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本田由紀

歌って何だろう 本田由紀

 オリンピックに出場したアスリートたちは、競技に臨む極限の緊張状態のなかで、お気に入りの歌を聴くことで精神状態を調整していたと聞きました。ことほどさように、歌とは人間に深い作用を及ぼすもののようです。

 渡辺裕『歌う国民』(中公新書)によれば、私たちになじみ深い「鉄道唱歌」や「故郷」などを含む唱歌は、明治政府による「国民づくり」の一環として生み出されたものでした。当時の唱歌には皇国史観や、衛生や貯金など実践的な知識の啓蒙(けいもう)を目的としたものも多く、現代の感覚では苦笑を誘われますが、近代国家の建設に邁進(まいしん)していた政府にとっては、詞とメロディーとリズムによって人々の精神と身体を捉えることが切実な課題だったのです。

 現代でも、特定の歌を歌うことが強制される場で口元を監視されるような事態が起こり続けています。しかし総じて、歌は規律訓練による支配の装置としてよりも、市場を通じて生産・流通・消費される商品としての性格を強めています。商品の付加価値として、歌詞は大きな意味をもっています。人々が潜在的に抱いている感情や思考に形を与えてくれるからです。烏賀陽(うがや)弘道『Jポップの心象風景』(文春新書)は、刊行時の2005年時点におけるJポップの「神々」を取り上げ、彼らの歌の詞がなぜ私たちの心を捉えるのかを分析しています。たとえば人気バンド「スピッツ」の草野正宗の曲には、まるいものと死の暗示がたびたび歌詞に登場することから、そこには完全な魂や世界とその無常性が歌われている、と解釈されています。面白くないですか?

 心の琴線に触れてくるものであるからこそ、私たちにとって歌との関係は共同性だけでなく、個人的な性格を帯びてきます。小泉恭子『音楽をまとう若者』(勁草書房)は、高校生たちが場面によって歌との関係を使い分け、本当に好きな歌は、こっそり隠しておこうとする様子を描いています。何だか厳しい世の中ですから、生きていくよすがとしての歌との付き合い方は、いっそう大事になっているのかもしれません。

 (東京大学教授〈教育社会学〉)

『歌う国民』
編著:
渡辺 裕
出版社:
中公新書
価格:
¥882(税込)
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『Jポップの心象風景』
著者:
烏賀陽 弘道
出版社:
文春新書
価格:
¥756(税込)
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『音楽をまとう若者』
著者:
小泉恭子
出版社:
勁草書房
価格:
¥2,625(税込)
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