IBBY朝日国際児童図書普及賞

IBBY Asahi Reading Promotion Award

icon歴代の受賞

第21回
SIPAR(図書館の設置や出版活動など長年の読書推進活動:シパー) カンボジア
Abuelas Cuentacuentos(おばあちゃんの読み聞かせ計画) アルゼンチン

子どもの心に本の栄養

 子どもたちと本をつなぐ草の根活動を支援する第21回国際児童図書評議会(IBBY)・朝日国際児童図書普及賞に、カンボジアのNGO「SIPAR(シパー)」と、アルゼンチンの「おばあちゃんの読み聞かせ計画」が選ばれた。IBBYと朝日新聞の主催で、受賞団体にはそれぞれ賞金1万ドルが贈られた。読書の喜びを伝えようと、続けられてきた活動を紹介する。

 ●移動図書館や作家の育成 カンボジアのNGO

 8月29日午前9時半。クラクションが鳴り響くと、絵本を大事そうに抱えた子どもたちが、村長宅の庭に集まってきた。SIPARの「移動図書館」がやってきた合図だ。

 カンボジアの首都プノンペン中心部から北に約28キロ。ロンドゥル・ボロング村には、稲作農家約150世帯が暮らす。

 移動図書館のスタートは2000年。ワゴン車に約3千冊を積み、図書館のないプノンペン近郊の村を1カ所につき週1回のペースで巡回する。

 この日は、生後7カ月から13歳の75人が集まった。まずみんなで手を洗い、司書のボッティ・ビボロアッさん(31)が手品をして、集中力が高まったところで絵本を読み聞かせた。その後、車座になり、思い思いに好きな本を読んだ。

 本は1週間で3冊まで貸し出す。エリャスマイ君(8)は、ボッティさんが読んでくれた「小さなカエル」を借りた。「お姉ちゃんに読んでもらうんだ」

 図書館部門コーディネーター、シン・ソティアさん(31)は「本を届けるだけではなく、読書の楽しみ方を伝えるのが目的。農閑期は大人も来ます」と話す。

 SIPARは82年、カンボジア難民の支援のためにフランスで設立。91年に拠点をカンボジアに移し、教育支援に力を入れてきた。活動を支えるのは国外からの寄付だ。カンボジア政府の協力を得ながら、小学校や病院、刑務所に約230の図書館を作ってきた。

 図書館と並ぶ活動の柱は、現地のクメール語の出版事業だ。代表のホック・ソティックさん(43)は、70年代以降の政治の混乱と内戦で本は焼かれ、作家や司書、本の編集者らの多くが殺されたと話す。「20年間、生きるのに必死で、読書の習慣もなくなった。1世代が丸々死んだようなものです。本を出版することは、カンボジアでは特別な意味があるんです」

 当初は外国から輸入した本に手作業で紙を貼り、訳を書いていった。00年から出版事業に乗り出し、作家や編集者、イラストレーターを育てる講座を開いている。歴史や地理を学ぶシリーズや世界地図など、これまでに85冊を出版した。

 新しい図書館が建つたびに、SIPARが出版した本を寄贈している。採算が取れないため、1冊ごとに企業や個人のスポンサーが必要だ。出版部門コーディネーターのフオット・ソチェッターさん(31)は「いずれスポンサーなしで出版できるようになれば。読書が楽しいと知って、本を買ってもらえるような環境を作りたい」と話す。

     ◇

 ●失業女性が読み聞かせ アルゼンチンの財団

  アルゼンチンのメンポ・ジアディネリ財団が、99年から始めた「おばあちゃんの読み聞かせ計画」。失業中の女性を読み聞かせボランティアとして養成、貧しい地域の子どもが文学に触れる機会を作ってきた。作家で財団代表のメンポ・ジアディネリさん(65)は8月23日、授賞式のスピーチで活動を紹介した。

 ジアディネリさんは76年から9年間、メキシコで亡命生活を送り、帰国後、読書を推進する財団を立ち上げた。「長期の独裁政権で、多くの国民が読書の喜びを忘れてしまっていた」

 計画を始めたのは、お年寄りに小説や詩を読むボランティアを、ドイツの病院で見たのがきっかけ。今では50〜70代中心に約3千人の「おばあちゃん」が、国内60カ所のほか、南米7カ国でも活動。幼稚園や障害者施設、孤児院で、毎週延べ10万人以上に本を読む。

 「同じ女性が何年も同じ子どもたちに本を読むことで、子どもの知的な成長を促し、女性たちの自尊心も高まります。愛情と上質な文学は、栄養価の高いカクテル。読書文化を築くことが、差別のない将来につながると信じています」

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第20回
第二のわが家(ガーナ)
麻薬の街で「本の出前」(コロンビア)

 子どもたちと本をつなぐ草の根活動を支援する国際児童図書評議会(IBBY)・朝日国際児童図書普及賞が、20回目を迎えた。節目の年に受賞したガーナの「オス子供図書館基金」の現場を訪ねると、子どもたちが人懐っこい笑顔で迎えてくれた。

 ギニア湾に面したガーナの首都アクラ。コンテナを活用した奥行き約12メートルの細長い平屋をのぞくと、色とりどりの絵本が目に飛び込んできた。子どもたちがじゅうたん敷きの床に所狭しと座り、お気に入りの本を広げている。蔵書は約5500冊。ここが、オス子供図書館基金がつくった最初の図書館だ。

 「みんなの好きな本は?」と現地の責任者、ジョアナ・フェリーさん(43)が尋ねると、「おさるのジョージ!」「レッド ブック!」と、次々手が挙がった。米国の絵本に、アフリカの物語……。中でも人気なのは、基金オリジナルの写真絵本だ。

 かつて、国内で出版される子どもの本はほとんどなく、地元の子ども向けに基金が作り始めた。その一つ、「マイ ハッピー ブック」は、7歳の女の子が幸せに感じる瞬間を収めた。お母さんに頭をごしごし洗ってもらったり、友達と歌い踊ったり。ABCや数を学ぶ写真絵本など、出版した本は25冊になる。

 ●第二のわが家

 図書館は、子どもたちにとって第二のわが家のようだ。顔を出すと、「よく来たわね」とジョアナさんが抱きしめる。読み聞かせに加え、ビンゴゲームやカルタ、クイズの時間もあり、楽しみながら言葉を学ぶ。6歳から14歳ぐらいまでの子どもが中心だが、時にはよちよち歩きの妹や弟も。おなかをすかせた子が多いため、パンや豆スープなど軽いご飯も出る。

 はじまりは20年前。一家でアクラに住んでいたカナダ出身の看護師キャシー・ノースさん(54)は週に1度、庭の木の下で我が子や近所の子に読み聞かせていた。すると、誘い合って耳を傾ける子が150人にまで膨らんだ。ほとんどの子にとって本といえば教科書だけ。物語の世界が、子どもたちを引き寄せた。

 ノース家で家事や子守の手伝いをしていたジョアナさんとともに、「読書の喜びを伝えたい」という一心で本をそろえ始めた。キャシーさんは1993年の帰国後も毎年のように訪れ、ジョアナさんと二人三脚で活動を続けた。

 2人は、200を超す地域や学校に足を運び、図書施設を充実させた。専門家ではなかったが、タンザニアやジンバブエなど他国にも図書館員としての経験を伝えている。

 運営費の8割は寄付頼み。昨年はカナダを中心に26万USドル集まった。「たくさん失敗しながら、図書館の運営の仕方や自尊心を育む教え方を確立した」とキャシーさん。IBBYは「資格を持った司書たちがねたむほど、実りある活動ぶりだ」と評価する。

 ●人生の基盤に

 図書館は、街中の貧困地区や漁村など7館になった。どこでも、外には手洗い場、入り口にはげた箱がある。読む前にはせっけんで手を洗い、読み終えたら元の棚に戻す。ホコリよけの布を本棚にかけてから閉館する。本を大事に扱う姿勢が染みついている。

 子供図書館とはいえ、大人向けに公用語の英語の読み書きを教える識字教室もある。この8月から通うビルの管理人、ヨセフ・アサビアさん(51)は、「銀行や病院に行ったとき、読んだり、書いたりできないのはつらい」。子どものころ貧しく、学校に通えなかったのだという。終業時刻になると、「もう時間? 短すぎる」と惜しんだ。

 かつて図書館に通った子どもが、スタッフとして支えることも多い。基金から奨学金を得て高校に通ったマーティン・アジェイ・レジェンドさん(26)は「図書館が人生の基盤を作ってくれた」と振り返る。いまは、ニマ地区の図書館に併設された小劇場で、約50人の子どもたちとガーナの伝統的な踊りや歌を交えた劇を作り上げている。

 図書館では、何度も「静かに!」と注意されるほど、弾むような子どもたちの姿が印象的だ。別れ際、「サンキューは、日本語で『ありがとう』」と伝えると、「ありがとう!」「ありがとう!」と、こだまのように響かせながら帰っていった。

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 ■麻薬の街で「本の出前」 コロンビアの財団

 コロンビアで活動する「ジョルディ・シエラ・イ・ファブラ財団」も受賞した。公立図書館司書だったファン・パブロ・エルナンデスさん(38)が、活動の中心を担っている。

 麻薬売買の拠点として知られるメデジンで暮らす。子どものころからギャング同士の抗争を見てきた。使い走りをさせられ、投獄された友達もいる。6人きょうだいの中で、末っ子の自分だけ麻薬に手を出さなかったのは「本が麻薬の代わりになってくれたから」という。

 図書館には近所の子しか足を運ばないので、街角や公園、山間地など様々な場所へ「本の出前」をしている。「本と無縁の暮らしをしている子どもに、ただ与えるだけではダメ」と言い、サッカーやお絵かきなどを通して本とかかわりを持たせた。「読んであげると物語の世界に入っていきやすい。そこから少しずつ、自分から読みたい、という気持ちが生まれます」

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 ■第1回受賞「活動に弾みがついた」 ベネズエラ「本の銀行」

 IBBYの活動に朝日新聞社が賛同し、88年に始まったIBBY朝日賞の1回目の受賞団体は、ベネズエラの「バンコ・デル・リブロ(本の銀行)」。今年9月にスペインで開かれたIBBY世界大会には、ここのエグゼクティブディレクターのマリア・ベアトリツ・メディナさん(61)も参加していた。

 識字率が低かったベネズエラで、60年から女性が中心となってミニ図書館を設立し、移動図書館を運営する。「国際的な賞を得て活動に弾みがついた」とマリアさん。学校図書館のネットワークをつくり、先生や司書の教育を担った。子どもの本に関する資料をラテンアメリカ各国から集め、資料センターも設けた。

 最近は、自然災害や紛争に巻き込まれた子どもに本を与える活動に力を入れる。「毛布や食糧と同じように、凍り付いた子どもの心をとかすには本が必要」。メキシコなど各国にノウハウを伝える。

 世界大会の会場の入り口には、賞の歩みを伝える大きなポスターが張られていた。通りかかったルワンダの女性が「私たちの団体は2年前に受賞したのよ!」と誇らしげに語りかけてきた。

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第19回
ラオスにおける読書推進活動(日本・ラオス)
はじめての母国語による子どもの本の非営利出版活動(ルワンダ)

 インドシナ半島の内陸国ラオスで絵本や昔話など子供向けの図書を出版し、読書推進活動を続けてきたNPO法人「ラオスのこども」が、今年の国際児童図書評議会(IBBY)・朝日国際児童図書普及賞(IBBY、朝日新聞社主催)を受賞した。

 ビエンチャン中心部の「子ども教育開発センター」。市教育局の建物の一階に図書室があり、2千冊を超す本がある。20人ほどの子どもと3人の先生が床に座って好きな本を広げていた。隣室では少女らが伝統舞踊の練習中。コーラスや紙芝居の時もある。

 学校が休暇中は終日ここで過ごすというパロウニさん(13)は「本がたくさんあって歌や踊りの練習もできる。勉強して将来は旅行ガイドになりたい」と話した。

 本を寄贈した「ラオスのこども」は運営費とノウハウも提供する。図書室に情操教育の場がセットになったこうしたセンターは全国に約20カ所。うち10カ所を支援する。

 「ラオスのこども」はこれまで144点約67万冊を出版した。90年に始めた時、この国には出版社も書店も図書館もほとんどなかった。著作権交渉をして外国の書物を翻訳。コンクールを催し作家を発掘してラオス語の書物を増やしてきた。書棚には「星の王子さま」や乙武洋匡氏の「五体不満足」の訳本も並ぶ。

 同時に学校に本と図書室の寄贈を続けている。全国8千校のうち約3千校に各200〜300冊を贈り、175の図書室を設置した。さらに先生たちを招いて3〜4日、集中的に講習している。ラオス事務所のダラ代表は「子どものころに本に接した教師が少ない。どうやって本を読み、授業で使うかをまず先生に教えることが大切」と話す。

 「ラオスのこども」はラオス出身の女性で日本在住のチャンタソン・インタボンさんが82年に子どもに絵本を贈る運動を始めたことが出発点となっている。

     ◇

 同賞はルワンダの「エディションズ・バカメ」にも贈られた。ルワンダ大虐殺の翌95年、子供と若者を対象に始まった非営利出版事業であり、全国民が理解するキニヤルワンダ語で子供に図書を提供する初の出版事業者だ。

 授賞式は9月9日、コペンハーゲンで催される。

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第18回 
子どもたちの移動図書館(モンゴル)
全国で子どもたちへの読み聞かせ(ポーランド)

 第18回国際児童図書評議会(IBBY)・朝日国際児童図書普及賞(主催=IBBY、朝日新聞社)に、遊牧民の子どもや都市の孤児たちに読書の機会を持ってもらおうというモンゴルの「子どもたちの移動図書館プロジェクト」が選ばれた。マカオで始まったIBBY世界大会で22日、授賞式が行われた。

 ウランバートル中心部から北西に約25キロの丘陵にある非政府組織(NGO)の施設。貧しさや親の暴力など、様々な理由で家を失った子どもたちが暮らす。

 「きつい坂道で牛車が動かなくなってしまいました。車輪に油をつけてヨイショ」。児童文学作家ジャンビーン・ダシドンドクさん(65)が子どもたちに本を読み聞かせる。この日は自著の「牛車」。坂道を上る牛車の努力を、子どもたちの人生に重ねた物語だ。

  ダシドンドクさんが学生らボランティアと始めた「移動図書館プロジェクト」は02年から活動が本格化した。これまで計6万キロを移動。車が通れないところは馬車やラクダで行く。

 本は日本から寄贈された絵本約1万冊が中心。日本語を学ぶ学生たちが翻訳し、手作業で絵本の文章部分に張り付けた。

 ダシドンドクさんの読み聞かせが終わると、子どもたちは好きな本を選び、草の上に座った。「白雪姫」を手に取ったナーランゴアさん(11)は昔話が好きで、特に日本の「雪女」が気に入っている。「日本の本は絵がきれいで、おもしろい。いつか日本に行ってみたい」

 モンゴルでは90年代以降、市場経済化が進んだが、社会保障が大幅に縮小され、貧富の差が拡大した。失業や離婚の多さも深刻な社会問題だ。「国の状況は厳しいが、子どもたちが私たちの希望。空腹は食べ物で満たせるが、本を読めなければ心が空腹になる」。ダシドンドクさんはこう信じて歩き続ける

     ◇

 同賞は、ポーランドのABC21財団が01年から続ける「全国で子どもたちへの読み聞かせ」活動にも贈られた。家や幼稚園、学校などで読書習慣を復活させ、情操の発達を促すことが目的で、成果はポーランド中に広がっているという。

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第17回 子どもが初めて出会う印刷物(南アフリカ)

 公用語が11もある南アフリカで、貧しい地域の子どもたちが母語で書かれた絵本に触れ、読み書きの能力を高められるようにと、同国国立図書館の図書センターが様々な言語で書かれた絵本の制作と配布に取り組んでいる。

 人口約90万のケープタウンの中心街から南に約20キロ。黒人と白人などの混血で「カラード」と呼ばれる住民が多いロイカピ地区の幼稚園では、子どもたちが絵本を広げ、朗読にじっと耳を傾けていた。

 南アでは旧白人政権による人種隔離(アパルトヘイト)政策が終わり、94年に民主化した時、英語やアフリカーンス語、黒人部族語などの計11語が公用語とされた。

 ロイカピ地区の子どもたちがふだん家庭で話している言語は、祖先がオランダやフランスから移住してきた白人たちがつくったアフリカーンス語だ。

 人気の絵本「キュシュ、キュシュ(蒸気機関車の音のシュッシュ、ポッポ)」はアフリカーンス語のほか、ズールー語やコサ語など6言語で書かれている。

 幼稚園で働くファラナス・ダニエルズさん(42)は、「ほとんどの家庭が貧しく、幼児向けの本など1冊もない。絵本を初めて見た時の子どもたちの喜びようはすごい」と話す。

 プロジェクトが本格化したのは約1年前から。図書センターのスタッフが、同国にある9州のうち、貧困層が多く識字率が低い東ケープなど4州の農村で、南アの作家が書いた4種類の絵本を約1万人に配った。

 プロジェクトの中心メンバーであるロラト・トロクさん(29)は「旧政権は有色人種の政治意識が高まらないように、十分な教育を与えない政策をとった。今も小学校就学前に文字に触れる機会がなく、学校に入ってから、読み書きが身につかずに苦しむ子は多い」と説明する。

 トロクさんは12歳の時、本を読みたくて図書館に入ろうとしたら、「白人しかだめだ」と追い返されたことがある。その時の悔しさが、現在の活動を支えているという。

 「人種差別に代わって、今でも子どもを本から遠ざけているのは、貧困と、人々の幼児教育への無理解です。貧しい子どもたちにも本を読む楽しさと喜びを伝えたい」

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第16回 姉妹図書館(ボリビア)

 図書館を通して子どもたちに読み書きを教えているボリビアの「シスター・ライブラリー(姉妹図書館)」プロジェクトが選ばれた。

 国土の3分の1をアンデス山脈の高地が占める南米のボリビア。子どもたちへの読み書き推奨活動は、中部の標高2500メートルにある人口60万人の都市コチャバンバで行われている。ボランティアの先生たちによる「教育体験ワークショップ」が母体となり、80年から始まった。

 この図書館は現地のケチュア語で「大地の頬(ほお)」と呼ばれる。太陽の光と寒さでやけた子どもの顔を意味している。恩恵を受けている子どもは毎年約800人。多くは、同市の貧しい地域に住んでいる。

 「カンチャ」と呼ばれる青空市場で働く女性たちの子どもには、本や教材を市場に持ち込んで、読み書きを教えている。受刑者の子どもたちを対象とした活動も始めた。

 この活動を支援しようと、米国ノースカロライナ州のアパラチア大学は、出版社や市民らに図書の寄贈を求め、毎年、学生が同市に届けている。

 授賞式は4月2日、イタリアのボローニャで開かれる国際児童図書展の中で行われ、賞状と副賞1万ドルが贈られる。IBBYボリビアのガビー・バリェホ会長は「受賞は大きな喜びであり希望だ。賞金は新しい施設造りのために使いたい」と話している。

 また、今年は副賞を伴わない同賞特別推薦が設けられ、米・オハイオ州クリーブランドの小児科医を拠点とした地域での読み聞かせ運動「リーチアウトアンドリード(手を伸ばそう、そして読もう)」計画が選ばれた。

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第15回 読書の権利を求めて(アルゼンチン)

 「移動図書館」といっても車はない。女性が1人で、童話がたくさん入った大きな布製の袋を肩にさげ、路線バスを乗り継いで遠くの村に貸し出しに行く。「子供に本の素晴らしさを伝えたい」。こんな気持ちが唯一の支えだ。アルゼンチン第2の都市コルドバにあるNGO団体「児童文学研究センター」の活動が選ばれた。なお授賞式は30日、スイス・バーゼルである。

 首都ブエノスアイレスから北西に約700キロ。学園都市の中心部にセンターの事務所がある。83年の創立で、メンバー15人のほとんどが女性だ。

 83年まで続いた軍事政権下では、文学そのものが抑圧される時代が続いた。センターの活動も当初は、学校の先生や図書館の職員への研修会を開き、「児童文学」を認知させることが重点だった。今、「貧しい子供たちにいかにいい本を与えるか」を目指す。

 移動図書館の「四つの風の図書館」と、小児病院などに入院する子供を対象にした「枕の本」という二つの活動が中心。

 「四つの風」という名前は、メンバーが袋をかついで東西南北に本を貸し出しに行くところからつけられた。布袋は20キロは超える。中の本は、大きな状差しのような布に入れられ、取り出して壁にかけると「即席図書室」ができる仕掛けだ。

 数年前の春。メンバーのセシリアさん(47)は、エル・フエルテシート村の小学校に本を貸し出しに行った。バス停から歩いて1キロ以上離れた学校から子供たちが迎えに来てくれた。学校に着くと、子供たちが列をつくって迎えた。紙吹雪と歓声。図書館の存在さえ知らない子供たちに、本の楽しさと本を借りるルールを教えた。

 訪問した時だけ本を読ませるのではなく、訪問をきっかけに読書を定着させるのが目標だ。親や先生たちにも語りかけ、訪ねた学校や施設の9割以上が、小さな図書室をつくっている。代表のスザンナ・アジョーリさん(41)は「読み聞かせてあげる時の子供たちの目の輝きに感動の連続です」と話す。(文と写真・コルドバ<アルゼンチン中部>=和泉聡)

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第14回 ペチェンガ地方の子ども読書推進計画(ロシア)

 ノルウェーやフィンランドとの国境に近い、ロシア北西部のペチェンガ地方。冬には零下三〇度になることも珍しくないこの地方で活動を続ける「ロシア・ペチェンガ地方の子ども読書推進計画」が選ばれた。図書館を中心に読書を推奨する活動が評価された。

 バレンツ海に面した人口約四万六千人のペチェンガ地方は、ニッケル生産が主な産業だ。北極圏内に位置し、三月になっても厳しい寒さが続く。ロシアが置かれた厳しい経済状況は、ここも例外ではない。図書館は子どもにとって高価な本や雑誌に接することができる数少ない場所だ。

 今回受賞の対象になったのは、同地方に点在する十三の公立図書館が連合して展開する読書推進活動だ。図書館利用者は昨年だけでも、人口の半数以上に当たる二万五千人に達した。

 家族向け図書館では、大人と子どもが一緒に読書できる部屋が用意されている。子どもが本に親しむだけでなく、地域の交流の場ともなる。また、親の立場からみると、家庭内の雰囲気がよくなる好影響もみられる、という。

 子どもによる雑誌作りも盛んだ。中央図書館の文学クラブでは、自作の物語や詩を盛り込んだ雑誌を編集した。今後は、ほかの図書館にも同じようなクラブを作り、コンテストの開催も検討している。

 中心都市ニケリの児童図書館では、人形劇が人気を呼んでいる。観劇が子どもの読解力を養うと同時に、図書館を訪れるきっかけにもなることから、ロシア民話を人形劇で紹介したのが始まりだ。現在は、公演がほかの図書館や学校、幼稚園にまで広がり、一九九七年には、初めて国境を越え、ノルウェー北部に渡った。

 逆に、ノルウェーから作家を招き年に数回、集会も開く。子どもは直接作家と接し、異文化理解を深めている。

 受賞決定を受けた図書館連合代表のマリナ・トルソワさんは賞金百万円の使い道について「新たに本や人形、コピー機、子どもが雑誌編集に使うパソコンを買いたい」という。地元の行政もニケリにある中央児童図書館の建て替えを決めた。少ない予算の中で活動を支えてきたボランティアや熱心な参加者にとって、二重の喜びとなった。

 授賞式は四月四日、イタリア・ボローニャで開かれる。

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第13回 読書の種をまく会(ペルー)

 住宅がまばらなペルーの農村地帯で「子供たちに本を読ませたい」という願いが広がり、本を一冊でも多く送り届けようと、走り回る人たちがいた。北部ピウラ県タンボグランデでは、小集落ごとに図書室を開き、ロバやゴムボートも使って本を配り、読書の輪を広げている。タンボグランデ公共図書館の運動「読書の種をまく会」が選ばれた。

 日本の農村のような青々とした水田が広がっている。手前の庭では七面鳥が地面をつつき、犬や猫が木陰で寝そべっている。軒先の土間にあるテーブルには、幼児用の絵本のほか、昔話、料理、裁縫などの本三十数冊が並んでいる。

 農家の主婦ロサリオ・ロアイサさん(三一)は昨年十月から、自宅の軒先を「図書室」にした。幼稚園が遠くて通園できない自分の子供に本を読ませたくて、町役場と相談し、自ら図書室を引き受けたという。

 近所の子供や大人が、一日に二十人くらい本を読みに来る。「子供たちは読む習慣がついてきたようです。小さい子には本を読み聞かせすることもあります。大人には農業技術などの実用書が人気です」とロアイサさんは目を細める。

 図書室を集落ごとに設ける「読書の種をまく」運動は一九六四年に始まった。大きな八カ所の集落では建物を借りて「図書館」とし、町職員を派遣している。このほか、ロアイサさんの家のように、自宅の一部を提供してくれる「図書室」は三十カ所に上る。

 エクアドルとの国境に近い農村で、道路らしい道路がない場所もある。そんなあぜ道の奥の図書室へ本を持ち込むには、ロバの背中に本を積んで運ばせる。

 町役場のすぐ近くを流れるピウラ川には橋がないが、川幅百数十メートルの対岸の先にも図書室がある。そこで利用するのは、泳ぎ達者な男たちが引っ張る特製ゴムボートだ。タイヤのチューブのようなゴムを二つ重ねたボートで、大人一人と本数十冊を積んでも、男たちは巧みに引っ張って対岸まで送り届けてくれる。

 中央図書館では毎週土曜日、「童話を読む会」が開かれる。五歳から十歳までの子供たちが約三百人やって来る。職員らがペルーの昔話などを読み聞かせし、読書の輪があちこちにできる。ジグソーパズルなどの遊び場も用意し、町中の子供たちの交流の場になっている。

 中央図書館館長のダビ・サベドラさん(二七)は「子供は本が好きで、親に言われなくても本の回りに集まってきます。今は三十カ所の図書室を増やし、百七十の全集落に設けたい。地元の昔話を本にする企画にも取り組みたい」と話した。

 ペルーの農村部は左翼ゲリラの活動や貧困の影響で、長い間、子供たちの教育が困難だった。しかし、フジモリ政権の下で社会は安定し、人々は読書と教育の普及に、新たな意欲を燃やしている。図書室の一つでは、壁紙にこのメッセージが書いてあった。「本は私たちに考えることを教えてくれる。考えることは自分が自由になることだ」

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第12回 非暴力と平和のための移動図書館(パレスチナ・イスラエル)

 イスラエルによる占領が三十年以上続くパレスチナの地で、暴力による抵抗ではなく平和的な手段で自立することの重要性を、読書を通じて子どもたちに伝えようと活動してきた「非暴力と平和のための移動図書館(LOWNP)」が選ばれた。今月八日にイタリア・ボローニャで授賞式が開かれる。

 ヨルダン川西岸には約四百五十の村が散らばる。ほとんどが本屋にも図書館にも縁がない。そんな地域の子供たちに読書の楽しみを配るのが、LOWNPの仕事だ。現在、百カ所で約三千人を対象にしている。

 移動図書館といっても、大型のバンに、持ち運びのできる書架を積んで運ぶだけだ。本格的に書架を固定した移動図書館にしないのは、予算上の理由からだけではない。

 六七年の戦争で、ガザとともにイスラエルに占領された西岸は、九三年のオスロ合意に基づきパレスチナ自治が徐々に拡大した。しかし領域は分断されており、占領軍管理地域を通らずに目的地に行くことはできない。その地域を通過するにはイスラエルの認可が必要だが、LOWNPはその認可を受けていない。

 エルサレムの北郊、サミラミス村にある本部には、ささやかな図書室を設けている。利用登録をしているのは七百十人。放課後やって来た子どもたちは、借りたい本を取り出して記録してもらう。

 「図書館ファミリー」と呼ばれる十三人の中学・高校生が、ボランティアで記録係を務める。「ここではいい時間を過ごせる」というオラハちゃん(一一)は、部屋を飾る絵も描いた。コンピューターを学ぶのが夢のフィアド君(一五)は「ほかに何もすることがないから」ここに通う。村には、この図書室以外に子ども向けの施設はない。

 ○非暴力の抵抗教える

 LOWNPは非暴力によりイスラエルとの和平、パレスチナの自立を追求する運動が母体で、九四年に図書部門が独立した。事務局長のナフェズ・アサイリさんによると、本を車に積んで読書普及活動を始めると、行く先々で親たちから苦情を訴えられるようになった。「占領軍からオリーブの木を根こそぎにされた」「ユダヤ人入植者が土地をさくで囲って奪おうとしている」などだ。

 アサイリさんらは「じゃあオリーブを植え返そう」と言って運動を組織し、あるいは「さくで囲ったのは違法だから」と、それを除きに行くなど、暴力を排した合法的な抵抗を説き、指導してきた。

 ○文化、コーランも紹介

 現在、八千九百六十冊を数える図書も、戦争ものは避け、絵本を中心に温かみのある、優しい気持ちになるような物語が中心。また、偏狭な価値観に凝り固まらず、多様性を受け入れる素地を養うため、様々な国の文化を紹介するシリーズをそろえる。

 アラブ社会に圧倒的な影響力を持つイスラム教の経典、コーランに関するシリーズもある。爆弾テロなどの過激派の闘争のせいで、イスラム教が暴力をあおるようなイメージを持たれがちなのに対し、コーランには動物や植物など、暴力とは無縁の事柄がいっぱい含まれていることを示すのを目的にしている。

 アサイリさんは「この図書館を利用する子供が本を家に持ち帰って読む。親たちの目にも触れ、少しでも非暴力の思想が広がっていく。私たちは、そんな効果も期待しているんです」と話している。

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第11回 てんやく絵本ふれあい文庫(日本)

 大阪市西区の「てんやく絵本 ふれあい文庫」(代表=岩田美津子さん)が選ばれた。子どもの読書活動に貢献する世界各国の団体が対象で、今年で11回目だが、日本からの受賞は初めて。授賞式は、イタリアのボローニャで2日に開かれる。

 代表の岩田さんは四十五歳。生まれつき視力がない。

 絵本との出合いは、当時、一歳だった長男勝志さん(二一)が、「これ読んで」と犬の絵本を持ってきた時だった。

 「親が目が見えないからといって、特殊な家庭環境にしたくない」と色々な方法を試し、透明の塩化ビニールシートを絵の形に切って張り、点字で打った文を張りつける「点訳絵本」を考え出した。

 これなら岩田さんも絵の輪郭が分かるし、読み聞かせもできる。長男は四歳になっていた。「息子は『お母ちゃんの字がついている』と大喜びし、何度も『読んで、読んで』とせがんでそばを離れませんでした」

 ボランティアの助けを借り、絵本が次々できた。百冊余りになった一九八四年春、知人から「ほかの目の見えないお母さんにも貸してあげたら」と言われ、「岩田文庫」として貸し出し始めた。始めてみると数が足りず、郵送料も三冊で往復七百円前後かかるなど問題が次々と出てきた。

 「でも、そのつど『どうしよう』って大声で騒いでいると、助けてくれる人に出会えるのよ」。新聞などで活動を知った人から絵本が届いたり、郵送料の支援をしてくれる企業が出てきたりした。

 岩田さんは、手紙を出したり、直接郵政省を訪れたりして点訳絵本の郵送料の無料化を訴えたが、「絵本を読んでもらうのは目の見える子ども。盲人用ではない」との理由で認められなかった。

 八七年五月、朝日新聞の「天声人語」が岩田さんの思いを取りあげ、反響が郵政省に届いた。国会でも話題になり、二カ月ほどして、無料化が決まった。

 「そんな動きを知らなくて、当日、昼寝をしてたら、突然知り合いから『国会中継見てたよ。おめでとう、決まったね』の電話。え、何それっ?て驚きました」

 それまで三十人余りだった利用者がすぐ倍になった。九一年には社会福祉法人・視覚障害者文化振興協会の事業になった。書庫も大阪市西区の協会に移転し、「ふれあい文庫」と名を変えた。利用者は年々増え、九七年には北海道から沖縄まで百八十三人になった。

 岩田さんは九二年二月から、JBS日本福祉放送で「絵本の玉手箱」という番組のパーソナリティーになり、目の見える人にも楽しんでもらえる絵本の話題を提供している。九四年の文庫十周年記念行事には、点訳絵本作りの講習会も開催した。この講習を受け、現在、ボランティアとして活躍している人も多い。

 「とにかくまず走り始めたのが良かったのかもしれません。壁にぶつかったところで大声出したり考えたりして、ボランティアや周囲の人に助けてもらってここまで来た感じです」と岩田さん。

 十年前には、ボランティアの協力を得て、「点訳絵本のつくり方」(せせらぎ出版)も出している。受賞を機に、自分たちのやり方を海外の関係者にも知ってもらいたいと、その英訳版を百部ほど作り、イタリアに持参する。

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第10回 私と一緒に読んで!(フランス)

 繊維工業の中心地だったフランス北部ノール県は、いま高い失業率に苦しみ、多くの貧困家庭をかかえている。活字から見放された児童に読書の楽しみをと、朗読運動「私といっしょに読んで」を十年近く続けている同県青少年保護協会が選ばれた。十日にイタリア・ボローニャである贈呈式の前に、現地を訪ねた。

 ノール県にあるルーベーは、人口約十万人。北アフリカからの移民が三割を超す。市の中心部にある社会援護組織「友愛協会」に、授業がない水曜日の午前、十四、五歳までの三十数人が集まる。半分は字が読めない。書棚には約二百冊の本がある。

 朗読するマリー・フランス・パンセさん(三〇)のひざの上は、クロード君(八つ)の指定席だ。お気に入りの絵本「エレベーター・ヨヨ」を手放さない。

 「クロードは最初は本を手当たり次第投げて、大変でした。静かに本を開くまで二年かかりました」

 六人兄弟の三番目。父親は長い間失業中で、一家は生活保護で生きている。

 「ここにやってくるのは、社会から疎外された家庭のこどもばかりです」

 パンセさんは言う。

 「十歳になっても、きょうは何曜日か知らない子がいる。親が本に興味がないのが影響しています」

 親たちは学歴が低く、本と言えば、嫌いだった教科書を連想してしまうからだ。

 「私も、そうでした」

 十二歳の息子、八歳の娘を連れ、生後二カ月の赤ん坊を乳母車に乗せてきたエメさん(二九)が、うなずいて話しはじめた。通い始めて四年になる。

 「息子は学校で三回落第しました。ここに来る前は何も読めなかったのです。いまでは歴史、童話、地理の本を喜びます。娘は入学前から本に親しんだので学校では、何の問題もありません。読書によって集中力が生まれ、言葉も豊かになった。赤ちゃんには、八日目から本を読んで聞かせていますから、安心です」

 夫も変わった。話をつくってこどもに聞かせるまでになった。

     ◇

 八八年にノール県などが地域の幼児と読書の関係を調べた。わかったのは、「貧困家庭と移民家庭では幼児のフランス語の能力に問題があり、成長してから留年や非行に走る例が多い。いずれの家庭にも本がない」「幼児や両親の読書への関心は高く、朗読できる専門職員の養成が必要」などだった。翌年、同県青少年保護協会が、主婦ジュリエット・カンパーニャさんを事務局長に招いて、「私といっしょに読んで」のキャンペーンに乗り出した。カンパーニャさんは八一年から、ルーベーの小学校で幼児や児童に本を読んで聞かせていた。

 いま、市町村からの補助金も集まり、カンパーニャさんは、朗読ボランティアの育成・紹介、本の選び方についてのセミナーの開催、図書館・学校などを回っての読書指導と、年に百日以上も飛び回る。

 「朗読の対象を赤ん坊からお年寄りにまで広げたい」

 彼女の仕事は増える一方だ。

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第9回 小さな図書館(南アフリカ)

 黒人と白人、都市と農村の格差が途方もなく大きい南アフリカで、値段が安くて質のいい絵本を作り、教材として学校に送ってきた「リトルライブラリー」(小さな図書館)が選ばれ、十一日にイタリア・ボローニャで贈呈式があった。地方の教師やソシアルワーカーたち、時には子供たち自身も、お話づくりに参加して出来たプロジェクトだった。

 リトルライブラリーは、本を配ったり、巡回図書館を運営したりする団体ではない。アパルトヘイト(人種隔離)を葬り、多民族、多言語の共存をめざす新しい南アにふさわしいお話作りをめざす。国中で話される七から十一の言語に翻訳し、音楽や、教師の手引、遊戯カード、人形までをワークショップ形式で製作してきた。九三年に設立され、現在、五人の専従スタッフがいる。

 ○700人が製作に参加

 IBBY・朝日国際児童図書普及賞は読書推進運動に貢献している市民団体に贈られる国際的な賞。今回の受賞のきっかけになったのは、九二年から一年半かけて七百人が製作に参加した紙芝居のようなキット。募集で集まった八十のお話から十本が選ばれ、南ア社会の背景や、健康管理の知識、環境や家族の協力などへの配慮が盛り込まれた。英語のレベルに応じて四歳から九歳まで使えるようになっている。

 お話は「わにの虫歯」「真っ暗な夜の話」「お父さんのいびき」「カメレオンの魔術」「迷子のやぎ」などすべてオリジナル。「リゾの歌」は、都市のストリートチルドレンで歌がうまいリゾが、黒人バンドに加わって人気者になるという話だ。

 南アはつい最近まで、事実上黒人は黒人だけ、白人は白人だけ、カラードはカラードだけの教室しか存在しなかったので、別の民族グループへの理解が乏しい。絵本は英語で書かれているが、教室ではズールー語やコサ語など自分の母語でも学べる。他の言語で、ものの名前や色、数などを何と呼ぶかという遊戯もついている。

 ○費用は大企業負担

 製作費は一組約五万円。これまで安い値段で一千組が国中の学校に配られた。開発製作費や事務局の経費は保険会社や銀行、ビール会社など南ア大企業の支援でまかなっている。この国の大企業は、アパルトヘイトの時代から、黒人層の生活や教育の向上に寄付をしてきた実績がある。

 事務局長のノーマ・コーエンさんは、リトルライブラリーが、貧しい子供向けという見方に反発した。「すべての民族グループ、階層で使ってもらって、相互理解を深めることで新しい南アの教育に役立ちたい」と話している。

 最近、絵本で算数を学ぶ「マセマティックス」が完成した。「次は、エイズ教育や健康管理のプライマリー・ヘルスケアをテーマにしたキットを開発しています。それから、さまざまな言葉でものの名前を示す『子供アルファベット』を製作中です」とコーエンさんは話している。

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第8回 読書推進協会(コロンビア)

 南米のコロンビアで、本を読みたくても貧しくて読めない地域の子供たちへ良質の本を贈り続けている「フンダレクトゥーラ」(読書協会)が選ばれた。首都にある本部を訪れ、どんな活動をしているのか聞いてみた。

 コロンビアといえば、二年ほど前まで麻薬の密売組織による爆弾テロ、誘拐が後を絶たなかった。今、テロこそ下火になったが、麻薬の誘いから逃れられない青少年は多い。「フンダレクトゥーラ」のシルビア・カストリジョン代表は「小さいころに、生きる目的を見つけることが大切。そのためには良い本を読ませて、生きる意義や人生の楽しさを発見させてあげたい。私たちの活動は、本を通じて暴力や麻薬と闘うことでもあるのです」と語る。

 八二年に約十人の教師らが細々と始めた。現在では活動の幅を広げるために企業からも協賛金を受け、常駐のスタッフは二十四人になった。

 これまでに約千二百地区に送り届けた。識字率は比較的高いのだが、多くの村では子供たちが接するのは教科書ぐらいだ。外国や宇宙などについての本、小説などを手にする機会はほとんどない。

 本が届いた時の様子はどうですかと問うと、カストリジョンさんは大きく目を見開き、もうたまらないの、とでもいうように「マラビジョーソ!」(すばらしい)。真新しい本のにおいをかぐ子がいる。声を出して読む子の周りに輪ができる。笛や太鼓を演奏して感謝の気持ちを表してくれた学校もあった。

 一カ所に贈る本は三百冊。本を詰めた箱にも工夫がある。一つは縦長の箱の底に車輪が付いている。本の詰まったこの箱を押して、子供たちの集まる所へ出かける。広場や校庭、どこでもいい。青空の下が図書館になるのだ。

 もう一つの木製の箱は、扉を開くと屏風(びょうぶ)型の本棚になる。図書室のない学校では、教室の隅にそのまま置くことができる。親と教師に必ず注意することがある。「無理に読ませようとせず、自由にまかせるように。本好きになってもらうためのコツです」。国中の学校に、本を贈るのが当面の目標だ。

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第7回 アラブ女性問題研究所<IWSAW>のポータブル・ライブラリー活動(レバノン)

 レバノン各地の内戦による難民や、貧しくて正規の教育を受けられなかった子供たちの施設に絵本や童話を贈る「ポータブル・ライブラリー活動」を続けてきた、ベイルートのアラブ女性問題研究所の研究者が選ばれた。

 「この箱の中に何が入っているか、わかりますか」。ポータブル・ライブラリー活動の責任者、ジュリンダ・アブナセル同研究所所長(五三)が問いかけると、子供たちの手が上がる。「テレビ」「おもちゃ、いやゲームかな」。そんな中で内戦中に大やけどしたアリ君(八つ)が答えた。「本でしょう」

 「そう、絵本や童話を皆さんにプレゼントします」とジュリンダさん。木箱に収められた百二十冊が、周辺の壁に無数の弾痕が残るベイルート・ラセルナバ地区の児童施設に贈られた。この施設は、肢体不自由児や、学校に行かず街頭で物売りをしている子供たち約四十人を教育し、給食を提供している。九割が内戦で故郷を失い、周辺のスラム街に住んでいる貧しい人々の子供たちだ。

 折り畳み式の木箱を開けると、子供たちが殺到した。アリ君も指が癒着して不自由な手に二冊の本をつかみ、「ウサギさんの本を読むんだ」と興奮気味だ。「ここにも子供の家にも児童用の本はありません。本は識字教育にも役立ちます。ありがたいプレゼントです」と施設職員。

 ポータブル・ライブラリーはこれまでにレバノン各地の約五十施設・学校に贈られた。貧困地区の学校、孤児や難民の施設などさまざまだが、この活動で初めてきれいな挿絵が入った絵本や童話を読んだ子供が多いという。

 レバノン内戦が始まったのが七五年。ジュリンダさんも避難壕(ごう)に逃げ込む生活が続いた。そんな中で、児童心理を専攻するジュリンダさんは、おびえる子供たちを落ち着かせるため物語を聞かせることを思いついた。こうした「芽」からポータブル・ライブラリーが開花したのが八三年。簡単な箱に十五冊の本を詰め、激戦地の避難壕に届けたのが最初だ。八七年から本格的な活動になった。

 贈られる本はアラビア語に、英語やフランス語が交じる。同研究所は大学の付属機関で児童書の出版も手がけるだけに、「内戦を思い出させる暴力的な話は避ける」と内容をチェックし、子供に夢を与える本をそろえている。箱と本百二十冊一そろいが四―五万円でまかなえるという。

 「われわれの活動は、まだ大海の一滴にすぎません。政府の学校にさえ、子供の本がほとんどないのですから」。ジュリンダさんは、受賞で運動に大きな弾みがつくと喜んでいる。

 四月八日、イタリアのボローニャで開かれる国際児童図書展で表彰される。副賞の百万円は、一九九〇年まで十五年続いた悲惨なレバノン内戦の中で生まれた活動の拡充に使われる。

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第6回 読書奨励グループ(スペイン)

 読書は、深刻なものじゃない。遊びの感覚を生かして指導すれば、子どもたちは本を読む楽しさを自分で見つける。そんな発想から、読書への子どもの意欲をかき立てる新たな指導方法を開発し、その普及に努めているスペイン・マドリードの民間組織「グルーポ・デ・アニマシオン・ア・ラ・レクトゥラ」が選ばれた。今月十六日、イタリアのボローニャで開かれる国際児童図書展の席で、賞と副賞の百万円が贈られる。

 「読書というと、すぐ感想文や勉強ということになる。裏に苦痛のある読書を、子どもが喜ぶはずがないでしょう」。同グループの創始者の一人で、指導法を考案したサルト・モンセラトさん(七三)は笑う。

 七五年から約十二年間、児童問題担当の新聞記者として働いた。子どもたちから毎週二千通の手紙が届いた。その経験を基に、子どもたちの年齢、人数、グループ構成などを考えながら、二十五の具体的な指導法をまとめた。

 たとえば、「前か、後か」と名付けた指導法は、十二―十五歳が主な対象。十五人程度で行う。全員で同じ本を読んだあと、各自に、その物語のそれぞれ違う一場面を書いたカードを渡す。子どもたちは、物語の時間的な経過を思い出しながら順番に並び、全員で物語を再構成する。

 「各自の読み方によって印象が異なり、時には順番を巡ってけんかも起きる。でも、いつの間にか子どもたちは、物語の時間的流れを確かめ、内容をかみしめることになるんです」

 このほか、同じように登場人物のカードを使いながら、物語には出てこなかった人物をはさみ込み、この不在の人物を物語の中に組み込んで語らせる、という創造性を狙った指導法もある。

 グループの出発は、モンセラトさんと、元書店経営者のカルメン・オリバレスさん(七二)の二人三脚。七三年、パリで「子どもの読書離れをどうするか」をテーマに開かれたカトリック系シンポジウムに二人が参加したのがきっかけだ。考え出した指導法を図書館などで子どもたちを集めて、実際に適用してみる。四年間はたった二人の試行錯誤。その後、少しずつ周りに声をかけて、活動の輪を広げてきた。

 八四年には指導法を一冊の本にまとめた。いま、こうした指導法を学校の教師や図書館員に教えるために動いているのは、モンセラトさんらのほかに十四人。教師、図書館員、母親、新聞記者とさまざまだが、手弁当で、週末などの時間を利用してあちこちと教えてまわる。月に平均二回はマドリードのオリバレスさんの部屋に集まって、新しい教え方や、読ませたい本の検討をする。

 八二年ころから続いた現在のグループの活動で、スペインだけでなく、メキシコ、ベネズエラ、アルゼンチンなどの中南米諸国でも、運動は広がっている。いま、グループの指導法を実践している教師・図書館員はスペインで七千人、中南米で千人を数える。

 「こんな地味な活動に光を当ててもらったのが、何よりうれしい」とモンセラトさん。副賞のお金は、指導に出掛けるための旅費などに使う予定という。

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第5回 公共図書館普及運動(マリ)

 乾ききった大地に緑を植えるように、砂漠の国の町や村に図書館を造り読書の種をまいていく。そんな困難な活動を続ける西アフリカ・マリの「公共図書普及活動」が選ばれた。4月、イタリアのボローニャで開く国際児童図書展で、賞と副賞100万円を贈る。

 貧しい国の多いアフリカでも、マリの貧しさは格別に見える。就学率3割、識字率2割以下の中で、読書を広めるのはどんなに大変なことだろう。

 首都バマコから東へ約300キロ、ブラの町を訪ねた。

 何軒か店が並ぶ「中央広場」に、ブラ図書館はある。81年の設立。15畳ほどの広さ。蔵書1331冊が、壊れかけた3つの書架に並ぶ。約3分の1が子供向けの本だ。

 司書のトラオレさん(45)は、中学校の教師だ。授業のあと、3時間ほど図書館を開ける。トラオレさんのきちょうめんなメモによると、昨年は延べ2898人が図書館を訪れ、768冊を貸し出した。利用者の半数以上が子供。町に学校は3つあるが、図書館はない。

 利用者に比べ貸出数が少ないのは、大人年500フラン(約270円)、子供半額の利用料が要るためだ。

 子供への貸し出しは学校の生徒に限る。町の就学率は2割を切る。

 トラオレさんの司書活動は無給だ。図書館用のソーラー発電機を盗難防止のため自宅に置き、何時間か電球をつけられるのが唯一の役得ともいえる。このシステムで電池を充電、テープレコーダーに使う。地元の口承伝説を収録する。

 旧仏植民地のマリでは、公用語は仏語。図書館の本もすべて仏語のものだ。ベルベル語など約30の独自の言語があるが、地元出版はほとんどない。

 同活動はマリ政府の現スポーツ・文化・青少年育成省の下に、77年に設立された。仏政府が設立の費用、技術を援助した。いまも年間予算約200万フランの大半を仏政府に頼る。

 仏人女性バレさん(59)は、バマコの本部で設立以来の技術顧問である。「ゼロからの出発でした。各地を訪ね場所と責任者を決め、備品を作らせる。5年で46行政地区全部に、図書館を造りました」

 現在、この地域図書館に加え、大学を含む40の学校図書館、首都の子供図書館など計104の図書館の運営に責任を持つ。仏政府が贈った書籍約10万冊。児童図書が3分の1を占める。15の地方図書館が、ブラのようにソーラー発電機を備える。今回の副賞では、発電機を10台ほど増やすつもりだ。

 各地の口承伝説を集めたテープは、約350本になった。3年前、仏語とベルベル語で本にまとめた。

 各地の司書の教育も重要な仕事だ。一部はフランスに派遣している。

 元植民地には、旧宗主国への「近さ」を誇る独特の風潮がある。文化的な同化策を徹底した旧仏植民地には、特にその風潮が強い。

 だが「独自の言語で、マリの生活に即した本を与えられれば良いのだが」(同活動デュアキテ代表)との思いはある。同省のデュアラ文化局長も「他の国、機関からの援助が増えれば、もっと仏側に縛られない活動が出来る」と期待する。

 昨年の流血の民主化運動で、マリにも複数政党制が導入された。だが、2、3月の総選挙の投票率は約2割にとどまった。識字率や教育の普及が、民主的な政治や経済の再建に不可欠なのは明らかだ。

 町や村に読書の種をまく地道な活動が、その礎になるのは間違いない。

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第4回 児童文学作家・イラストレーター協会<AWIC>の子ども文庫プロジェクト(インド)

 作家とさし絵画家、さらに家庭の主婦らが一体となって、本作りからミニ図書館の運営まで手がけているインドのボランティア・グループ「児童作家、さし絵画家協会」(AWIC、ラビ・シャンカール会長)が選ばれた。4月4日、イタリアのボローニャで開く国際児童図書展で授賞式を行い、同賞と副賞100万円が贈られる。

 ニューデリー北東のはずれ、オールドデリーの一隅にあるスジャータさん宅を訪れたのは、3月中旬の夕刻だった。6畳ほどの居間に、100冊近い本が並べられ、壁には子供たちが描いた絵がびっしり。

 近所の子供たちが三々五々やって来た。その数約20人。借り出していたのを返す子、新しく借りる子。読んだ本の感想を書き込んだ日記帳をスジャータさんに見せる子もいる。

 やがて、全員が庭に座り込んで、応援にかけつけたボランティアが語って聞かせる昔話に聴き入る。

 スジャータさん自身は、さし絵画家。1年ほど前からAWICのボランティアとして、自宅でミニ図書館を開いた。初めは10人ぐらいしか集まらなかったのが、いまでは70人近い会員を抱える。

 「学校で使う教科書以外の本を、初めて手にしたという子供が結構多いんですよ。わずか10ルピー(約70円)程度の本でも、買えない家庭がほとんどですから」という。また、「そんなところへ行ってたら、学校の勉強が遅れる」と子供を出し渋る親が結構多く、これを説得するのも一仕事なのだ。

 スジャータさんのようなミニ図書館は現在、デリー地区に21カ所。その他の同国北部地域に15カ所。いずれもボランティアが自宅を開放している。

 毎月末に、ニューデリーの本部に本を取り換えに出かける。週2日、最低2時間は図書館を開くことが義務づけられている。会員の子供たちは、毎月2ルピー(約14円)払うが、貧困層の子は無料。

 協会が発足したのは81年で、ミニ図書館の事業が始まったのは83年。ボランティアが持ち寄った本も約4000冊だったのが、いまようやく1万冊に。ヒンズー語と英語だけだが、将来は他の地方言語の本も増やしたい、という。

 事業が軌道に乗ってきたので、あと1、2年のうちに全国で500カ所にしたい、というのが協会の夢だ。

 会員の作家や画家たちは、子供向けの本の製作に無料奉仕している。これまでに民話や推理物語など21冊を作った。その中にはイラスト入りのヒンズー語の辞書もある。13人のボランティアが5年がかりで作り上げた力作だ。

 「とにかく、良い本を読ませたいのです。わが国ではまだまだ子供向けの本は少ない。われわれが作っていくしかないんですね」というのは、作家で画家でもあるジャファ事務局長。

 インドの識字率は40%足らず。「字の読めない子でも、本を手に取っているうちに、読む意欲を持ち始めるんです。あせらず、地道に続けます」と締めくくった。

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第3回 家庭文庫プロジェクト(ジンバブエ)

 幼いころ、おばあちゃんが昔話をしてくれたように、子どもたちに本を読み聞かせてやりたい。4月、独立10周年を迎えるジンバブエの1人の母親が、独立前夜に始めた読書運動が、大きく根を広げて90年度の朝日国際児童図書普及賞に選ばれた。朝日新聞社が国際児童図書評議会(IBBY)と協力、児童図書の普及に尽くした各国の団体に贈るもので、今回で3回目。賞と副賞100万円は5日、イタリアのボローニャで開く国際児童図書展での授賞式で、ジンバブエの母親たちに手渡される。

 「ホームライブラリー・プロジェクト(家庭図書館計画)」。ジンバブエの公用語・英語では少しかしこまってこう名付けたが、ショナ語では「Kudyara Mbeu Yedzidzo」と呼ぶ。「教育の種を植え付ける」という意味だ。本を読み聞かせ、やがて子どもたちが自分で本を手に取り、少しずつ読書文化の実をみのらせていってほしい−−そんな願いがこめられている。

 ジンバブエ大学教育学部で事務職員をするエレン・ワウンガナさん(46)が、自宅で自分の子どもたちに本を読んで聞かせ始めたのは、独立の1、2年前のころからだ。長男アルガン君、次男ファラーイ君は小学生、3男エドウィン君はまだ生まれて間もなかった。

 近所の子どもたちも呼ぶようになった。その親たちや、ワウンガナさんの友人も参加し始めた。そこで、日曜の午後をワウンガナさん方の「家庭図書館」開館日に決めた。ささやかな活動が、次第に運動の形に育っていった。

 ワウンガナさんはいう。「語り継がれてきた昔話を、子どもたちに伝えたかった。それに、ほとんどの子どもにとって、本を読むのはただ学校の試験のため。試験が済めば本を売ってしまう。楽しみのための読書でなければ、文化は育ちません」

 82年には、活動が認められてカナダの団体から補助金を得た。ワウンガナさんの友人で、現在、同プロジェクト理事長を務めるアンナ・ムパワエンダさん(39)=ジンバブエ大学職員=が加わったのも、このころだ。88年には、政府から社会福祉団体として認められ、補助金が出るようになった。

 現在、「家庭図書館」は首都ハラレに2カ所、地方に3カ所。教師や元教師などの女性リーダーが週1回、約3時間ほど自宅を開放、本を読んで聞かせる。また、子どもたちは好きな本を選んで、思いおもいに読書にふける。床にねそべる子、トイレにこもる子。注意はしない。「本を読む楽しさを知ってもらうのが最優先」と考えるからだ。

 メンバーの子どもは、各図書館に約30人。外国の読者団体などから贈られた約1800冊の蔵書を各図書館間で回し、蔵書の不足を補う。

 また、地方の2カ所では、計80人の大人もメンバーとして登録している。人口約900万人のうち、文字が読めない人は約250万人にのぼるといわれる。農村地帯では、本や新聞は身近なものではない。覚えた文字を忘れないよう子どもと一緒に本を読もう−−そんな人々が「家庭図書館」に集まってくる。

 ある地方のセンターで、1人の子どもが突然、顔を見せなくなった。調べてみると、自宅まで約3キロの道を帰るうち借り出した本をなくしたためだった。「豊かな社会であればなんでもないことなのに、貧しいためにささいなことが子どもから読書の芽を摘み取ってしまう」とワウンガナさんは嘆いた。

 同プロジェクトではまた、ジンバブエの口承伝説の収集、保存や、子ども向けの本の少なさを補うための出版も手掛け始めた。名付けて「バッタ出版社」。一昨年には、スウェーデンの団体の補助を得て、口承伝説を絵本化した「おばあさんとワニ」を初出版。今回の副賞100万円ではタイプライターと、できれば簡単な印刷機を買い、本作りに力を入れたいと考えている。

 いま同プロジェクトの10人の理事、5人の「家庭図書館」リーダーはすべて女性。「子どもの面倒を見るのは女性の役割との意識が根強いから」という。だが、ワウンガナさんは航空会社管理職の夫ハンソンさん(51)の協力には、手放しの感謝ぶり。

 週末ごとに各家庭図書館を回り、蔵書を移動させるとき、ハンソンさんがいつも黙って運転手を引き受けてくれた。小学校教師から識字運動に加わり、大学職員となってからパートタイムで働きながら大学卒業資格を取ったワウンガナさんの頑張りが、ハンソンさんを動かした。

 この運動はまだ、教育を受けた中流階級女性による啓蒙(けいもう)運動に過ぎない。まだ、10歳を迎えたばかりのジンバブエが教育・文化の面でも成熟していけば、より広範で大衆的な運動に育っていくはず。運動にかかわる女性たちは、そう願っている。

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第2回 児童図書推進協会<CREDA>の巡回文庫(タイ)

 タイで移動図書館プロジェクトに取り組んでいる児童読書推進協会(CREDA)が選ばれた。満足に図書館もない山間の辺地などに木の箱に2、300冊の本を収めたポータブル図書館を運び、児童を本に親しませるなど10年前からの努力が認められた。賞と副賞の100万円は6日、イタリアのボローニャ市で開く授賞式で授与される。

 日本、台湾などからの投資ブームが続くタイの首都バンコクはいま、高層ビルの建設ラッシュである。なるほど、登り竜の勢いのタイの経済の急成長を実感させられる。

 しかし、教育の現場を知る先生たちは、小学校に満足に図書館もない現実と急成長とのギャップに「今の繁栄が本物かどうかよくわからない」という。

 バンコクの小学校ですら本格的な図書館が完備している所は少ない。地方に行けば図書館どころか本と無縁の子どもが多い。そんなところに、CREDAが活躍しなければならない背景がある。

 「ポータブル図書館」が始まったのは1979年のことだ。国立シーナカリンウィロート大学の図書館学講師のソンブーン・シンカマナンさん(50)らが、まずスーツケースに数十冊の本を入れて地方や都市部の下層所得クラスの住む地区の児童に読ませることからスタートした。

 1年後には本を運ぶとともに、運んだ先でそのまま本棚に「変身」する三つ折りの木箱を考案した。

 大きさは縦60センチ、横90センチ、幅15センチ。本を200冊も入れると、25キロにもなる。ちょうど旅行用スーツケースと同じくらいだ。このため子どもたちはタイ語で「ホン・サムット・クラパオ」(トランクの図書館)と呼ぶ。

 ソンブーンさんは「このポータブル図書館の利点は、簡単にどこにでも運べることです」という。ゾウの背、牛車、メナムを走る川船、バイク、トラック……。タイは道路網、水路が発達しており、タイとビルマ、ラオス、カンボジアなどの国境地帯や北部山岳地帯の少数民族居留地にも、この図書館は移動する。

 シーナカリンウィロート大学の人間科学部構内に置かれているCREDA事務所で、メンバーのスントーン・ケオラーイ講師(45)がポータブル図書館の準備をせわしげにしていた。昨年11月の大洪水で多数の民家、学校が流されるなど多くの被害が出た南部タイのナコンシータマラートやスラタニ県にこの図書館を贈るためだ。

 スントーン講師は「早速、朝日新聞社からいただく賞の費用が、南部の子どもたちのために回せます」と話す。

 スントーン講師は「10年前、このプロジェクトを始めた時はポータブル図書館はこの大学の専売特許のようなものでした。でも、今はわれわれの活動の意義をタイ各地の教育者が認めてくれ、われわれにノウハウを習って自分たちでポータブル図書館のネットワークをひろげています。若くて馬力のある人は通勤列車に本箱を持ち込んで、乗り合わせた子どもたちに読ませています」という。

 バンコク市内北部にあるタイ国鉄労働者らが住む住宅街では廃物利用の客車3両が地域図書館になり、ここでもポータブル図書館が週末に持ち込まれ、新しい本を読ませている。

 CREDAの活動はポータブル図書館が中心だが、それにとどまらず、仏教国らしく仏教説話のジャータカ=本生譚(ほんしょうたん)を読ませる運動、人形劇を観賞する運動……と盛りだくさんだ

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第1回 本の銀行(ベネズエラ)

 朝日新聞社が、国際児童図書評議会(IBBY)の協力で、児童図書の普及に尽くした各国の団体に贈る朝日国際児童図書普及賞(ライジング・サン・プライズ)の初の受賞団体としてベネズエラの「バンコ・デル・リブロ(本の銀行)」が選ばれた。文盲率の高い同国で、1960年から女性を中心にボランティア活動を続け、ミニ図書館の設立や移動図書館の運営に当たってきた、長く地道な活動が認められた。賞は7日、イタリアのボローニャ市で開く「国際児童図書展」で贈られる。

 首都カラカスでタクシーに乗り「バンコ・デル・リブロ」と告げると、運転手は迷わずに直行した。古びた質素な平屋建て。代表理事のカルメン・ディアナ・デアルデンさん(45)が待ち構えていた。「国際的な賞の、しかも第1回受賞団体に選ばれるなんて。私たちの活動が認められたってことなんだから、とてもうれしいわ」。表情を輝かせ、エネルギッシュに語り始めた。

 設立の年、1960年は、ベネズエラ史の中で特別な意味を持つ。

 19世紀に独立してから軍事政権、独裁政権などが続き、本格的な民主政権が成立したのは、1959年2月のベタンクール大統領になってから。翌60年、農地改革法が公布され、同時に文教、医療政策にも力点が置かれ、学校建設、教員養成計画が開始された。

 「中南米における民主主義の優等生」といわれるベネズエラの基礎は、実はこの年に築かれ始めた、といってよい。

 当時、文盲率は40%というひどさ。「夜明け」を迎えて、国民は大人も子供も、文字に飢えていた。特に、長い間抑圧されてきた貧困層がそうだった。

 この現状を目にして、何とかしなければと立ち上がった女性たちがいた。大統領の娘ビルヒニアさんはじめ、国の指導的立場にある人の妻そして娘、先生、母親ら12人だった。「民主主義の確立には教育が最も重要」との信念のもとに、下町に文字通り「本の銀行」を開設した。利用者が本を持ち寄って、「銀行」に預け、かわりに自分の希望する本を借り出す、というシステムだった。

 「預金」はみるみるふえた。64年にはカラカスに、初の子供図書館を設立。商店や個人の家に本箱1つというミニ図書館や移動図書館も発足した。65年には東部の都市グアヤナで、各学校にそれぞれ個性のある図書施設をつくった。70年代に入ると、政府も公共図書館を全国へ普及させるのを支援した。

 デアルデンさんは69年、バンコ・デル・リブロのとりこになり参加したが、今も脳裏に刻まれている情景がある。

 「山村へ移動図書館が行くと、待っていた子供たちが本を小わきにかかえ、息を切らせて山道をかけ下りて来た。あのすごいエネルギー……」

 活動には新しいアイデアが注入され続け、組織は整備され、ネットワークは国境を超えて広がっていった。現在は(1)資料・情報(2)図書活動教育(3)図書館普及(4)児童文学の出版、が柱となっている。

 現在、バンコ・デル・リブロの専属職員は127人。ほかに地域のボランティアも多い。「空調もない環境なのに、みな本当によく働く。自分の仕事はラテンアメリカのためになっている、と誇りにしているからです」とチリから志願したクララ・ブドニクさん(49)。

 デアルデンさんはいう。「民間企業ならここの2、3倍は稼げる。でも、ここは“大家族”であり、各自が創意を生かせる。昔も今も将来も、新たな挑戦の連続です」

 その中で目立つのが、女性陣の活躍だ。たとえば代表理事。初代ビルヒニアさんが16年間、次いで男性2人が計4年、80年からはデアルデンさんと、28年の歴史のうち女性2人が24年間トップの座を占めた。執行委員は5人のうち4人、理事は9人のうち4人が、女性だ。

 中南米社会にあっては、このような女性優位の組織は極めて珍しいという。逆にいえば、子供のことを人一倍思う女性たちの執念があったからこそ、バンコ・デル・リブロを健全に、たくましく、大きく育て得たのかもしれない。各国女性の知性が環境を得て大きく開花した、ともいえよう。

 もう1つ見逃せないのは、この「銀行」の普遍性だ。中南米各国がスペイン語、ポルトガル語を軸に、ラテン文化を共有していることがある。また、全般的に貧富の差が大きい社会構造を抱え、バンコ・デル・リブロの理想を共に吸収していける土壌があった。

 敷地内では政府が贈ってくれた3階建ての新館が完成目前だ。この23日の「本の日」に引き渡され、5月21日の28周年記念日に開館する予定だ。コンピューター導入や訓練施設の拡充が可能になると、関係者は夢をふくらませる。

 ただ、財源には苦心する。国や市の補助を主体に、自らも各種活動で稼ぎ出している。それでも87年度予算は日本円で約4500万円程度。

 「もっともっと欲しい。だから、今度の受賞は大変な援軍。農村図書館の普及や読書普及運動に役立てたい」。山間部へ行くことが多いからと、ジープを愛用するデアルデンさんは、巧みにハンドルを握りながら、そう言って顔を輝かせた。

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トップ歴代の受賞