演でメタバースの『5つの層』について話したが、勝負が決まっていないレイヤーはまだまだある。その中でどのように強みを活かして勝負をかけていくのか、仕掛けていくのかが、日本にとって重要。特に、医療や教育といった分野については、日本は課題先進国であり、世界に先駆けてどんどん実装していかなければならないと考えている。その実践の中で、ユースケースを積み上げていって、それを世界に開放していきたい。全面的な勝ちを狙うやり方もあるが、日本が勝てるところに資金や人的リソースを集中的に投資して、徐々に勝っていくやり方が、日本にとっても、世界全体に対する貢献という意味でもよいのではないかと考えている。

蟹江氏 精神科とメタバースの親和性は高い。現状は病院以外での精神疾患の治療はなかなか進んでいないが、将来、メンタルヘルスの中程度の症状なら、バーチャルセラピストからセラピーを受ける時代が来るだろう。VRやアプリも国内外で開発されている。精神科の患者数は年々増加するとともに、症状を改善するだけでなくQOLを上げる治療が求められている。バーチャルセラピストと役割分担ができれば、対面での治療が必要な重症の患者さんにも十分な時間を使えるようになる。またバーチャルセラピストが登場することで、共感を示したり、モチベーションを上げたりできる会話、という人間の強みがより意識されるようになる。友人との間でも、そうした対話が増えていくと考えている。

平氏 企業やアカデミアの方々がしっかりと力を発揮できる環境整備が政治の仕事と考えている。その点からWeb3.0の普及の妨げとなる法律や税制の問題を引き続き解決していきたい。日本は、IPレイヤーも強い、コンテンツも強い。またモノづくりも強いのだから、それらの最終プロダクトをコネクティッドして、いかにデータから付加価値を生んでいくかを、本気で考えるタイミングに来ている。今日もパーソナルAIという新しい可能性を知ることができた。日本の大企業がWeb3.0に意欲的なのは、次は負けられないという思いからだと思うが、政府も同じだ。様子を見ているうちに乗り遅れたという反省があるので、先手を打って日本の勝ち筋にできるよう、レギュレーションや税制のデザインをしていきたい。

宮田氏 Web3.0やメタバースが普及することで、私たちの身の回りにあるコンテンツやお金の在り方も根本的に変わっていく。いまが大きな時代の転換点であることは間違いない。GAFAや中国のプラットフォーマーは、既得権益からWeb3.0に対して躊躇がある。また、クリプトカレンシー(仮想通貨)の問題についても、日本はアメリカほどの痛手を受けておらず、Web3.0についてより意欲的に取り組める状況にある。高度経済成長期にモノづくりがうまくいきすぎたがために、デジタル移行に遅れをとった日本にとってWeb3.0は大きなチャンスだ。国も法律や税制などの環境整備を積極的に進めている。アカデミアと産業が連携をしながら、我々自らが時代を変えにいくタイミングが来ていると感じる。

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慶應義塾大学イノベーション推進本部 オープンイノベーション部門長 統括クリエイティブ・マネージャー/特任教授の吉元 良太氏が挨拶を行い、閉会となった。

吉元 Web3.0による個人を主役とした時代の到来を予感できる講演会となった。慶應義塾大学ではOPERAプログラムとともに歩んできた『PeOPLe』をリニューアルし、ウェルビーイング学会などと連携しながら、今後も精力的に活動を継続していきたい。

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