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〈政権選択 ひょうご 09夏・総選挙〉政党事情:1 自民 揺れる組織頼み

2009年8月7日

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 衆院解散から1週間後の先月28日夜、神戸市内のホテルで開かれた自民県連と各種団体との会合。開会が告げられる直前まで、県連の選挙を長年支えてきた県建設業界や農協などの幹部に声をかける自民前職の盛山正仁(55)=兵庫1区=の姿があった。

 福田前首相が退陣した昨秋以降、「解散前夜」と言われるようになった前後から本格的な組織づくりにとりかかった。地元でのミニ集会、支援企業から秘書受け入れ、業界団体回り……。徐々に手応えを感じるようになったものの、当選からの4年間を考えると、出遅れは否めない。

 この3日後の31日午後7時半。関芳弘(44)=同3区=は神戸市須磨区の市営地下鉄妙法寺駅前にいた。「サラリーマンの経験をいかして頑張っています」。シャツを汗でびっしょりぬらしながら通行人に呼びかけた。だが、立ち止まって耳を傾ける有権者は多いとはいえず、チラシを手にした人の反応も鈍い。投票日まで1カ月を切った。自らにも、周囲にも焦燥感が広がる。

    ■ □ ■

 4年前、日本中に吹きまくった「小泉旋風」に乗って初当選を果たした盛山、関、木挽司(50)=同6区。のちに「小泉チルドレン」と呼ばれたこの3人の健闘もあり、自民は県内12小選挙区で10人全員が議席を獲得。公明の2議席を合わせ、すべてを与党で独占した。

 「今思うと、勝ちすぎだった」。当時、「小泉さまさまや」と喜んだ自民県連幹部は表情を曇らせる。後援会を中心とした組織を地をはうようにして作り、周囲から認められた上でようやく国政への挑戦権が与えられる――。幹部は長い間、国会議員のイメージをこう描いてきた。

 しかし、小泉元首相の過激なパフォーマンスと「ワンフレーズ政治」への支持は、予想をはるかに超えた議席までも生み出した。

 「十分に力をつけたとは言い難い候補者までも押し上げられた。それでも運良く国政に出させてもらったのだから、次の選挙に向けた組織づくりを進めるべきだった」。小泉頼みから事実上抜け出せなかった4年間を振り返った幹部の胸中には、チルドレンへの批判と自戒の念が交錯する。

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 県連が選挙に勝つための「必要最低条件」として掲げてきた組織づくり。40年にわたって政治活動を続ける県議は今年6月、支援者を集めた集会に関を招いた。閉会後、関の目の前に集まった支援者の名簿を置いた。だが、関心がなかったのか、それとも遠慮したのか、関は県議に何も言わずに会場をあとにした。

 「(名簿を)貸してほしいと言われたら、貸すつもりだったのだが」。県議にとって名簿は組織づくりの源泉となる「宝」。その後も関に助言したものの、思いはなかなか通じない。

 一方の関。組織も大切だが、それ以上に力点を置くのは有権者との交わりだ。前回選挙は公募で選ばれ、地盤も知名度もない中で投票日の1カ月前に立候補が決まった。それでも朝から晩まで街頭で「改革」を訴えると、確実に反応が高まっていくのを肌身で感じた。

 政権選択が最大の焦点となった今回の総選挙。これに対し、関は前回と同じように街頭に立ち、44歳の若さを強調して「世代交代」を訴える。民主に吹く「突風」をかわすには、組織よりも、新たな風を起こすしかないと思っている。

 盤石の組織を背景とした選挙を展開してきた自民県連。その手法が揺れ始めている。(敬称略)

     ◇

 18日の公示まであと10日余り。県内の主な政党は政権選択をかけた総選挙にどう挑もうとしているのか。実情を4回に分けて追う。

 (この連載は佐藤卓史、笹井継夫、渡辺芳枝が担当します)

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