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〈09総選挙〉「相川票」どこへ 自民「重しとれた」、民主「すでに武正党」

2009年8月16日

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 旧浦和市長を含め約18年間トップに君臨した相川宗一・前さいたま市長。市内屈指の「集票マシン」として影響力を誇ってきたのが、相川氏と後援会の組織票だ。その数5万〜6万票、地盤の浦和区を含む埼玉1区では3万票強とも言われる。5月の市長選で敗れ、権力の座から去った今、その行方は――。(加藤真太郎)

 市長選での相川氏の得票は、民主党への追い風の中、市全体で10万の大台に迫り、同党市議も「底力を見せた」と感心した。市長選後は浦和区の後援会事務所の態勢を縮小。多くの関係者によると「事実上解散状態」だが、後援会幹部の一人は言う。

 「組織としてはやらないが、個々では動く。影響力? まだまだあるよ」

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 7日、同市浦和区で自民党の「埼玉1区浦和総決起大会」が開かれた。舛添要一厚労相も応援に来るとあり、前職・金子善次郎氏はじめ1区の県議や市議ら党関係者がほぼ集まった。多くは「松永系」(市議)だったという。

 「松永系」と「浜田系」。旧浦和市で保守支持層を二分した政治家の名だ。

 一人は元蔵相で当選10回の自民党元衆院議員の松永光氏。

 もう一人は、自民党を離れた元衆院議員の浜田卓二郎氏。十年以上にわたって、様々な選挙で保守分裂、対立を招いてきた。

 その象徴が相川氏だ。91年の旧浦和市長選で浜田氏の支援を受け初当選。松永氏は当時の現職を支援した。今年のさいたま市長選でも松永氏は相川氏批判を展開した。

 しかし、「いつまでも松永対相川と言っていられない」と、自民党県議。金子氏陣営幹部の党市議も「『相川』という重しがとれ、影響下にいた元々の自民党支持者が戻ってきている」。別の市議も「党としての危機感をみんなが抱いており、自民党支持者結集の絶好の機会になる」。

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 一方の民主党。県連幹事長の前職武正公一氏は相川氏との関係が深い。00年の衆院選で同氏の応援を受け、松永氏を破って初当選。以来、後援会幹部ら多くの支持者が重なり、協力関係を続けてきた。

 こうした経緯もあり、5月の市長選で武正氏は、党県連支持の清水勇人市長を支援せず、党市議らに不満がくすぶる。市内4区でそれぞれ開いた総決起集会には一部、地元市議が顔を見せなかった。

 相川氏周辺には市長選を「政党対決」に持ち込んだ民主党への反発が強いという。ただ、武正氏の後援会幹部は「今も支援者の多くが重なるが、すでに『武正党』。今さら相川さんどうこうという話ではない」

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