「信頼回復と再生のための委員会」
第4回会合 主なやりとり

日時  2014年11月30日(日) 9:00~12:30
出席者 <社外委員>   江川紹子さん、国広正さん、志賀俊之さん、古市憲寿さん
    <社内委員>   飯田真也委員長、西村陽一委員長代理、藤井龍也、高田覚
    <オブザーバー> 五味祐子さん、渡辺雅隆、後藤尚雄、長典俊、池内清(以下、敬称略)


【司会】 これから第4回目の会合を開きます。社内委員の交代について説明します。経営の新体制が固まった関係で交代しました。持田福地が交代し、後任に高田藤井が務めさせていただきます。

【藤井】 経営企画担当、グループ政策担当、それから電波ネットワークと不動産の担当をしております藤井龍也と申します。信頼回復と再生のための委員会では活発な論議をして、タブーのないような論議をどんどん深めて、再生のためのプランに結びつけていきたいと、そのように思っております。どこで苦しみを味わい、それから立ち上がるかまで見えていないので、今日から出席させていただきまして、皆さんと論議を深めていきたい、そのように思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

【高田】 1984年の入社で、岐阜、新潟を経て、基本的には経済記者を務めてまいりました。昨年の6月に発足しましたメディアラボという組織を担当しております。メディアラボは、この一連の問題が起きる前から、朝日新聞社、あるいは新聞業界が置かれている現状を打破するために、新しい事業開発、あるいは新しい情報発信の方法に挑戦する実験的な組織として発足して、現在まで活動を続けており、二十数人のメンバーでいろいろ新しいことにチャレンジしています。
 今度、私が福地の後任として、社長室、それから広報担当を担当することになりました。現在、この信頼回復・再生委員会でいろいろご審議いただいている内容につきましては、いただいた資料などで今、読み始め、しっかり勉強しているところです。来週、12月5日には臨時株主総会を開いて、渡辺新社長以下の新体制が発足します。私は広報担当として、いろいろな発言をさせていただくということをご了解いただければというふうに思っています。

【国広】 びっくりしている。社内委員が代わっているということに。突然、今日来たらこうなっている。誤解を与えないように申し上げておきますけど、藤井さんや高田さん個人がどうだという話ではない。考え方としては、従来の委員の方が取締役でなくなっても続けて委員をしてもいいわけだし、新しい社内委員に交代するということもあるだろう。いろいろな考え方があると思う。しかし、なぜその議論がなされないまま委員が交代してしまうのか。社内委員だから社内だけで決めていいという発想だと思うが、この委員会は社内外の委員が一体の委員会であるはずなので、委員の交代についてどのように考えるのかという社外委員も含めた議論が事前にあってしかるべきだ。手続的な問題が大きいということだ。この委員会を単なる飾りにするのではなく、実質的に尊重しているということはよく分かっている。渡辺次期社長もずっと来ている。ただ、これは朝日新聞の危機管理のいろいろな局面に共通して見られることなのだが、意図と行動が非常にちぐはぐになっている。説明責任が果たせていない。「何ゆえにこのように代わるのか」の説明がない。手続の適正、プロセスを経た上でこうなるといった、プロセスの透明化がない。「もうさんざん我々は危機管理に失敗しているよね」と言いながらも、ここでまた同じような失敗を繰り返しているということ自体、極めて大きな問題。プロセスの透明性に対する理解が全く欠けているところに、私は、再生への道が遠いと感じる。
 別に私たち社外委員の顔を立てろなどと言っているわけではない。我々は社外のステークホルダーの代表のつもりで話をしているわけだが、「社外のステークホルダーのご意見を伺います」と言っておきながら、極めて重要な委員の変更については社外のステークホルダーを全く意識しておらず、事前通告もなく、来たら後任が座っている。このような点について、極めて問題が大きいことを、指摘しておきたいと思う。

【江川】 同じ流れだと思うが、次の会合にどういう議論を提起するかも大事な問題。今日は「社員の意識・会社の体質」、それから「編集のあり方」をもう一度やるという認識でいたら、昨日になって「再生プランの実行組織とモニタリング」までやると。こちらもそれなりに資料を集め、準備をして議論に臨みたいと思って今まで臨んできた。ところが直前になって変わったと言われた。昨日は私、ずっと1日出ていたのだけれども、丸1日暇だったら対応できたかもしれないが、そうとは限らない。ただ当日来て、皆さんの発表を聞いて感想を述べればいいのか? やっぱりそうではない会合だと思って私は今まで参加してきたし、そのつもりで取り組んできた。社内委員・社外委員が一体となって真面目に議論するということを、もう一度ここで確認してほしい。

【司会】 事務局の不行き届きです。十分注意して取り組みたいと思います。

【国広】 単に事務局の不行き届きなどではない。委員の交代については事務局が決めたことではないだろう。また、「議案については事前にしっかりと検討する時間を与える」と委員会として決めた。

【西村】 国広さんが冒頭におっしゃったことについてはお詫び申し上げます。再生委員会の議論をまとめた後に、実行に移す体制が極めて重要であるという点が1つあります。ご存じのように、新しい体制を発足させる運びとなりました。今後、再生策を執行する観点から藤井、広報・危機管理を担当する高田を入れるということになりました。新旧委員一体となって取り組むことに変わりありません。江川さんご指摘の件は、前回の議論を受けて東京本社編集局のデスク、部長らが編集改革について議論を始めました。議論の集約の過程にあります。説明がなかったことはお詫びをします。社内外の委員が一体となって議論する姿勢に変わりありません。

【国広】 一生懸命考えて実行するということと、それをどのように手続的に透明化するかということは、分けなきゃいけない。朝日新聞に決定的に欠けているのが透明化だ。委員が求めれば求めたものは出てくる。しかし、繰り返し申し上げているが、例えば今、西村さんがおっしゃったような編集の会議をこんなふうに今やっているなどの、インプットがない。ぜひ、きちんとやっていただきたい。

【江川】 そういう集会をやっていると全然知らなかったが、最初の集会と、社員がどう変わったかは大事なことだと思う。それを把握した上で、じゃあ、せっかくこういうふうに変わっているんだから、それを後押しできるような改革ができないかっていうことがここで議論されたら、より効果的だと思う。その辺もお願いしたい。

【飯田】 国広委員江川委員ご指摘のとおり、委員の交代のしかるべき手続がなかったことを委員長としてお詫び申し上げます。今、お二人のご指摘そのものが朝日新聞社の体質であると思いますので、新たに委員になった藤井高田を含めて、まだこの委員会も今日が4回目で、さらに7回までありますので、大きな問題提起というふうに捉えて、朝日新聞体質そのものを改めてまいりたいと思います。よろしくお願いします。

【司会】 先日来、若手集会があり、参加された社外委員から発言があると聞いています。発言いただいた後、審議に入る形をとります。

【古市】 若手集会に4回参加した。そこでの若手社員と討論したことの、彼らの発言のメモと、そこで僕が感じたことを、ちょっと共有させていただきたい。多分、多くの点は、ここにいる社員の方はもう既に分かっていること、分かっている問題点ばかりだと思う。それでも、なぜそれがうまく機能していないのかを聞けたらいいなって思っている。
 5つの点についてそれぞれ話していきたいと思うが、まずはこの委員会報告書に対する要望が多くの若手社員の方から出ていた。今回の委員会にしても、委員会の報告書にしても、つまりアリバイとして出しただけで終わってしまうのではないか、報告書としてきれいなことを述べるかもしれないけれども、それがその後も守られるか心配という声があった。
 確かに報告書を出すとか、この委員会でできることっていうのは、時間とか資源とかさまざまな制約があると思う。ただ、できるだけ後から、第三者なり、社内なり社外の違う委員が検証可能性を高めるために、できるだけこの報告書という、この委員会としてまとめるものが、第三者が確認しやすい内容にするべきだろうと僕は思った。

 次に、朝日新聞の働き方に対する要望を述べる社員の方がすごく多かった。一番多かったというか、よく聞かれた不満というのが、画一的なキャリアパスに対する不満だ。つまりいろいろな、こういう仕事をしたいとか、こういう部門で働きたいという希望が、なかなか通らなかったりする。キャリアパスが画一的だと言う。つまり今の人事制度というものが、入社時から60代までこの朝日新聞という会社で働き続けることが前提になっていすぎると思う。朝日新聞の記者は数千人と聞いているけれども、いい意味で名前が知られている記者、プロフェッショナルが、その割には少ないように感じる。悪い意味で世間に名前が知られた人が今回の事件で結構いたけれども、いい意味でのプロフェッショナルがあまりいない。多分、新人時代は警察回りなどで終わり、一人前に記事が書けるようになるまでに時間がかかる。結果的にはこの朝日新聞の人事制度というものが、そういう記者のプロフェッショナル化を阻害しているんじゃないかな、と思う。
 池上彰さんがこれだけ人気があるのは分かるが、本来は池上彰さん的な人物が朝日新聞から出てもいい。数千人もいる会社なんだから、そこの中に何人も、割合的にはいてもおかしくないと思う。でも、その部分を外部の池上さんという独立したジャーナリストに依存せざるを得ないのは、多分何らかの社内の仕組み、特に人事の仕組みに問題があるのではないか。

 次に、女性に関する問題。特に女性社員の方からは、朝日新聞って紙面では女性の活躍とか、そういうことに対して応援的であるにもかかわらず、社内の仕組みが全くそうはなっていないのではないか、という意見が多く聞かれた。経営層に当然女性が少ないし、まさに今日この部屋を見渡してみても、中高年の男性ばかりいて、女性があまりいないというのはその通りだと思う。結局会社の中枢に入ってしまうのが仕事人間タイプ。確かにその論理も一方では分かるが、ただ、もしも新聞というものが社会をリードする立場にあるとするならば、そういう先進的な制度をどんどん取り入れてもいいかなと思う。つまり高度成長期においては、確かにバリバリ働く男性が日本を引っ張ってきた。その時代はその時代でよかったとは思うけれども、今明らかにその時代が変わりつつある中で、もう少し労働時間の問題にしても休暇制度にしても育休制度にしても、もう少し、逆に朝日新聞だからこそできるような先進的な制度というものを取り入れてもいいんじゃないかっていう意見が多く聞かれた。
 朝日新聞の社風、体質に対する要望というのも多く聞かれた点だ。この委員会でも何回か話題になっているが、特ダネとか速報性に対する偏重主義は、本当にこれでいいのかということに対して、若い、年次が低い記者ほど問題意識として持っている。本当に特ダネを目指す必要があるのか、あとは他社に抜かれるかもしれない不安、本当に速報に意味があるのか。特に、僕自身も感じていることではあるが、新聞と速報性ってもはや相性が悪くなっている。昔であればメディアが限られていたから、新聞にも速報性が大事だった時代があったかもしれない。でも、もはや今はインターネットもテレビも、これだけ情報を入手するチャンネルがたくさんある時代において、本当に新聞というものが速報性をいまだに重視する必要があるのか。
 この委員会でも出たけれども、報道内容を他社と比べるって、やっぱりどうしても新聞社の論理、新聞社のつくり手の論理だと思う。通常の読者は新聞の読み比べなんてことはしないし、特ダネを報じた新聞社など覚えていない。むしろ記憶に残るのは特集とか、読み物記事、今月であれば朝日新聞のLGBTに関する記事であるとか。もしくは朝日新聞以外の媒体であっても、NHKだったら無縁社会とか老後破産とか、そういう特集こそ実は世の中にインパクトを与えている。
 例えばデジタル版の担当の方が、デジタル版であっても、実はPVを獲得するのは特ダネではなくてドキュメンタリーだというデータを紹介していた。新聞に速報性を求めている人がもはや少なくなる中で、14版の廃止であるとかワーク・ライフ・バランスに考慮しながら、特ダネ偏重主義、速報主義に見直しをかけた方がいいのではないかと個人的にも思った。
 あとはメディアスクラムに関する問題。朝日新聞社内の取材マニュアルなどでは、「そういうことはしません」「ちゃんと人権に配慮します」「ちゃんと犯罪に巻き込まれた被害者・加害者両方に対して制約をもって行動・取材します」ということが宣言されているけれども、実際はそうなっていない。この問題に関して、社内ではいろいろな新しい宣言はされるけれど、実際の記者の行動を見てみるとあまり昔と変わっていないことに対して、すごく心を痛めている若手社員が多かった。
 そして社内組織の問題。重複している組織が多い、縦割りであるとか、本当に本社が4つ必要なのかとか、本社内、本社間での無駄な縄張り争いの話がたくさんあった。名古屋所属の記者が書いているから、この記事は大阪版には載せられないとか。もちろんある程度、規模が大きい朝日新聞という会社なので、4本社制なり、社内のそういう仕組みをすぐに変えることは難しいとは思うけれども、ただ少なくとも現在の制度、なぜ4本社制がこのような形で維持されているのか、それによってどんなメリット、デメリットがあるのかの検証ぐらいは、もう少しちゃんとしてもいいのではないかと思った。

 続いて、今度は社内の仕組みではなくて、朝日新聞の紙面に対する具体的な要望について話したい。
 まず朝日新聞の紙面について、手にとってもらうことを前提としていないようなレイアウトではないか、読者の方を全く向いていないレイアウトなのではないかという議論があった。そもそも日本の新聞って、大きい新聞はどこも同じようなレイアウトだが、果たしてこれは合理的に意味があるのか。あと、サイズが大きくて読みにくい。アートディレクターがいないから紙面というものがどうしてもただの情報の羅列になっている。宅配制度に依存している新聞ほど、やはり特に1面に文字ばかりがある。一方で、コンビニであるとか、読者にきちんと手にとってもらわなくちゃいけないスポーツ新聞などは、明らかに1面にビジュアルを大きく配置したりしている。もちろんスポーツ新聞ほど下品になる必要はないとは思うけれども、ただ、読者に手にとってもらいやすくする、新聞というものを見て、これを自分で手にとりたいなって思う、そういう読者の目線というものは、確かに今の新聞には決定的に欠けていると思う。
 僕も今回委員に就任してから、紙の新聞を宅配してもらっているけれど、どう考えてもあのサイズの意味がやっぱり分からない。大きいサイズというのは、どこで読んでも邪魔。いろいろ試したけど、電車の中でも邪魔だし、新幹線の中でも邪魔だし、飛行機の中でもそうだし、家のテーブル、食卓の上でも大き過ぎるし、ベッドでも読めない。なぜ新聞が今のあのサイズであるか、合理的な理由が発見できなかった。もちろん過去からその大きさになれていて、それがいいという人はいるとは思う。でも今、さまざまな雑誌でさえも大きい判と小さい判を出したり、幾つか選べるような時代だ。なぜ新聞だけが今のあのサイズで、今もあのレイアウトなのか。その合理的な理由というものが分からない。
 あとは、他社との差別化という意味においても、特に1面であるとか、文字だらけで写真がこれだけ小さいっていうことを変えることができないのか。もちろん社内でも、特に毎年4月にビジュアル改革といって、写真を大きくしようという話はあるらしいと聞いたが、それも5月とか6月になるにつれて、結局その方針もなくなって、また写真が小さくなって文字ばかりになってしまう。それが社内の論理として、多分社内的なロジックはあるとは思うけれど、明らかにそれは読者の方を向いていないのではないか。果たしてそれにはどんな合理的な理由があるかっていうことを、もう少し考えてもいいのではないか。
 特に朝日新聞再生ってことをうたうときに、やはり読者から見て、外部から見て一番分かりやすいのは、紙面、つまり読者の目から見える、一番に見える紙面を変えることだと思う。特にその点において、このタイミングにおいて変えることができないかということを、強く僕も思った。

 朝日新聞デジタルに関してここにはいろんな不満の声が聞かれました。登録が煩雑で読みにくいとか、アプリとして考えると月4000円は非常に高いとか、コースが選べないとか。あとは、記者の方が不満を漏らしていたのが、せっかくつくった動画で、しかも動物に関する動画だから、そこそこ話題になってもよさそうなものだったのに、なぜかそのリリースが深夜の4時だった。ネットかいわいでもさすがに誰も盛り上がっていない、ツイッターとかが全く活発ではない、深夜4時にこういう動画をリリースするのか。本当はもっとネットで話題になることを考えて、違うタイミングとか発表の仕方があるのではないかと。
 つまりデジタルに関しても、あまり詳しい人が中にいないのではないかという疑念を持っている若い社員の方が多い。実際僕も朝日新聞デジタルを登録して使ってみたが、想像していたほどに悪くはなかった。ただ一方、いろんな不満もたくさんあった。例えば月々4000円というのは、例えばiPadで使うアプリとしては非常に高額だ。例えば『モーニング』という漫画雑誌のアプリであれば、毎週それが来て月々500円。『週刊少年ジャンプ』にしても月々500円で毎週号が全部読めるっていう中で、日刊ではあれ4000円というのは、アプリの価格としては非常に高い。
 そこの中で、広告が常に出ている。それって多分、こういうアプリとかデバイスを使っている人からは、非常に「あり得ない」ことだ。無料アプリで広告が出るのは当たり前だけれども、例えば100円の有料アプリであっても、広告が出るってことは非常に嫌がられる行為だ。にもかかわらず広告がずっと出続けているってことは、すごく多分、違和感がある。新聞の、紙のロジックで言えば、広告が載っているっていうのは別にいいと思う。ただ、そのロジックがデジタル版にもそのままきてしまっている。だから、デジタル版で紙を再現した紙面において広告が出ていることは何も問題はないと思ってしまう。ただ、そうではないデジタル版の画面なのに広告が出ていることに関しては、非常に違和感がある。
 細かい不満は幾つもある。例えばWi-Fiではない環境で紙面版をダウンロードすると、本当にいいですかっていう注意が出てくる。それはいいけど、ただ、そこで紙面版の容量が分からないから、それを本当にダウンロードしていいかどうか分からない。今、携帯電話の各キャリアというのは、1カ月に5ギガであるとか、容量制限を設けているキャリアばかりだ。だからWi-Fiではない環境で紙面をダウンロードしていいかどうかってことは、使っている人は不安だと思う。でも具体的に何メガなのかってことが分からないから、そこでダウンロードしていいかどうか不安だったりする。
 今、ニューズピックスであるとかスマートニュースであるとか、1次情報を持たないキュレーションメディアがもてはやされている中で、これだけ記者を抱えていて1次情報を持っているはずの新聞社がリリースするアプリがこのレベルというのはすごく残念だ。逆にそこにはすごい可能性がまだまだあるのではないかと思った。

 最後にちょっとまとめとか雑感を言っておきたい。何回か若手社員の方と話して、この委員会にも参加して、朝日新聞というのはまだまだ余裕のある会社なんだなって思った。確かにすごいピンチであるとか、何か変えたいっていう意識も伝わってくる一方で、まだまだ不合理な仕組みを温存できるぐらいには、まあまだまだ余裕がある会社で、逆にそこには可能性もあるし、逆にそれが問題点でもあるっていうことを強く感じた。
 いろんな方と話してみて、志賀さんのこの前の発表でもあったように、とにかく現場は答えを知っていると強く思った。それは別に若手社員とか若者というよりも、現場にいる人はやっぱり何らかの問題点にちゃんと気づいていると思った。
 それを踏まえて、若手社員の意見や感覚、要望を定期的に聞くような仕組みをつくることは必要だと思った。今でもメディアラボのような社内のスタートアップの仕組みはあるけれども、そのスタートアップまでしたいというわけではなく、単純に感覚とか要望を聞くような機会??今回はこの事件のおかげでこういう若手集会が開かれたけれども??そういうチャンスがもう少し恒常的にあってもいいのではないかって思う。
 つまり、記事の書き方であるとか知識については、明らかにベテラン記者の方が熟知していることも多い。ただしデジタル版の使い勝手であるとか、新聞を読まない世代の意識など、若手記者に聞いた方がリアルな感覚をつかめることは、明らかにある。そういう領域に関しては、彼らに裁量を委ねることも必要だ。
 あと、集会の中で出てきた意見として、慰安婦報道を知らない若い世代の記者が、朝日新聞の報道が世界的にどのように伝わって、それが実際にどれくらい影響を与えたのかみたいなことを検証したらいいっていう意見があった。これは一例で、別にこれをやれというわけではなくて、若手記者であってもこういう大型プロジェクトにかかわれるということを宣言すれば、入社を考えている若者にとって朝日新聞の魅力が高まるのではないかって思った。やはり優秀な人材をどれだけ、斜陽産業と見られてしまっている新聞社の記者に集められるかって、すごく大事だと思う。

 20代から30代前半の社員の方とこの集会を通じて話をしてきた。皆さん当然、優秀ではないというわけではないけれども、ただ同世代のほかの分野、金融など優秀な人が集まりやすい分野に比べて、牧歌的だったり、危機感があまりなかったりと感じることも正直あった。情報収集に関しても、新聞社っていう、本当はいろんな情報に対して接していなきゃいけないはずの仕事であるにもかかわらず、結果的に毎日自分の業務に精いっぱいで、世の中で流行っていること、起こっていることへの知識が偏ってしまような労働環境になっているのではないか。同じ年代の出版社などの人と比べても、劣っているとは言わないけれど、もう少し創造的になれるんじゃないかとか、もう少し新しいことを提案してもいいんじゃないかと思ってしまった。
 だから朝日新聞が本当に今優秀な人材を集められているのかどうかっていうのは、結構大きな問題だと思う。朝日新聞って実は若手だって活躍できるんだっていうことを、もう少しちゃんとPRするってことは大事じゃないかなと思った。

【西村】 ありがとうございました。若手の社員も一緒に議論できたことを非常に喜んでいました。励みにもなったようです。最大の課題は、現場は答えを知っている、若手社員の意見や感覚、要望を定期的に聞く仕組みをつくる、恒常的に意見を聞く機会を設けるという点だと思います。まさに今回のプロセスの中で、こうした試みが形骸化しないよう、こういう対話集会を定着させたいと思っています。新社長、新会長も、どんどん現場に出ていくと既に宣言をしております。
 スタートアップの応募の数は想定を上回るくらい集まっています。それでも壁が高いということなら、どうするかという議論になります。20代の社員が中心になって立ち上げた新事業のなかには、「Withnews」などがあります。新聞デザインの点については、アートディレクターについてはデジタル本部に作りましたが、ビジュアル面をどうするかは編集局で議論を続けています。非常に難しいのは、圧倒的に多いシニア層の読者にとっては、文字は大きい方がいい、しかし、多くの読者は情報量の減少を嫌う、一方で写真を大きくという声もあるということです。これらをすべて満たす解は今のところありません。

【高田】 メディアラボは、ご指摘のような方向性を目指してできた組織です。スタートアップは昨年180件、今年は194件の応募があり、現在審査をしています。初年度は4件程度、事業化への検討を進め、現在2件が事業化されています。社内全体を巻き込んで広がりを持たせていきたいと思います。メディアラボが目指しているものは、社内と社外を結ぶハブになって、オープンイノベーションをやっていこう、というものです。若手のベンチャー企業の方々にもどんどん来てもらって、やる気のある若手と中堅を巻き込んだ議論をしているところです。10月には渋谷オフィスも作りました。そこで発想を広げて、週末はハッカソンを開いたりしています。

【藤井】 まったく同感だと思うことがいくつかありました。人事が機能していないということ。私どもの人事部は、本当の人事政策をやっているところではありません。編集ならGMの下にある部門がやっています。GMも2年に1回代わり、補佐も2、3年に1回代わります。人事政策は長期的、短期的、両方を調整しながらやらないといけません。編集部門の人事機能を強化しないといけないと思います。それから特ダネ、速報性偏重主義のことについては、おそらく若手はものすごく厳しい環境でやっているので、こういう声が出るのは当たり前だと思いますが、全体として見た場合、例えば地方の取材に対してどう捉えるかと。つまり速報性だけとか網羅性だけを重視しないで、少ない人数で効果的な紙面をつくるにはどうすればいいかということについては、やっぱり強弱をつけながらやっていかなきゃいけないなと思っております。サイズとレイアウトの問題は、出し手の論理でやっています。生産設備、コストの問題です。判の大きさとか輪転機の大きさというのは標準がありまして、ほとんどの新聞が同じなのはそのためです。お客様の目からずれているというのはご指摘の通りだと思います。GLOBEのサイズを小さくしたら、その方が評判が良かったということもあります。労働集約型の、価値を生み出すのはほとんど人っていうビジネスを展開していますから、優秀な人材集めるのは重大な問題だと思っています。面接していた者からすると、記者を目指しているのは総勢で数百人しかいないのではないでしょうか。それをNHK、読売、日経、共同などと取り合っている状態です。希望者が少なくなっている中で多様性を求めるものですから、なかなかいい人が採れないとか、入った後ギャップに苦しむとか、そういうことになっているんじゃないかと言っている人がいました。記者になりたいという人の裾野を広げる努力を重ねないと、紙面の多様化はできないと思っています。

【江川】 さっき古市さんがサイズの話をされた。これはすぐに回答は出てこないと思うので、できれば調べてほしいのだが、イギリスで、タイムズとインディペンデントがタブロイドにした、その効果。そのプラス・マイナスっていうのがどう出ているのかを、特に販売の方でもし資料があれば、後でまた教えてほしい。

【飯田】 販売の調査をすると、読者の平均年齢が高いので、大体いまのサイズでいいという答えが出てきます。販売で調査すると習慣性の話が出ます。

【西村】 イギリスは無料紙が強い。圧倒的な市場と浸透力があるという点が、日本のメディア、アメリカメディアとは違います。さらにタブロイドのカルチャーが日本より圧倒的に強いです。従って日英で直接比較できないところがあります。私たちのタブロイドサイズの実験は日曜版の「GLOBE」です。20、30、40代には好評でした。あれはあれで一応定着したと見ています。

【後藤】 4本社制については古くて新しい問題です。編集権を委ね、さらに各本社が独自に記事を構成します。人事権とか独立採算という話ではありません。必要かという話もあります。地域のニュース、地に足のついたメディアになるためには必要です。一方で縦割りの問題もある。弊害は議論しなければならない。

【司会】 国広委員に、社員意識にもかかわる発言をいただきます。

【国広】 社外委員としていろいろなところで傍聴したけれども、単に議論されている社員集会を傍聴するのではなく、「私はこう思う」という ??予断と偏見もあるかもしれないけれども?? サーブをこちらから打つ。そして反応を見てディスカッションをする。そういうことを東京と大阪で、2時間の枠だったけれど2時間半、3時間やった。それを通じて感じたことを説明する。
 本件の3問題、危機管理の失敗を入れて4つの問題だが、従来は宅配制度という強固なビジネスモデルがあったので少々の下手を打ってもやってこられた。ところが現在はデジタル化、そして若い人の新聞離れというのがあるわけで、何もなくても従来モデルでは今後10年ももたないんじゃないかという流れの中、追い打ちをかけるように本件が発生した。
 そうすると、将来モデルの潜在顧客にも「うそつき新聞」イメージが、これは若者とかあるいは記者になるかもしれない人たちにも、かなり強固なイメージができ上がってしまったと思う。のみならず、従来ビジネスモデルの"紙媒体ビジネスモデル"の中核の人たち (強固なコア読者を除く) の信用も崩壊している。こういう厳しい状況があるというのは、前提として押さえておきたい。
 そこで、吉田調書のPRCというレポートが出た。ここで「真因」というものを考える必要性について触れる。PRCレポートには、問題点が挙げられている。PRCが問題点として指摘した事項はいずれも当たっていると思うけれども、PRCは、「なぜ社内からの問題提起を軽視するのか」とか、「なぜ自信と過度の信頼が発生したのか」とか、「なぜ想像力が欠如しているのか」とか、「なぜ危機管理意識が薄いのか」とかいう、これらの「なぜ」については検討されていない。「なぜ」を考えることは、朝日新聞社側に委ねられている問題だと考える。
 私自身は、吉田調書であれ慰安婦であれ池上コラムであれ、あるいは特に現在進行中の危機管理不在の継続というものも含めて、4つの問題が偶発的に惑星直列的に重なったのではなく、朝日新聞の体質、真因の問題から発生した当然の帰結であると考えている。
 PRCでは社内からの問題提起を軽視しているとか、読者がどう感じたかについての想像力の欠如と書かれているが、これはPRCが吉田調書問題についてだけ言った話ではない。経営陣に対しても言っていると思うのだけれども、実際の経営陣のみなさんの行動を見ていてどうも自分たちがそれを言われているという意識が緩いように思う。

 そこで真因問題について、自分なりに ―ここはディスカッションする場だと私は思っているので― 私はこう思うというのを、思い切ってサーブを打ってみたいと思う。外れていたら、異論、反論、ぜひ述べていただきたい。もちろん真因というのは、一刀両断で、クリーンに出るものではないとは思うが、できる限り「見える化」する必要があると私は考えているので、あえてチャレンジングに述べたい。
 私は、真因の1つ目は、幹部と現場の意識がずれていること、あるいは、ジェンダーバイアス的用語を気にせず使用してキーワードにすると「おじさん化」ということかなと思う。経営陣は、非常に強い危機意識を持っている。討論会をやると、中堅、若手、あるいは地方の人も、ものすごく危機意識を持っている。ただ、両者の危機意識がかみ合わさってなくて、すごく断絶したズレというものが感じられる。
 実は私自身もおじさんの典型で、例えばここで西村さんと議論していると、幾らでも議論ができちゃう。我々の共通認識はそうだよね、そうだよねと。しかし、ふと立ちどまってみると、これっておじさん議論じゃないのかなと、思ってしまう点がある、自戒を込めてだが。
 また特報も含めて、偉い人たちはみんな「うちの会社は自由だ」って言う。議論がとっても自由にできると。ところが現場に近い人によると、自由じゃないって言う。もちろん、上から統制がかかるという意味での不自由さではないのかもしれないけれども、空気が自由じゃないという言い方をする。
 慰安婦、吉田調書、池上さんコラム、危機管理不在を引き起こしているのは、全てエリートのおじさんである。若手が引き起こした事件もなければ、女性が引き起こした事件もないということだ。
 じゃあ現場が偉くて経営陣がだめなのか、あるいは男性がだめで女性がいいのかというと、多分そういう単純な図式ではないと私は考えている。これは「おじさん」というのは、もう文字通りのおじさんもあるけれども、「おじさん的なもの」という意味だ。非常に典型的だったのは、ある女性若手社員の、「私たちは経営陣を批判して、自分たちはおじさんじゃないって言っているけど、でもふと気がつくと、自分の中にそのおじさん的要素が出てきているんじゃないか。3年後には自分がおじさんになっているんじゃないか」との発言だ。
 このような意味において、二項対立ではない。僕はあえて「おじさん」という言葉を使っているが、「これって何なんだ」と考える必要がある。その一つは、働き方がおじさんをつくるという面。取材のためにすべて投げ打つ、俺たちはジャーナリストである、社会の木鐸だ、みたいな形でどんどん走っていくところが一つのおじさん化の原因の1つかなと思っている。
 処方箋はないが、(仮称)おじさん化が真因の一つであるとしたならば、これをどう打ち破るのか。一つ考えてみたのは、多様性、ダイバーシティーかなと思う。それには、経営のダイバーシティーと編集のダイバーシティーがあると思う。経営のダイバーシティーというのは社外取締役を入れる、危機管理に外部の目を入れるなど、比較的分かりやすい。もう一つの、編集のダイバーシティーは、大きな問題だろう、大事な問題だろうと思っている。
 このダイバーシティーに対する反対語は何かというと、おじさんということでもあるけれど、ある種、「朝日の純血主義」と僕が仮称するものではないかと思っている。純血というのは1年生から入って純血かというと、必ずしもそうではなくて、外から入ってきた人が「朝日以上に朝日的」みたいなこともあり、そういう人たちが評価されるというところに、やっぱり純血主義があるのかなと思う。
 それから、社外取締役を入れる、何とか制度をつくるなど、いろんな制度論はあるけれど、どんなに制度を牽制機能でつくっても、それを運用していく人がおじさんだったら、結局マインドが変わらなければ、幾ら入れ物をつくっても機能しない。だとするならば、そこで人の多様性というか、誰をその立場に置くのかという多様性が必要だ。
 意見の多様性はある、という議論がすごくなされて、私もそうなんだろうなと思うけど、むしろここで我々が考えなきゃいけないのは、意見の多様性もさることながら、発想の多様性なのではないか。「議論の枠が全然違いますね」みたいな発想の多様性を何らかの形で持ってくる必要があるんじゃないか。それを、大きな制度のみならず、それぞれの部門、一つ一つのプロジェクトの中で、男女、年齢、職種、国籍などといろいろな切り口があると思うが、場合によってはクオータ制を設けるなどのことが必要じゃないかと思う。

 もう一つ。若い人たちから「我々はこれから20年、30年、朝日新聞で生きていかなきゃいけない」ということで、「逃げ切れる人とは違うんだ」という、ある意味、率直な言葉を何度も聞いた。確かに若い人は社内のことはよく分かっていないだろうが、やっぱりその辺の危機意識は非常に尊重すべきだと私は思う。そのためには、言い古された言葉だけれども、風通し、自発性、縦割り打破ということになる。ここも例えば、「若手も入れます、女性も入れます」というチームができるのだけど、まとめる人がおじさんで権力を発揮したらだめで、やっぱり意思決定をできる人に多様性を持たせないと。意見だけ多様に聞いて、決める人がおじさんでは、多分だめだろうと思う。これがおじさん化の問題だ。
 また違う切り口だが、真因としては、キーワードとして「言行一致と誠実性がない」ということだろうと思う。すなわち、言行不一致、不誠実ということ。企業不祥事や政治家不祥事のとき、朝日新聞が先頭に立って、トップは責任をとれ、辞任せよ、風通しが悪い、意思決定が遅い、透明性がないとガンガン言うのに、朝日新聞で、今、起こっていることは何ですか? これは言行一致の真逆だ。慰安婦検証も、ある意味、間違いを認める誠実性があった。でも、言い訳がましく、潔くないというところで誠実性の不足だと思う。今まさに現在進行中の、経営層の対応が社員のモチベーションをどれだけ低下させているのかという点もそうだ。社員集会で偉い人がいないところだともっと本音が出る。それから、先ほど古市さんがおっしゃったけれども、女性の活躍、女性の推進などは、一番言っている朝日新聞がおじさん的働き方しか認めていないんじゃないか。これも言行不一致だと私は思う。言行一致していないということは結局、信頼がなくなるということで、とてもシリアスな問題だろう。新社長が言行一致宣言を出すとか、誠実性をキーワードにすることは一つの切り口なのかなと思う。

 3番目。使命感や思い込みによるファクトの軽視が、やはり真因にあると思う。強過ぎる使命感、権力をたたくのが我々の使命なんだという思いや、白黒単純化した見立てを強く感じる。特に編集幹部の方は率直に言っています。「今、世の中がこうだから、反対のこちらにいないと世の中のためじゃない」。その使命感は「論」としてはいいんだけれども、これによりファクトの検証が弱くなるというところがあると思う。多くの人と議論すると、「そうですよね。使命感が強過ぎるんですよね」と言うんだけれど、「じゃ、あなたのこの記事はどうなんですか?」と尋ねると、「それは違う」と答える。ここの問題だろうと思う。
 そのような意味で、吉田調書報道の取り消し問題は、PRCが出て処分が行われたけれども、これで一件落着は全然していないと私は思う。すなわち、取り消された記事を書いた記者たちが納得しているか、納得していないかが全然見えてこないし、特報部の中で自分たちの自己検証がなされたことも聞こえてこない。つまり、今はやっつけられているけれども、今、俺たちはここで息をひそめて何とか生き延びようなんていう対立構図になっているのではないか。外からたたかれて、あるいは社外委員がぎゃーぎゃーうるさく言うから今は息をひそめているけれども・・・・・・ということがないのか。PRCの検証はあるけれども、自己検証は聞こえてこない。だとすると、考え方まで変えろとは言わないけれども、ディスカッションの場はやっぱり我々と設けさせてほしいと感じている。すなわち、失敗の検証を自分の中で発生した問題という形に、まだとらえられ切れていないのではないか。もちろん調査報道はこれからも重要だが、その話とは別で、調査報道が重要だから調査報道の失敗の自己検証が不十分であっていい、ということにはならない。
 処方せんの切り口のところは、記者の倫理観という抽象論では、「権力と闘うのが記者の倫理だ」と言われてしまうと水掛け論になってしまう。たくさんあるファクトの中から意図を持って選択することもあってもいいと思う。なので、具体的に言うと、キーワードとしては、やっぱり一人ひとりの記者の「客観性や公正性(事実の選択がフェアか)」ということになってくる。思い込みというよりは、「論」があることが認める上で、自らが客観的、公正(フェア)かどうかというところだろう。もちろん、多様な視点からの輪読であるとか相互チェックなどの制度的なリスク管理対応は当然、必要だけれども、そればかりではだめで、初稿を書く人の意識、一人ひとりの記者の意識というところにもっと踏み込む必要があると思う。
 読者の概念については前回触れた。いろいろ現場の社員とディスカッションしたが、私の見解への異論、反論あるいはより補充する意見が出たのはとてもよかった。そこでよく聞いたのは、「読者のため」という言葉を一番使うのは、朝日的なものを押しつけるデスクである、というようなこと。また「社内読者という言葉を知っていますか?」と聞かれて、私は「知りません」と答えたが、記事を書く記者やデスクは、こう書いたらその上のデスクや偉い人に通りやすいだろうと、社内の目を気にするというのがいわゆる「社内読者」だ。実は本物の読者ではないのだが、そういう言葉があると聞いた。
 それから読者の意見といっても、声の大きい朝日社論の支持者ばかりを読者として見ていないか。実際に繰り返し大きな声を上げる人ばかりを読者という一言をもって金科玉条化していないかとも思う。あるいは、想定すべき読者は普通の常識人という形で考えればいいんじゃないのかとも。
 あとは、「私は読者なんか想定して記事を書いたことは1回もない」という記者も何人かいた。なぜかというと、書くべきことを書くのが我々の任務であり、真実に切り込むのが我々だと。そういう見方もあるんだよねと感じた。

 ちょっと違う観点から。読者の反応として、紙の新聞が何部売れたかも一つだけれども、ネット上でどの記事が読まれているのか・・・・・・つまりアクセス状況、データなどの形でのリアルタイムの読者行動の把握が、読者の意識を知るためのツールとして考えられる。もちろん、ここで多数の人がこう思っているからと迎合すればいいわけではなく、リアルタイムのより正確な把握も必要ではないのかと思った。

【西村】 おじさん的なるものというのは、語感としてよく分かりました。対極にあるのが多様性だと思います。問題はおっしゃる通りです。積極的な議論が出てきたので、潰してはならないと思います。私はジャーナリズムのインテグリティーということを言い続けています。どう訳そうかと思ってきましたが、先日の社内討論会では「潔さ」「誠実」などと説明しました。なお、PRCの見解発表で一件落着と思っている者は、私のまわりにはいません。見解に対する各職場の意見は、ジャーナリスト学校や信頼回復・再生チームのところにも寄せられていますが、これからこれをどうするかです。「社内読者」というのは一番大きな問題だと思います。当該の次長や部長ではない、別の部署のデスク、他本社の編集局の意見も聞いて紙面をどう作るかは重要なことです。最後の点ですが、編集局やデジタル部門のデスクたちは記事別、ジャンル別のPVやソーシャルからの流入について毎日データを見ています。PVの奴隷になるな、しかしPV、ユーザーの動きを知ろう、と言っています。データの共有は、始めたばかりです。あとはデータをいかに使いこなすか、です。

【志賀】 前回も申し上げたが、ダイバーシティーを推進する上で一番大切なのは、違った考え方、異なった意見を受け入れる組織としての風土だ。今、国広さんの話をずっと聞いていて、本当にこの通りだな、多分こういうことなんだなと大変感銘を受けていた。真因も含めて、意識改革あるいは風土改革としてのポイントがまさに出ているような気がする。前回、中途入社を入れたらとか、部門間異動を進めたらとか言ったら、「やっています」ということだった。それはやっているんだろうと思うが、古市さんのリポートも合わせて考えると、どうも違った考え方、異なった意見を受け入れるような空気になっていない。そこをどうつくるかだろうと思う。日産自動車の場合、相当の経営危機になって倒産寸前までいって、ルノーの資本を受け入れたわけだが、同じような危機感を、今まで自分たちでやったことがおかしかったんだということを本当に社員一人ひとりの方がどこまで感じているか。朝日的なものというかおじさん的なものを自ら一旦否定してというか少し置いて、違った考え方を受け入れて改革していくプロセスが大切だ。今回はテイクチャンス。紙の新聞というのはある種、絶滅危惧種みたいな業界だろうと思うが、絶滅危惧をする以前に事が起こったので、逆に絶滅させないような対策を今、とれるというチャンスだと捉えられてやればいい。具体的にどういう形で異なった考え方、違った意見を受け入れて、自分たちの考えがあってもいいが、同じ机の上に載せて透明性高く議論して結論を出すようなプロセスが社内で常に回る。そういうことができれば多様性が生きてくる。多様性をうたっている会社で比較的失敗しているのは、形から入っているところ。例えば女性を管理職に入れると言い、会議で「じゃ、女性の意見でも聞いておくか」といって最後の最後に女性の意見だけ聞いて、「はい。じゃ、これで終わります」、私は聞いていますと言って何もしない。これはそもそも意見を反映させるつもりがなくて形だけになっている最悪のケースだけれども、そういうようにならないように、私が何回も繰り返すように、真に今回の件を反省して一人ひとりがもっと純粋な形で違ったものを受け入れていって、どうあるべきかを議論できるような社風に変わっていくといい。

【司会】 この件は議題<社員の意識・会社の体質>でも不十分かもしれませんが、提案します。

【江川】 西部本社に行ってきたので、報告する。私は東京、名古屋、大阪も行ったが、今までと違う印象を持った。西部の危機感、疲弊感は他の本社とは比べものにならないくらいすごいものだった。資料を準備して待ち構えていたのだが、そうでもしないと自分たちの声は東京に届かないという切迫感があった。解散の日だったが、編集の人もかなり来て4時くらいから7時半までやり、その後また飲み屋に場所を移して最終の飛行機ギリギリになるまで話を聞いた。
 一つは東京では、役員は地方の状況が分かっていない、ということだ。特に編集の方が、たぶん30年前の支局しか知らないのではないかと。そのいらだち、ストレスが強かった。西部本社では全国ネタの現場もたくさんある。原発、水俣、諫早湾、沖縄、岩国、佐世保、長崎など。日々、自分たちがいろいろ取材をして書いているんだけれども、東京には載らない。選挙とか何かあると「沖縄、どうなった?」とか言われ、分かりやすい記事を求められる。だけど、分かりやすい記事は非常に複雑なものを単純化しなければいけないという中で、それが現場のことを本当にちゃんと伝えられているのかについて、ものすごくストレスを感じている様子が見て取れた。
 ビジネスでも、九州は「限界集落」も増える中で、販売の方はそういう地域担当は大変なようだった。今のビジネスモデルの限界が近づいていることを肌身で感じているようだ。人減らしが進んでいて、2000年は50人でやっていたのが今は28人だとか、長崎県の販売担当は3人だったのが2人になったとか。1人あたりの持ち場が増えて、なおかつどんどん高齢化していく中で、先があるのか、との危機感も強い。そういう意味では今の時代の先端をいっているのはないかと。

 広告も主戦場は東京で、西部・名古屋はいわば育成機関として使われているという気持ちを持っている。若手が回されてきて、その若手を一生懸命育てると、みんな東京に吸い上げられていくという不満が強いようだった。ビジネスモデルを根底から変えて、捨てるところは捨てる、伸ばすところは伸ばすということをはっきりすべきでないかという話が出た。これは朝日新聞だけではなくて、今の新聞業界が共通して抱えている問題かもしれないけれども、とりわけ朝日にとっては、何を捨てて何を伸ばしていくかは重要な課題じゃないかと思った。
 どこを捨てるかは難しいところ。支局も人減らしが進み、しかも高齢化もしていて、デスクよりも現場記者の方が年齢が高いケースもしばしば。シニアの再雇用でもしないと人手が足りないという状況だ。では県版をどうするか。県版をできるだけ減らす、あるいは統合で各県共通でやるという案もあるわけだけれども、販売からは増やしてほしいという声もある。そういう面でも、どこを捨てるのかは、現場できっちり議論しなくちゃいけないと思う。そうなるとやっぱり現場と経営陣の対話が大事になる。

 ところが朝日はトップダウンが多いという。それは西部特有のことではないようで、ある日突然、教育企画を県版で始めるというお達しが下りてきたという話も聞いた。県によっては同様の企画がすでにあり、困ることもあったとも。どうしてこういう企画が必要なのかは、後から流れてきた。教育面に力を入れる、教育に力を入れるということで、各地域の教育関係の企業など、各地の教育方面に朝日を売り込む販売戦略の一環とのことだった。ところがどれだけ効果があったのかの打ち返しが全然ない。それどころか販売の人はそういう意図は知らなかったと。つまり、現場と東京でやっていることの意思疎通ができていないことが、そういう具体例からよく分かった。
 ただ朝日新聞のトップの人たちも現場の声を聞く姿勢がないわけではないと思う。一生懸命、できる限り聞いていると思う。実際、若い人が東京に呼ばれて意見を求められたらしい。懇談会みたいなものをやったらしい。ただ、それで意見を聞いたつもり、分かったような気になっているのではないか。でも実際は分かってないよね、と。例えば、今の社長からも提案を上げてくれと言われて一生懸命、提案を上げた。しかし、それがどういうふうによかったのか、悪かったのか、あるいはそれを採用したらどうなったのかという対話がない。西部の危機的状況を上に分かってほしいと思っても、その手段がほとんどない。「社長などの人たちがここに来て現場の人たちと話をすることはないんですか?」と尋ねたら、「ない」と言った。そういう中で、私はようやく東京から来た人だった。それで、皆さんが、とにかくこのチャンスを逃したら次はないという危機感でいろんなことを話してくださった。
 だから役員、局長のみなさんには地方に足を運んで声を聞き、聞きっ放しじゃなくて、それに対して自分たちはどう思う、あるいは、その声を聞いて自分たちはこういうふうに議論して、こうしようと思うけどどうだ、という対話の第2弾、第3弾を含めてやるようにしてほしいなと、私は思った。解は現場にあると言ったが、それが今まで伝わっていない。そこをやっぱり変えていかないといけないと思うし、こういう機会だからこそ変えていくチャンスじゃないかなと思う。
 そして少子高齢化で読者が高齢化して、その人が新聞を取れなくなったら1部減、2部減となる。その最先端が西部。その状況を踏まえてやることが、日本全国の状況、未来図をちゃんと把握することになるのではないかと思う。西部の場合は、整理も東京に上がってきている。現場の感覚でいう大きなニュースと東京で感じるもの、例えば現場からいうとホークスの優勝なんていうのはまず大ニュースなわけですが、降版時間の都合もあって、「いいんじゃないか・・・・・・」みたいな感じになった。それは何とか押し込んだらしいけれども、その感覚の違いが、全部、東京で判断されちゃうと分かりにくい。だったら、なおのこと現場の声を聞きに行く努力を、役員がするべきだ。あるいは編集の整理の人たちが現場に接触して、その感覚を得ることを一生懸命やってほしいと思う。

【司会】 それでは休憩します。いまの江川さんの話を踏まえて、次を始めようと思います。

【司会】 「社員の意識・会社の体質」について、事務局の若手から説明します。

【チーム員】 <スライド説明>

 宅配制度という安定したビジネスモデルに守られてきたことと、縦割りの組織構造によって、部門間の交流に乏しい「たこつぼ」化が進みました。社内・社外でコミュニケーション不足となり、多様な意見を受け入れる姿勢の欠如を招いてしまいました。それが、一連の問題につながりました。どうすれば、多様な意見・見方を受け入れる姿勢になれるか・・・・・・原因であるコミュニケーション不足の解消が必要と考えました。社外と社内、2方向で解消することを考えました。一過性に終わらせないため、再発させないためには、社内意識の内面を変えていく必要があります。社員が現場で気付いて実行する、自発的なプロセスを重視しました。具体的な解決策の案として、対外的・社内的に分けてお示しします。対外的には、社長会見定例化、社員によるASA研修の強化、読者との車座集会の継続。社内的には、社長・役員と社員の定期的な座談会の実施、部局間の人事交流の強化・拡充です。これらの施策で、多様な意見の存在を認め、受け入れる意識の醸成をはかります。

【国広】 今まさに危機管理状態が続いている。いまだに出血し続けている特別顧問の問題については、社内からも社外からもおかしいと指摘され、問題視されている。なぜ危機管理の問題が抜けているのか。

【渡辺】 特別顧問の問題について。社内の規定上、特別顧問は社業全般について社長の諮問、協力要請に応じて助言する、というもの。基本的に直接経営に関与することはありません。常勤顧問は、それぞれ担当している分野で助言する、ということで呼び方を分けていました。しかし社外からどのように受け取られるのかについて、私たちの想像力が欠けていたと思います。顧問制度については、規定そのものを変えました。分けていた「顧問」をすべて一本化し、我々の諮問に応じて助言したもらう人たちを総じて顧問と呼ぶことにしました。

【国広】 これからも顧問として助言し続けていくということ? それがずれていると思う。一旦「特別顧問」としておいて、批判が強いのでただの顧問になる。一歩ずつ退却している。さらに叩かれたら顧問も辞めます、となるのか。最悪な自滅パターンだ。

【渡辺】 ご指摘の点はよく分かります。社内的にずっとその呼称を使ってきたので、そのまま通っていました。自覚が足りないんじゃないかという点は、ご指摘の通りだと思います。未来永劫助言し続けるということではなくて、当面の間、業務の継続性等々の問題もあって、必要性もあるということで、そのような判断をしたということです。

【国広】 危機管理上の問題だ。それこそ意識のズレだ。特別顧問なんていう形になったら、世間から叩かれることが想像できなかったという意識が信じがたい。今も危機は終わっていない。危機管理の失敗を検証するどころか、今まさにそれができていない。危機感がずれている。私はとても危険な状態だと思う。「多様な意見を聞きます」というキレイな案を一生懸命考えて出してきたが、インパクトがない、説得力がない。根源の問題に対する自分たちの「しまった感」が感じられない。

【志賀】 想像力の欠如ではなく、皆さんもたぶん反響はあるだろうと、色々言われるだろうなと分かっていただろう。問題は、言えない雰囲気だ。週刊文春の記事を読んだが、あの記事がなんで出てくるのかが分からない。あれが社外に漏れること自体がおかしい。あの記事が正しいとすれば、分かっていたけど言いづらかったということだろう。分かっていたけど言いづらかったから、想像力の欠如という言葉でごまかす。相変わらず風通しが悪い。だからポイントは風通しだと思う。
 きょう提案された内容は90年代の日産が後手後手でやっていた対策だ。あのときも一生懸命やっていたが、変わらなかった。日産リバイバルプラン(NRP)以降の日産がやった、多様性を受け入れるというのは、化学反応だ。化学反応を起こす仕組みだ。組織の中に異質なモノを入れて、失敗することもあるが、異質なモノが化学反応を起こして周りに影響を与えて、周りも目覚める。

 化学反応を起こす一つの方法として、日産がやった人事のやり方を、ご参考までに申し上げる。若手でハイポテンシャルな人たちを、意図的にいろんなところに、はめていった。村社会化しているな、旧態依然だなというところに、外国人を入れたり、ちょっととんがったヤツを入れたりした。経営会議メンバーで構成されるノミネーション・アドバイザリー・カウンセル(NAC)が、キャリア・デベロップ・プラン(CDP)、優秀な人たちのキャリアをどうやっていくかを考えた。人事を部門に委ねないで、経営としての人事をやろうということだ。カルロス・ゴーンが日産にきてから十何年間、自分自身がチェアをしながら、会ったこともない人のキャリアをどうするか議論している。意欲がある、うるさい連中を、あえて色々なところに入れていく。化学反応を起こさせることを会社として意識する。多様性を受け入れる文化をつくる、化学反応を起こさせるのは、経営としてやらないと、部門の人事に任せたり、多様性を重んじる文化活動をやりましょうということだけでは動かない。
 失敗しているケースでは内部抗争が起こるなど、いろんなことがある。ただそれ以上に目覚める部分の方が大きい。だから、コンサバな組織には意図的に放り込んでいく。上から送り込まれた人間だ、ということで潰されづらいということもある。いかにして化学反応を起こすかということを考えると、多様性が結着しやすいと思う。

【江川】 個別には良い提案もあると思う。社長会見などはやった方がいいし、その際はマスメディア以外にも広く参加できるようにしてほしい。しかし、根底の部分がどうなのか。朝日新聞はいつも、自分たちだけで何とかしようとしている。自分たちの中だけでいろいろやりましょうと、外からもご意見拝聴しましょうと、そういう感じだ。それでは変わりづらいのが朝日。人事交流やってます、外からも人を入れてますという話だが、結局、外から入ってきた人は朝日化していく。あるいは朝日色に染められていく。人事交流をやってかき混ぜて、たとえかき混ざったとしても沈殿していき、また水は澄んでいく。中だけで何とかしようというその努力は大事だ。その意気やよしとは思うが、外からの人材を活用することを考えないといけない。今度の株主総会時には定款を変えて新聞事業経験者じゃない人も役員になれるようにするとか、パブリックエディターだけではなくて、ポイントになるところに外部の人を抜いてきて投入するとか・・・・・・。朝日新聞では実績がある。雑誌では、花田紀凱さんという文春で朝日叩きをやっていた人を採用して女性誌を作った。いろんな事情があって上手くいかなかったが。そういう試みを新聞の分野でもできるのではないか。編集、販売、広告などで、そういうことをやってみたらどうか。

【国広】 それぞれの案は「その通り」と思う。社長会見や車座は「いいよね」と思うが、"根底感"がない。プレゼンテーションで外に見せるためではなく、本当の意味での"変わろうとしている感"をどう見せるかだ。今のままでは社員のモチベーションは上がらない。多くの人は信用していない。根底感が欠如しているからだ。それを覆すような案は、今のままの意識では経営層からは出てこない。だって今、あんな危機管理をやっているくらいだから。
 全くの思いつきだが、この再生委員会は再生案提出後もモニタリングをするといった議論があるけれども、我々はとてもやれないが、社外の監視委員会のようなものを常設してはどうか。例えば「改革監視委員会」みたいなものを常設し、それは取締役会の諮問機関でもあるし、どんなヒアリングの権限も持つし、そして3カ月ごとに意見を取締役会に出していくなど。再生は、絶対自力でやってもらわなければならないけれども、少なくとも社長なり幹部の皆さんがこういう社外の意見を聞く場を常設しないと、モニタリングだけでは元に戻ってしまう気がする。

【西村】 化学反応を起こすためにどのようなことをやったのでしょうか。

【志賀】 保守的な部署もあれば、変わりきれていない部門もある。その前に一つ。日産がNRPをやってから、ずっと社員の意識調査をやっている。西部本社の12のクエスチョンを見てほしい。日産では、人事コンサルタント企業に頼んで、社外とのベンチマークをしながら、クオリティ・オブ・マネジメント(QM)を調べている。例えば「会社の上司を信頼している」「会社の方針を信頼している」「会社の方針を理解し、支持している」のような項目。それと、エンプロイイー・モチベーション(EM)。「会社の方針に基づいて仕事をしていることにやりがいを感じるか」「会社が好きか」。そのQMとEMが上にあればあるほどいい会社ということだ。
 要するに従業員は、会社を信頼し、上司を信頼し、そしてその方針・選択に基づいてやっていることに、自分が携わっていることに、幸せを感じるという。日産が依頼している調査会社は世界中の何千社の基本数値を持っていて、自分たちの会社がどこにあるかが分かる。例えば上司に対する信頼感が非常に低い、従業員のやる気も低い、と分かる。どういう形でそれを上げていくか、年がら年中やっている。そういう中で、いわゆる"意識改革"をずっとモニターしている。上司に対する信頼感が非常に低いとか、風通しが悪いとか、上司に対して何も言えないなど、そういう部署が分かる。化学反応が必要な場所が見えてくる。そういうところに対しては人事的な措置をとる。例えばある会社では、継続的に外部から社長を迎え、意識改革をやる。できたな、と感じるとプロパーに戻す。つまり、化学反応が起きたら乱れるので、その後プロパーに代えて落ち着かせる。非常に業績が良くなった例がある。人事をやりながら、企業風土も変えていく。化学反応がいい方に働いているのか悪い方に行っているのかは、社内調査でモニターする。非常に従業員の意識がよく分かって、経営が何をすべきかが分かる。ぜひご参考に。

【国広】 志賀さんのお話の前提は、経営陣が明確に変わっていること。ところが朝日の場合、そこに疑問がある。だから、外からの監視機構が必要だ。

【チーム員】 <スライド説明>

 再生プランを推進する組織として、「改革推進室」の設置を提案します。改革推進室は「信頼担当役員」と専従および兼務社員数名で構成します。ここで再生プランの実行管理とモニタリングを行います。そしてテーマごとにクロスファンクショナルチーム(CFT)を設置します。CFTは社長直轄とし、チーム員は各部門から中堅・若手を集めます。CFTの提言は社長に直接提出します。モニタリングは四半期おきに、社内外から行います。「改革だより」なども発行し、6カ月の時点では実行報告書を出します。こうして改善を重ね、PDCAサイクルを回します。なお再生プランの推進に当たっては、成長戦略の道筋も描く必要性があると思っています。再生プランは既に着手していた「構造改革」とともに進めていきますが、お客様目線など再生プランの思想を構造改革に生かしていくことも考えます。

【志賀】 2つコメントがある。CFTだが、社長直轄ということ、地方を含めたメンバー構成にすること、CFTのリーダーに相当潜在性の高い若手を、20代・30代じゃなくても40代前半でもいいから選ぶ。編集だけじゃなくて販売や広告も含めて、それから地方も入れて、そしてこういうメンバーは役に立つのかな? このテーマにあっていないかな? と思うメンバーも入れてみると意外や意外、みんな会社のことを心配していているものだ。我々は社内では「守られたシェルター」と呼んでいるが、ここで議論されていることは外に漏れない。部門に対するチャレンジを行うわけだから、提案の内容が編集に関わることであれば、編集トップに対するチャレンジになる。誰が何を言ったということが漏れると自由な意見が言えないので、完全に守られている。したがってタブーなき議論ができる。
 西部の集会の写真を見ると、ポストイットを貼っているが、これも手法の一つだ。声の大きい意見に引っ張られてしまわないように、こういう形でみんなの意見を集約しながらまとめていくことは非常にいいと思う。ちなみに、この方法をよく分かっている人は写真を撮っておく。そうすると、そのとき熱中して議論して最後にまとめたやつよりも、非常にいい答えが出ていることがある。例えば「会社の文化に染まらざるをえない」「やりたいことができない」「声が伝わらない」というような、本当に国広さんがおっしゃっていたことが相当書かれている。こういう本気の議論を取り出して、建設的な提案に結びつけることが大事だ。

 あとモニタリングだが、PDCAを回そうとすると、何らかのKPI数値目標を作りたい。例えば、何をもってうまくいっている、改善していると思うのか、という指標だ。これがないと自己満足に入ってしまう。したがって例えば、今回離れた読者が戻ってきてくれた部数とか、社外の信頼度調査結果のスコアとか、社員の意識調査のスコアとか、極力、我々日産の社内で使っている言葉ではメジャーメントと言っているが、わかりやすい数値をKPI(Key Performance Indicators重要業績評価指標)にセットして、それをどこまで戻すのか。例えば、今回離れていった読者を8割戻すとか。そういう目標値を持ってやると、離れた読者は「朝日は頑張っているな、もう一回取り直してやろうか」というような形で戻ってきてくれる。モニタリングは指標がないとできないので、そういうものを一緒に考える。
 我々もよく失敗するが、モニタリングしたKPIを上げるための行動に入っちゃうことがある。結果なのに、それが目的化してしまうことがあって、何をモニタリングするのかっていうのは難しい。例えば、よく社内の意識調査で「上司に褒められますか」っていうのをやるが、それをすると、やたらめったら褒める人が出てきたりする。「この半年間に職場の誰かが自分の進捗について自分に話してくれた」というのをやって、これでPDCAを回すと、やたらとニコニコして近づいてくる上司が増えてくる。Qの取り方が非常に難しいし、何をもってKPIにするかは非常に難しいけれど、いいものをやれば、結構やりがい感が出る。
 私は今回の件で何部減ったのか本当に知りたい。私の周りでもやめたと言っている人がかなりいるので相当の数が止めていると思う。半年後、一年後、二年後何人戻ってきてくれたのか。再生に関わっている人のモチベーションにはすごくいいし、一度信頼を失った読者が戻ってくるというのは、すごいこと。従来キープしているというか、マンネリでとっていた人が止めて戻ってくるわけだから、すごいエネルギーがいることをやっている。それがモチベーションに変わっていけばいいと思う。そういうKPIをセットできればいいかなという感じがする。

【国広】 個々の提案は適切かな、と思う。ただ、会社は外の信頼を失って大変な状況にあるということからすると、もっと「思い切り感」がいるのではないかという印象だ。今回非常に深刻だと感じているのは、外の信頼を失っているだけでなく、内の信頼を失っているということ。これはとても実感する。ただ何とか立ち直りたいと社員は思っている。一丸となるといってもこれだけ何千人といるのだから「おおむね一丸となる」でいいんだろうと思うが、改革に対するモチベーションというものが出てこないと、どんな形をやってみても、意見を聞きますと言ってみても、「どうせあれは形だけ」みたいなことになってしまうと思う。
 そうするとこの三つの問題、吉田調書・慰安婦・池上さんコラムは、それぞれ大きな問題だけども、さらに今モチベーションを下げているのは、経営陣に対する信頼がまだ得られていないことだと思う。経営陣を前に言うのも申し訳ないが、個々の役員ということではなく、経営陣総体としての空気なり、結果としてとった行動がやっぱりはずれ続けているように思う。いろんな論理があるとは思うが、やはり社員は、社長が特別顧問になるという話を聞いたとき椅子から転げ落ちたと言うわけだ。これは変にとがった人だけではない。そういう意味では、施策の根幹となるのは、経営陣の内部的な信頼を取り戻すために、何を「見える化」するのか、というところ。いくらきれいな立派なプランを立てても、それに社員が本当に乗ってこないのではないかと思う。
 大事なのは自分たちの「これまでの空気を壊すんだ感」というのを、ものすごいアピールなり、行動で示さないと、そこに対する自己チャレンジがないまま、あれやれこれやれ、モニタリングだと言ってもなかなか難しいと思う。日産の場合の成功事例は、やっぱりゴーン氏。ある種の象徴がいて、それが実行していったということがあるので、やっぱりそういう意味では、渡辺さんが社長として一身をかけてやらないといけないし、そういう意味では、お上品ではなくていいから、「俺は壊していくんだ感」が必要。細かい議論に入らずにとにかく「これまでの社風を壊す」みたいに。何かそういうインパクトがないと、知的あるいは制度的なものをいっぱい作っても、エネルギーにならないのではないかと思う。社外取締役というのが一つのそういうものかもしれないけど、それって12月にはできない。まさにこの1月2月をどうのりきるか、というところがとっても大事。これなら本気で壊すんだよね、っていうイメージを持たれるようなものが何かないと、きれいなプランなんだけど、うまくいかない気がする。

【江川】 西部本社の説明で言い洩らしたことがある。若い人たちは、自分たちがいる会社が今後どうなるかっていう不安を、世代を超えて持っている。もちろん信頼回復というのも大事だが、この将来への展望部分に、自分たちは最も関心を持っていると言われた。次回の委員会でも議論の機会を確保してほしい。国広さんがおっしゃる「根底感」、私たちは社員の人たちの話を聞いてきたけれども、やっぱり役員の雰囲気は実を言うとまだよく分からない。ここにいる人たちは、話を伺えばいろいろお話してくれると思うので、今後伺いたい。木村社長にもぜひお話を伺いたい。今回の一連の出来事で、どういうふうに判断されたのか、現場の人たちの声をどういうふうに受け止めたのか、それから今後についても、影響力を行使しないと本人の口からは聞いていない。誰も記者会見をやってないし、本人がこれからどういうふうにされるのか、っていうのもよく分からない。渡辺新社長は、その影響力に左右されないと思っているだろうし、飯田さんが盾となるだろうけれども、ただやっぱり木村さんご本人がどうされるつもりなのか、きちっと伺っておきたい。その機会は、ここに来ていただくのか、時間が合う人が聞きに行くのか分からないけれども、そういう機会を作ってほしい。

【司会】 今のお話については、ご要望を事前に伺っていましたので、現在調整しています。それから、再生プランについては、来年新しい組織を作って進めていくということではなくて、CFTを作るまでもなくすぐ実行できるものはどんどんやっていきます。詳細設計が必要なものはチームを作ってやっていく方針です。それから、社員の意識調査については、私どもやっておりますけれども、3年に一回くらいのペースでやっている状況です。直近のものを見てみますと、会社への将来性の不安や、経営陣への不満が非常に高まっている傾向で、改めて読み返してみますと、そういう前提があったかな、と思います。

【国広】 いま我々は再生プランの実行組織とモニタリングの議論をしているのだが、言いっぱなし状態だ。だから言い返して欲しい。「ご意見伺いました」というのでは困る。社内委員の意見を聞きたい。

【飯田】 国広さんがおっしゃる何らかの監視機能は必要ですよね。渡辺さんと私でいろいろと検討して、相当数当たったのですけれど、今この時期の朝日に来てくれる方はいらっしゃらなかった。前回志賀さんが帰るときにおっしゃった相当世間の目は厳しいですよ、という発言ですね、まったくその通りです。
 渡辺社長を会長の私が支えながらやりますが、やっぱり「内向きになるな」というのが今一番のご指摘だと思います。どうやって外の意見を取り入れるかというのは新体制の課題だと思っています。今苦労しているのは、新しい営業ができない、要するに訪問すると必ず続けて読みますよという、行ったら必ず契約更新してくれる人たちの感触が薄いのです。広告も、企画事業部門も、ということで、営業面がかなり苦戦しています。企業としてもブランドのことがありますので、それがどういうふうに戻ってくるか・・・・・・。
 読者との対話集会、町田あるいは千里でお話を伺ったのですが、50年とか40年とかとっていただいた方は、朝日新聞とともに人生を数えてきたとおっしゃる。そうとう厳しい声はいただいたんですが、やっぱり期待感が、根底に流れています。だから信頼回復にはどういう指標がいいのかは考えなければなりませんけれども、正確な新聞だとか、迷った時の時代の羅針盤だとか、長年読んでいただいている人たちの中にあるものが該当するような気がします。日産自動車さんのような指標が作れるか・・・・・・作らねばならないと思いました。

【西村】 最初の社員集会でも「何をもって信頼回復とするか」という質問が出ました。「定性的な答えは簡単には出せない」「長い問題だ。朝日新聞が世に必要とされるジャーナリズムとして再生するのは長いプロセスが必要だ」ということを答えた。定量的なものとしては信頼度などある程度のインデックスは必要だと思っています。今までやってきたいろいろな調査の点検だけではなくて、失った固定読者の回復もまさに直面する問題です。指標化というのはこれから整理しようと思います。

【国広】 経営陣の空気を壊すことについて、どのように考えているのか。新社長の渡辺さんの話を聞きたい。

【渡辺】 経営陣として今までと決別をするということをどういう形で示していくのかというのは、大変重たい、大きな課題です。具体的にどう見せるのかということも含めて重たいな、と思っています。基本的に木村というのは、こういう厳しい業界全体の中にあって、トップダウンを心がけて、それをむしろ意識的にやってきたと思います。次々と新しい仕掛けをし、新しいものを打ち出して、なんとか引っ張っていこうとしていたと思います。紙の新聞自体の商品の寿命がきている。ジャーナリズムが必要とされなくなっているということではありませんが、紙の新聞という形では、数パーセントずつ部数が減っているわけです。全国どの新聞もです。そういう中で朝日新聞も全く例外ではなくて、今700万部ある新聞が3パーセント4パーセントずつ減っていけば、あっという間に500万部になります。10年くらいで500万部になります。その速度は、今の減り方が維持されてそういうことですから、今回みたいなことが起きれば加速されるわけです。
 お店(ASA)の営業力も重要な課題です。お店がモチベーションをしっかりと持ってやれる仕組みにしないことには、どんな戦略を描いても効果的に機能しないということだと思います。そこのところは間違いなくやっていかないといけません。

 新聞社というのは、商品が一つしかありません。これまでデジタルとかいろいろやっていますけれども、基本は、商品が一つしかないのです。一つの商品をどうやって作って売っていくかということでしたので、構造改革といってもやれることに限界がある、やれる場所が限られていると思います。採用を抑えることで要員を減らして、解雇をせずに、要員を減らす。合理化をし、第二県版共通化のようなことをものすごい勢いでやっています。そこは一定の効果は出ていると思うんですけれども、やっぱり疲弊感は強まっているし、その声は上がってきています。私も大阪で仕事を長くしていました。編集局長もしていましたので、総局を回って、若い人たちと話をするのも毎月やっていました。今私が直面しているのは、先ほど国広さんからもありましたが、社外もそうですけれども、社内の危機感、きわめて混乱状況にあるというか、社内の不満が多い。一丸となってと言いつつも、一丸となる方向に行っていないと、いろいろなところでお話をするたびに思っています。今回新体制になるにあたって、しばらくは新聞協会等々の仕事は会長に任せて、私は社内の仕事に専念します。すべての職場に私を含めた役員が直接行って、信頼回復と再生のための委員会で論議されたこと、そこから出てきたプランを役員の間でいったん合宿等々をして落とし込んだ後、それぞれの現場に行って、総局も含めてすべての現場を回り始めようと思っています。その作業は、恐らく年明けからとなると思います。月内は第三者委員会の会見や、信頼回復の再生プランをどんな形で発表していくかを考えないといけません。そういうことから始めようと思っております。

【志賀】 新聞社は広報戦略が上手じゃないと委員会に出てよくわかってきた。地道な改善活動をしっかりと社内の隅々にまでやっていく一方で、世の中から朝日が変わった、すごいインパクトのある何かをどーんとやると、根本改革だと感じる。
 例えばあるメーカーの社長は代わった時、相談役などの社長経験者を退任させ、おかしいところはすべて変えると宣言した。インパクトがあり、ついに変えてくれると思った。別の会社の社長は結構無茶苦茶なことを言って、本社の社員を極端に減らすとか、前任者の手法を全否定するようなところから会社を変えていった。最近の危機管理で上手だなと思ったのは、賛否はあると思うが、ある銀行が不祥事の後、そこまでやるのかなというくらい変えた。その頭取は危機感を持っていて、社外取締役を過半数にするなど、相当度胸がいると思った。改革しているなと横で見ていてすごく分かり、立派だなと思った。
 渡辺さんが社長会見すると言ったが、そこでどういうメッセージを出すか。今言った全国津々浦々回ってという話では、誰も受け付けない。ASAの連合会長の資料に書いてあるが、相当のことをやってもらわないと。広報的な表現に走るのはよろしくないかもしれないが、トップのメッセージには従業員がついて行く。言っちゃえば変わらざるを得ない。地道に全国つらつら歩いてやっていくというのは日本的にはいいが、広報的にはインパクトが弱すぎるので、頑張ってください。

【渡辺】 ありがとうございます。再生に向かって、社員たちに対してどうしようかというところで申し上げましたが、12月5日、就任後記者会見をします。外の人に対して、読者だけではなく社会に対して、国民に対して、そこでどういうことを言うのかは、いま詰めた議論をしています。そこは、朝日新聞が変わっていくという決意を表明する場所だと思っています。それは、この間、色々な指摘を受け、社会との対話が足りないとか、自分たちの身内の中で話をしていて外と結ぶ言論ができていないというところに対して、どういう発信をしていけばいいのか、チームとともに議論をしているところです。

【国広】 渡辺さんにエールを送っているのだが、大事なことは、色々な施策を並べるのではなくて、きっぱり感と断絶感だと思う。今回の事件は木村社長個人の不祥事ではない。そうではなくて、一人ひとりが優秀で、真摯にやろうとしている。構造改革もやろうとしていた。「慰安婦報道を見直そう」。これは立派な誠実性なんだけど、そこから先がぐだぐだの訳の分からないことになった。そして池上問題。悪意とか悪人がいるわけではなく、ある意味不運なところもあると思うが、でも生きていくため、再生していくためには、ここからは違うんだという断絶感を示さないといけない。個人を責めるわけではないが、会社を活かすためには断絶が必要だ。だったら社内に部屋なんかあっちゃいけない。顧問とか残るとか、どうでもいいことに見えるかもしれないが、断絶して、社員のモチベーションや外への不退転の決意とか、5つ以上パラグラフがある文章ではなく、これが骨なんだと出さないと、難しいと思う。

【江川】 この問題は、戦後処理の問題に似ているような気がする。確かに朝日新聞は今までにもいいところがいっぱいあったし、木村さんだけの責任ではないと思う。ただ、そのまま顧問に残ってもらって・・・・・・となると、戦前とどう決別するかというのを曖昧にしたままでいると、なんか靖国参拝しているような気がする。戦争は東条さんだけが悪かったわけではない。もちろん大きな責任があり、一つの象徴として裁かれて、批判の対象になるのは当然だと思うが、それを今になってただ戦後、そんな悪くなかったよねと言って参拝を続けていると、外から見ると、日本は戦前との決別感がないと見られるのではないか。外から見ると、朝日もそうなろうとしている。渡辺さんも記者会見の時に聞かれると思う。木村さんとはどういう関係を持とうとしているのか、と。ここでもぜひ明らかにしてほしいと思う。経営者はこういう時に責任をとるためにいるようなもの。木村さんもお気の毒な面があるかもしれないが、それが社長になった者の役割だ。そことどう決別するのか、はっきりと打ち出してほしい。

【渡辺】 記者会見でも聞かれると思っていますが、その前に、週刊誌で木村が個室を要求したとか秘書を要求したとかいうのは全部ウソで、そんなことはありません。木村は9月11日の時から出処進退明らかにすると言いつつ、すぐに辞めるという発言をしなかったために、延命を図っているのではないか言われましたが、社内的には、あの段階から辞めるということにしていました。そこのところが揺らいでいることはありませんし、社内的に影響力を発揮しようとする形で居残ることもありません。では、私はどういう風に対応するか。木村は顧問だが、顧問は今現在東京に3人います。顧問部屋は3人同室で特別な秘書がつくこともありません。顧問の業務は、社長が必要に応じて何かを聞きたいときに、これどうやってきたのかみたいなことを聞いて、それに対して助言をもらうということなので、私がお願いする以外のことを木村がやることはありません。当然ですが、経営会議に何らか影響力を及ぼしたり、取締役の判断に何らかの影響を及ぼすことも全くございません。そこはしっかりとけじめをつけてやっていかなければいけないというご指摘は、その通りだと思います。

【江川】 記者会見の時にそれで突っ込まれると思うのは、木村さんはそういうつもりだと渡辺さんは受け止めているのだと思うが、渡辺さんは木村さんと今後どういう風につきあっていくのかということだ。木村さんは聞かれたこと以外には助言しないはずだと言われても、じゃあ渡辺さんがしょっちゅう木村さんに求めることがあれば同じ事。だから、渡辺さんの方から電話するつもりはないとか、何かそういうわかりやすいことを選手宣誓として言う必要があるのではないか。

【渡辺】 大変参考になります。気持ちとしては全くその通りなので、そのように言えるようにします。

【司会】 大変恐縮だが、まだ議題が残っていますが、もう予定時間を超えています。この後の予定がいる委員もいらっしゃるので、今から始めると途中で終わってしまう可能性もございます。残る議題については次回の委員会に回す方向で整理します。

【古市】 次回欠席なので、先に感想を言ってしまうと、「再出発の日」を設けるというのは気持ち悪いと思った。アイデアとしてはありなのかもしれないが、例えば金融機関などが不祥事を起こした時に、この再出発の日をやるのかというと、たぶんやらないと思う。また今日の議題で感じたことを簡単に言っておく。信頼回復の方法として上がってくるアイデアは、やや内向きなものが多いと思った。当然社内の改革をすることは大事で、チームを作るというようなことはやるべきだと思うが、一方で、方法というのが、車座集会年100回目標でやるとか、ASAで研修をするとか、根性論になってしまっている気がする。信頼回復のためにするという具体的なアイデア自体も何のためにするか、効果があるのか検証する必要がある。それをなしに、社内の論理で、これやったらいいんじゃないかということが羅列されているような気がした。ASAの研修は、もしかしたら、向こうからしたら迷惑かもしれない。こっちが勝手によかれと思ってできた研修と言われるが、向こうには向こうのロジックがある。かつ、それが読者から見ていいものかというと、たぶん、そうかは分からない。朝日新聞のここの委員のみなさんは信頼回復に関心があって、それは当然そうあるべきだと思うが、その一方で多くの読者や世間は、いつまでもずっと朝日新聞の信頼の回復に関心があるわけではないと思う。その温度差というか、過剰にナルシシズムとは言わないが、そういう謝罪の方向に走りすぎない方がいいのではないか。外から見た時の目線、外から見た時にどう見えるかという視点が足りないのかなと気がした。
 僕はこの委員をやっていて驚いたことの一つが、社長が特別顧問におさまるということ。いま話を聞いて実際には権力がないということには納得したが、それでも、ただ単純に社長辞めるのではなく特別顧問におさまると聞くと、おかしいと思った。
 それは今日あがってきた細かいアイデアで解決できることではないと思う。各社員が仮に人事交流しても、仮にASAで研修しても、解決できる問題ではない。そこをどうするのかということを突っ込んで、外から見ていかにそれがちゃんと違うとみせられる何かをしないと、たぶん再出発の日を作ることは、あまり求められていない。もちろん社内向けに作る、社内向けにやることは構わないが、外から見て、朝日新聞が、再出発の日を作ります、でも前の社長は特別顧問です、吉田調書問題はまだ社内的に解決していません、と言った時に、何も変わっていないと思われてしまう危険性があると思った。

【西村】 今の古市さんのご意見も踏まえたうえで、次回やりましょう。

【志賀】 あまりタクティクスに依存するのはよくないと思うが、やはり外の人が「そこまでやるのか」と思うようなインパクトがあると、しつこいようだが社内も変わってくる。ASA連合会長が再生案の中で、その通り書いている。目に見える対策は、朝日新聞は一度死んだというのだから再生は内外に明確に伝わりやすいように示してほしい。題字が変わるとか、そこまでやるのかというブランドアピール。読者の目に見える再生案。題字を変える、ロゴを変える。そういう形を変えるのも必要なのは分かるが、ここで言っているのは目に見えるもの。前回から聞いているプロセスや組織の変更なんていうのは、全部やればいいと思う。次回は、再生プランの発信からだ。あまり、いたずらにタクティクスに走る必要はないと思うが、そうは言ってもコミュニケーションはストラテジーなので、同じことを発信していても、心に響く発信と、流してしまう発信がある。申し訳ないが、社長退任でいうと、我々民間企業で言うと最も下手なやり方でやっちゃった。しかも、その発表が特別顧問で残るということで、またやっちゃった。どんどん後追いになっている。よほどのことをやらないと、なんなんだ、と。「志賀さんが再生委員になった割にはインパクト弱かったね」と私自身の価値が疑われるので、よろしくお願いしたい。

【江川】 さきほど飯田さんから色々な人に聞いた、頼んだが断られたという話があった。大体どれくらいの年齢の人に頼んだのか? 30代の人には当たったのか。今これからの事業を考えると、デジタルの中でどうやっていくのか、ニュースは新聞ではなくNewspickやスマートニュースで見る世代の人たちへどのようにやっていくのかを含めると、30代で事業を成功させている人もいる。優秀な人たちもいる。50代、60代で、それなりの地位にある人が、「いまさら朝日の・・・・・・」って思う。でも新しいことをやる人たちにとっては、朝日という大きな器はまだ魅力があるかもしれない。小さい規模から始めた人たちがやってきたことが、朝日という器でできることが面白いと思う人がいるかもしれない。そういう人たちを入れれば、「あっ」と思う。今までの固定観念にとらわれないやり方をやると、またいいアイデアが開けてくるかなという感じがした。

 以上