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〈選択のとき 09総選挙〉争点を歩く:1 格差 生活ぎりぎり、安全網は

2009年8月22日

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 忘れられない言葉がある。

 5月、舛添厚生労働相は衆院予算委員会でこう答弁した。「母子加算を廃止しても平均的な生活ができる」

 山科区の辰井絹恵さん(46)は怒りのあまり、発言を伝えた新聞記事を切り抜いた。6年前に離婚。同じ頃に乳がんを手術し、後遺症から体調を崩した。いまも働くことができない。

 定時制高校に通う長男(18)との暮らしは、月16万円の生活保護が支えだ。

 長男は3年前に高校へ入学。家計が苦しくても進学を勧めたのは「楽しい思い出をつくってほしい」と思ったからだ。借家の家賃は月5万5千円。電話代や水道費などを支払うと、お金はほとんど残らない。

 学費を出すために自分は残り物ですませ、電気もなるべく使わないよう暗い部屋で過ごす。それでも「親子2人で生きていけることに感謝しています」と語る。

   ◇   ◇

 3年前、ぎりぎりの生活はさらに厳しくなった。長男が15歳になったため、月2万3260円が生活保護に上乗せされていた母子加算が1万5150円に減額。次の年には7500円に。そして長男が18歳を迎えた昨年、加算支給の対象から外れた。

 食費にも事欠く毎日。食事は3食ともおにぎり。長男のズボンは2本しかなく、破れても繕ったりあて布をしたりしてしのいだ。

 「母さん、修学旅行に行かなくていいや」

 今年6月。長男の言葉に戸惑った。「楽しみにしていたのにどうしたの。行くと決めていたでしょ」。息子は答えた。「お金がかかるから……」

 旅行に連れて行ったことはない。遊園地や行楽に出かけた友人からお土産をもらうたび、悲しそうな顔をしたのを何度も見ていた。

 「せめて修学旅行ぐらい行かせたい」。電話代と光熱費を翌月に2カ月分払うことにし、旅行代を工面した。息子に心配をかけた自分が情けなかった。

 「働ける体ならいくらでも働く。弱いところから切り捨てるなんておかしい」

 生活保護を担当する京都市のケースワーカーと話すたび、辰井さんは「多くの母子家庭に同じ思いはさせたくない」と加算の復活を訴える。だが、担当者の言葉はいつも同じだ。「国が認めていないので難しいですね」

   ◇   ◇

 やりきれない思いを抱え、辰井さんは3年前の夏、市に対し子どもの加齢に伴う加算の減額の取り消しを求めて提訴した。それ以来、毎月2回、地裁前で「最低限度の生活実現を」と書いたビラを配る。訴訟は今年5月に結審、12月に判決を迎える。

 国は4月から、母子加算を全廃した。民主、共産、社民、国民新の野党4党が提出した加算を復活させる生活保護法改正案は6月に参院で可決したが、衆院解散で廃案となった。4党は総選挙の公約や主張で母子加算の復活を掲げる。

 政権交代で流れが変わるかもしれないが、辰井さんは慎重だ。「母子加算が争点になったのはいいが、人気取りの公約なら意味がない」。投票日には、政策実現を真剣にめざす政党を選ぶつもりだ。

 「なぜセーフティーネットが切られたのか。政治家が実情を理解しなければ、いったん復活しても、いつかまた同じことが起きる」

 大切なものがある。

 7月。沖縄へ修学旅行に出かけた長男から電話があった。「母さん、何座だっけ」。笑顔で帰宅した息子の手には、シーサーと星座が描かれたストラップがあった。長男は秋から就職活動を始める。同じような境遇にいる子どもたちが、もっと笑える国になればと思う。

 (江戸川夏樹)

   ◇

 この国の行方を占う総選挙。暮らしに根ざした争点の現場を歩いた。

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