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佐藤優

不安を克服する力 佐藤優

 元日から地震があり、今年も不安なスタートとなりました。対象が具体的ではっきりしている恐怖と異なり、不安は捉えどころがありません。人間の心の闇が不安を引き起こすのだと思います。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、日本各地の怖い話、不思議な話を集めて『怪談』という文学作品にし、捉えどころがない不安を可視化しました。それに触発され、21世紀の日本人が抱える不安を柳広司氏は『怪談』(光文社)で六つの物語に書き直しました。特に「鏡と鐘」で、人間の不安に付け込んで破滅に追い込む心理ゲームに鳥肌が立ちます。

 不安は他者との関係から生じます。ユダヤ思想家のマルティン・ブーバーは、人間が世界に対してとる関係を二つに分けます。一つ目が「我と汝(なんじ)」という、相手を自分と同じように大切にする関係、二つ目が「我とそれ」という相手を利用できる対象と見なす関係です。この場合の相手は人間に限らず、動物、植物や自然であっても、それを自分と同じように大切にするときは、「我と汝」という関係が生まれます。ブーバーは「愛は〈われ〉につきまとい、その結果、〈なんじ〉をただの〈内容〉や、対象としてしまうようなものではない。愛は〈われとなんじ〉の〈間〉にある。このことを知らぬひと、自己の存在でもって、これを認めようとしないひとは、たとえ、ものを感得し、経験し、楽しみ、表現する感情を愛であると主張しようとも、愛を知らぬひとである」(植田重雄訳『我と汝・対話』岩波文庫)と強調します。愛は不安を克服する力を持っています。

 越谷オサム氏の小説『陽だまりの彼女』(新潮文庫)を読むと不安を克服する愛の力を感じます。25歳の浩介は仕事で偶然、中学時代の幼なじみ、真緒と再会。「学年有数のバカ」と呼ばれていた真緒は、一流女子大卒の仕事がよくできる美人に変貌(へんぼう)していました。2人は結婚しますが、真緒の過去には大きな秘密があるようで、浩介は強い不安を覚えます。物語は意外な結末を迎えますが、まさにこの2人の関係がブーバーが言う「我と汝」なのです。

 (作家・元外務省主任分析官)

『怪談』
著者:
柳広司
出版社:
光文社
価格:
¥1,470(税込)
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『我と汝・対話』
著者:
マルティン・ブーバー
訳:
植田重雄
出版社:
岩波文庫
価格:
¥819(税込)
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『陽だまりの彼女』
著者:
越谷オサム
出版社:
新潮文庫
価格:
¥540(税込)
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