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〈いま、何が 09奈良・衆院選:1〉農協 合併で集票力減退

2009年8月10日

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 農家4軒に、1軒。旧西吉野村(現五條市)が20年ほど前まで、農協に出していた「総代」の割合だ。しかも、戸数250の「北部七箇大字(ななかだいじ)」校区だけで、農協が二つもあった。「それほど、農協はきめ細やかな組織だった」。地元の柿栽培の専業農家、曽和扶佐兄(そわふさえ)さん(57)は振り返る。

 各総代は、農協の寄り合いに顔を出し、農家の要望を農協に伝え、農協の指示を各農家に持ち帰った。何より大きいのは、国からの補助金だ。カネは農協に一括して支払われ、農協が分配を差配した。作物の出荷も農薬の購入も、農協を通していた。

 かつて選挙ともなれば、農村に張り巡らされた組織がフル回転した。農協役員は、各総代を通じ、奥野誠亮・元法相(96)への投票を呼びかけた。役員が直接、農家に電話することもあった。「役員と農家が、顔の見えるつきあいだったからね」。農協票は、奥野氏の13期連続当選の大きな原動力となった。

 農協合併を機に、そんな風景が変わっていった。

 1980年、校区の2農協は西吉野農協に集約され、99年には「JAならけん」に一本化された。合併前、184あった農協は102支部に減った。

 総代は今、50軒に1軒。いま、それが誰なのか、曽和さんには全くわからない。

 農協との縁はすっかり希薄になった。国の補助金は農家に直接払われるので、申請もパソコンを駆使して自分でやる。農薬も肥料も専門業者と直接やりとりする。

 だから選挙になっても、誰も何も頼みに来ない。「昔ならこの校区でも必ず候補者が演説していたけど、今は、旧村全体で1回がやっとだ」

    ■    ■

 自民党を支えた農協票は、今や昔。その集票マシーンが力を失った「証拠」がある。

 04年参院選、452票。07年参院選、2274票。

 JA系政治団体「全国農政連」が推す自民党比例区の候補が県選挙区で獲得した票だ。最盛期だった80年ごろの10分の1に過ぎない。「農協票はその程度。当てにできない」(自民選対幹部)。

 それでもJAならけんや政治団体「県農協農政連盟」は7月27日、1〜4区すべてで自民公認の立候補予定者の推薦を決めた。「民主党の戸別補償制度は共産主義国みたいな話で、みんな経営努力しなくなる」(農政連幹部)からだという。

 民主党は、役員と現場の農家との「乖離(かいり)」を批判する。「販売農家の平均年収480万円、農業収入はその4分の1。一方で、農林中金の役員はどえらい給料をもらっている。この矛盾がだんだんわかってきている。農業で生計を立てられないところは、自民にくっついていたってよけい食えない」(4日の会見、民主前職・滝実氏)。

    ■    ■

 自民党も農家の苦悩は十分、理解している。ある自民県議は、県北部の親類宅を訪ねて驚いた。有機栽培に取り組む専業農家だが、野菜の袋詰め作業は近所のパートに頼っている。その時給、わずか400円。

 「最低賃金? 『そんなもの払うてたら赤字や』言うてね。それほど農家はどこもぎりぎり、経営は深刻。経済対策の成果など農家の末端に届かない。一度、何もかもぐちゃぐちゃにしてやりたい、という有権者がかなりいる。それが民主党に流れている」

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 政権選択を争点にした総選挙の公示が18日に迫る。全国で吹く民主党への「風」は、一過性のものか。それとも深いところで進む「地殻変動」か。戦後、ほぼ一貫して政権与党だった自民党を支えてきた奈良の「組織票」を追い、変化の実像を探った。(この連載は5回の予定です)

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