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十代、こんな本に出会った

ホームズと『新トレーニング革命』 為末大さん

為末大さん

ロジカルとナチュラル、揺れ動く

 「なんで僕は足が速いんだろう?」。自分の存在意義みたいなものが気になりだした13、14歳の頃。同世代の短距離選手の中で、ず抜けて速いと自負していた僕にとって、そこが疑問でした。

 本の中に答えがあるかも。そう思い、体育教官室にあった解剖学や陸上競技の本を読みあさった。おかげで、やたら人体の仕組みや運動理論に詳しくなってしまい、中学時代から、「僕の足は1秒間に5歩進む。これをコントロールするには……」なんて、頭で考えて検証していましたね。

 家で読むのもロジカルな話が好きで、気に入っていたのが名探偵シャーロック・ホームズ。「黄色い顔」(『シャーロック・ホームズの思い出』C・ドイル著、新潮文庫ほか)という短編でホームズは、留守の時に訪れた依頼人の特徴を、仮説を立てて推理します。「その人は左利きだ。忘れていったパイプの右側が焦げているから」とか、面白かったなあ。

 高校に入ると、愛読書はもっぱら競技関連の専門書。中でも、動作の初期に適切な負荷を与え、身体機能を高める効用を説いた『新トレーニング革命』(小山裕史著、講談社、品切れ)には、のめり込みましたね。

所属していた広島皆実高校のトラックで、96年12月撮影=本人提供

 中3で体の成長が止まった僕は、後輩に追い抜かれる焦りから、考えることで抜きんでよう、理屈で勝とうとしていたんです。

 だけど高3の春、インターハイ予選のエントリー種目をめぐり、陸上部顧問の先生と怒鳴り合いになった。100メートル走出場にこだわる僕に先生は「そこに為末の先はない。無理するな。400メートルでいけ!」。数カ月後、僕は400メートル走でインターハイ優勝、世界ジュニア選手権4位になりましたが、「陸上競技の王道は100メートル走だ」という思いを吹っ切るには、「いっそ、もっと自分に向いていて、世界の舞台で勝てる種目を探そう!」という気持ちの切り替えと大きな方向転換が必要でした。そんな時、世界ジュニア選手権で目にしたハードルは自分の体格に合っている気がしたし、試しに秋の国体で400メートルハードルに挑戦したらいきなり優勝。これが転機となりました。

 僕にとって「王道」からの転向は大きな挫折です。それでもトラックから下りることを考えなかったのは、たぶん、全力疾走の時に味わう自分がむき出しになる感覚、我を忘れる心地良さを手放したくなかったから。結局、ホームズみたいな「ロジカル派」と、全力で生命を発揮できればいいと思う「ナチュラル派」、その間で揺れ動いているのが僕なんです。

 (聞き手・安里麻理子 写真・吉永考宏)

◆おすすめは

 2007年の大阪世界陸上、翌年の北京オリンピックと、続けて僕は予選敗退してしまった。失意のどん底で手にしたのが、アウシュビッツでの体験を心理学者の立場から記した『夜と霧(新版)』(V・E・フランクル著、池田香代子訳、みすず書房・1575円)と、戦後もフィリピンのジャングルに潜み続けた元少尉の自伝『たった一人の30年戦争』(小野田寛郎著、東京新聞出版部・1682円)です。

 僕はこの2冊に「自分の人生の引き受け方」を教わった気がします。人生は思い通りにいかないし、交換できない。ただ、引き受けた上で挑むと、結果はどうであれ、成長が約束されているんですよね。大事に生きましょう。

ためすえ・だい  陸上選手 1978年、広島県生まれ。世界選手権400メートルハードルで日本人初の銅メダル2個獲得、五輪に3度出場。
『シャーロック・ホームズの思い出』
著者:
コナン・ドイル
出版社:
新潮文庫
価格:
¥620(税込)
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『たった一人の30年戦争』
著者:
小野田寛郎
出版社:
東京新聞出版局
価格:
¥1,682(税込)
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『夜と霧(新版)』
著者:
ヴィクトール・E・フランクル
出版社:
みすず書房
価格:
¥1,575(税込)
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『新トレーニング革命―初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開』
著者:
小山裕史
出版社:
講談社