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主な候補者こんな人 奈良3区・4区

2009年8月21日

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(届け出順、年齢は投票日現在。〈 〉内の政党は推薦・支持)

 <3区>

◆住民の目線で仕事 豆田至功氏(まめだよしのり)(56)=共新

 大阪市立大の学生時代は共産党系の日本民主青年同盟の活動家だった。同大教授から大阪府知事となっていた憲法学者の黒田了一さん(故人)の革新府政に共鳴した。「共産党へ入党した79年は2期つとめた黒田さんが府知事選に敗れた時。がっくりきたことが入党の契機となった」

 国民金融公庫に就職し、3支店に勤めた。「10年目の節目にこのまま転勤を繰り返すのとは違う道を歩もう」と、故郷の田原本町に帰った。89年の町議選に初当選、3期つとめた。その経験から「住民の目線で仕事をすれば、住民はこたえてくれる」ことを学んだ。例えば、学童保育の運動。働く女性の間から「子どもが小学校に入ったら働けなくなる」という声が起きた。「親が面倒をみるのが当たり前」といった雰囲気の中、署名運動の輪が広がって、1年後には五つの小学校全部に学童保育ができた。

 「今度の総選挙は闘いがいがある」という。政権交代ができれば、共産党は「建設的野党」となって、党が掲げた政策が実現する可能性が高くなるとする。

 公庫時代に覚えた海での投げ釣りが趣味。「2メートルくらいのシイラを釣ったことも。でも、なかなか行けない。今はいろんな人と出会って話を聞くのが一番のリフレッシュ」と笑った。

◆地道に支持者拡大 吉川政重(よしかわまさしげ)氏(45)=民新 〈国〉

 29歳で県職員から香芝市議に初当選。3期つとめて県議となったが、任期途中で05年の衆院選に出て敗れた。「小泉劇場の逆風下で7万5千票を得たのを支えに、厳しい浪人生活を続けてきました」

 平日は毎朝5時に起きて、近鉄やJRの駅前に立ち、マイクを握る。昼は住宅地を歩き回って新たな支持者を広げる。4年間、地道な活動を続けてきた。今年正月、試みに車が渋滞する交差点や高速道路の上り口に立って演説した。「車は密室だからでしょう、私の方を見て笑ってくれるんです。意外に反応がよいのに気づいた」。以来、週2回は「駅立ち」から切り替え「辻立ち」を続けた。

 「山小屋でボケーとしているのが好き」で、趣味は山登り。仲間と西吉野の山に山小屋を作ったが、今年は1回行っただけ。「たまに二上山に登って汗をかき、すっきりする」のがストレス解消法だ。

 「党から活動費は出るが、生活費は貯金の取り崩し。妻の実家が農家で、米や野菜をもらっている。45年間、自動車整備業を営んだ両親の国民年金は月10万円に満たない。2年前から内職をしている。年金が生活の最低保障になっていない。これは我が家だけではない。何よりも庶民の暮らしを大事にする政治を目指す」と闘志をみなぎらせる。

◆企業経験を政治に 奥野信亮(おくのしんすけ)氏(65)=自前 〈公〉

 父、誠亮氏の後を継いで03年と05年の衆院選とも圧勝した。「今回は逆風が吹いている。麻生首相の解散の決断が10カ月遅れた。自民党のマネジメント(経営管理)、ガバナンス(統治力)がしっかりした態勢になっていない」

 自動車、物流の大企業で経営に携わった経験から、経営用語が口をついて出る。これまでは37年間の民間企業での経験を政治に生かすと主張してきた。今回も「経済知識、経営感覚、国際感覚」の豊かさをアピールするが、この4年間に進んだ民営化への反省も語る。「スピードが速すぎた。郵政民営化でも利便性が悪くなったという声を聞く。スピードをコントロールする必要がある」

 「私はサラリーマン生活をして、課長になり、部長になり、役員、社長というプロセスを歩んできましたから、国民の暮らしは肌で感じる。晩酌も焼酎。地方から来た国会議員に、東京で安くておいしい店を教えるのが得意技だよ」と笑い、庶民的な一面もアピールする。

 趣味は旅行。仕事の関係で国内外問わず回った。「民間時代に唯一、行ってなかったアフリカも国会議員になって行った。いろいろ社会経験を積んできたから、政治の世界でも間違いのない判断ができる」と胸を張る。

<4区>

◆国と地元に目配り 田野瀬良太郎(たのせりょうたろう)氏(65)=自前 〈公〉

 30歳で五條市議に初当選。県議を経て、5期連続で衆院選に当選した。04年には財務副大臣にも就任し、国会での存在感も増してきた。「本物の国会議員をつくるには10〜15年かかる。私もこれからが仕事のしどころだ」と話す。

 国会議員に求められる仕事は二つあるという。一つは、日本のかじ取り役。最近では、予算委員会の運営を仕切る理事の一人として、本予算と3度の補正予算を通した。「100年に1度の金融危機でも景気が底割れせずに、持ち直してきた。麻生さんもいろいろ言われるが、この功績は大きい」と評価する。

 もう一つは、地元の発展のため、予算をしっかり取って働くこと。京奈和自動車道の建設推進や、国産材の需要回復などに尽力してきた。

 「この二つをバランスよくすることが重要だ」という。

 政治家を目指したのは、ヒッチハイクで世界一周旅行をした大学時代。社会主義にあこがれ、まず旧ソ連に行ったが、昼間からゴロゴロして働かない人の多い現実に幻滅し、自由主義社会こそが、日本が進む道だと考えたという。

 趣味は登山。多忙な現在でも、年に2、3回程度は葛城山に登る。1時間半ほどで登り、缶ビールを1本飲むのが気分転換になるという。

◆山村崩壊解決狙う 大西孝典(おおにしたかのり)氏(53)=民新 〈国〉

 「はじめまして」

 昨年9月に立候補を表明し、初めて張り出したポスターには、真っ白な色でそんな言葉を記した。

 14年間にわたって前田武志氏(現参院議員)の秘書を務め、奈良4区内を熟知するが、一般的な知名度は当時ほとんどゼロ。「国にとっては早く政権選択の機会があったほうがよかったと思うが、私にとってはこの時期になって理想的だった」と話す。

 川上村のたった4軒しかない集落で生まれ育った。小学生の時から山に入り、家業の林業を手伝った。人生の転機は30歳。知人に頼まれ前田氏の選挙の手伝いをし、「そのまま秘書として居着いてしまった」という。

 立候補を決意した理由は二つ。政権交代を果たし、世の中の仕組みや税金の使い方を変えないと、日本の将来はないと思ったから。

 もう一つは、山村崩壊という現状を、当事者として解決していきたいからだ。「これまでの施策が機能しなかったから、こうなった。新しい施策をになうのは、現実をよく知る私がふさわしいのでは」と自負し、地方の思いを実現する政治家を目指す。

 自身の性格については、熟考したうえで「まじめ、には違いない」と話す。座右の銘は「誠心誠意」だ。

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