ジャーナリズム

言論への暴力に屈せず

阪神支局襲撃事件から26年

朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)では、1987年5月3日の憲法記念日の夜、目出し帽姿の男が散弾銃を2発発射。小尻知博記者(当時29)が死亡し、別の記者が重傷を負う事件が起きました。その後も名古屋本社寮や静岡支局などが襲われる事件が相次ぎ、捜査当局は警察庁指定116号事件と断定しました。

事件は2003年までにすべて時効を迎えましたが、2006年に阪神支局を建て替えた際、一連の事件を伝える資料室を設けました。散弾が当たって原形をとどめないペン、実際に届いた犯行声明文、体内で炸裂した散弾が写るX線写真……。資料室ができて7年で延べ4千数百人の人がここを訪れています。

事件から2013年で26年になります。しかし、これまでもそしてこれからも言論の自由を脅かす暴力に屈するわけにはいきません。自由で平和な社会を実現するためにも、私たちは事件を忘れず伝え続けたいと思っています。