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主な候補者の横顔 和歌山2区

2009年8月21日

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(届け出順。氏名は原則として日常使用名。年齢は投票日現在の満年齢。〈 〉内の政党は推薦・支持。)

●紛争地域の活動原点 阪口直人氏(46) 民新〈国〉

 03、05年の総選挙で神奈川17区から、07年参院選では和歌山選挙区から立候補した。いずれも当選はならず、今回が4回目の国政挑戦となる。他陣営からの「落下傘」との批判には「両親とその先は海南市や紀の川市生まれ。和歌山2区は私のルーツ」と切り返す。

 大学卒業後に会社勤めをしたが退職。20代後半からは、カンボジアでの国連選挙監視ボランティアや紛争地域の復興支援活動など、国際貢献活動に明け暮れてきた。現場を目の当たりにし、「弱い立場の人に温かい社会をつくり、サポートしたい」。これが政治を志した原点だという。

 自転車で選挙区内を8千キロほど回り、マラソンにも参加するスポーツマンだが、「趣味は?」との問いに「今は政治活動だけ」。好きな言葉として「感謝の心」を挙げ、活動を通じて出会う人の温かい心に「人と話しているだけで感動する」と笑顔で話す。

 性格は「チャレンジ精神、ガッツがある」。関東地方に住んでいた時も阪神ファンを貫き、「反骨精神が強い」とも話す。独身で、支持者らから結婚をたびたび勧められるが、これには「お嫁さん募集中ということで……」と苦笑いする。

 目指す政治家に「個人で官僚と戦える人」として民主前職の長妻昭、馬淵澄夫両氏をあげる。紛争地域での活動でも「外務省の方は現場に来なかった」と振り返り、「官僚政治を変える」と強調。「官僚と戦うためにも、政治とカネの問題はわずかでも疑われてはいけない」とし、国会議員になっても企業・団体献金は受けない考えだ。

●「地方の声」を国政へ 石田真敏氏(57) 自前〈公〉

 海南市出身で、早大在学中に衆院議員の事務所入り。30歳で県議に初当選し、海南市長、そして02年の衆院補選で国政に転身と政治一色の経歴だ。小学生当時から、政治好きの父親とテレビの政治討論番組を見るなど、そのころから「政治は面白いなあ」。大学入学時には政治家を将来の職にと意志を固めていた。小中学校の同級生らから「言ってた通りになったな」と言われるという。

 「地元の要望」という言葉を繰り返す。地方自治の経験者として「『地方の声』を国政に届けたいという思いでやってきた。『地方分権』を掲げる大阪府や宮崎県の知事らと同じ気持ち」と注目度の高い知事を引き合いに国政での信条を強調している。

 家庭では1男2女の父親。今は財務副大臣でもあるが、毎週末に帰郷する。だが、家族で一緒に食事をする機会は限られ、結婚式に呼ばれると「『同じ釜の飯』を食べることは大切」とあいさつ。家族への電話を毎晩欠かさないという家族思いだ。

 市長時代には毎月のように行っていたゴルフも国政転身後はなかなか行けないという。自宅近くの打ちっ放しの練習場を訪れることが、寝ることとともにストレス解消になっているという。

 長年の座右の銘としては、誠実であるという意味で「至誠」をあげる。政治資金の問題でも、「日本の風土」から個人献金だけでまかなうのは難しいとしつつ、「(献金する企業から)長年応援してもらっても何も頼まれたことはないし、もし頼まれても何もしない」。きっぱりと言い切る。

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