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本田由紀

誰もが問う「じぶん」 本田由紀

 「じぶん」って何? そう問うたことがない人はおそらくいないのではないでしょうか。社会の先が見えなくなっているからこそ、いっそう「じぶん」をしっかりさせて、「主体的」に人生を形作っていかなければならないという要請がどんどん高まっているように思えます。

 そもそもこの国の人々は、近代化への離陸を開始した当初から、「外発的な開化」を強いられ、無理やりのように「じぶん」を駆り立てて進んできました。1914(大正3)年に夏目漱石は「今まで茫然(ぼうぜん)と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自己本位の四字なのであります」と述べています(『私の個人主義』講談社学術文庫)。ただし、漱石のように「自己本位」を手にできた者はむしろ例外であり、多くの人々は「富国強兵」「八紘(はっこう)一宇」、そして「経済成長」といったスローガンに身を委ねてきたといえるでしょう。

 ところが、ようやく人々が豊かさや自信を手に入れたと思ったら、前世紀の末にはそれらに陰りがさし始めます。邁進(まいしん)する目的を見失ったとき、「じぶん」という問いが黒々と浮上してきます。その頃に書かれた鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』(講談社現代新書)では、「わたしはだれ?」という問いへの答えを自分自身の中に探そうとしても見つからず、他者と真摯(しんし)に向かい合うことで〈他者にとっての他者〉としての「じぶん」を確かめてゆくしかない、と論じられています。

 でも、余裕を失った社会経済状況は、じっくりと「じぶん」や他者と向き合うことを許してくれません。「じぶん」を「じぶん」でいじって改良せよとあおるメッセージが様々な本や雑誌にあふれていることを、牧野智和『自己啓発の時代』(勁草書房)は気づかせてくれます。

 むしろ必要なのは、「じぶん」を他者や世界と出会わせ、未知の「じぶん」を見いだすための機会を社会に埋め込んでいくことなのではないでしょうか。性急さの中で、どうかあなたが「じぶん」の余白をなくしてしまいませんように。

 (東京大学教授〈教育社会学〉)

『私の個人主義』
著者:
夏目漱石
出版社:
講談社学術文庫
価格:
¥693(税込)
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『じぶん・この不思議な存在』
著者:
鷲田清一
出版社:
講談社現代新書
価格:
¥735(税込)
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『自己啓発の時代』
著者:
牧野智和
出版社:
勁草書房
価格:
¥3,045(税込)
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