信頼回復と再生のための委員会 第3回会合
朝日新聞社は「信頼回復と再生のための委員会」を通じ、読者のみなさまをはじめ社外からのご意見をうかがっています。組織の体質的な課題を洗い出す社内議論も進めています。慰安婦報道など一連の問題で失われた信頼を再び構築できるよう、こうした取り組みを再生プランづくりにつなげてまいります。
車座集会で意見を話す女性=22日、大阪府豊中市
「信頼回復と再生のための委員会」は22日、大阪府豊中市の千里朝日阪急ビルで「車座集会」を開き、長年の読者や、一連の問題で購読を中止した方々にご意見をうかがいました。東京都町田市に続く2カ所目の開催で、今回は朝日新聞千里販売のエリアにお住まいの14人にご参加いただきました。
集会では、まず慰安婦報道について発言をいただきました。20代の大学生の女性は「私たち若い世代では新聞よりツイッターなどSNSの方が身近。でも新聞記事は信頼度が高いと思っていたので、長い間、誤った記事を掲載していたことに驚いたし、信頼できないと思った」と話しました。
当社の対応について「もう1回取材し直して、どこが間違いで、どこが正しいのかきちんと示すべきだ。国際問題になっており、世界に発信してほしい」(60代男性)、「記事を取り消しても慰安婦問題がなかったということではない。そこを明らかにして報道してほしい」(70代男性)というご意見がありました。50代の女性は「間違いが分かったときどうするかが問われている」と話しました。
池上彰さんのコラム掲載を一時見合わせた問題に関しては、60代男性が「この件で購読をやめた。朝日新聞は元々、おごった人や組織、権力者に的確な批判をしてきたが、いつの間にか朝日新聞自身がおごった組織になってしまった」と指摘しました。東京電力福島第一原発事故の「吉田調書」報道については、別の60代男性から「慰安婦報道もそうだが、企業の存続が許されるのかというくらいの問題。企業として社会的責任の自覚が足りない」とご批判をいただきました。
また、別の60代の男性からは「最近の朝日新聞は覇気がない。萎縮を感じる」と指摘があり、委員長代理で当社取締役編集担当の西村陽一が「権力監視という使命は、従来と変わらず果たしていくつもりです」と答えました。
今後の改革や新聞づくりについては「社内でものが言いにくくなっていたのではないか。企業体質を徹底的に改革すべきだ」(70代男性)、「市民の声を反映し、みんなに身近で愛される新聞にしなければならない」(別の70代男性)といった注文がありました。当社大阪本社編集局長の池内清は「みなさまの声をいただいて現場に行って調べてみるという新聞の原点に戻り、今回が最後のチャンスだと思ってもう一度取り組みます」と話しました。
委員長で当社上席執行役員の飯田真也は「お叱りには返す言葉もありません。一方で朝日新聞への期待が大きいことも感じました。みなさまの期待に応えられるよう、再生に向けて必死にもがいていきます」と述べました。
若手社員らも問題提起し議論しています
意見を述べる社員=8日、東京都中央区の朝日新聞東京本社
委員会は、当社の信頼回復、再生に向けた取り組みの当事者である社員が、提案を出し合い、議論する集会を開催してきました。
特に社の再生に長く関わることになる20~30代の社員の考えを重視。記事を書いたり見出しをつけたりする編集部門や、営業、管理、技術など編集以外の業務を担うビジネス部門の若い社員たちが討論会に参加し、信頼される会社になるためには何をすべきか話し合いました。
名古屋本社では、記者16人が社会学者の古市憲寿・社外委員と議論。事件事故の取材時に「遺族が嫌がっているのに(被害者の)顔写真を入手することに葛藤がある」との発言があったほか、「社内の常識の中に世間の非常識が数多くある」などと問題提起しました。そのうえで、若手中心で社員の意識や報道のあり方などを定期的に考え、経営陣に意見する政策チームの創設を提案しました。
古市氏は「古い組織のおかしなところは、若手や中堅にしか気づけないことが多い。若手の声を届けるのは必要」と話しました。
東京本社では編集部門から約30人が参加。「硬直化している旧来型の体質」改善が社の再生につながるとして、育児や介護を抱える社員でも中心的役割が担えるような「『働き方』に関するプロジェクトチームの立ち上げ」など具体的な提言が出ました。一方で、編集部門の「ビジネス常識の欠如」「危機感のなさ」を指摘し、意識改革を訴える発言もありました。
ジャーナリストの江川紹子・社外委員は「社内だけでなんとかしようとしているように感じる。社外の人を交えて考えることも大事」と助言しました。
大阪本社では、社員有志が10月、自発的に立ち上げた「紙面魅力アップ・ワーキンググループ」の紹介がありました。グループでは複数回にわたって、多い時には約30人が議論しました。そうした取り組みを通じて、記事に対するみなさまの質問に記者らが直接答える「Re:お答えします」という紙面企画が始まりました。
グループに参加している記者は「大きく損なわれた信頼を取り戻すにはどうしたらいいのか、従来型のトップダウンではなく、ボトムアップで議論している」と説明しました。
編集部門とは別に東京と大阪で開いた集会に出席したビジネス部門の若手社員たちは、「他社の不祥事は徹底的に追及するのに自分には甘い」など、読者や取引先の方々から受けた指摘を報告。「社員全員に危機意識が浸透しないと会社は変わらない」として、社員が部門の枠を超えて一丸となり信頼の回復に取り組む重要性を強調する声が多く出ました。
本社「吉田調書」報道、「報道と人権委員会」の見解受け議論 |
編集部門の改革に取り組みます
第3回会合で意見を交わす社外委員ら
「信頼回復と再生のための委員会」の第3回会合が、15日に東京都内で開かれ、編集部門の改革について議論されました。話し合いは、東京電力福島第一原発事故にかかわる「吉田調書」報道をめぐって当社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)が出した見解を踏まえて進められました。この日は海外出張中の社会学者・古市憲寿委員を除く3人の社外委員と4人の社内委員らが出席しました。
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■ 取材の姿勢や態勢
PRC見解は吉田調書報道について「取材が尽くされておらず、公正性と正確性に問題があった」と指摘しました。見解を受けて、当社は編集部門の改革原案を示し、調査報道のあり方や、訂正報道の見直しなどについて論議しました。
ジャーナリストの江川紹子委員は「社会を変えなければ、という『使命感』のあまりに、物事を単純化したり、『朝日仕様の眼鏡』をかけて事実を見たりしていないか、記者たちは考える必要がある」と述べました。そのうえで「紙面を考える会などを作って、部局横断的に記事の検証などをしてはどうか」と提言しました。また、PRC見解は、特別報道部の取材チーム編成のあり方を検討すべきだと指摘しています。江川委員はこの点について「取材テーマを持つ人が、一時的に日常業務から外れて取材に集中する流動的なグループにしてはどうか」と提案しました。
弁護士の国広正委員は、「PRCが指摘した『ストーリー仕立ての記述』を生む要因は、使命感や思い込みが強すぎて記者の職業倫理による自制が働かないためではないか」と述べ、「吉田調書の記事は、このような流れの当然の結果で、偶発的・例外的な事象ではないと考える」との分析を示しました。
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■ 訂正記事のあり方
PRC見解は、報道後の対応について「批判が出た段階で検証が必要だ」と、迅速かつ的確な対応の必要性を指摘しました。委員会では、記事に対して外部から誤りなどの指摘があったときに、どのように適切に対応すべきかについても話し合われました。
江川委員は、(1)訂正と反論を積極的に掲載する(2)誤報こそ読者目線で認定する――などを提言。「誤報欄を新設して、誤報の原因も掲載すべきだ」と述べました。一方で、「意図的、悪質な訂正や誤報以外は記者を処分すべきではない。積極的な訂正はむしろプラス評価するぐらいの姿勢が必要だ」と話しました。
国広委員も「訂正は恥ではない。訂正は信頼のもとだと考えるべきだ。他方、会社の体質から生じた誤報については一線の記者だけに責めを負わせてはならない」と述べました。
こうした指摘を踏まえ、委員会では訂正記事をもっとわかりやすく丁寧な記述に改めることの必要性や、訂正記事を出すにあたっての意識改革の問題などが話し合われました。
当社側からは、一連の問題の後に紙面づくりの責任者であるゼネラルエディターに就任した長典俊が「ファクト(事実)に謙虚に向き合い、事実と論とを峻別(しゅんべつ)し、読者の目線でどのような印象を持たれるのかを意識して記事を書くように指示しています。検証に堪えうる記事にするということを意識しています」と取り組みを説明しました。
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■ 「読者」のとらえ方
第3回会合の前日の14日、当社の臨時取締役会が開かれ、社長の木村伊量(ただかず)は12月に辞任することを決めました。辞任の弁の中で「再生をめざす道筋はつきつつあると判断し、経営トップの交代を行うこととしました」と述べました。
これに対し、日産自動車副会長の志賀俊之委員は「道筋がつきつつあるとは全く思わない。危機感の欠如ではないか」と批判しました。志賀委員は「本当に公正な記事を書く会社になればと思って社外委員を引き受けている。経済界の知人からは『ウソつき新聞をなぜ助けるの』とまで言われた。そこまで評価が落ちていることを認識してほしい。小手先ではなく芯のある改革でなければ信頼回復はできない」と話しました。
国広委員は「朝日新聞関係者が『読者の信頼を回復する』という場合、購読者を指している場合が多いように感じる。しかし、それでよいのか」と問題提起しました。国広委員は「コアの読者層以外の人を見ていない。想定すべき『読者』とは、朝日に批判的な人も含むもっと広がりのある層の人たちだという意識をもって取り組むべきだ」と話しました。
PRCの見解要約 |
朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)=キーワード=が、「吉田調書」報道についてまとめた見解の要約は次の通りです。
PRCは「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」と判断。報道後も批判や疑問が拡大したにもかかわらず、危機感がないまま迅速に対応しなかった結果、朝日新聞社は信頼を失ったと結論づけました。本社が記事を取り消したことは「妥当」としました。
本社は記事を取り消した9月11日、報道について見解を示すようPRCに申し立てていました。
PRCは、1面記事「所長命令に違反 原発撤退」(東京本社発行最終版)について、(1)「所長命令に違反」したと評価できる事実はなく、裏付け取材もなされていない(2)「撤退」という言葉が通常意味する行動もなく、「命令違反」に「撤退」を重ねた見出しは否定的印象を強めている――と指摘。
吉田調書には、指示が的確に伝わらなかったことを「伝言ゲーム」にたとえたほか、「よく考えれば2F(福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った」という発言もありましたが、記事には掲載しませんでした。PRCは「読者に公正で正確な情報を提供する使命にもとる」としました。
2面記事「葬られた命令違反」については、「吉田氏の判断に関するストーリー仕立ての記述は、取材記者の推測にすぎず、吉田氏が述べている内容と相違している」と指摘しました。
一方、吉田調書を入手して政府に公開を迫り、原発の重大事故への対処に課題があることを明らかにしたことは「意義ある問題提起でもあった」と評価しました。
PRCは取材過程や報道前後の対応も検証。情報源の秘匿を優先するあまり、調書を読み込んだのが記事掲載の直前まで2人の記者にとどまった▽紙面製作過程で記事や見出しに疑問がいくつも出たのに修正されなかった▽上司たちが取材チームを過度に信頼し、役割を的確に果たさなかった――などの問題点を指摘しました。
他のメディアなど社外からの批判と疑問を軽視し、行き過ぎた抗議を行ったとして、編集部門と広報部門のあり方を見直すよう提言。調査報道をより組織的に展開するための改革を求めました。
またPRCは、朝日新聞の総合英語ニュースサイト「AJW」に「東電の所員の9割は命令を無視して福島原発から逃げた」という見出しが掲載され、海外にも誤解が広まったと指摘しました。
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PRCの見解を受けて、朝日新聞社は記事データベースに収録された関係記事の内容を改めて精査し、「取り消し」や「訂正」など必要な対応をとります。対象にはAJWの掲載記事も含みます。
(朝日新聞 2014年11月25日 朝刊11ページ 東京本社)
◆キーワード 報道と人権委員会(PRC)
朝日新聞社と朝日新聞出版の記事に関する取材・報道で、名誉毀損(きそん)などの人権侵害、信用毀損、記者倫理に触れる行為があったとして、寄せられた苦情のうち、解決が難しいケースを審理する常設の第三者機関。朝日側は調査結果の「見解」を尊重する、などと定めている。現在の委員は、早稲田大学教授(憲法)の長谷部恭男氏、元最高裁判事で弁護士の宮川光治氏、元NHK副会長で立命館大学客員教授の今井義典氏。