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〈政権選択 ひょうご 09夏・総選挙〉候補者の横顔:下 兵庫8区〜12区

2009年8月22日

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 <質問1>(1)なぜ、国会議員を志したのですか

 <質問2>(2)これまでの人生で、最も心に残った出来事はどんなことですか

 <質問3>(3)尊敬する人物はいますか。その理由についても教えてください

 <質問4>(4)休日はどのように過ごしていますか。また、趣味は何ですか

 (届け出順。氏名は原則として日常使用名。年齢は投票日現在の満年齢。カッコ内数字は当選回数。略歴の〈元〉以下は過去の経歴。▽は出身校)

◆8区 尼崎市

市来伴子氏(32) 社 新

 HP制作会社長・党兵庫県部長〈元〉衆院議員秘書▽関西学院大院

     *

 (1)大学院生の時、元衆院議員の北川れん子氏の事務所を手伝った。親と同じく牧師になるつもりだったが、選挙を間近で見るうちに、政治の世界で生きていきたいと思うようになった。

 (2)大学1年の夏、インドを1カ月間旅行し、生と死の境で生活する人を間近に見たこと。道ばたには死んでいるのか、眠っているのか分からない人がいた。日本人として何ができるのか考え始めた。

 (3)「アジア協会アジア友の会」創設者の村上公彦さん。人生を楽しみながら支援を続けている。

 (4)旅行が好きで、アジアは20カ国以上訪れた。人間の生に対してのエネルギーを感じる。

庄本悦子氏(55) 共 新

 党兵庫県委員〈元〉新日本出版社員・法律事務所職員▽法大

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 (1)差別問題や平和に関心があり、19歳で入党した。今の日本は暮らしがないがしろにされていると感じる。社会保障に力を入れ、国民を大事にする政治が必要だと思った。

 (2)大学卒業後の1年半、フランスに語学留学した。年金だけで悠々自適に暮らすことができ、家族を十分に養える失業保険もあるなど、当時の先進的な社会保障制度に驚いた。

 (3)不破哲三・共産党前議長。文学から音楽まで幅広い分野に通じ、ユーモアもある。

 (4)時代小説を読む。特に庶民の暮らしの機微を描いた藤沢周平の作品。

田中康夫氏(53) 日 新

 党代表・作家〈元〉参院議員・長野県知事▽一橋大

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 (1)霞が関の官僚が日本の政治を机上の空論で決めている。道州制についても、文化論を無視して機械的に分けようとしている。長野県知事時代の経験を生かし、国の制度を変えないといけない。

 (2)阪神大震災でのボランティア体験。社会に飛び込み、行動すべきだと教えてくれた原点だ。発生4日後に被災地入りしたが、「ハコモノ行政」の上に成り立ったインフラのもろさも実感した。

 (3)坂本龍馬やチェ・ゲバラ。か弱き人、愛する人のために既得権益をむさぼる守旧派と戦った。

 (4)人と会って話すこと。週1回ジムで運動をしている。「脱デブ宣言」をしろと言われている。

冬柴鉄三氏(73) 公 前 (7)

 党常任顧問・弁護士〈元〉国土交通相・党幹事長▽関西大

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 (1)弁護士として社会正義の実現を目指していた。だが、弁護士の仕事はどちらかといえば過去回顧的なところがある。政治家なら将来展望的な仕事ができると思い、党からの立候補要請を受けた。

 (2)終戦時に旧満州(中国東北部)でソ連軍の爆撃に遭い、母とはぐれた。1カ月後に再会できたが、衰弱していた母は間もなく亡くなった。戦争は二度としてはいけない。

 (3)創価学会の池田大作名誉会長。世界の平和を願い、核の廃絶も主張してきた。

 (4)妻との旅行。毎朝、自転車型トレーニングマシンをこいだ後、半身浴をするのも日課。

角出智一氏(43) 諸 新

 幸福の科学職員・幸福実現党兵庫県副代表▽関西大

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 (1)北朝鮮問題や不況など、国を取り巻く状況が大変なこの時期に、かじ取りを間違えば日本が二流国に転落するという危機感を抱いた。公立校のレベル向上にも力を入れたい。

 (2)阪神大震災。大阪市の自宅から自転車で被災地に入り、発生から約3週間、ボランティアとして支援物資を配ったり炊き出しをしたりした。人のために何かができることの大切さを実感できた。

 (3)松下幸之助。同じ和歌山県出身で、国民の生活を豊かにするために商売をした。

 (4)家族と過ごす。趣味はウエートトレーニングと水泳。20年以上続けている。

◆9区 明石市・洲本市・南あわじ市・淡路市

高木義彰氏(40) 諸 新

 幸福の科学職員・幸福実現党兵庫県副代表▽神奈川大

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 (1)故郷の新潟では拉致問題が深刻だった。大人たちが「冬の日本海で人がさらわれる」と言い、幼かった私も憤りを感じた。「拉致問題を何とかできないか」という思いが原点だ。

 (2)今の仕事に携わる過程で、多くの人の死と直面してきたこと。これからの自分の人生を、人のために使わなければならないと思った。人がより良く生きていけるように手助けしたい。

 (3)大川隆法・幸福の科学総裁。精神的支柱で、考え方を大きくしてくれた。

 (4)読書。1日1冊は読み、自宅に本が2千冊ある。今は経営書を読むことが多い。

西村康稔氏(46) 自 前 (2)

 外務政務官〈元〉衆院国土交通委員会理事・通産省職員▽東大

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 (1)高校1年生の時にJR明石駅前で政治家の演説を聞き、「国のために働くのはすごい」と感激した。通産省で働いていたが、「政治が変わらなければいけない」と思い、退職した。

 (2)初めて立候補した00年衆院選で落選したこと。借金を抱えてしまい、本当に「どうしようか」と悩んだ。良いことでは、米国留学中にアフリカを一人で旅し、大自然に感激した。

 (3)元首相の吉田茂と岸信介。吉田は経済成長を、岸は日米安保を成し遂げた。

 (4)映画を見ること。最近はチェコの短編映画「バイバイ、ママ!」が一番のお薦め。

宮本一三氏(77) 国 元 (3)

 〈元〉文部科学副大臣・金融再生政務次官・名古屋国税局長▽一橋大

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 (1)二十数年間にわたって大蔵省で働いた後、「引き続き国のために頑張りたい」と思った。国会議員になることによって、官僚よりも直接的に国の役に立つことができると考えた。

 (2)大蔵官僚だった時、米国の航空会社などが得をして、日本国民が損をするような問題が発覚し、反対した。「許せないことは許せない」と勇気を持って言うことが大切だと思った。

 (3)元首相の大平正芳。一橋大の先輩で官僚時代にかわいがってもらい、人間的にも尊敬している。

 (4)最近の趣味はマージャン。休日は半分、寝ている。テレビで政治や音楽の番組もみる。

◆10区 加古川市・高砂市・稲美町・播磨町

渡海紀三朗氏(61) 自 前 (6)

 〈元〉首相補佐官・文部科学相・党政調会長代理・党兵庫県会長▽早大

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 (1)サラリーマンの時、建設相などを務めた父が死去し、後継者として強く期待された。「やるからには全力を尽くそう」と決意。人とふれあい、子どもの笑顔を守ることが大事だと考えた。

 (2)96年に落選した時、支持者から「落として申し訳なかった」と謝られた。「こちらが謝るべきなのに」と、自分のおごりを思い知らされた。正しいことを貫くだけでなく、情も大切だと知った。

 (3)ケネディ元米大統領。自分のことより、国家への忠誠心が強かった点だ。

 (4)休日はDVDで映画鑑賞したり、野菜を作ったりしている。息抜きはカラオケ。

小村直弘氏(45) 諸 新

 幸福の科学職員・幸福実現党兵庫県副代表〈元〉第一生命保険職員▽京大

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 (1)北海道にいた小学生のころ、ソ連機が日本の領空を侵犯することに憤りを感じていた。北朝鮮のミサイル実験に対して、毅然(きぜん)とした外交姿勢をとる必要があると感じた。

 (2)子供のころ、炎天下で道路工事をするおばさんに氷を持っていった。自発的だったが、母から「おばさんが私に強要したのではないか」と疑われた。善意が誤解されることがあると知った。

 (3)聖徳太子。海外から技術と文化を取り入れ、調和させた。「和の精神」は世界の理想だ。

 (4)ごろ寝して好きな歴史書を読む。SF映画も好きだ。運動はウオーキングをする程度。

岡田康裕氏(34) 民 新

 党兵庫県常任幹事〈元〉経営指導社員・東大技術補佐員▽米ハーバード大院

     *

 (1)政治を知れば知るほど、社会が公平、公正でないことが見えてきた。特に若い世代にとって希望を持てる未来になっていない。2児の父親になって、その思いが強くなった。

 (2)前回選挙の出陣式の中で、妻が生後1カ月の長男を抱いていたシーンが焼き付いている。公のためだからと言い訳しながら、息子に謝っていた。社会にも家族にも責任を持つ難しさを感じた。

 (3)大学の恩師の柳沢幸雄先生。自分がやりたいテーマを考えさせ、導き出してもらった。

 (4)子どもと公園に出かけたり、家族で買い物したりする。気分転換にスーパー銭湯によく行く。

◆11区 姫路市(旧市区)

帽田智子氏(40) 諸 新

 幸福実現党兵庫県副代表・市民団体代表〈元〉英会話塾経営▽姫路短大

     *

 (1)07年から子どもをいじめから守る市民活動をしている。「いじめ防止条例」の制定を目指しているが、実現は難しい。政治家として取り組まなければと思っていた時、ちょうど党ができた。

 (2)出産。独身のころは、子どもよりも仕事で自己実現することを考えていた。子どもの成長を見ることはうれしく、この体験が教育問題にたずさわるきっかけになった。

 (3)大川隆法・幸福の科学総裁。抜群のリーダーシップ。生き方を書籍で教えてくれます。

 (4)休日は主に子どもの世話。映画が好きで、近年のベストは「ALWAYS 三丁目の夕日」。

戸井田徹氏(57) 自 前 (2)

 党兵庫県副会長〈元〉厚生労働政務官・内閣府政務官・厚相秘書官▽独協大

     *

 (1)国会議員の父の選挙を手伝った20代の時、地元回りで独り暮らしのお年寄りを訪ね、福祉の現状を目の当たりにした。東京では分からない現場の声を政治につなげることが重要だと思った。

 (2)99年、国会中に当時19歳だった娘が交通事故に遭ったと連絡が入った。幸い回復したが、娘はドナーカードを持っていた。臓器移植法改正案の採決は提供側のことも考えて悩んだ。

 (3)父の戸井田三郎。反骨精神があり、我慢強く堅実な生き方をした。目標であり手本だ。

 (4)今は休日はないが、釣りやゴルフ。最近読んだ本は、野口健さんの「確かに生きる」。

松本剛明氏(50) 民 前 (3)

 党行革調査会長〈元〉党政調会長・日本興業銀行員▽東大

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 (1)89年、日本興業銀行を辞め、防衛庁長官だった父の秘書官になった。グローバル化などで社会が大きく変わる中、政治も変わるべきだ。その現場なら一生をかける意味があると思った。

 (2)00年6月25日。総選挙で初当選した時。支えられて国会に送られることを実感した。「勝てる」と計算をたてた支援者はいなく、純粋な気持ちで一つになれた。私の原点だ。

 (3)母方の先祖の伊藤博文。明治維新以降の国際関係において、その洞察力は学ぶべき点が多い。

 (4)時間があれば本を読む。年間100冊くらい。宮台真司さんの「日本の難点」には共鳴した。

◆12区 姫路市(旧町区)・相生市・赤穂市・宍粟市・たつの市・市川町・福崎町・神河町・太子町・上郡町・佐用町

山田徳太郎氏(32) 諸 新

 幸福の科学職員・幸福実現党兵庫県副代表▽流通科学大

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 (1)4月に立党の話があって驚いたが、憲法9条改正の必要性などが分かってくるにつれ、既成政党にはできない、しがらみのない我々がやらねばならない政策だと考えた。

 (2)高校1年生の時、「太陽の法」を読んで幸福の科学に出会ったこと。子どもの頃、いじめられている子をかばって自分もいじめられた。それで宗教心を失っていたが、自分を取り戻せた。

 (3)空海。精神的、文化的な深みがあり、世界観が巨大でありながら、社会から遊離していない。

 (4)幕末明治維新に関する歴史の本を読んだり、2歳の子どもと遊んだり。映画鑑賞も。

河本三郎氏(58) 自 前 (3)

 党兵庫県会長〈元〉文部科学副大臣・党副幹事長・三光汽船社員▽日大

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 (1)エンジニアとして企業に勤めていたが、科学技術と教育の発展に貢献しようと考えた。播磨科学公園都市の整備などを中心に故郷のための仕事もできる。そこに魅力を感じる。

 (2)95年の阪神大震災。当時は参院議員だった。未曽有の大災害に直面し、その後も台風被害などを経験した。その結果、人と自然が共存することの重要性、命や家族の大切さを学んだ。

 (3)父の河本敏夫。「政治家は一本のろうそくたるべし」と、日本の将来のために人生をささげた。

 (4)休日はない。政治活動の一環で、山野を歩き回っていることが気分転換になっている。

山口壮氏(54) 民 前 (2)

 党次の内閣防衛副大臣〈元〉外務省国際科学協力室長▽東大

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 (1)国を立て直したい。外務省にいたが、三流の政治家と三流の外交が経済の足を引っ張っているのを見て、これでは国がおかしくなると思った。年金や医療、教育の制度の仕組みから変えたい。

 (2)学生のころ、日本と米国でYMCAキャンプの指導を経験したこと。生活習慣や言葉が違っても、必ず心がつながることを体験した。誰が相手でも、自分の考えを言えることが大事だ。

 (3)吉田茂。外交官の大先輩。日米同盟を戦略的に進める際、外交戦略の手本を見せてくれた。

 (4)自転車で播磨地方を駆け回っている。中国の古典を読む会を開催。たまにプロ相手にテニス。

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