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佐藤優

親の愛を感じるとき 佐藤優

 私は父を10年前、母を今年の7月に亡くしました。両親がいなければ、私が生まれてくることはありませんでした。親の愛情は空気のように当たり前に感じてしまうので普段はあまり意識することがありませんが、特殊な経験に遭遇したときに感じます。

 私が親孝行について初めて考えたのは、幼稚園のときに父親から童話『むくどりのゆめ』(浜田廣介、金の星社)を読み聞かされたときです。

 この世にいなくなってしまったお母さんどりの帰りを、「今日か、今日か」と子どものむくどりが尋ねます。お父さんどりは、お母さんどりが死んだんだというほんとうのことを伝えられません。私がこの本を何十回も読んでくれとせがむので、読むのに疲れた父はテープレコーダーを買って、それに吹き込んでくれました。

 最近、私が親孝行について感じたのは、逮捕され、東京拘置所の独房に閉じこめられていた2002〜03年のことでした。私の隣の独房には確定死刑囚がいました。自著『国家の罠(わな) 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)でも触れましたが、そのときこんなことがあったのです。

 ある日、30歳代の人柄のよい黒縁眼鏡をかけた看守が、「面会。お母さんだよ」と言うと、私の隣房の確定死刑囚が、「おふくろ。すぐに行きます」と言って、独房から廊下を小走りに面会場の方へ向かっていく姿が見えました。

 独房の中から、私はその死刑囚の後ろ姿を見ていましたが、背中にはうれしさがにじみでていました。私も母親のことを思い出しました。

 その後、この確定死刑囚・坂口弘さんのお母さんと文通したり、電話で話をしたりするようになりました。坂口さんは『歌集 常(とこ)しへの道』(角川書店)の中でお母さんについて、こんな歌を詠んでいます。

 奥深く拒まれ

 いまも実家にて吾の名禁句と

 母は嘆けり

 死刑囚と家族の面会は数カ月に1回しか認められません。坂口さんのお母さんから、「弘は、私や親類の様子について聞きたがるので、15分の面会時間はそれで終わってしまう。弘の獄中での生活についてあなたから聞くことができてとてもうれしい」と言われました。坂口さんのお母さんは08年に亡くなりました。今頃、天国で坂口さんのお母さんと私の母は、息子たちのことについていろいろ話していると思います。

 (作家・元外務省主任分析官)

『むくどりのゆめ』
著者:
浜田廣介
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金の星社
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『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』
著者:
佐藤優
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新潮文庫
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『歌集 常しへの道』
著者:
坂口弘
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角川書店
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