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〈「100年に一度」の足元 車のまちから〉1票をだれに託す:上 激震

2009年8月5日

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 昨秋のリーマンショックに始まった「100年に一度」と言われる経済不況。大企業には回復の兆しもうかがえるが、最も新しい6月の県内の有効求人倍率は過去最低の0.39倍で、製造業を中心に依然として厳しい状況が続く。そんな中で迎える衆院選。特に落ち込みの激しい自動車産業に従事してきた3人は、どんな思いで投票に臨むのだろうか。

◆「ブラジルはダメ」一言 日系2世35歳

 予期してはいた。車の部品製造会社に派遣されて働いていた日系ブラジル人の男性(35)は今年1月、解雇を告げられた。

 昨秋まで約5万個あった部品の受注は、世界同時不況の渦に巻き込まれた冬には2万個に。派遣社員は60人から10人に減った。「次は誰なのか」という不安の中、ラインに立った。そして、神妙な面持ちの社員に肩をたたかれた。「使い捨ての部品みたいだな」

 日系2世。父の友人の誘いで04年10月に来日した。両親は日本人で、ブラジルの大学では経営学を学んだ。子どものころ、地域で日本語を教えていた父の下、週3回朝5時に起きて日本語を勉強した。赤色のパスポートは日本国籍を有する印。仕事探しにはそれほど不安はなかった。

 だが2月、津市で開かれた企業説明会のブースで、目の前に座る採用担当の言葉に耳を疑った。「ブラジル生まれだから、ダメ」

◆A4一枚で倒産の危機 40代の零細企業経営者

 6月中旬、北勢地方で2カ所の町工場を経営している40代の男性社長は、車で20分離れた取引先の大手自動車部品会社の社屋に呼び出された。「残念ですが」と手渡されたA4の書類1枚に「12月末に取引終了」とあった。ホンダやトヨタからコストダウンを求められ、外注企業を数十社から10分の1以下に減らすという。「あなたの会社だけじゃない」

 父の代から数十年間、ここだけと取引し、1本数十円の配線ケーブルを作り続けてきた。「うちにつぶれろということだ」と声を震わせる。昨秋からの世界同時不況で、受注量は半減していた。パート従業員を約100人から20人に減らしても、毎月50〜100万円の赤字。家には妻と高校生の息子がいる。手作業の部品組み立てを発注する下請けも5社ほど抱える。「景気さえ良くなれば」。希望の糸は1枚の通知書で断ち切られた。

◆終業直後に突然のクビ ホンダの元期間工40歳

 3月5日午後5時。仕事を終えた北川剛さん(40)は突然、労務担当者ら4人に取り囲まれた。「IDカードと保険証を返してください」

 06年3月、ホンダ鈴鹿製作所(鈴鹿市)に入社した。期間従業員として工場近くの寮に住み、2カ月ごとの契約を3年間で17回更新した。

 社内には、更新を重ねて3年に近づくといったん契約を打ち切り、数十日後、同じ部署に再雇用される人も多かった。「自分もそうやってずっと働いていけるだろう」

 だが1月、世界同時不況に襲われたホンダは期間従業員約1760人を4月末までにゼロにすると発表した。

 雇い止めになった翌日からも1カ月、毎朝8時10分の始業に間に合うように通い続けた。正門前から総務課に電話する。「おはようございます。出勤しました。仕事をください」

 返答は「それはできません」。北川さんが中に入ることは、一度もなかった。

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