どくしょ応援団

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十代、こんな本に出会った

『痴人の愛』 俳優・映画監督 竹中直人さん

竹中直人さん

いとおしい「どうしようもなさ」

 僕の父は区役所勤めでしたが、同人誌に小説も書いていました。そんな父の書棚には、佐多稲子や小林多喜二のプロレタリア文学から、夏目漱石、三島由紀夫、松本清張などの作家の大全集が並び、読む物には困らなかった。中でも高校時代に読んだ、谷崎潤一郎の『痴人の愛』(新潮文庫ほか)は最高でしたね。主人公の河合譲治がとにかく哀れ。笑っちゃうくらい哀れで……。

 譲治って、当時はすごいオジサンかと思っていたけれど、いま読み返すとまだ28歳なんですね。そのサラリーマン譲治はコンプレックスのかたまり。ある日、15歳の美少女ナオミと出会って、彼女を理想の女性に仕立てていこうとするんだけれど、現実は浮気され放題で思惑とまったく違う展開になってしまう。かといって譲治はナオミと別れられない。なぜなら独りぼっちになるのは悲しいから。

 この独りぼっちになる取り残され感のようなものが、子どもの頃から僕にあったような気がします。最初はエッチな内容を期待して読み始めたんだけど、振り回されておろおろする譲治にいつしか僕自身を重ねていた。

学生時代の竹中直人さん=本人提供

 当時、僕はラブレターを書くのが好きで、よく女の子のげた箱に入れていました。その当人に23年ぶりの同窓会で再会して、見せてもらってビックリ。「僕は無能だから」って書いている。ラブレターに「無能」ってどうかと思うけど、何もできない自分、どう生きていけばいいか分からない自分がその頃からいた。石川啄木の「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ……」ではないですが、自分をひどく無能だと感じていた。

 だから『痴人の愛』の譲治とか、漫画家つげ義春さんの作品に出てくるどうしようもない人物がたまらなくいとおしいんです。僕は絵が好きだったから中学高校と美術部だったし、大学も美大を目指しました。2浪しましたが、その間に本屋さんで手にした月刊漫画雑誌「ガロ」などでつげ作品と出会い、以後、僕の中に深く染み込んで離れない。この寂寞(せきばく)感は何なんだ、僕をどこに連れて行くんだろうって、読むたびに思う。

 そういう僕が、そのままの自分でいいんだよと言われたようでうれしくなっちゃった本が庄司薫の『赤頭巾(ずきん)ちゃん気をつけて』(中公文庫)です。これは恋愛小説と同時に教養小説なんですが、僕にとっては「自分を丸ごと許容する」物語なんです。でもね、本って読んだ人の価値観によって解釈が変わるから、ほんとうは全然違う話かもしれませんが。

(聞き手・安里麻理子 写真・吉永考宏)

◆おすすめは

 なついていた野良猫の子がいなくなって、心配で、何も手につかなくなる……。『ノラや』(内田百涼、中公文庫ほか)は、猫を探しておろおろする百里笑っちゃうほど切ないし、去ったものに対してずっとずっと悲しんでる姿がたまらなかった。

 『行人』(夏目漱石著、新潮文庫ほか)は父の書棚にあった一冊で、故・久世光彦さんと映画化を約束した思い入れのある本です。妻を信じることができないお兄さんが悲劇。映像的で、深い闇や音を感じます。

 こうしてみると、僕が好きな本はどれも喜劇的に悲劇で人生後ろ向きですね。でも、いいじゃないですか、時には世の中に背を向けて、独りぼっちになってみるのも。

たけなか・なおと  俳優・映画監督 1956年生まれ。91年「無能の人」でベネチア国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。
『痴人の愛』
著者:
谷崎潤一郎
出版社:
新潮社
価格:
¥660(税込)
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『赤頭巾ちゃん気をつけて』
著者:
庄司薫
出版社:
中央公論新社
価格:
¥620(税込)
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『ノラや』
著者:
内田百
出版社:
中央公論新社
価格:
¥760(税込)
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『行人』
著者:
夏目漱石
出版社:
新潮社
価格:
¥540(税込)
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