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主な候補者こんな人 秋田2区

2009年8月21日

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(届け出順)

◆現場感覚、下から目線で 民謡にジャズ、こよなく愛す 川口博氏(62)無新

 4月の知事選に次ぐ挑戦。「秋田を変えたい、政治を変えたいという一心で立候補を決めた。政権交代の必要性を訴えていく」と力を込める。

 「無い物ねだりはしない。あるものを徹底的に磨いて活用する」が口癖だ。

 19年務めた小坂町長時代、日本最古の現役木造芝居小屋「康楽館」を中心とした観光資源で観光客を呼び集めた。転作田を使った菜の花プロジェクトや生ゴミの堆肥(たいひ)化といった循環型社会の形成に取り組み、旧鉱山で培われた技術を生かしたリサイクルの町づくりで全国に小坂の名を広めた。

 「新しい産業を育て、町民の所得向上を果たした」と自負する。

 「現場感覚」には自信がある。東京で学生生活を送っていた頃からふるさとに戻った後も、様々な仕事を経験した。ラーメン屋台、喫茶店、型枠大工、牛の飼育……。「下からの目線で物事を考える大切さを学んだ。私は有権者に一番近い候補者だ」

 自然の音を聴くのが好きだ。里山や原生林に足を踏み入れ、川のせせらぎや葉擦れの音、風が流れる音を耳にすると「ほっとする」。

 民謡とジャズをこよなく愛す。「魂の声に浸れるようで、聴いていると心がほぐれます」

◆自身で会社、雇用に一役 常にα波意識、ストレス解消 佐々木重人氏(39)み新

 前回、前々回は民主公認で敗れ、今回は無所属からみんなの党公認となり、3度目の挑戦になる。「みんなの党は国民目線で政治を改革しようという人たちが志でつながっている。政党候補になって信頼度が増した」

 五城目町出身。東京外語大卒業後、伊藤忠商事に勤務。03年、選挙の世界に踏み出した。「2区全体が廃れている。本当にひどい現状だ」。家族を千葉に残し単身、大館市に住み、親類のいる五城目町に設けた事務所に通う。

 民主に公認を求めたが得られず、無所属で立候補表明して除名された。「その時、政治をやめようと思ったが、妻から、『本当にそれでいいの? 私はくやしい』と言われた。志を曲げちゃいけない、と気づかされた」

 「おれは世の中を変える」。20代後半の頃から、そんな思いを抱いてきた。「道なき道しか歩いてこなかった」とも。雇用創出とただ訴えるだけでなく、自身で会社を設立して地元の雇用にひと役買う。有言実行が信念だ。

 座右の銘は「不幸を知らなければ幸福も知り得ない」。この1年、しみじみ思った、という。

 普段のストレス解消は「頭の中にα(アルファ)波が常に出るようにしている。1人でいることが長い」。

◆地方の問題、肌で感じる 気さくな冗談、カラオケ趣味 金田勝年氏(59)自新

 自民への逆風について質問が及ぶと、即座に答えが返ってきた。「国民の目線に立った対応をしてこなかったんじゃないか。政権政党としてきちんと説明しなくてはならない。PR下手だ」。切れ味鋭く、そつのない受け答えの行間から、その任を担えるという自負がのぞく。

 秋田高、一橋大卒業後、旧大蔵省に21年間勤め、予算を担当する主計官から参院議員になった。農林水産政務次官、外務副大臣などを歴任。が、2年前の参院選以降、「浪人生活」を送る。

 この間、秋田市から能代市に移り住み、地元の人たちの話に耳を傾けてきた。「肌で地方の抱える問題を実感した。政治家として得たものは大きかった」。農業、地域経済振興策とともに必ず出てくるのが「地方を大切にする政治」だ。「政党がどうのこうのと言っている場合じゃない」。セールスポイントの「発言力、実現力、即戦力」を地で行くように熱く話を進める。とはいえ、それは政治、政策に関して。

 私事になると、落語のような気さくな冗談が混じる。リラックスタイムは「女房と1日の出来事を話し合うこと」。趣味は懐メロのカラオケ。チャームポイントは「笑うとなくなる目。笑わなくても目がないんじゃないか、と」。

◆汗する人こそ主人公に 「北限の桃」の収穫が楽しみ 山本喜代宏氏(53)社元

 鹿角市で両親や息子家族と暮らし、農業を営む。7月の衆院解散日も、畑で迎えた。

 農家の魅力は「努力するほど良いものを収穫できるところ」。落選した05年衆院選後も、リンゴや桃を植えて規模拡大に取り組んできた。「高齢化して担い手もいない今の農業政策ではだめ。若い人が継ぎたいと思えるようにしなければ」。選挙後の「北限の桃」の収穫が楽しみだ。

 03年衆院選で、社民党関係者から声をかけられ立候補。「当選するはずないと思っていたので気楽だった」はずが、比例で復活当選した。「田んぼに行けなくなって大変だった」と振り返る。農作業は家族に任せ、忙しい国会議員生活を送った。

 高校卒業後に就職した日本電電公社(現NTT)で、労働組合の活動にかかわったのが、政治との出会い。スト権ストや賃上げ闘争に動き、「労働者が社会の主人公にならなければ」との思いを深めた。今も「額に汗する人が全うに生きられる政治を」が信念だ。

 社会党の土井たか子氏が「山が動いた」と表現した89年参院選で、「国民が怒れば、政治も世の中も変えられる」と実感した。今回も「大きなうねりが起きるのではないか」とみる。

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