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衆院選 主な候補者の横顔 滋賀3区・4区

2009年8月21日

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(届け出順。氏名は原則として日常使用名。年齢は投票日現在の満年齢。カッコ内数字は当選回数。[比]は比例区重複候補者。〈 〉の政党は推薦・支持)

【3区】

◆労働者の相談に力注ぐ 木村真佐美さん 54 共 新

 「今回の選挙は自民か民主か、ではない。両党とも憲法9条を変えて、日本を戦争する国にしようとしている」。日本を本当に変えられるのは共産党だけ、と違いをアピールする。

 生家は経済的に苦しく、働きながら定時制の県立大津中央高校に通った。党との出会いもそのころだ。東レや新聞社の事務員、公認会計士事務所などに勤務した後、83年から07年まで守山市議を6期24年務めた。現在は党湖南地区委員。

 国政選挙は初挑戦だ。派遣切りや雇い止めに遭った人、生活保護を受けられず困っている人……。党公認として立候補することが決まった昨年8月以来、労働者の生活相談に力を入れてきた。選挙戦では貧困や格差の是正を訴え、支持層の拡大に努める。

 長男は独立し、現在は夫と長女の3人暮らし。家族の支えがあってこそ、24時間休みなしの議員の仕事を続けてこられたと感謝している。「子どもはつらかったでしょうね。でも、私の生き方を評価し、認めてくれているのだと思います」

 趣味は映画鑑賞。好きな作品として女優大竹しのぶさんのデビュー作「青春の門」を挙げる。ストレス解消はカラオケ。「ドリカムや『天城越え』も歌います」

◆地域経済落ち込み懸念 宇野治さん 61 自 前(2)[比] 〈公〉

 前回、前々回の衆院選は、いずれも比例区で復活当選。「三度目の正直。何が何でも小選挙区で勝ち上がりたい」と心に期する。

 最重要の政策課題と位置付けるのが景気回復だ。とりわけ、地方経済の落ち込みの厳しさを憂慮している。地域の小さな企業が活性化してこそ、初めて景気が回復したと言える――。そういう思いから、地域の経済活動を拡充することはもちろん、工業製品などの「地産地消」も訴える。

 前回の当選後、外務政務官など党の要職を務め、中東やアジアを中心に17カ国訪問した。1日に5カ国以上の賓客と面会することもあった。くしくも義父の故宇野宗佑・元首相も外務大臣の経験者。当時、秘書として同行したことを思い出した。「日本は今も昔も諸外国から頼られている。資金面だけでなく、工業技術のバックアップも必要だ」と語る。

 尊敬する人物は宇野元首相。「とにかくバイタリティーがあった」。一方、自分の性格は「人の言うことをよく聞く半面、押しが弱い」と分析する。しかし、党内外で批判を浴びた麻生首相を支持し続けた芯の強さものぞかせる。「自分が支持した以上、最後まで責任を持って守り通します」

◆地元課題にも重き置く 三日月大造さん 38 民 前(2)[比] 〈国〉

 「地方分権を望む知事たちの動きと連動して世直しのうねりをつくり、日本の経営改革に取り組みたい」。自身の当選はもちろん、すでに選挙後を強く意識している。

 座右の銘は「着眼大局、着手小局」。政権交代を掲げつつも、地元が抱える課題にも重きを置く。解決の道が見えない栗東市のRDエンジニアリング社産廃処分場問題は、党の県版マニフェストでも取り上げた。「産廃特措法の延長は不可避。また、業者に求償するシステムの整備は急務だ」と訴える。

 3年前の知事選では、民主党県連が推薦した現職が嘉田由紀子氏に敗れた。「自分たちの考えと民意が違っていた」と痛感し、その後70回以上の地元座談会を開き、1千人以上の声を聞いた。「地域の声を拾い上げたい思いは、誰よりも強い」と自負している。その一方で現在の県政について、「将来の滋賀をどう作り上げようとしているのかが見えてこない」と注文する姿勢は忘れない。

 切れ味鋭い話術が持ち味だが、自宅では子煩悩な3児の父。妻と一緒に授業参観などの学校行事にもこまめに顔を出す。「麻生首相がこの時期に解散・総選挙をしたおかげで、夏休みの家族旅行は行けなくなりました」と家族思いの一面をのぞかせた。

【4区】

◆苦学の経験、教育施策に 武藤貴也さん 30 自 新 [比] 〈公〉

 京大大学院に在籍中、県議会会派の政策スタッフになり、今春、自民党の候補者公募に名乗り出た。書類や面接審査を経て応募19人の中から選ばれた。座右の銘は「初志貫徹」。「ずっと政治家を志してきた」と言う。

 北海道音別町(現釧路市)の出身。祖父の兄が戦死し、その話を聞かされて育った。「なぜ日本は戦争に至ったのか」と疑問を持ち、国際政治を学ぼうと大学進学を考えた。だが、1千世帯ほどの田舎町。進学熱は高くなく、両親も学費を出してくれなかった。

 当時、北海道拓殖銀行が破綻(はたん)した直後で「地元の景気は今よりも悪く、就職先もなかった」と言う。5年間、居酒屋やレストランでアルバイトしながら参考書を開き、23歳で東京外国語大へ入った。

 学生時代、ヨーロッパやアジアなど30カ国以上を貧乏旅行した。海外の学生と話して「日本の学費は高すぎる」と痛感。苦学した経験から「学びたい人がそれぞれの立場、親の収入などで左右されるのはいけない。教育の環境整備が必要だ」と訴える。

 スピードスケートや自転車など様々なスポーツに挑戦してきた。Tシャツ姿がトレードマーク。党の関係団体が集まった会合でもスーツは着ず、若さを売り込んだ。

◆「子どもは宝」胸に刻み 坪田五久男さん 50 共 新

 07年の参院選に続く4度目の国政挑戦になる。有権者を訪ね歩く中で、いま聞こえてくるのは非正規労働者の悲痛な声だという。「突然、働く若者が首を切られ、寮も追い出される。明日への希望どころじゃない。政治を変えて欲しいという声が満ち満ちている」と感じる。

 もともと政治の世界に関心はなかった。出身地は合併問題に揺れる安土町。「保守的な農村だった」と言い、自分自身、初めて投票した衆院選では「山下元利(自民党の元防衛庁長官)」と書いた。

 しかし、滋賀大教育学部を卒業後、近江八幡市の小学校教諭になり考えが一変した。配属されたのは児童数2千人を超える関西有数のマンモス校。「軍事費を削って教育に回せば学校を分割できるのに……」。組合活動にかかわるうちに疑念がわいた。学級通信を毎日書くなど「がむしゃらだった」と当時を振り返る。その教え子たちが今でも選挙の応援に来てくれる。

 公示前の公開討論会。教育施策を問われ、元教師らしく「子どもは未来の宝だ」と聴衆に語りかけた。「生活が厳しい中、子育てと仕事を両立できる人間らしい労働ルールが必要だ」と訴えた。

 今春の選抜大会に出場した彦根東高校野球部のOB。守備位置はセカンドだった。

◆「政権交代を」訴え貫く 奥村展三さん 65 民 前(2)[比] 〈国〉

 選挙戦のスタート地点に事務所でも駅前でもなく、湖南市役所前を選んだ。33年前、旧甲西町(現湖南市)の町議から政治の道を歩み始めた。「ここが原点」。そんな思いを込めてマイクを握った。

 県議(4期)を経て、95年に新党さきがけ公認で参院議員に。くら替えした衆院選では引退した自民前職に三たび敗れたが、比例復活で当選を重ねた。今度の選挙を「小選挙区で勝利する最後のチャンス」と位置づけ、「何としても政権交代を」と訴える。

 3年前、民主党本部の役員室長になり、小沢元代表の側近として党運営を支えた。「自民との大連立構想や安倍元首相の突然の退陣など、日本の政治の一線に身を置かせてもらい、充実した日々を送った」と振り返る。

 同じころ、妻が体調を崩して入退院を繰り返した。東京と地元をとんぼ返りする日々に「身を引こうかと考えたこともあった」と明かす。しかし、家族から「ここまで来た以上、とことんやって」と逆に励まされたという。

 東京の議員宿舎では朝6時に起き、滋賀から届けてもらった米で自炊して永田町へ向かう。愛称は「おくてん」。甲賀高校(当時)の野球部監督として選抜大会に出場した実績もあり、地元では「監督」と呼びかける人もいる。

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