信頼回復と再生のための委員会 第2回会合

朝日新聞社は、「信頼回復と再生のための委員会」を通じ、さまざまな形で読者のみなさまとの対話を進めています。いただいたご意見は、慰安婦報道など一連の問題で失われた信頼を回復するための方策に反映します。10月31日には委員会の第2回会合を東京都内で開き、社外委員の方々から豊富な経験に基づく多くの提言をいただきました。


朝日新聞の理念 問い直します

 委員会では、再生プランを話し合う出発点として、朝日新聞の存在意義と理念を見つめ直す必要があるとの提案がありました。
 当社は戦後まもなく、新聞づくりの基本精神を「朝日新聞綱領」として明文化しました。「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持(じ)してその中正を期す」などと記しています。起草時の記録によると「中正」の意味は、「なんらかのイデオロギーにとらわれず、しかも単純に結論をつけるのではなく、ひとつの問題をあらゆる角度から検討する。そのうえでの一つの結論ということだ」と説明されています。
 ただ、当委員会が開いた社員集会では、「綱領の精神が徹底されていなかった」と、綱領が一連の問題の歯止めになっていなかった実態を指摘する問題提起がありました。こうした声を受けて、委員会では、約4千人の社員一人ひとりが改めて「理念」を問い直す方法を検討しています。
 これに対し、ジャーナリストの江川紹子委員は「同じ編集部門でも、若手は『新聞業界に明日はあるのか』と不安に思い、中堅とベテランは、『社員である前にジャーナリストだ』という雰囲気。営業はまた違うマインドを持っている」と述べました。江川委員は「『理念』を検討する際には、原点つまり初心に帰ることも大事だが、これからの時代に朝日新聞があること、そこで仕事をする意義を考えていくことこそ大事だ」と話しました。
 弁護士の国広正委員は「存在意義の確認は大事な問題だが、それが自己目的化してはいけない。再生プランとのつながりをしっかり考えて進めてほしい」と指摘しました。
 社会学者の古市憲寿委員は「理念や存在意義を社内で議論するのは大事だが、まるで『自分探し』のようだ。時間をかけすぎてはいけない。ほかにもっとやるべきことがあるのではないか」と話しました。
 さらに会合では、朝日新聞の信頼度を数値的にはかり、今後の回復の度合いを点検していくことが必要だとする意見も出ました。

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 一連の問題を受けて委員会が先月開催した社員集会では、「会社の危機管理対応がひどい」との声が上がっていました。当時の編集幹部も「目先の『危機管理』ばかりを意識して、読者の信頼を傷つけてはならないという新聞社にとって最も大切な原点を見失っていた」と反省の弁を語っていました。
 企業の危機管理が専門の国広委員は、今回の慰安婦問題の特集記事や、その後の当社の記者会見などについて「内なる問題点を自ら認識し、自らの手で克服するために説明責任を果たすという視点が感じられなかった」と批判しました。
 国広委員によると、危機は自然災害など外的な要因によるものと、不祥事や製品の欠陥など会社の内部に原因があるものとに大別されます。このうち、社内で起きた問題への対応の基本は「説明責任を果たして社会的信用を回復することだ」と述べました。
 古市委員は「特集記事を掲載するとき、朝日新聞の社内に危機意識はあったのだろうか」と疑問を呈しました。
 江川委員は、ほかの新聞社がどのような広報対応をしているかを紹介しました。江川委員は「記事に対して外部からの指摘があった場合、ある新聞社では外からの視点で編集部門を厳しく調べるそうだ。広報部門が編集部門の仕事を厳しくチェックするなど、常日頃から外部の視点を取り入れる仕組みが必要だ」と述べました。
 志賀委員からは、日産自動車での製品リコール(回収・無償修理)の決定プロセスの紹介がありました。志賀委員は「リコールの実行は多額の費用を要することが多いが、その決定には一切経営判断が入る余地がないプロセスにしている。顧客の安全を最優先し、純粋に技術的な判断として品質部門の専門家チームが決定権限を持っている」と話しました。

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 社員や販売店などから委員会には「経営陣に社外出身者を入れるべきだ」「取締役のうち編集部門出身者の割合を減らすべきだ」との声が寄せられています。古市委員は「いまどんな人材が足りないのか、という具体的な議論が必要だ」と指摘しました。また、江川委員は「日産のゴーンさんが、まず社内の声を聞いたように、取締役は読者や社内の声を聞くべきだ」との考えを示しました。
 国広委員は「編集権の独立は大切だ。ただ、独立性を重視して編集部門が暴走することのないよう記者には高い倫理観が求められる。内部チェックの仕組みも大事だ」と話しました。 次回の第3回会合は15日を予定しています。


元の状態に戻さない努力が大切
 日産リバイバルプランにみる再生


日産自動車副会長・志賀俊之さん

 会合では、委員会の社外委員である日産自動車副会長の志賀俊之氏が「日産リバイバルプラン」による経営再建の実例を紹介しました。経営危機に陥った当時の日産社員と、今の朝日新聞社員の心理状態が似ていると指摘。朝日新聞社の社内委員は「最も必要とされているのは社員全員の当事者意識だ」と感想を述べました。
 志賀委員は「日常的に部門横断で作業する場を設けたり、編集部門とビジネス部門がもっと交流したりしてはどうか」と提案しました。

 志賀委員による説明の要旨は次の通りです。
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 1999年春にルノーからカルロス・ゴーン(現最高経営責任者兼社長)が来日した当時、日産は赤字が常態化し、有利子負債は自動車事業だけで約2兆円を超えていました。本社近くの居酒屋に行けば、社員が会社の悪口を言っている状態でした。当時の日産は財務体質の改善、現在の朝日新聞社は信頼の回復と抱える課題は異なりますが、朝日の社員集会で噴出した経営陣への不満の声などの資料を読むと、似た状態だと感じます。
 ゴーンはまず、約3カ月かけて世界中を回り、千人近くの社員に直接ヒアリングをしました。そのうえで「問題解決の答えは日産の中にある」と宣言します。部門横断的に中堅・若手社員を集めたクロスファンクショナルチームを、「事業の発展」「製造」「意思決定プロセス」などのテーマ別に9チーム結成しました。
 各チームは7月から9月まで夏休み返上で聖域なく議論しました。提案を経営陣に直接届けるボトムアップ形式にしたところ、居酒屋や喫煙室での悪口は、建設的な提案に結びつきました。そこで集まった数百件の提案のうち、実行可能な100件余りを整理したのがリバイバルプランでした。
 余剰になった工場の閉鎖、部品の調達先の絞り込み、不採算事業の売却など、提案の多くはもともと従業員が必要だと気づいていたことです。しかし、痛みを伴う改革でそれまで実行する力がなかった。それを経営陣の強いリーダーシップで実行し、翌年は黒字になりました。
 効果的なのは、すぐ目に見える対策です。一つは年功序列の破壊。ゴーンは積極的に若手を登用しました。従来型の年功序列の仕組みの中では、役員が間近な世代は保守的になって守旧派に回りがちな弊害がありました。若手を登用し、具体的な成果が出始めることで、バラバラだった社員がまとまり、変革への意欲が乗ってきたのです。
 リバイバルプランで成功した経験をその後も生かそうと、日産は2005年、何が変わったかを振り返り、自社が大切にする価値を明文化しました。その中で、最も大事な心構えとして挙げたのが「異なった意見・考え方を受け入れる多様性」です。クロスファンクショナルチームや、ルノーから移ってきたフランス人との日常的なやり取りを通じ、モノカルチャー(単一的)で官僚的だった日産が多様性のある柔らかな会社に変わりました。
 それでも、日産はすべてを変えたわけではありません。リストラや大幅なコスト削減をしても、電気自動車の開発など将来への投資は減らしませんでした。朝日も強みは軸にして、悪かったところを変えていくべきでしょう。
 しかも大切なのは、再生策を実行後、もとの悪かった状態に戻さないための努力です。企業は形状記憶合金のようなものです。昔の体質に戻ろうとする。のど元過ぎれば熱さを忘れるとならぬよう、一時的で終わらない経営手法として、定着させる必要があります。

<日産リバイバルプラン> 経営危機にあった日産が1999年3月に仏ルノーと資本提携し、同年10月に発表した再生計画。カルロス・ゴーン氏の主導で再建を果たした。



信頼される新聞をめざして

■ みなさまとの対話、重ねていきます


読者モニターと対話する杉浦信之前編集担当(奥中央)と西村陽一編集担当(奥右)=10月8日、朝日新聞大阪本社

 「信頼回復と再生のための委員会」は社内での論議や委員会審議と並行して、10月に大阪、東京の両本社で読者モニターの方々との対話集会を開いたほか、読者や購読を中止した方々にご意見をうかがう「車座集会」を開きました。
 東京都町田市の朝日新聞販売所「ASA玉川学園」で開いた車座集会では、読者から「正しい情報を得られると思って毎日読んでいたので、大変ショックだった」(20代女性)、「慰安婦問題は早く修正すべきだった」(50代女性)などのご指摘がありました。「問題が起きてから委員会をつくるのでなく、定期的にチェックする機関を置くべきだ」(60代男性)とのご提案もありました。当社取締役で前編集担当の杉浦信之は「一連の問題で、私たちの思いと、読者のみなさまが紙面を見て感じることにズレがあったと思い知らされました」と謝罪しました。


紙面を見ながら「車座集会」に臨む読者の男性=10月25日、東京都町田市のASA玉川学園

 別の60代男性が「自信を失っているのではないか。権力と対峙(たいじ)する原点を示してこそ再生の道がある」と述べたのに対し、委員長代理で当社取締役編集担当の西村陽一が「縮こまっている印象を与えたとすれば反省します。権力監視の姿勢に揺るぎはありません」と答えました。
 購読を中止した方からは「キャンペーンを進めるあまり間違いを直すことを躊躇(ちゅうちょ)したのではないか」(60代男性)との指摘や、「新聞は影響力が大きいことを自覚して」(40代男性)、「反省してもらうため購読を止めた。取り組みを見守る」(50代女性)との声がありました。
 委員長で当社上席執行役員の飯田真也は「貴重なご意見をいただきました。会社全体で再生を考えていきます」と述べました。
 車座集会は今月、大阪府豊中市内のASAでも開く予定です。

■ 大阪、東京の両本社で開催した「読者モニターとの対話集会」でいただいた声
  • 池上彰さんのコラムの掲載見合わせは、新聞として言いわけのしようがないことだ(大阪府の60代男性)
  • 記事取り消しによって、新聞が絶対正しいわけでもなかったんだと感じた(兵庫県の50代女性)
  • 読者の混乱を心配して池上さんコラムの掲載を見合わせたとのことだが、読者をもっと信頼してほしい(京都府の20代男性)
  • 慰安婦報道と吉田調書の記者会見は分けてやったほうがよかったのではないか(大阪府の20代男性)
  • 「信頼回復と再生のための委員会」がすべきことは、朝日新聞らしさを取り戻すことだ(千葉県の80代男性)
  • 分析とか、比較検討とか、考える材料をなるべく多く提供してくれるような記事を望む(神奈川県の50代女性)
  • 吉田調書報道は、ある文言だけ取り出して、全体的に見ていなかったような感じがある(神奈川県の60代男性)
  • 慰安婦報道で、吉田清治氏の証言について疑問が生じた段階で、なぜ深く分析しなかったのか(埼玉県の60代男性)
  • ふだんの朝日新聞の体質を変えなければ、一連の問題のことは解決しないのではないか(東京都の20代女性)
  • 慰安婦報道や吉田調書報道以外でも、結論ありきの記事が多いと感じる(茨城県の30代女性)

■ 第三者機関の提言を受け、再生プランを作成します

 当社が進めている信頼回復に向けた取り組みについて説明します。
 東京電力福島第一原発事故をめぐる吉田調書報道については、常設の第三者機関である「報道と人権委員会(PRC)」が調査しており、今月中には見解が公表される見通しです。
 また慰安婦報道については新たに設置した「第三者委員会」(委員長・中込秀樹弁護士)に検証をお願いしました。有識者の方々が過去の報道や池上彰氏連載の掲載見合わせ問題、慰安婦報道の国際的な影響などを対象に、関係者のヒアリングを進めつつ審議を重ねています。途中経過は非公表となっており、調査が終われば、提言を含めた報告書が公表されます。
 当社はこの二つの第三者機関の検証結果をしっかり受け止め、その提言を土台に全社的な再生プランをつくって実行していきます。
 再生プランを作り、確実に実行していくためには、編集部門に限らず、社内の全部門を横断した取り組みが必要になります。そのために全社組織として設けたのが「信頼回復と再生のための委員会」(委員長・飯田真也上席執行役員)です。外部の厳しい視線を反映させるため、4人の方に社外委員をお願いしました。
 信頼回復・再生委は、読者のみなさまをはじめ販売や広告関係など外部の方のご批判やご意見もうかがい、そこで出た内容をもとに再生のありかたを話し合っています。そうした取り組みを紙面で紹介します。


(朝日新聞 2014年11月4日 朝刊11ページ 東京本社)