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岡山1区・2区 主な候補者こんな人

2009年8月20日

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(届け出順) 

【1区】

◆我こそ、霞が関を改革 高井崇志氏(39) 民主・新

 城山三郎の『官僚たちの夏』を中学生の時に読み、公務員にあこがれて郵政省(現総務省)に入った元キャリア官僚。だが、自身の政策には天下り根絶や局長以上の政治任用化など、霞が関改革を掲げる。

 実際に働いてみた官僚の世界は小説と違い、税金の無駄遣いや省益確保が自己目的化した動きがあった。「でも、悪いのは与党と癒着した一部の幹部。志を持った人に働いてもらえる官僚組織を作っていくのが政治の役割だ」と主張する。「官僚を経験して良かった。経験者だからこそ、本当の改革ができるんです」

 北海道函館市生まれ。親が転勤族で東京、新潟、群馬などを転々とした。01年4月から3年間は、総務省から県に情報政策課長として出向。岡山とのつながりができたことで、総務省復帰後9カ月で退職し、江田五月参院議長の秘書になった。4年前の岡山市長選に立候補して落選した後、衆院に方向転換した。

 立候補を表明後、2年近くの間はほぼ毎日、街頭演説を続けた。「少しでも多くの人に、政治を変えたいという思いを伝えたかった」

◆7期経験、大臣に意欲 逢沢一郎氏(55) 自民・前

 衆院議員だった祖父、父から地盤を継いだ世襲3代目。だが、工学部で学んでいた大学時代、政治を目指そうとは考えてもいなかったという。

 卒業の翌年に松下政経塾へ入り、日本を良くするためにはまず政治から、という創設者・松下幸之助の思いを知った。「良い政治とは何かを勉強し、それを実践に移していく。政経塾で学んだことが政治の出発点になった」と振り返る。

 世襲については、志の高い人材が常に求められる状況の中、政党判断で制限を設けることはやむを得ないとしながらも、「世襲でも頼れる候補者なら当選させ、だめなら落とせばよい。有権者のみなさんの選択にすべて委ねるのがよいのでは」と、7期積み重ねた自身の経験に対する自負をのぞかせる。

 外務副大臣、衆院予算委員長など要職を歴任。数年前から、「次こそ閣僚入り」と言われ続けている。支持者を集めた集会では、来年4月に岡山で開催予定の日韓の経済人会議を話題にし、「将来は日韓首脳会議を岡山で開きたい。願わくば、私が大臣の時に」と意欲を示す。

◆挑戦3度、国変えたい 東毅氏(33) 共産・新

 33歳ながら、衆院選挑戦は3回目。前回、前々回は岡山4区で挑戦し、党が県内の小選挙区候補を1人に絞った今回は1区に転じた。比例票を重視する党の方針で、県内全域を回る。

 政治に目覚めた原点は、生まれ育った福井県小浜市での体験。80年代の不況で、眼鏡枠や繊維製品の地元工場が次々と閉鎖されるニュースを見た。専業農家をしていた祖父から、農業が苦しめられているとも聞いた。「なぜ地域の産業が大事にされないのか疑問だった。大学で党活動をしている人に出会って、大企業の横暴や米国の要求があると知り、そういう問題を正そうと20歳で入党した」

 岡山大農学部に進んだのは、専門知識で地域の農業を支え、国を良くしていきたいと思ったから。しかし、政治そのものから国を変えたいと思い直し、党の専従活動家になった。

 前回の1区候補はトップと11万5千票余りの差をつけられた。「自民か民主かという狭い枠組みでは未来は作れない。消費増税なしで財源を作れるのは、1区では私だけ。きちんと政策を訴えて戦う」

【2区】

●郵政で苦杯、福祉強く 熊代昭彦氏(69) 無所属・元

 旧厚生省に30年近く勤め、年金局資金課長や援護局長を歴任した福祉行政の専門家。「消費税を福祉目的税化し、社会保障を思い切って充実させる」と訴える。

 93年から自民党公認で4度当選、小泉内閣では首相補佐官も務めた。しかし、順風に見えた政治家人生は4年前の郵政政局で一変する。「郵便、貯金、保険の3事業は一体であるべきだ」と郵政民営化法案に反対した結果、党本部から当時の岡山市長を「刺客候補」に立てられ、立候補を断念。替わりに挑んだ岡山市長選では自公推薦の現市長に敗れ、07年参院選では国民新党公認で比例当選を狙ったが、議席に届かなかった。

 無所属となり、衆院議員への返り咲きを目指す今回を「最後の戦い」と位置づける。かつてのような組織はないが、有権者を一軒一軒回る草の根選挙を徹底。「無所属だからこそ自分の政策をはっきり掲げることができるし、国民と同じ目線になれる」。全国の他の無所属候補との連携も視野に、映画「七人の侍」に自らをなぞらえ、「あの侍たちのように国民の幸せのために働きたい」と語る。

●県連の若き顔、経済通 津村啓介氏(37) 民主・前

 4年前の衆院選で民主党が全国的大敗を喫する中、県内小選挙区初の同党議席を獲得し、保守王国・岡山に風穴を開けた。翌年からは党県連の若き代表として、地域の党勢拡大に力を注いできた。「(民主と自民)どちらに政権担当能力があるか、それがこの選挙の争点だ」と語る。

 大学卒業後は日本銀行に8年間勤務。「日本は金融の力を伸ばすことでアジアのリーダーとしての基盤を確立すべきだ」と選んだ道だったが、日本経済の制度的問題にメスを入れるには政治の力が必要だと痛感し、02年に退職。党の候補者公募に名乗りをあげ政治家デビューを果たした。

 候補者が乱立した今回の岡山2区だが「ライバルはいずれも自民党をルーツとする人々。官僚主導を打破して新しい政治を切り開こうとする私と、政策やキャラクターがかぶる人はいない」と強調。今の民主党執行部も自民党出身者が多いのでは、との指摘には「自ら自民党政治の限界を感じて二大政党制を目指した先輩たちと、党を追い出されたり、曲折を経て出たりした人たちとを一緒にするべきではない」と切り返す。

●豊富な行政経験、武器 萩原誠司氏(53) 自民・前

 旧通産官僚を18年、岡山市長を6年務めた行政経験が強み。財政、金融、地方分権など、政策を語り始めると止まらない。一方、パンフレットには地元の道路整備や河川改修など、自身がかかわったとする「実績」をずらりと列挙。他候補との違いを「地域貢献力」だと強調する。

 99年に自民・社民の推薦を受けて岡山市長に初当選。周辺町との合併協議など、政令指定都市移行の準備を進めた。だが2期目途中の05年、郵政民営化を掲げた小泉政権の「刺客候補」となり、比例復活で国政転出を果たした。

 市民の間に賛否両論を巻き起こした当時の決断について、「最初は断ったが、『君が出ることの方が政令市に向かって我々も岡山を後押しできるんだ』といったイメージのことを当時の党幹事長らに何度も聞かされた。結果的に移行が実現し、本当にホッとしている」と振り返る。

 与党への逆風、選挙区での保守票分裂の危機といったハードルが重なる中、民主候補への雪辱に挑む今回の選挙。厳しさを自覚した上で「より大きなエネルギーを使わないと」と気を引き締める。

●元秘書、政界再編訴え 赤松和隆氏(42) 国民・新

 見据えているのは、選挙後の政界再編。「これまで通りの自公政権か、とりあえず政権交代か、それとも根本的に政治の仕組みを変える政界再編か」と、有権者に「第三の選択肢」を訴える。

 大学中退後に自民党の故・松岡利勝元農水相(衆院熊本3区)の秘書となり、政治の世界へ。大臣秘書官だった07年、松岡氏の突然の自殺後、郷里岡山に戻って立候補表明。当初は平沼赳夫氏との連携を視野に無所属で活動していたが、昨秋、国民新党の公認を受けることを決めた。

 地元への予算獲得を得意とした農水官僚出身の松岡氏を「族議員としては完璧(かんぺき)に近い人だった」と評価する一方、16年間の秘書生活で自民党政治の表裏をつぶさに見てきた体験から、「今の日本は完全な官僚独裁。これを打破して国民ニーズにあった政治をしなければ」と話す。

 民主党が掲げる政権交代の効果には懐疑的だ。「本当に必要な改革は、国と地方の公務員を半減させ、二重行政、三重行政をなくすこと。公務員の労働組合を支持団体とする民主党に、こうした抜本改革はできない」と主張する。

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