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〈衆院選 主な候補者の横顔:4〉三重4区 森本哲生氏 田村憲久氏

2009年8月25日

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●森本哲生氏(59)民前 地元歩き、政策発掘

 05年の衆院選では、自民党への追い風の中、解散後の立候補表明で比例復活当選した。同期の1年生議員が少ない中、耐震偽装問題に関連して衆院国土交通委員会で10分間の質問をしたが、思うようにいかなかったという。この悔しさから、4年間で71回の質問につながったと語る。

 小沢一郎代表代行からは「地元を歩いたら政策が出てくる」と教えられた。選挙区をくまなく歩き、「飯南弁」の柔らかい口調で「国会議員のおっちゃん」として子どもたちにも知られる。

 「地方を回れば、年金、医療、介護、雇用の問題。暮らしに対する不安の声が一番多い」。地域の中心産業だった農林業の振興で、国内の消費を伸ばしたいと訴える。

 旧飯南町役場の職員を経て99年、県議選に立候補した際にも、400日以上地元を歩いた。体力の維持は趣味の野球。だが、この4年間地元と東京の往復を続ける生活で、満足に運動できなかったという。国会議事堂ではエレベーターを使わず、地下から4階まで、1日何度も階段を上り下りして体力維持に努めた。

 「政治は、権力に明け暮れて信頼を失った」と政権交代を訴える。座右の銘は、戦国武将・直江兼続の重んじた「義と愛」。「今、政治にそれが求められている」

○私の秘密

 (1)携帯電話の待ち受け画面は何ですか

 半年前に亡くなった弟の写真

 (2)験担ぎするときにする動作はありますか

 先祖や神様に手を合わせる

 (3)落ち込んだときの気分転換法とその理由は

 招かれた地域のイベント、催しで民謡や歌を聴いて楽しむ

 (4)三重県内で好きな場所とその理由は

 「なばなの里」。花や夜景を見ると安らぐ

 (5)小学校の時のあだ名は何ですか

 子どものころから「テッチャン」。高校時代は「オヤジ」

●田村憲久氏(44)自前 混迷の世、切り開く

 7月末の解散まで衆院厚生労働委員長を務めた。初当選の頃から厚生労働委員会に所属し、4期13年間、厚生労働行政とのかかわりは深い。昨秋の金融危機以降に噴出した派遣切りなどの雇用問題に対応するため、厚労委員長として、雇用保険法の改正や雇用調整助成金の枠を増やすなどの法案を手がけた。

 「政治は光の当たらないところに光を当てるもの」と語る。伯父である田村元・元衆院議長から教えられた。当時と比較して、社会的なインフラ整備が進んだ今、個人個人の生活に光を当てていくのが社会保障の分野だという。

 小泉改革で「自民党は地方に冷たくなった」との声には、「(地方に多い)低年金者の生活・医療・介護対策を整備する」と強調する。

 息抜きに歴史物をよく読むという。愛読書は「竜馬がゆく」。幕末の志士・坂本龍馬になぞらえ「混迷期になればなるほど龍馬のような人間が必要。自分も時代を切り開いて行きたい」と話す。

 44歳は党内では若手。今回の選挙では「古い体質の政治家に改革は期待できない」として世代交代を訴える。「超ポジティブ男」を自称し、かつてない党への逆風も「党内には、変われるマグマがたまっている。逆風もその噴出につながる」。

○私の秘密

 (1)携帯電話の待ち受け画面は何ですか

 娘の写真が3枚

 (2)験担ぎするときにする動作はありますか

 特にない

 (3)落ち込んだときの気分転換法とその理由は

 娘の寝顔を見ること

 (4)三重県内で好きな場所とその理由は

 松阪市伊勢寺町の松阪市森林公園。会社員時代、山林事業部に所属し山で仕事をしていたので山が好き

 (5)小学校の時のあだ名は何ですか

 「タムチャン」。国会では「タムノリ」

◇4区には、このほか諸派(幸福)の高良雄蔵氏も立候補しています。

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